物語の終わりと始まり―流れゆく季節、二人三脚、苦味

 それからの話。

 季節は夏から秋に。最近は気温が下がり、青葉あおばは赤や黄色に染まりだす。

 ミケツさんの散歩の時、長袖ながそでのパーカーを羽織はおるようになった。ミケツさんにも何か服でも着せようかと思うのだけど。

「あァん?ワシの正装は全裸じゃ!!服など邪道!!」と全力で拒否されてしまった。

「なんだよ、寒くないのかい?」と目の前の落ち葉が落ちる道をチャカチャカ歩くミケツさんに言う。

「べっつにぃ」とかの神の御使おつかいはのたまう。


 散歩コースは昔、度々たびたび行っていた国立公園。そこからのぞむ海の水面が少しずつ灰色になりつつある。

「あーあ。今年でお気楽バイト生活は終わりかあ」と僕はごちる。そろそろ将来に向け、次の一手を打たねばならないのだ。

「ま、かずのヤツが付きっ切りで勉強仕込んでくれるんだろ?」とミケツさんは言う。

 かずとは和美かずみさんの事だ。彼女は入院生活を終えた後、宗像の団地を引き払った。そして、実家にでも帰るのかと思ったんだけど―今や彼女は僕の同居人だ。要するに共生組合きょうせいくみあい寮生りょうせいになったという事。それを和さんはこう表現した―

「いやあ。実家はさあ。面倒だし、でも宗像で1人腐ってるのもなんだし…リハビリがてら長田さんの世話になる事にするさ」と。


 同居を始めた僕ら。

 同居人としての彼女は―いたって普通。家事も出来るし、面倒なタイプでもない。

 ただ。

「君にはでっかい借りがあるからさ、何かさせてよ。あたしにさ」と言った。

「んー別になあ。部屋のそうじとか頼んじゃってるし」

「そー言う話じゃないって」と彼女は言う。

「何?何か困りごとを相談せいと?」

「そそ。18の乙女だ、色々あんだろい?」

「いやあ…将来どうしよっかなあとは思うけどさあ」と僕は困りながら返答する。

「えっと…いおりちゃんは高校中退…だよねえ」

「ん?まあそうだね」

「大学なり専門なり行きたいのかい?」

「まあ…働いても良いけどさ」

「いやいや…辞めとけって…生涯賃金しょうがいちんぎんのハナシ知らんでもないだろ?」と和美さんは言う。確かに高等教育こうとうきょういくを受けてないと、賃金は上がり辛い。リスクを背負わない限り。

高認こうにん…面倒くさいなあ。大学受けるにしたってブランク埋めるのに1年かかる」まったく、憂鬱ゆーうつだ。

「あのさ。中学の教諭きょうゆをやっていたあたしだが―高校の勉強くらい、余裕ですよ?教えるの」と少し自慢げに言う和美さん。

「そんなもん?」

「うん。こっちのリハビリに付きあうと思って―教えさせてくれんかい?」と和美さんは頼みこむ。

「じゃあ…来年あたりから頼んでもいい?今年一杯は気楽な身で居たいし…辞めた高校にも連絡取ったりせんといかんし」

「ん。じゃ、頼んだぜ?いおりちゃん」

「こちらこそ…頼みます。あ、ついでに僕、そんな頭良くないですから」


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 季節はさらに流れていく。


 共生組合きょうせいくみあいは―いくらかメンバーが去っていった。久井ひさいさんは今、天神てんじんの百貨店の中のお肉屋さんで働いている。渕上ふちがみさんは―普通にサラリーマン。営業らしい。長老の石田いしださんは相変わらず共生組合に居る、卒寮そつりょうを先延ばしにしたらしい。古河ふるかわさんは―今、動画投稿サイトの人気者だ。作曲した歌がヒットしたらしい。賀集がしゅうさんは、大学に進んだ。いわく、「ハナシを書くにも学が要る」橋本はしもとさんは…実家が資産家なのもあって悠遊自適ゆうゆうじてき》に暮らしている、だが、ギャンブルへきは完全に矯正きょうせいされてしまった。地道にカネを稼ぐ事に喜びを見出している。


 スタッフも―メンバーが去った。柿原かきはらさんだ。何故か?結婚したからだ。誰と?安藤あんどうさんである。意外な組み合わせに皆、面食めんくらったものだけど、安藤さんはこう言う―「友悟ゆうご君にご飯作ってもらいたくて」と。仕事は―なんでも屋に入ったらしい。まあ、彼は中々器用な男だから上手い事やっているのだろう。

 長田おさださんは相変わらずだ。今でも精力的に引きこもりたちと関わっている。安河内やすこうちさんの支援を受けながら、九州各地の引きこもりたちを訪れ、寮に誘ったり、共生組合の様々な活動に関わらせている。たまに僕と話すと―「また、あの曖昧あいまいな世界に行ってみたいねえ」なんて事を言ったりしている。嫁さんにシバかれる要因が増えるだけだから止めてほしい。


 さて。僕とかずさんの話。

 僕らは2人3脚で高認と大学受験に取り組んだ。一応バイトも続けてたけどね。

 和さんは受験にさいして、作戦を立てた。

「私立文系1本狙いだ。別にいおりちゃん家、貧乏でもないしょ?」

「まあ、絞った方が安全か…」


 んで。僕は―高認をパスし、大学にも受かってしまった。大学は柿原さんの母校にしようかと思って居たのだが―好きな作家が講座を持っている、という一点だけで京都の大学を選んだ。しくも父の母校である。

「結局コッチ来るんかい!!」と父はツッコミを入れていた。


 そう言えば―みなさん覚えているかどうか分からないが―スマホの借金。母への借りなのだけど―

「入学祝いに…利息と残金はチャラにしてあげる」と言われた。ケチな彼女から出た最大のお祝いである。


 僕を指導し終えた和さんは、予備校講師の職を見つけてきていて。僕と同時に卒寮するみたい。

「ま、フリーランスで適当にやるさ、しばらくは父さんに助けてもらうけどさ」


 ああ。ミケツさんの話をしておこう。いや、別に変わりはないんだけどね。京都にも連れていくしさ。

「ウカノカミ様から、いおっちゃんに伝言だ」と犬ベットでゴロンゴロンしている彼は言う。

「ん?もしかして―あん時の借りの話かな?」

「おう、それだ」

「おいくら?」

「タダだって」あっけらかんと言う彼。

「は?」そんなうまい話になったのか?

「お前、京都で下宿げしゅくすんだろ?」父の家に転がりこむ予定だ。陽子ようこさんも、かなたくん―僕の異母弟おとうと―も歓迎してくれるらしい。

「まあ、ねえ」これは―面倒な方向に話が転がりだしてる。

「仕事、手伝えってさァ」

「んげ。また神とかそんなのに関わらんとならんの?」正直面倒くさい。今度こそ死にかねん。

「お前は―もう半分、専門家みたいなモンやないか…神とかそんなんの」とミケツさんは僕を見やりながら言う。

「まあ…ね?実際の事によるけど、まあ、なんとか出来る…かも?」

「ま、俺も手伝ってやっからさァ…やろうや!!儲かるでェ?」ミケツさんは和牛のヒレを食べて以来、カネの亡者もうじゃになってしまった。今の目標は松阪牛まつさかうし神戸牛こうべぎゅう近江牛おうみぎゅうの3大和牛の全ての部位を食べつくす事だ。いくら金があっても足りない。

「ま、勉強の片手間にね?学生の本分は学習なり」僕は文学部日本文学科に進んだ。元から本は好きだし、この学部なら神話も少し触れるからだ。

「ま、向こう行ったら伏見ふしみに顔出しに行こうや…さ、お前の卒寮パーリーに行くでえ!!」そう、今日は僕と和さんの卒寮祝いの会が行われる。僕も―誕生日を迎えたから、この共生組合で最後のうたげに初めて飲酒しようかと思っている。


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 卒寮パーティには懐かしい僕の同期メンバーが集まっている。

 すなわち―柿原さん、久井さん、渕上さん、古河さん、橋本さん、賀集さん。石田さんは元からいる。

「久々にひさバーやっとくか」と久井さんは言う。

「やっと―めるわ…長かった」と僕はこぼす。

「無理すなよお?」と和さんは言う。

「初めての飲酒ねえ…ウコンるかい、宇賀神君?」と渕上さんは言う。

「いーや。最初は失敗しとくべきでない?」と橋本さんが茶化ちゃかしてくる。

「誰が始末つけんだっての」と古河さんはクールに言う。

「和さん居るから良くね?」と賀集さんは何気なく言う。

「ま。始めようではないか…諸君」と石田さんが号令をかける―


 キッチンから現れたのは柿原さん。今回の料理を作ってくれたのは彼だ。仕事終わりに申し訳ない。

「いや、コレ、仕事だぜ?」と彼は言う。

「友悟…ケチなのよ。共生組合に請求書送ってきたもの」と安藤さんは不服そうに言ってる。

「まあ、友達価格でやってもらったけど」とのっそり現れた長田さんは言う。

「ほんと、アンタは性質たち悪いわ」と柿原さんは長田さんに言っている。


 その間―共生組合のマスコット的存在を勤めていたミケツさんはリビングをチャカチャカ歩き回っていたのだが―

「ワシの飯は―なあ、長田!!何か頼んでへんのか?」―「アオウ…バウバウ…」と絡んでいる。みんなの前で長田さんに絡むんじゃない。

 長田さんはミケツさんの前にしゃがむと―撫でながらこういう。

「ゴメン、忘れてたよミケツさん」と。周りは不思議そうに見ている…まったくもう。

「おおおォン…畜生ちくしょうだからってェ…めやがってェ…」

「ミケツー?」とそこに久井さんが入ってくる。

「アオン?」とミケツさんはこたえる。

「売れ残りの佐賀牛さがぎゅう、持ってきてんねんで?有り難く食えよ?」マジか。アレも結構高級品だ。その言葉を受けたミケツさんは喜びの犬ダンスをかましている。


「さって…じゃ、いおり君と和美かずみさんの卒寮祝い、やっちゃおう」と長田さんが号令をかけ―僕らはグラスをかわわした。中身は甘めの白ワイン。久井さんセレクトらしい。

「乾杯!!」

 僕は、生まれて初めてのお酒を口にふくむ。

 その味は―さわやかな酸味と―苦味にがみ。ジュースとは違う味わい。

「お?何か複雑な顔してんな?いおり君」と久井さん。

「なんだろう―大人になるって…苦味を知る事なのかも、って思ったんだ、コレ飲んだら」

「ん?いやそれ甘口やで?そんなになん?」と久井さんは言う。

「久井さんは酒の呑み過ぎで味覚がアレだから分からんかもだけど―苦い」と僕はこたえる。


 これから。

 何が起こっていき、どんな人生を僕は歩むだろう?

 それは―まあ、分からない。

 でも、このワインみたいに苦味が利いた人生ではあると思う。そんなに甘く出来てない。

 ただ。

 僕には多くの友が居る。だから、辛くなったら、何時でも彼らに頼るのだ。重たい荷物もみんなで持てば何とやら。

 その内、強くなったら、誰かに手を貸そう。

 何時か自分がしてもらったように。

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