エレクトラのロールモデル、ほけんしつのせんせい、リアリティ・ショウみたいな『あたし』の生活
「結論を言おう」目の前の
「…無罪
「だなあ。君、完全に燃え尽きてるよ」老先生は言う。
「燃え尽き…バーンアウト…」
「ん。教師なら心理学
「ええ。そういう状態があるのは分かってます」
「人間のキャパシティはそれほどでもない…」
「オーバフローしていると?」
「完全にね…君が否定したい気持ちも分かるけど。このままだと君は潰れる…徹底的に」
「大げさな」
「否認。うん、良くないね。睡眠が小間切れになってる時点で気付くべきだ」
「とは言え―別に日中眠くはならない」
「あのね。眠くないからオッケーって訳じゃない…睡眠の大事さを理解してない訳じゃないよね?」
「ショートスリーパーも居る…ナポレオンみたいに」
「居るけどさ。そういう人は大抵短命だ…人間は限られたリソースで物事を為す。リソースを
「あたしには―今この瞬間しかないの!!」語気を荒げるあたし。子どもかよ。
「オールオアナッシング…典型的なうつの思考経路…言っとくが人生はクソ長い…私を見てみなさい、70後半近いのにまだ医者をやらされている」
「後を任せればよいのでは?」弟子なり息子なり居るだろう。
「ほら、オジサン変人だからさ、未婚ジジイな訳」あ、そう。
「まあ―人生は長い、よく分かりましたが…あたしはどうすれば良いので?」
「ん?まずは休職だんね…診断書2か月分で書いちゃうから…あ、悪いけどお金もらうよ?」
「いや、止めて下さい…あたしはここで諦める訳には―」
「お嬢さん?悪いが医者の言葉を疑って欲しくはないね…僕は君に休息が要る、と診断した訳…薬も出す」
「他の医者に必要ないって証明してもらいます」抵抗。
「構わんよ。でも僕と同じ結論を出すと思うね」自信たっぷりに言う老医師。
「…もう、いいです…分かりました…2か月休んで戻ります」白旗を上げる。
「ん。出した薬も飲んでもらうよ?この手の薬は効くのに時間がかかるし、自分に合う薬を見つけるのに時間がかかるからね」
「もう好きにしてください…」
「んじゃ、また2週間後、この診察室に来てくれ。約束だ…」ああ。どうしよう、収入が危ない。
「あの―私、休職したら生活が…」
「大丈夫、その手の準備もしておくから。まずは休む事。その後の話はゆっくりと。以上。まった再来週~」
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
病院を出て、近所の薬局に寄る。そこで処方された薬は睡眠薬とSSRIの一種。脳内物質のセロトニンの再取り込みを阻害する薬。
「最初の内は副作用が出ると思いますので」薬剤師は言う。この手の薬は
「睡眠薬を飲んだ後は、車なんかの運転は避けてくださいね?起きても半減期を迎えてないので、眠気が強く出る場合がありますので」 ※1
薬局の薬の袋をぶら下げ、私は道をそぞろ歩く。とりあえずは主任に電話かけないと。
「美和です」そういう声は何故か震えている。
「はいはい。どうだった?医者の方は」
「2か月―休職をしなさいと言われました…」ああ。言っちまった。隠しといても良かったのだけど。
「だろうね。ま、引き継ぎは僕に任せろ…君は休んで回復するのが仕事だ、今後は」
「収入が―心配なんですが」と私は言う。
「そこは僕の
「はあ…。まあ、休むしかないんですね?」諦めてあたしは言う。
「当たり前でしょう」と言い切る主任。
「ご迷惑おかけします」とあたしは言い、電話を切った。
そして。家にそのまま帰っても良かったのだけど。何となく海の
大学生の頃から嫌な事があると海に来てしまう。寄せては返す波をなんとなくぼうっと眺めると、不思議と気持ちが落ち着くから。
昼間の砂浜は、
低い音が鳴り響く。それは水が生み出した音。水に関する音を聞いてると気持ちが落ち着くのは、人間が生まれる前、妊娠中に
母なる海。
生物は海から始まったという。生命のゆりかごとしての海…何故か私の頭の中で母の顔が浮かぶ…
母。
あたしと母の関係は―よろしくないものだった。
小学生の内から、
でも。あたしに期待されていたのは。母のやり残しをやる娘だ。母の自我の延長線上にあたしはいたらしい。
「あたしとお母さんは、違うの」あたしは母に言う。
「いいえ。私がお腹を痛めて産んだ子だもの…」
「でも、あたしには『あたし』があるの」言い返しても無駄な事。
「その『あたし』の半分は私…貴女には継いでもらわなくては」呪われた遺産。
だが―母の期待はあたしが14の時に
「貴女にはがっかり…ホント、私の生徒の方が優秀…」母は公立の女子高の教師だ。そこは九州でも指折りの難関校。
「ごめんね…あたしはそんなに強くない…」
「貴女にも教えを
「自分でどうにかしなさい…そのままでは死が待つのみだ…甘えるな」父の言葉。学校に行かなくなって数日の事。正論を吐く父はひどく正しい。でも、14のあたしには重すぎる言葉。
結局。あたしは保険室登校の道を取った。完全に引きこもれないあたり、あたしは常識人らしい。
「みーわちゃん?」保健室の教諭は言う。
「はい?」あたしはテストを受け終えて、誰の目にもつかないように帰ろうとしている最中だった。
「ひとりぼっちはきつくないかい?」彼女は30歳くらいの女性の
「と、言っても。
「別にさあ…今がすべてじゃないのに」と彼女は優しく言う。
「でも―14年の生涯の中の1年はあまりに長い」
「でしょうね。でもさ、人生は長いぞお?私らなんて平均寿命80越えだぜ?」
「適当に何とかしますよ…ダメなら死ねばいい」なかなかアルティメットな意見だけど、当時はこう思っていたのだ。
「言うねえ…でもさ、実際練習してみると良い。首
「…っはああ。いや、死ぬかと…」
「死ぬというのは―言うは
「振り切るかも」とあたしは言う。
「その勇気があるのかい?私は出来なかったなあ…」と言う彼女。
「いやいや…先生は生きてるじゃないですか?」
「いやー私、昔は病んでたのさ、ま。若い頃だけどさ」
「今も病んでたら、教師は出来てない」 ※2
「うん。20になるまではもう目も当てらんないような病んでる女だったのさ」
「はたまたどうして?」あまり想像がつかない。彼女は能天気に手足を生やしたような人間だからだ。
「私もさ、別に昔からこうも適当だった訳じゃない…むしろキッチリしようとし過ぎてたね」
「雑な人間、福岡代表みたいな先生が?」意外だ。
「ウチねえ…実家が
「うわ、似合わん」
「まったくだ…まあ、私も
「それは―病みますね?」
「うん。十代後半にリストカット覚えちゃってね…お陰で夏でも半袖
「痛く―無いんですか?」
「そらあ、痛いが―生理と比べたら万倍マシ…」
「それは―まあ、そうかも?」彼女の生理は重いらしい。
「手首を切ると―まあ、血がびゃあって出るよね?それがさ、脈のリズムをとる…なんかスッキリしたもんさ」
「うーん?」痛いだけでは?
「ま、19になって私は大学生になった…そこで私を受け入れてくれる男に出会って、説教されて、監視されて…気が付いたら手首を切らんで済むようになった。実家のほうにもお前の跡は継いでやんねーって宣言してさ、今や
「王子さまが居て良かったですね」とあたしは言っておく。何というか
「ま、別にさ…男じゃなくてもオーケー。自分のありのままを肯定すること、そしてそれを分かち合う相棒をみつけること…人生は長いから何とでもなる。一年が何さ、気にすんな」
「あっさり言ってくれるなあ…」とあたしは
「人生は豚骨みたいにこってりじゃない…塩ラーメンみたいなモン」
「よく分かんない
「いやあ…腹減ったわ」そう言えば昼時ではある。
「じゃ、あたし、帰りますから」
「ほいほい…またいらっしゃい。今度はテストん時じゃなくてさ」彼女は明るい笑顔。過去の闇は
「前向きに検討しときます」と言い、あたしは家路につく。
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
それからのあたし。
保健室に登校しながら、彼女と話しながら、
父は―担任の教師が優秀だったから、あたしが高校に入れたって見ているらしいけど、本当は保健室の彼女のお陰だ。
「しっかし、美和ちゃんは優秀だねえ」あたしは保健室学習だったけど、成績は悪くなかった。
「まあ…昔から勉強は嫌いじゃないですし」
「いい事だ…若いうちは―学校の勉強が社会で何の役に立つか分からなくて―投げちゃう子も居るってのに」
「そんな事しても―自分の首を絞めるだけじゃないですか…」
「それが分かんないのさ…そして中途半端な状態で社会に出て苦労する…ここのOBの話だけどさ」彼女の教え子は中学当時を懐かしんで、よく、ここを訪れるのだ。
「あたしは…なんとか社会に出て、親の
「親が嫌いかい?」彼女は
「ええ。あたしに呪いを授けた母、放置する父…あんな大人になりたくない」
「ひぃ…御厳しい」
「ほんと、放置されてるんです、あたし」
「教員だっけ?
「ええ。どっちも高校で」
「そりゃ、まあ、忙しいわなあ」
「家事なんてあたしが居なきゃ
「なんだあ?もしかしてさ、君のおべんと、自作かい?」丁度昼時で、あたしは弁当、先生はパンを
「ええ。冷凍頼りですが」卵焼き位は焼くけどさ。
「よーやるわ…君はエラい!!」
「
「いんやあ。継続してるのは凄いよ?私なんて社会人1年目で諦めたもの」
「先生は―まあ、そうでしょう」
「結婚しても変わらんかった、むしろ旦那の方が料理出来るし」
「作って
「それはね、悪いじゃん?会社行く前にウチの弁当作ってくれや~なんて言えないって」
「それもそっか…」
「話は変わるが―君、進路どうするつもり?」ベーコンエピを齧る先生は問う。
「とりあえず―私立で行こうかと」
「ああ…この辺の公立じゃあ、出くわすわな、同級生」
「そう…市外の適当なトコロに行こうかと、そうすれば両親にも出くわさない」
「君の成績だと―行けるもんね?お母さんの勤め先」
「ええ」
「勿体なくない?一応名門だぞ?高校が名門だからって何だ、って話だが」
「私立の特進に滑り込む方が楽ですって、学費以外は」
「まあね、君なら学費免除さえ狙える…その先は考えてる?」
「適当な大学を出て、就職…東京に行きたいかな?」アバウトな将来設計。
「東京ねえ…私も一時期
「人が
「別にそれは東京じゃなくても良くね?」
「大阪でも可」
「うん。君の将来設計はアバウト過ぎ」と
「いいじゃないですか…まだ15だし」未来が長いと教えたのも彼女だ。
「
「じゃあ、どないせいと?」教えてくれ、先生。
「私みたいに、取りあえずの逃げ道を
「そもそも―なんで先生は
「ん?まあ、単純に潰し利くかなって」
「ええ…」
「いやさ?実家の方針な訳、大学に行ったこと自体は」
「そうなんです?実家を継いでほしかったんでしょう?両親は」
「茶道でメシを食えるのなんて―ごく一部。生活費は
「で、取りあえず教育大に行ったと?」
「そ。なんか知らんが成績は悪くなかったし」
「まあ、頭悪かったら国公立は狙えない」
「ついでに言うと―大学には出会いがある」俗臭い見解。
「あたしは別に―男はいいや」
「ほーう?君の年代くらいは性別問わずスケベなもんだけどな~」
「イケメンならテレビ見れば事足りる」アイドルでお腹一杯だ。
「君を―理解してくれる人はイケメンじゃなくてもいいだろう?実際、私の
「なんなら―異性じゃなくても良い」特に意味のない発言だ。私のセクシャリティはノーマルだ。特に混乱はない。
「まあね…女性でもオーケー、君位の年頃だとそういうのもある。性別問わずに」
「まあ、何にせよ―なりたいモノかあ…ないなあ」
「何でもいいんだぜ?夢は見とけ、タダだ」
「じゃ、先生みたいな先生とかは?」
「おいおい…少ない椅子を奪いに来るなよお…味方はしてやれん」限られているからね、養護教諭の椅子は。
「じゃあ…普通の教師?それじゃあ、親と変わんない」
「別にさあ。親みたいにならんで良いって」
「じゃあ…先生みたいな適当な教師に」
「適当、ってのを
「はいはい…」そうやって―あたしの道が見つかった…
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
そうして。
駆け抜けるように高校を卒業し、先生と同じ大学に入り、今がある。
でも、あたしは彼女のように適当にはなれなかった。根が真面目すぎ、
結果が―これだ。情けない。
目の前の海は
人生は長い。彼女の教え。
別に一度の失敗が、人生をまるまる損ねる訳ではない。分かってる。でも、最初の一歩をしくじったあたしにリベンジはあるのだろうか?
成功者の体験談を見ていると―
自分が
いや、元から大した人間じゃないけどさ、でも、失敗を目の当たりにすると、人間、かなりショックな訳で。高校からは二段飛ばしで教師の道を歩んだあたしだ。久しぶりの
このまま、死んでしまいたいな、そう思う。そう思う私の脳裏には先程の老医師の顔が浮かぶ。
「死にたくなったら深呼吸…30分耐えきればまあ、アホ臭くなる。ダメそうな時は
薬局の袋を漁れば、睡眠薬が出てくる。メジャーなものだ。
あたしはその薬の包装を開けてしまう、そして、飲みこんでしまう。馬鹿やってんなあ、とは思ったが、判断力は
睡眠薬は即効性ではない。効いてくるのに時間がかかる。だから、私は砂浜に寝転がってしまう。若い娘が何してんだ、と言う
空は溶けた。溶けた水色があたしの体を包んでいく。それはまるで―海水みたいだ…でも息苦しくはない。ただただ、幸福感があたしを包む。全身の筋肉が
ああ…あたしは外で昼寝をかまそうとしている訳だ―
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
息が苦しい。何故?もしかして、睡眠薬で筋肉が弛緩し過ぎたのか?でもなあ。容量は守って飲んだはず…目をこじ開ける。視界は
体が
海水は少し冷たい。熱を帯びた
人生の大半を後悔と共に生きたあたし。果たして
口を開ければ、二酸化炭素が多めのあたしの
次第に―視界が明瞭さを取り戻す。靄のフィルター越しであれど、水中を見通せる。
視界に、何かを捉える。魚だろうか?あたしの体がその役目を終えた時、唯の
いや、魚ではない。妙に細長いのだ。子どものとき食べた
「…
「…コボ」私は返答をしようとするけど、声は音にならない。
「とりあえず―海中からあげてしまいましょう…」その声と共に、鋭利なフォルムの何かしらがあたしの体を包む。ああ、
そして。
久しぶりに酸素を肺に送り込めるようになった。そう、あたしは海中から浮かび上がってきた。周りは
「ねえ…居るんでしょう?」あたしは1人、言葉を放つ。返事がある事を期待していたのに、だんまりとは何事か。
「どうして―あたしを助けた?」ある種の
「海が
「別に、そんなに汚い体でもない」とあたしは言う。あくまで自己基準に
「いや―貴女の抱える魂、感情…それはあまりにも」酷い物言いだ。確かにあたしは後悔まみれの人生を歩んできたが、他人を害するような事はしていないし、そのつもりもない。
「そいつは―勘弁して欲しいな…人生ってのは、
「人の子らは大変だ…私たちの知った事ではないが…」その物言いだと、相手は人外って事になる。どうやらあたしは頭にヤバい何かを抱えているらしい。
「何?アンタは―神様だとでも?」皮肉な物言い。あたしは宗教と名の付くものは否定しながら生きてきた。どこぞのロックンローラーの物言いじゃないが、もし、神が居るのなら、仕事をしてなさすぎる。それに宗教家は罪を犯さない訳ではない。探せばそんな話はごまんとあり、あたしが
「神…久しく
「へえ…君らも人気商売な訳だ、アイドルみたいに」嫌味だ。ま、あたしの幻覚の中なんだから好きに言ってもいいだろう。
「アイドル…
「なら―人と大して変わらん。あたしを
「この海は―私たちなの…」
「何?海の神なの?」
「そう…貴女が知る由もないけど―
「へえ…まあいい。助けてくれたのはお礼を言うけどさ」
「ねえ。貴女―このままあの砂浜に
「あまり…あたしは人生を損ねちまった。果てはどん底…むしろ海の中で沈んでた方がなんぼかマシだったかもしらん」
「そうね…貴女には価値がない」
「そいつはどうも」嫌味で返す。まったく、コイツはとんだ女らしい。
「ねえ。私と取引、しない?」話が
「取引?あたしに差し出せるものは無いね…カネもそんなにない」
「そんなもの要らない…その価値を担保しているのは人間じゃない」
「あたしは
「貨幣…ね。価値の
「商取引の為のツール…コミュニケーションツールでもあるかも」なんて話に乗ってしまう。この状況を
「コミュニケーション…久しくしてない。貴女が数百年振りに此処に迷いこんできた」
「へえ…そらとんだ引きこもりだね?」
「まあね…私たちは、放置されてきたから」
「その気持ちは―分かんないでもない」
「そう?孤独な生を歩んだようね?」
「まあね、親も友達もあたしに興味がなかった…」
「貴女が―自ら閉じたのではなくて?」
「ま、適当な社交スキルは磨いたけど…ま、そうかもね」
「ふぅん。貴女に親近感を覚えないでもない…もしかしたら、貴方は私を
「宿す?」
「体を貸してって言ってる」
「どーすんだい?そんな事してさ?別に興味は無いんだろ?世界にさ」
「とは言え、もうここに居るのも飽きてきてね」
「辛抱の足らん神さんだね」
「ま、大した存在でもないの。で?いいかしら?」
「あたしの体ねえ…さして面白くはないと思うけど」実際、人の輪を外れつつあるのだ、あたしは。
「構わない」
「んじゃあ―契約成立、といきたいけどさ。あたしはタダで君に体を引き渡さんといかんの?」
「何を望む?」
「そうだなあ…」どうしよう。金が頭に浮かぶけど、そんなもん、意識が何処に追いやられた後では何の価値もない。
「しばらく―貴女の意識を預かろうか?しんどいことは私が代行するとか」
「その間の待機場所は?」そう、何処にあたしは行くんだい?
「上手くいけば、私の中、下手をすればリンボ…境界の狭間…無の中」
「おいおい…リスクがデカすぎるよ」
「しかし、そのリスクを負わないものは
「ったく…
「ならば―」その時、空間が
「ねえ、契約したんだからさ、
「私の名は―」
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
それからのあたしは―意識を『彼女』の底に沈めたまま、数年を過ごした。
『彼女』の為すがままに、数年の休職を経て、今や職はない。
『彼女』に取り込まれた『あたし』の生活はほとんどコストがかからなかった。せいぜい光熱費と家賃位のもの。
親は―父の方がたまに連絡をしたり、家を訪れていたが、『彼女』は沈黙でもって応対した。
父は引け目があるのか、あたしに何も言わないし、責めるでも無かった。
薄い
まるでテレビのリアリティショウのような―あたしとその生活。
ディティールはあるけど、それに手触りがない。造り物めいた生活を受け身で感じる日々。
「君は―どうしてしまったんだい?」かつて、あたしに休息を言い渡した老医師は言う。『彼女』は、支障をきたさない為に病院に顔を出していた。もちろん、投薬も継続していた。
「別に」『彼女』は、『あたし』は、言う。
「こういう症状の
「まあ―色々、とね?」『彼女』は振り切ろうとする。
「ま、いいんだけどさ。君がしんどくなければ」どうなのだろう?あたしはしんどいのか、楽なのか?
「ええ。今はとても―楽しいです」これは『彼女』の言葉。でも『あたし』にはよく分からない。だって『彼女』は、
『あたし』を数年ぶりに揺り動かしたのは―あの、
父親が手配した、追い出し屋の中年男性は、
インターフォンの電子的な音声が、あたしの部屋に響く。
『彼女』は無視しようとしていたらしい。でも『あたし』としては久しぶりに好奇心が湧きおこる。しばし、『彼女』と『あたし』はもみ合いになる。
その間にドアの向こうの人気は失せてしまう。
再度鳴るチャイム。
『あたし』と『彼女』はまたもみ合いになる。数分後、ドアのポストに何かが
『あたし』は―力を振り絞ってみる。
三度目のインターフォン。『あたし』は、『彼女』を押さえつけながら、受話器を取るけど―言葉が出ない。腹に力が入らない。吐き出されるのは息ばかり。
「出てくるのがしんどいならインターフォン越しでもいいし、話すのが面倒ならこのまま僕が喋り倒しても良い。でも。なんで鍵を開けたのだろうか?」中年男性の声。
今、『あたし』の―魂か何かには鎖が巻き付いている。それが
右手を―魂にそんなものがあるかは知らないけど、あげようとする。鎖は重い。耳障りな
「…分かった。じゃあ、こうしよう―家にいれてくれるなら今すぐインターフォンの受話器を置いて欲しい。このままの状況がお好みなら受話器を置かないでくれ」
『彼女』は、抵抗する。彼らを家に招き入れてはいけないと。
『あたし』は好奇心と、
それは―成功する。受話器を置くことが出来た。
彼らは、この中に入ってくるだろう。
しかし、『彼女』がそう
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
『あたし』は古めかしいベットの上に転がされている。周りには黒いカーテン。それが外界を仕切る。何も見えない。
ベットに
しばらくすると。
カーテンを
闇が割れる。
光が差し込む。
ああ。数年ぶりに、
光にひびが入る。そしてガラガラと崩れ―また、『あたし』は『彼女』の底に沈みこんでいく。
ああ。コレが地獄なのかな、と思う。意識だけが永遠に
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
あの二人ともう1匹は―諦めていないらしい。訪問はまたあった。
でも、今度は、ドアを開けずじまい。『彼女』は
体を、魂を、
後は彼らの
しっかし。なんでお汁粉たっぷりの自販機なんて破れを創ったのだろう?『あたし』、お汁粉好きだっけ?いや…お汁粉ジャンキーだったのはあの
「いやあ、冷え症でさあ。
「…と言っても、この季節にお汁粉売ってる自販機なんてあります?」とあたしは問う。
「ん?そこは知恵の出しどころ。近所のディスカウントストアが変な店でさ、
「で。それを買って、温めて飲んでると」
「ん。助かるよお。クーラー入れん訳にはいかんもの」
「ま、別にあたしは良いですけど…」
「君も飲むかい?私のストックがあるぜ?」得意げな彼女。
「いや、炭酸飲料下さいよ」
「炭酸はねえ!!麦茶でもあげるから勘弁してくれ~」
ああ。なんで、こんなどうでもいい事を思い出す
もしかして―あたしは彼らに彼女をオーバーラップさせているのかな。まあ、確かに彼らだって―仕事かもしれないが―あたしを助けようとしている訳で。
『あたし』は、助ける立場を選んだはずだけどなあ…でも、それは失敗した。
それは『あたし』の能力不足が故だろうか?それとも、どうしようもないことだったのだろうか?分からない。こういう事は当事者が一番よく分かっているはずだけど、『あたし』にはよく分からなくなってしまっていた。
そう。『あたし』は自分の人生というモノをカメラ越しに眺める癖がついてしまっていた。
それはある種の
適当な道を見つけたフリをして、そこに
それは結構楽な事でもある。
「あたしは―あの彼女のような教師になる、両親みたいにはならない」
これを胸に抱いてさえ居れば、他の事は無視できる。何かに
弱いかつての『あたし』は今の『あたし』をどう見るだろう?
これで良い、って思うのだろうか?
それとも?…いや、分かんないや。
―誰から?
それは―母と父。あの二人から。本当は、向き合い、彼らとキチンと理解し合うべきだった。それが和解じゃなくてもいいのだ、『他人』と『他人』でもいいのだ。
「あたしは―貴女たちに生を分けてもらったけど…『あたし』があるんだ…悪いけど、貴女たちの跡は継がない」
ああ。なんで今更、こんな事を思いつくんだよ。遅いって『あたし』。こんな単純な話を思いつけなかった過去の『あたし』は馬鹿だ、
ああ。
ここから出たい。そして、『あたし』を取り戻したい。サボっちまった数年を取り戻す事は叶わないけど―納得はできるようになるはず。
だから―助けて。
かつての『少女』に似た
その思いは―『彼女』という海に沈んで消えていくのかな…
↑ 本文、了
本稿の執筆にあたり、以下の文献、サイトを参考にしたことを明記します。
※1
「エチゾラム錠」
添付文書
@日経メディカル
https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/780075_1179025F1239_1_09.pdf
「ゾルピデム酒石酸塩錠」
添付文書
@日経メディカル
https://s3-ap-northeast-1.amazonaws.com/medley-medicine/prescriptionpdf/780009_1129009F1335_1_07.pdf
※2 の記述に関して、地方公務員法の欠格条項を参考にしています。
「昭和二十五年法律第二百六十一号 地方公務員法」
16条
@e-GOV 法令検索
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=325AC0000000261
しかし、上記の法令は、2019年6月7日に改正が行われ、
「欠格条項削除法が成立 成年後見、参院本会議」
日経新聞 2019年6月7日
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45820490X00C19A6000000/
成年被後見人等の欠格条項部分が削除されております。
詳しくは以下のサイトを参考にしてください。
「成年被後見人等の欠格条項の見直し
に関する法改正について」
平成30年2月28日
第60回社会保障審議会医療部会資料
@厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12601000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000195723.pdf
「成年被後見人等に係る欠格条項の見直し」
@文部科学省
https://www.mext.go.jp/a_menu/hyouka/kekka/1402011.htm
※3
「狐憑き」
@wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/狐憑き
「野狐憑き」
@怪異・妖怪伝承データベース
国際日本文化研究センター
https://www.nichibun.ac.jp/YoukaiCard/0310008.html
「甲州郡内妖怪事件取り調べ報告」
井上円了
1894
東京朝日新聞
@青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/001021/card49268.html
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