カステラ、エレクトラと歪んだ家庭、中庸を目指す老人たち
目的地。それは
「美和」みわでいいのだろうか?読みとして。
「みわさんだよ。何というか
「み…
「ま、案外に関係なくはないかも分からない」と
「はい」なんか久しぶりにインターフォンの応答を聞いた気がするのは最近の出来事のせいだろうな。
「
「どうぞ、中にお入り下さい」
門をくぐり中庭を通って、扉を開け、中に。内装は最近の建築って感じだろうか?
迎え入れてくれたのはその家の主で、彼女の父親にあたる方。
「長田さん…お世話になっております…そして初めまして―お嬢さん?」珍しい。一発で僕の性を当てる人は珍しい。なんといっても見た目が青年風のショートカットだし、格好だってイージーパンツに半袖のパーカーなのだ。大抵の人は僕を小奇麗な男として扱う。
「初めまして。
「ご丁寧にどうも…ま、私はそんな
「と。言いましても―年上に対する時は礼儀を持って、って言うのがセオリーですから」と僕は言う。
「そうかい?君
「いおり君」と長田さんがエクスキューズを置く。
「何でしょう?」やらかしてしまったのか?
「美和さんの家は―
「あらら…まあ、お手柔らかにどうぞ」と僕は言う。正直、教職の人間は嫌いだ。あんまりにもいい思い出がない。
「君は―無能教師に行き会ったようだね」と柔らかい笑顔の美和老人は言う。
「そもが転勤族で―教師ってあまり深い付き合いした事無くて…」やや言い訳気味の
「ま、我々みたいなのは―
「『大人もどき』って…というか―僕が言うのもなんですが、
「おっと。失礼。さ、上がってください。狭い家ですが」
美和老人の狭い家ですがという
失礼を承知で案内されたリビングを見回す。賞状やら写真が多い。でも、それは美和家の仕事の写真。即ち、生徒と美和老人、美和夫人の写真であり、家族写真のようなモノが見当たらない。これは―僕が言えた事じゃないけど、異常一歩手前だ。
「いおり君―言いたい事は分かるが、物事には順序がある」と長田さんが
「ま、美和氏の話を聞いてから…ですね?」
「そ。茶を待とう…
「いや、普通
「いや、会社相手じゃなし、もてなしを拒否するのは失礼だって」
「ま、なんでもいいっすけど…」
美和老人は、カステラとコーヒーを乗せたお
「いやあ…今あるお菓子だと、コレが一番かな、と思いましてね?」
「美味しそう…」そう、そのカステラ、僕は知っている。長崎の
「お。カステラですか…コーヒーと良い味出しますよねえ」と長田さんは
「喜んでもらえて何より…さて?話はどうなっているのでしょうか?」美和老人は我々に問いかける。
「今のところ―
「ほんと。我が娘はシャイでして…教職になれたのが不思議ですわ」と美和老人は言う。
「ええと。僕がここで言葉を挟むのもなんですが―彼女は家の伝統として教職に
「それは―違うんです」と美和老人は言う。
「突っ込んでお聞きしても?」僕は
「我が家は教員の家系です、それは否定しない。私だって教職の家に生まれ、何も考えずに教員になりましたし、家内もまた。でも我が家の子どもは教員になるはずがないと思っていました」美和老人の語りが始まる。
「それはどうして…」
「私たちは今で言うワーカホリックだったんです…家庭を顧みなかった」寂し気な美和老人。
「それは―養う為に必要だったことでしょう?」そう、我が両親もそうだが、ワーカホリックと言うのは仕事自体が目的になる
「まあ、若いうちはそうだったのかも知れませんが…歳をとると人間、欲が出てくる」と美和老人はアンニュイな物言いをする。
「ま、それが会社やその人の為になっていれば―表面上問題はない」と長田さんは言葉の間を
「だが、物事は
「中継地点…もしくは交差点…その案内人みたいな」と僕は
「ですねえ…別に教師は何でもない。凄い子は最初から凄くて、私たちはそのお手伝いをしているだけ…それを
「ある種のキングメーカーを気取ってしまった?」正確な物言いじゃない。キングメーカーとは政治の
「近いかもね…子どもにある種の押し付け…理想を強要した…最初はうまくいった。何なら、今あなた方に出しているカステラも私の教え子からの贈り物です」
「割と優秀だったようで」完全に嫌味にしか聞こえないが、そう言うしかない。
「手厳しい。だがまあ、私の教え子は大抵が優秀でしたね」
「私立の学校にお勤めだったのでしょうか?」僕は訊く。
「いえ…公立のトップレベルの高校ですよ?」そりゃあ…まあ、優秀な人材が集まるだろうな。
「
「その内―勘違いするんですよ、人間って…自分の指導能力を過信するようになる」見た目に反してはいるけど。
「
「哀しき
「でも―貴方は何処かの段階で気が付いた」僕は話を引き上げ始める。彼の
「それが―我が子の異常だった、って言うのが笑い
「異常?今の状態を指すのではなく?」僕は話を掘り下げていく。
「教師は自分の子の教育を
「悪いけど―それは事実です。子どもは放っておけば―
「苦労したらしいね…」
「ええ。形は違えど僕も両親に放置され、勝手にどうにかなる事を期待された子どもでした…最近は親の心変わりで
「君は…自分でどうにか出来たんだろう?」少し
「いえ」僕は否定する。そんな訳がない。僕は両親や色々な人の温かさで何とかここに戻ってきただけだ。
「中々芯のある若者だね?長田くん?」と美和老人はカステラを貪るのに
「んぐ…いや、いおり君は―ただ素直だっただけですよ。強くはない」とカステラを
「ええ。僕は周りに助けてもらわないと何も出来ない馬鹿なんです」と美和老人に告げる。大した人間でもないのだ。
「私達は―あの子を…助けなかった」
「見捨てた?」
「いや、自分で道を選べ、と」
「無茶言う」そんなの十代の若者が1人でどうにか出来る話じゃない。
「それが案外どうにかなってしまった…異常と言うのは不登校の話です」と美和老人は続ける。
「ま、女なんて中学で良くも悪くも
「大人しかった娘は―
「それこそアンタの出番だ」と僕は毒づく。専門家でさえあるだろう。勝手にどうにかしろって
「いおり君?どうどう」と長田さんはたしなめる。いかん、迷惑かけかねん。
「まったく。その通りで言い返したくはないが―
「かも、知れませんが…あなた達がその年齢だった時、同じ事を強いられたらイラつくのでは?」
「想像力の
「ま、過去を裁いても仕方ない、か」諦め半分で言う。
「覆水盆に返らず」と長田さんは言う。
「で?娘さんは何とか不登校を脱した?」
「ええ。当時の担任が上手い事してくれ、高校にも行った…その後はあなた達の知る道を歩んだ。私たちのようには絶対ならないだろう、と思っていた娘が」
「補足しよう」長田さんは言う。
「その時の担任のような―弱きに寄りそう教師という道を娘さんは選んだ」
「それは―
「まったく。私たちと交渉があれば、それを伝えられた…でも、娘は…私たちを見限った。家族と言う縛りを
「
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「教育大学に進んだ娘は1人暮らしを始めた…それ自体、あまり
「それは―甘く見過ぎというか…高く見積もり過ぎでしょう」と僕は返す。
「理想に燃える若者を止めるのは難しい」と長田さんは言う。
「まあ、実際、大学時代は問題なかったんだよ。真面目に講義を受け、
「ほんと、真面目な方なんですね」と僕は感想を
「学生の内は―案外無理も効くもんだからね」と長田さんは懐かしそうに言う。
「順当に大学を卒業した娘は、国語の教諭として公立中学に勤めだした」
「まーた、リスクが高そうな場所に…」
「公立中学の教員は―ハードだ…色んな子どもが集まる最後の機会。問題児が少ない訳じゃない、メンタル的に強くないと、何処かで破たんする」
「個人的な感想ですが―中学の教師って、ちょっと頭のネジが危ない人、多かったですね」実際、そうでもないと思春期の訳分からんパワーに立ち向かう事は出来ないと思う。今だからそう言えるのだけど。
「教師の
「まあ、いい教師も居るでしょうね」と僕はフォローを入れておく。
「そうして―いい教師から潰れていく」と美和老人は言う。
「それは―理想とのギャップですか?」と僕は尋ねる。
「も、あるでしょうが。抱え込み過ぎるって感じでしょうか?」
「普通のサラリーマンと変わりがない…」と思う。
「昔は教師を
「僕は偏見で物を見ていたのかも知れませんね…今まで強い言葉を使った事、お
「いえいえ…若い子に反発されるのは慣れっこですから」と穏やかな顔の美和老人は言う。
「彼女は―真面目に学級に取り組み、問題を前にして、潰れてしまった…」長田さんは言う。少しの
「
「そうなんですか?」と僕は問う。
「ええ。ハードランディングを避けるすべは無くはない。でも、リカバリーしようとすると多大な負担を強いられる」
「まあ、問題の根はひとつじゃないでしょうし」と僕は言う。崩壊した学級なら全員がその原因たる事もあり得る。
「しかし。娘は真面目に1つ1つ潰そうとした…」
「1つ潰すのも大変なのに」
「面倒見が良かった、と言うよりは昔の自分がしてもらった事を全員にしようとした」
「それは無茶―」でも、それをする事が彼女の使命だったのかもしれない。彼女はその理想を胸に抱え、教師と言う職を選んだ。
「僕みたいに―」長田さんは言葉を挟む。
「適当に仕事を選んだ人間には分からない、
「与えられた使命、もしくは自分が見つけ出した理想…その中で絶望を味わうのは地獄です」と美和老人は言う。
「やりたい事をやっているからって…苦しくない訳がない」と僕は言う。珍しく素直な物言い。
「ね。案外周りは分かってくれない」と美和老人は言う。
「僕が知ってる中では―作家かなあ…誰だ、とは言えないけど、好きな小説を書いてるのに苦しい、って何処かで見たような」
「やってる事がうまく行っている内は良い…問題は上手くいかない時だ」長田さんはもう
「
「ですね。
「いや、長田さんはドリーマーのクチでしょう?」と僕はツッコミを入れる。
「そう?別に理想がすべてって思ってないよ?」軽く言い捨てる長田さん。
「意外ですわ…」
「ま、歳を経ると肝が太くなりますからな」としたり顔の美和老人。
「若者は繊細、ですか?」と僕は老人二人に問いかける。
「そう。その場その時がすべてで、上手くいかなきゃ人生お先真っ暗なんて思っちゃう」と長田さん。その真理は病んで悩んで得たものだ。簡単にその
「だから普通は上司がマネージメントしてやらんといかんのです」と美和老人。
「上司…学校の上司って校長とかですか?」
「も居るし、学年主任でもいい」
「でも、娘さんは適切なマネージメントを受けてない?」
「と、言うより、本人が聞き流したんでしょう…一応教育現場は何重もの研修システムがあり、その際にリスクマネージメントは習うはずです」一応この人も公立校の教員だった人だ。
「うわあ、何か耳が痛い」と僕は漏らしてしまう。身に覚えがない訳ではない。
「それを含めたマネージメントをするってのが理想だけど―そうそう人が居る訳じゃないし」と長田さんがリアリスティックな意見を言う。多分経験もあるだろう。
「まあ―これが私が語れる娘の
「
「奥さんの話があまりなかったような…」
「だねぇ…ま、そこは美和さん、お願いします」と長田さんは頭を掻きながら言う。
「娘と、
「まあ、同性の親との争いは避けれぬモノです…それこそ文学、心理学の対象になるような」
「エレクトラ・コンプレックス…エディプス・コンプレックスの女性版」と美和老人は心理学用語を交えながら言う。
「あれは図式化しずぎの嫌いがあります…まあ、僕も最近まで当事者だったので肌では分かりますが」と僕は美和老人に情報を開示する。
「超えられる存在としての母、そして親のやり残しを押し付けられる娘…」
「今のご時世、親を超えようなんてガッツはないと思いますけど」と僕は近頃の
「我が家内は―まあ
「我が母もまた」と僕は言う。
「ほう…でも和解した?」
「ま、それまでに父は別の女性と
「一筋縄では行かんですなあ…」と外ではやり手であっただろう美和老人は言う。
「どっちかが悟るしかないです…あくまで親と子は『他人』であると」そう、お互いを尊重し合わないと、この手の問題は平行線を
「私の家内は―違うやり方で教師という道を見つけ出した娘に昔の自分をオーバーラップさせた…元が違う性格なのに」
「母は子に『希望』を託すものです…それは時に『
「私は、男の子を持ちませんでしたから、ある種
「それに関してはノーコメントで」と僕は美和老人を
「まあ…いや、僕も何も言えたクチじゃないかな。まだ子どもはいない」と長田さんは言う。
「一応、この手の専門家では?」と僕は
「一応そういう看板は
「
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「…ま、そんな感じなんだ、いおり君」とコーヒーを
「どうか―娘をお願いします」と頭を
「僕は―彼女を助けられない」と僕は断りを入れておく。安
「ふむ…同性の君になら任せられそうなんだが」と美和老人は僕の言葉の真意を探る。
「とは言え。年齢は10近く違う。社会人として生きてきた彼女に僕が意見するのは
「お嬢さん…いや、いおりさん。
「そー言われると教育なんて
「教育者の都合なのか、教師を上に置く風潮があるのは事実ですが。教師もまた、生徒に教えを受けている」
「それを理解している教員がなんぼ居るかって問題はあるかと」手は
「私とは違う世界の話ですが―大学教授とその弟子の関係なんかは…私のいう事を行っている例もある。師は超えられる存在であり、弟子は師の研究を発展させ、更に先を行く。弟子を見て師も学ぶ…」
「それは師の
「まあ、ね。年上にはプライドがある…若者の先を行かねば、と」
「そう…世の中の大人は大抵そうです…
「我が娘が後者である事を祈ります。いおりさんから生きた何かをつかみとってくれると」
「僕は―そんなに大したことない」と僕は
「それを決めるのは他者です。それをはき違えてはいけない」と美和老人は言う。
「自らから最も遠いものが―僕の価値を決める」自分なりにパラフレーズ。
「ええ。自己肯定感を
「受け入れがたい時もある…」
「まあね。テメーが何を知ってるんだ?って思わない訳でも無い」冗談交じりの口調の美和老人。
「バランスが大事なのかなあ…」と僕は僕なりに
「ま、
「一番難しいヤツ」と僕は即座に
「大丈夫。歳食っても分かりませんから」と美和老人はあっけらかんと言う。
「一生悩む事になるかなあ…」と長田さんが口を挟む。
「私も死ぬまでに適当目指しますから…ま、頑張って行きましょう。娘は引き続きお願い
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美和家を
「なーんか…良く分かんなくなりました、色々」と僕は言う。
「ま、人生、分かる事の方が少ない」と長田さんはのんびり歩きながら言う。
「大体、あんな感じで
「んーま、ああいう人だから泳がせたのは事実かな…」
「いや、上司としてどうなんすか、それ?」少し
「いやさ?僕はもう大体は
「僕こみでヒアリングしにきたと?」
「うん。君がいたら同じ話でも切り口が変わりそうだったし」
「ま、僕が突っかかっただけっすけど」と僕は後悔を
「もの
「もっと堅い人なんですか?普通は?」
「いや、そうでもない…けど僕とは社交辞令の
「大人は大変だ…」と僕は言う。
「ね。話の内容が無いんだよ…しゃべりまくってもさ」
「ディスコミュニケーション…会話の情報量のロス」
「そ。本題に行く前にコミュニケーションが閉じる」
「僕は社会に出た事もないし、跳ね返りが強いから、その手のモノは
「ま、グッジョブ、いおり君…美和さんも君の事気にいってたみたいだし」
「そうですかね…ま、頼まれちゃったし、最善は尽くしますけど―なんか報酬くれません?」
「天ぷら
「いやあ…なんか暑いっすよねえ」と僕は
「しょうがない…コンビニ寄るよ」と長田さんは僕の願いを叶えてくれる。
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コンビニの前で九州ローカルなクランチがたっぷりかかったチョコアイスを食べると、僕たちはホームタウンに帰った。
長田さんは
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