気張る柴犬、長田の昔話、宗像大社
後日。
「明日、またあの現場にいく事になる」と。長田さんは責任を果たす為、理不尽な現実に向き合う覚悟をしたらしい。適当に言い訳して逃げればいいのにさ。貰った謝礼を返金し、親御さんに事情説明して、無かった事にだって出来たはずだ。
「長田さん、真面目ですねえ…あんな
「ま、そんなに器用に出来る性質じゃない…それにいおり君も途中で投げ出すのは嫌だろ?」と彼は応える。
「ま、僕は『断らない女』だし…長田さん以上に不器用ですから」
「ま、ボチボチやろう…ミケツさんの説得は?」
「あ。忘れてたなあ…」
「僕が牛肉差し入れするから、是非にって言ってくれ」
かくして自室。犬ベットの上でだらしない格好をしているミケツさんに僕はこう言う。
「明日、かの
「は?ワシ、辛い仕事は蹴るクチなんや」と。まあ、要らん負担をかけたばかりでもある。そう言われても仕方ない部分がある。長田さんから貰った交渉のカードを切るしかない。
「長田さんが牛肉
「わふぉおお…」犬の鳴き声と人語が混じった何かを吐き出すミケツさん。
「で?受けてくれんの?」僕は熱い鉄を打つ。
「牛ロース…
「
「ん?確か―久井んトコのが100グラム1000円台だったかな?」とミケツさん。
「んーまあ…いいでしょう!それで安全が買えるのなら」僕は諦めてしまう。済まん、長田さん。
「うっし…交渉成立だ。とりあえず―俺から言えることが一つ」
「ん?なんだい?」
「あのな、まず新しい土地に足を踏み入れる時はその土地の神さんに挨拶しとくもんだぜ?」と彼なりの常識を語る。
「って事は何?
「そ。まあ?もう行き
「ま、明日の昼からだから、
「んま、いいんじゃね?とりあえず
「んじゃあ、それ採用。明日は頼むよ?ミケツ様?」
「こういう時だけ様付けすんな…気色悪い」と悪態をつくミケツさん。
「って言ってもねぇ…どうせ面倒な事になるのは分かりきってんじゃん?」
「だー糞ゥ…肉に釣られるアホちゃあ、俺の事か…」と
「案外、君も『断らない』ねえ…」と僕はしみじみ言う。
「そら、
「知らないよ…君がキャッチみたいなことをしてるのは知ってるけどさ」
「まったく…物を知らん
「だから、道連れが
「長田のオッサン仕事しろよなあ」と呆れるミケツさん。
「いや、タダのおじさんだから長田さんは」
「しゃーない奴らやで…ま、任されよう。さ、寝るぞ、明日は大仕事になりかねん」
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そして翌日の15時。
「おい…
「ははは…早く出してやってよ。
「もう何かめんどくさいし、長田にも俺の言葉、分かるようにしたろ!!」とミケツさんが何かしらの力を行使したからだ。適当な神の御使いである。
とりあえずミケツさんをキャリーから解放し、リードを繋いで―る間から彼は気張りだしていた。モノをひり出しかけている。
「うっわ、止めてよ!駅前で
「ああん?人間は知らんだろうなあ…この開放的なトイレスタイルを」と
「日本の神に
「ま、人間みたいなモンだから仕方ないよ…」と長田さんはマナーバックを準備し、気張る柴犬の前にスタンバイしている。
「甘やかすから何処でも脱糞するんですよ…まったく」と僕は諦め半分で言う。
「はあああ…気持ち
さて。宗像大社を目指す我々だが―アクセスとしては徒歩かバスになる。東郷駅から大体5キロ北に行くと宗像大社の辺津宮があるのだ。
バス停で時刻表を眺める僕にミケツさんはこう
「まーたキャリーに入れてみろ…
「それは…殺されても文句言えないだろ」と長田さんが突っ込む。
「長田ァ…日本人のケツが緩いのは
「まったくもう…まあ、散歩がてら歩こうか?スマホの地図もあるし」と僕は
「そうしよっか、僕も運動不足気味だし丁度いい。帰りはバスでショートカットしたらいい」と長田さんは頭をかきながら言う。
「ほな、いこやー」と
東郷駅の宗像大社側は団地の側と比べるとベッドタウンの色が濃ゆい。良く言えば落ち着いた街並みで、悪く言えば寂れている。駅から1キロ圏内には玉転がし店やスーパー、飲食店なんかが
「何となく、宗像大社が昭和期まで
「案外、福岡は農業県でもあるからね…僕らの日々の食卓を支えてくれてるのはこう言ったところで地道に働いてくれてる方々だ」と長田さんは言う。
「いやー、でもマジで何もない…地図なしで乗りこんだら、あっという間に迷うぞ、コレ」
「ま、
「そう?街中の神社だってあるじゃんよ?京都とかさ、ウチの近所なら博多の
「そういうところの神さんは、
「人のニーズを
「そ、それが
「ある種、神様は人間の被害者なのかもね」と僕は適当な事を言っておく。
「かもな。
「やな話しないでよお…昔を思い出してゲエ吐きそう」と長田さんは苦笑いしている。
「何だァ?長田、苦労したクチか?俺が仕事教えちゃるぞ」偉そうに言うんじゃないよ、柴犬が。
「勘弁してくれ、もうあの手の仕事はしない」と長田さんは言う。
「似たような事してるじゃないっすか」と僕は言う。相手が引きこもりに
「まあね…でも立場はあくまで対等…のつもりだよ?一応僕は支援者だけど…そこら辺はき違えると、弱者をメシの種にする詐欺師になりかねない」
「微妙なバランスの上で成り立ってる」と僕は言ってみる。
「だなあ、お前、やる気さえあれば、カネ、ふんだくれるもん」と悪い顔のミケツさん。
「僕の師匠
「聞いても良いですか?」と僕は好奇心に負け、言葉にしてしまう。
「聞いて…面白い話じゃない。思い出すと―
「
「話の流れだし、しょうがないさ」とアンニュイな顔の長田さん。
「その―師匠筋の人に反発して…
「んまあ、ね。僕って性格悪いからさ、馬鹿が馬鹿してると潰したくなるんだよね」と意外な戦闘民族っぷりを発揮する長田さん。
「馬鹿…そんなに悪徳じみた人だったんですか?」
「いや…彼は彼で必死だった…でも、それを生活の
「まあ、仕事にしちゃうと…やってみたくなる時はありますよね?」
「だねえ…僕が世話になった時はまだマトモだったんだが…」
「拡大路線をとってしまった?」と僕は続きを促す。
「そうだね…銀行から
「銀行から融資…ってなると?もう会社みたいなものですね?」
「うん。非営利組織を
「長田さんの当時の立場は?」
「僕は比較的早く外に出たし、半分スタッフ側だった…その組織の代表…師匠のかばん持ちみたいな事をしていた」
「案外、サラリーマンみたいな立ち回りで」
「そうだねえ…まだ、その頃の習性を引きずっていたんだね」と
「で?外部資本を入れた団体は―何をしでかしたんですか?」これはパンドラの箱だ。
「まずは―OBの扱いが雑になったね」
「OB…団体の卒業者ですね?」
「うん。昔は卒業しても案外、組織のある建物に
「まあ、
「とある―男が居た。彼は団体を卒業したは良いが―仕事で苦労していた…元々が人間関係に慣れてないんだ、しょうがない部分がある」
「そんな時は―誰かに
「そう。彼は良くあの団体を訪れていた…だが、外部資本が入った時、団体は卒業者が団体周囲にくる事を禁じた、カネを払ってないからだ」
「といっても―その団体に在籍してた当時はカネ、払ってたんでしょう?」と僕は疑問をぶつける。
「それはもう。彼の家は資産家だったからね。多額の謝礼を貰っていた…ぞっとするような額だ」
「それを貰っといて―卒業したら近寄るな?高度なギャグか何かですか?」
「師匠は―ケジメだと言っていたけどね…それが本当の意味でのものだったとは思えない。単純にカネにならないヤツを体よく追い払うための
「この話のオチは―」僕は言いかける。何となく予測がついてしまったのだ。
「そ。その男は
「よく、訴訟
「そこは―資本をぶっこんだヤツの中に政治に明るい
「まったく…権力持ちはこれだから…」と話を聞いていたミケツさんは漏らす。
「彼の―
「救いがない…」僕は言う。そんな悲しい結末、誰だって望んでない。
「棺桶の中の彼の顔…を見た時…僕はこのままじゃいけない、って思った。幸い、前の勤め先で蓄えた貯金もあったし、あの組織に関わったお陰でいくらかコネがあった…だから、こんな事を繰り返さない為に僕が新しい組織を作ってやる…そう思って共生組合を細々と始め、
「長田さんは―細心の注意を払ってる…カネに関しては」
「うん。金は要るけど…スポンサーは厳選したね。まあ、あまりいいやり方ではないが―理解してくれる人に出会えてラッキーさ…安河内さんはカネに無頓着ですらある。リターンは社会貢献だってよく言うんだ。有り難い事にね」
「あの団体はどうなったんですか?その後?」僕は訊いてみる。ロクな事になってなきゃいい。
「ん?まあ、その後、団体に関わってる最中の人間が…亡くなってね…自らの意思で。それが―スキャンダルになり、もう解散したと、伝え聞くのみさ」
「因果応報…良くも悪くも為した事には結果が伴う」
「まったくさ…僕も間違えないよう頑張んないとね…一歩間違えたらそこは奈落だ。彼らと変わりが無くなってしまう」
「ま、僕が居る間は―無茶させませんよ?」なんて
「大丈夫。
「お…そろそろ着くぞ」とミケツさん。川沿いに歩いていた道の左側に
「さ、神様にお
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「ここって犬とか連れて
「ちょっと…待って。今、知らべる」長田さんは
「別に構へんやろ…」神の御使いのミケツさんは適当な事を言う。これを
「特に注意書きは無いね…まあ、
「まあ、禁止されてたら、ミケツさんはお留守番。さ、ささっと済ませよう」と僕は言う。
だがしかし。
「悪いけど―ミケツさん、そこら歩いてて貰える?」
「おん?構へんがな…どうせワシは畜生ですよってに」毒づくミケツさん。
「いいのかい?迷子になったら大変だ…」長田さんは心配そう。まあ、普通の人ならそういう感覚だろう、しかし、
「長田ァ…俺を誰だと思ってんだ?ハイテクにも明るい柔軟な男よ?」得意げですらある。
「へ?何か連絡手段があるのかい?」
「メッセンジャーでミケツさんに
「わお。流石。柔軟だね」と長田さんは感心している。
「ま、俺に構わんとさっさあ済ませんかい」
「あーい」
人目につかない場所でこっそりミケツさんを
手を清め、本殿の前に立つ。そこには神が居る。特に最近はなんとなくその気配が伝わってくる。もちろん僕の想像力も手伝ってはいるだろう。でも、居るものは居るのだ。人間と別の
「どうか―ご
隣の長田さんは僕が祈り終えた後もじっくりと祈っていた。もしかしたらお伺い以上の事をお願いしているのかも知れない。
お祈りを終えると、僕らは社殿を出たのだけど、その時長田さんは言う。
「なんかねえ…境内の奥の小高い所に
「一応、そこにも挨拶していきましょうか」
「うん。是非、そうしよう」
そんな訳で僕らは境内の裏の方の小道をえっちらおっちら歩いて行く。そこは宗像大社の
「特に信心深いつもりはないけど―こういう所は背筋、伸びるよね」と長田さんはずんずん歩きながら言う。
「京都の
「こういう『場』…ある種の舞台装置は―人に訴えかけるものがある」
「ですねえ…自然と
「名古屋の
「まあ…
「そんな由緒を聞かなくても―黙らせる力が神社の森にはある」
「ある種の自然崇拝…」
「そ。そういう本能的な部分から出た信仰、迷信なんかは案外力強い」
「屁理屈じゃないですからね」
「うん。
「それを悪用する阿呆も居れば―」
「それを社会の
「まったく…世知辛いったらないんだから」
中々の険しさの階段の上には―祭場がある。そこには社殿はないけど…何か区切られたような領域がある。今はそこに人が足を踏み入れないよう、囲いがあるけど…そんなものがあろうとなかろうと、そこは神が現れる聖域だ。独特の雰囲気がある。
僕と長田さんはその聖域の前にあるお賽銭箱にお金を投じて、先程と同じように祈る。
そして、去ろうとしたわけだが―何か小さい
「なんだろう?アレ?」
「ん?んーどうやらこの
「おお…なんかアイス
「
「安全祈願!!
「全ての物事が収まるべきところに収まりますように
「何と言うか―
木片の片割れを結わえてしまうと、僕らは社殿の外に戻る。自販機で買った炭酸飲料を飲みながら、ミケツさんを待つ。
ミケツさんは―へっへっと息を切らせながら戻ってきた。一体何処まで行っていたのか。
「いやあ。港の方までな?」海が近く、
「マジかよ…4キロぐらいあるだろ」宗像大社の辺津宮は案外に内陸にあるのだ。
「ま、そこは飛ばして行った…魚が美味そうな港があったでオイ」
「ミケツさんは魚好きなのかい?」と長田さんは言う。
「ん?肉のが良いが―
「それこそ寄生虫にやられたら目も当てれないよ」と僕は言う。アニサキスなんか
「それに―塩分も気をつけなきゃいけんね」と長田さんは言う。
「
「で?かの女神は何と?」とミケツさんはごろりと転がりながら聞く。
「いや…特に何も。ご挨拶だけは済ませた」と僕は言う。
「これで容赦してくれるといいんだけどなあ」と長田さんは
「ま、そうそう早くに結果が見れるもんでもないか…さ、引きこもり女のトコ行くぞ」とミケツさんは切り替えている。
「ま、そうだね。ここで大島まで行ったらそれこそ帰れなくなる」
「さて―バスは何時に来るかなっと…」僕ら三人は近くのバス停を目指して歩いて行く。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
九州は基本車社会だ。そして車社会の延長線上、公共交通機関の王はバスだ。そのバス網は目が細かく、何処に行っても大手のバス会社にお世話になる。かく言う僕も多大な恩恵を受けているのだが―今日は少し悪口をば。
「なんで最終便がこんなに早くに行っちゃうんだよお」ほぼほぼ泣き言に近い口調。隣の長田さんはタクシーでも呼ぼうかとしている。でもこっちは犬連れだし、ミケツさんは狭いキャリーに入れられるのを拒否した。いや、バスでも変わらないと思うけど。結果―来た道をそっくりそのまま引き返す我々が居た。
「僕らはのんびりしすぎたらしいね…日が暮れだしてる」ととぼとぼ歩く長田さんは言う。九州の夏の日没は20
「ここらさァ…街灯無ェな?」とミケツさんが
「まあ、田んぼの中だもん」と僕は返事をしておく。
「完全に日が暮れたら―ヤバくね?」と神の御使いは人間みたいな心配をしだす。
「ま、その前に駅まで行けるでしょ…さすがに」長老はお気楽である。
「何かしらに悪戯されなきゃですけど」これはフラグである。言葉にするとそれは起こる。一種の
「馬鹿、相手につけいる隙を作んな!馬鹿タレ」関西弁トーカーのミケツさんの馬鹿はマジに
「馬鹿言うな!!」取りあえず反論。言葉は続かないけど。
「とりあえずは、だ」と長田さんが我々の間に入る。
「この
「それも―そうか、落ち着きましょう…」
「だな。いおっちゃん済マンチカン」とミケツさんはダジャレを
「ま、僕も冷静さを
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