塩はゆい体で帰る、宴、宗像にまつわる3つの話
「い…おり君!!いおり君!!」
僕の頬に
「大…丈夫っすから…頬をぺチぺチしないで…」
「ああ…ゴメン」と長田さんの
「長田さーん?今、何時?えらく暗い…」と僕は尋ねる。
「へ?ええと。あ、腕時計、ダメんなってら…」と長田さんは言う。
「水没してます?」と聞いてみる。
「らしい。アレ、現実かよお」と勘弁して欲しそうな長田さん。
「ま、ああいう事もあるんすよ、生きてりゃ」なんて分かった風の事を言う僕。
「みたいだね…まあ。今回はお互い生きてるし、怪我もなさそうだ…一回帰ろう。なんてーか疲れちまった…」
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僕らは団地を抜け、ほうほうの
乗り込んだタクシーの運転手さんは何も言わず、僕らを乗せ、僕らの街まで送ってくれた。後から考えると納得が出来た。と、言うのもこの辺は怪奇現象が良く起こる事で有名だからだ。都市伝説が数多ある。よってその手のよく分からん感じの人に対する対処はお得意なのだ。
「後は―コイツのメーターがどこまで行くかだね」と長田さんは言う。
「まあ。緊急事態っすから。しゃあなしです」と僕は長田さんを慰める。この後、この謎のタクシー代はどう処理されるのか?分からない。ま、ここは子どもぶって逃げよう。
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一時間もしない内に我らがホームタウンのアイランドシティに戻ってきた。タクシーのメーターは…怖くて見れない。トーラスビルディングの前で僕だけ下ろしてももらった。長田さんはこのまま直帰するらしい。
「えっと…お疲れさまでした…今日見た事は…明日以降検討しましょう…」と僕は言っておく。どう言いくるめるかミケツさんに相談せねば。
「ま、今日はゆっくりしなね?僕のせいで迷惑かけて済まなかった…危なかった」と長田さんはしんなりしている。いやいや。長田さんが居なきゃ僕は…だから、せめてこう言う。
「長田さんのせいじゃないです…アレはああいう『現象』でしたから。お気になさらず」
「そう言ってくれると、こっちとしては助かる」
「では、おやすみなさい」
「ん。また明日ね―」
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自室に帰れば時刻は21時。ミケツさんは
寝室に入ってみると、ミケツさんは居た。犬ベットの上でヘソ天状態で転がって寝ていた。フゴゴゴ…とイビキをかいて寝ている。
「いおり君?エライ遅なったやん」と共有部屋でテレビをみながら
「いやさあ…色々あった訳よ」と僕は冷蔵庫にしまわれていた夕食の
「ヤバいヤツやったん?」と久井さんは
「筋金入りの引きこもりだったよ…あ、ミケツさんの散歩サンキューね?」
「ドッグラン楽しかったからええで?犬は可愛いよなー」なんてことを言う久井さん。ドッグライフを堪能したらしい。
「あれ?ゴメン、そんな場所に連れて行ってもらっちゃって」と僕はレンチンし終えたサバ味噌と付け合わせのおひたしを食卓で食べながら言う。
「構わん構わん。俺が無理に連れて行ったんやし」もしかして。ミケツさんの連絡の遅れの原因はこれか?ま、いいけどね。
「話は変わるけどさあ」と僕は夕食を食べ終えてダラダラしながら、晩酌中の久井さんに問う。
「ほ?何ぞや?」久井さんはそこそこ出来上がってる。そりゃワイン1本
「
「あの辺、用ないからなあー分からん。地元でもないし」とあっさりとした返事。まあ、彼は関西の人間だしねえ…と思案する顔になった僕に久井さんはこう提案する。
「
「頼まれてくれる?」と僕は言う。あまり
「じゃ…渕やんの分の
その言葉を受けて、久井さんは近所のコンビニに向かった。
そうして。麦汁をたんまり買ってきた久井さんと渕上さんが事務所部屋のリビングに現れる。
「渕やん召喚完了!!」と僕に敬礼をかます久井さん。
「呼ばれて飛び出でダダダダーン」と渕上さん。何かノリが変だぞ?
「ああ。渕やん、酒呑むとこうだから気にすんな」と久井さん。喋り
「じゃ、
「で、なんですけど、渕上さん?」僕は目の前の上機嫌な渕上さんに問う。
「どしたい?
「宗像について持ってる情報を教えて欲しいんです」
「宗像…ねえ。やっぱ
「宗像大社…宗像3女神…」
「へ?宗像の神って女なん?」と
「そう。
「険しい歴史?だって―福岡は古来、海外との連絡口、交通の
「案外、そうでもないぞ?ちなみに今の宗像の建築は山口の超大手企業の社長さんが出身地である宗像の大社が
「―福岡もとい
「言うてせやなー。歴史ゲーしてても福岡って印象薄いよな…」と久井さん。この人はゲーマーだ。やるジャンルは萌えチックなのからハードなものまでレンジが異様に広い。
「だろうなあ。佐賀の
「そして筑前は?」と僕は続きを
「ん?
「みんな、中央から派遣されてきた人なんですね?」
「だな。小早川家の本拠…つうか
「
「ま、一応。小早川隆景が宗像大社に
「はたまたなんで?」と僕は
「
「ああ…そういやそんな時代だっけ」
「それに…秀秋は地元っ子でもないし、神への
「何と言うか―日本人は昔から合理的だよね」と僕は感想を漏らす。
「その辺、一神
「人の信仰あっての神…」
「そう。必要とされれば
「神さんも大変だわねえ」と久井さんはのんびり言う。
「何となく宗像が
「細々と伝統を保ち続けてきたらしい…『
「んで。今や世界遺産だけどね」と僕は言う。
「そりゃあ、アレだ。戦後、山口の実業家が後押ししたからだ。なんつうか…宗像3女神はなあ…『
「
「そんなもんじゃねーの?神さんなんて」と久井さんは言う。
「そうでもない。
「まるで―人みたいにね」と僕は言い添える。
「そう。日本神話は
「神話を自分んちに結び付けて、権威づける…か。考えるねえ、昔の人も」と久井さんは感心しながら言う。
「古来、政治は『
「案外、昔の人って合理的なんだなあ…なんつうか
「そりゃ
「神道は案外、他の宗教と混じりあいやすい…」
「
「宗像の3女神は何かと習合するの?」と僕は
「いや、とんと聞かないなあ…あんま人気なかったんじゃない?」なんとまあ現金な話だ。
「お
「お
「どんな神さんなん?」と久井さんは興味を示す。
「アレだ、浦島太郎の話の乙姫様の原型だな」
「ん?アレって龍神の娘じゃなかったん?」
「その龍神は要するにワタツミ…海の神さんなんだよ」
「あ。そうなるんアレ?」と久井さんは驚いている。
「まあ。浦島さんの来歴はマイルドになってますけどね?」と僕は言う。
「何?そんなに
「まあ、案外、世俗的な話ですよ?聖書の『アベルとカイン』みたいな話なんです」※3
「だな。ありゃ従属の歴史みたいなもんだし」と渕上さん。
「兄弟喧嘩の話…が何処かの一族を服属させた話にくっつくって事?」と久井さん。
「そ。負けた兄貴が九州南部で有名な
「うへえ。知らんければ良かった」
「案外、神話なんてそんなもんさ」と渕上さんは言った。
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その後、僕らはどうでもいいような会話に
「そーいや。大学生の頃は他の大学の連中ともつるんだりしたっけなあ」と顔が赤い渕上さんは言う。
「何?コンパとかそういう話かぁ?」と久井さんは食いついている。
「いや、普通にサークル絡みさ。そいや…宗像って教育大あったっけね」
「ですねえ。今日、訪問活動の付き合いで行った先の人も教育大出でしたね…」
「あ、そう?ま、教育現場なんて何処も大変だと思うぜ?」と渕上さん。
「なんか―
「ああ。地元の中学がそんな感じだったわ」と久井さんも言う。
「俺、私立の中高一貫行ってたからピンとこんなあ」と渕上さん。大学へはエスカレーターで上がったらしい。
「僕、中学は北関東ですけど、まあ、確かに公立は荒れやすいっすね」
「ま、それから先は学力で振り分けがあるからなあ…ああいう何でもアリ的状況は中学が最後よな」と久井さんはしみじみ言う。その先の高校は行ってないからよう知らんけどみたいな顔をしている。
「ほー?俺らんトコはやらかしたら
「それはそれで面倒でしょうね…」あんま上手く想像できないけど。
「まあね。フラストレーションがたまりやすい」
「俺はイライラしたら学校の窓割ってたぜぃー」と久井さん。その
「僕は部活でガス抜きしてたかなあ」僕の通った公立中学は珍しく
「俺らは―何してたっけ?記憶がねえわ…勉強はしてたけどなあ」と渕上さんは遠い目をしている。
「なーんか、陰で色々やらかしてそうな感じだな?」と久井さんは渕上さんに問う。
「陰湿な嫌がらせはあったかもな…」
「うわ、女みたい」と思わず僕は
「イジメに
「あったなあ。そういうの」と久井さんは懐かしそうな顔をしてるけど、多分、彼の思い出は数段バイオレンスな
「逆に先生に吊し上げられる子もいましたよ?」と僕は言う。
「なんつうか教育現場は
「案外ハナシの分かる
「そうかな?」と僕は疑問を
「俺もピンと来ん。アイツら進学実績しか気にしてねえだろ?まるでリーマンだっつの」と渕上さんは毒を吐く。
「まあ、俺を
「お前、案外アホでもない訳ね」と渕上さんは言う。
「渕やん酷っど。俺の事馬鹿だと思ってた訳ね?」と久井さんは
「そらアンタそんな見た目ですやん」と僕はツッコミを入れてしまう。久井さんは茶髪にピアスでひと昔前のヤンキーそのものだからなあ。
「ここに来てなきゃ関わらない人種だわ。お前は」と渕上さん。
「それは俺もそーだわ。元大学院生なんて縁ねえし」と久井さんは返す。
「でさあ」と僕は話を戻そうとしてみる。教師の話だ。
「先生って
「じゃない?俺らの中学でも胃に穴開けたヤツいたぞ?イジメられすぎて」と渕上さん。
「そう?…ってウチはアレやわ。教師もバイオレンスやったしそんな事無かったわ」と久井さんは
「成程ね。久井さんの話は参考にならない事がよーく分かった」と僕は
「
「教育大かあ…あそこ女の子多かった気がするなあ」と渕上さんは懐かしそうに言う。
「そーなん?別に教師に性別のアレないしょ?」と久井さんは言う。
「初等教育関係と特別支援学級関係は女の子のが多いぞ?」
「へえ」
「ま、アレだろうなー現場に行って絶望するヤツは多そうだ…ホント、
「何?センセーする気やったんか?」と久井さんは問う。
「ん?学部の関係上、取れちゃうからな。選択肢としてはあった」とおでこをさすりながら渕上さんは言う。
「院に行くために止めたんです?」と僕も問うてみる。その言葉に渕上さんはこう言う―
「いや、クソガキ相手に人生浪費したくなくてな」と。まあ、道理だ。僕も多分似たような選択をする、同じ立場に置かれたら。
「それに。仕事ってのは理想を追求したらならんしな」と現実的な事を言う久井さん。
「そ。教育を志すヤツは大抵、
「何かを押し付けられるのは息苦しいですよね…」と僕は同意する。
「そういう意味で大人は
「かと言って子どもが賢いかと言われればノーだな。時間に試されてない子どもは夢見がち」と別の方向からのシニカルさを出す久井さん。
「だなあ。人生でコケた時、初めて大人が口を酸っぱくして言ってた事を理解する…頭のいい奴はすぐ気付くだろうが―俺らみたいなアホはいざ知らず」成程、そういう人生の捉え方もあるのか…
「まったく…世知辛ぇなあ。就職活動めんどいわ、もう」と久井さんはごちる。
「頑張れよー」なんて渕上さんは
「いや、お前こそ頑張れや」と久井さん。彼も
「俺?ま、適当に職見つける…」
「果たして上手くいくかな?」と久井さんはニタニタしながら言う。
「…苦労するだろうなあ。ブランクがなあ」と顔をしかめる渕上さん。
「お前は院中退だからええやんけ!俺なんて中卒やぞ?」と久井さんは言葉と裏腹の明るい声で言う。
「あーそ言えばそうな。頑張れよ、久井?」と渕上さんは励ます。
「今の肉屋で永久就職してえ…」と言う久井さん。家族経営の店に骨を埋めるのは大変そうだけど?
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その後―酔いが完全に回った二人は寝る、と言って
シンクにお皿を突っ込み洗っていると、遅めの晩御飯を食べにきた
「古河さん、ちわっす」と僕は挨拶。返事がない事が多いけど、挨拶は案外大事だ。職場でも挨拶さえしておけば案外可愛がってもらえたりする。
「おん?宇賀神ちゃんか…うっス」と返事。珍しい。
「今からメシっすか?」なんて世間話を振っておく。
「うん。作曲がひと段落したからな…」と古河さんは穏やかな顔をしている。
「へえ。今度はどんな曲を?」この人はロックや
「ん?まあ、ブルース的なのをいっちょね…」と彼は照れくさそうに言う。僕は音楽シーンに
「サバ味噌か…俺は缶詰派だな。ていうか、宇賀神ちゃん何してんの?」
「へ?いや片付けですけど?」と僕は返す。
「どうせ久井のアホだろ?自分で始末させにゃいかん」と厳しめの事を言う古河さん。
「まあ、それはそーなんですけど、僕が情報を引き出すために
「情報?なんかあったんか?」と興味を示す古河さん。
「いや、宗像方面の情報を集めてましてね?」
「ん?都市伝説か?」
「まあ、それを含めて何でもアリですわ」
「宗像のメジャーな…つうか怪談話の大本は『
「『菊姫』?どちら様ですか?」
「ん?あの辺を治めていた宗像氏の娘だな」
「へ?あの辺を治めてた?」そんな話は聞いてない。
「宗像大社の宗像氏ってのは戦国時代は
「毛利家ではなく?」
「おう。ま、
「うわ、昼ドラみたい」と僕はアホな感想を漏らす。
「
「宗像家の正室の娘、『菊姫』は抵抗を続けるが―結局、自分の家の家臣が寝返りかましたせいで殺されちまう」
「自分の家の家臣に殺されるのは―いくら戦国時代とは言え嫌ですね…」
「その後、裏切り者たちは怪死した。更にはその
「いやに詳しいですね?」と僕は問う。この人、高校を出た後は音楽の専門学校にいたはずだけど。
「んー?歌詞のネタ探してる時にたまたまな」と古河さんは何気なく言う。
「成程…って事は―宗像が怪奇現象が多いってその話が有名過ぎるから?」
「おう。後はまあ、尾ひれが凄い。調べたら要らん話、わんさと出るぞ?」
「うわあ…怖いなあ」と言ってしまった。神より人の方がよほど恐ろしく、恨みを忘れないもの―と感じてしまったから。
「んまあ?関わんなきゃいいでしょ?」とサバ味噌をモグモグしながら古河さんは言う。
「いやあ…ほら、訪問活動の付き合いで宗像に行く用があるんで…」
「そら災難…ま、死なないようにな?寝覚めが悪い」心配してるんだか、してないんだか。
「ま、熊みたいな長田さん居るし」と僕は話を締めた。
↑ 本文、了
本稿の執筆に当たり、以下の資料を参考にした事を明記します。
※1 『筑前国続風土記』 巻16
貝原 益軒 著
貝原 好吉・竹田定吉 編纂
1709
https://www.nakamura-u.ac.jp/institute/media/library/kaibara/archive05.html
@中村学園大学 貝原益軒アーカイブ
※2 『通称「山田のお地蔵さま」と言われる増福禅院と秘佛六地蔵尊の由来』
曹洞宗 妙見山 増福院 @福岡県宗像市山田700
http://yamada-jizouson.jp/?page_id=2
2021年12月25日 閲覧
※3 『カインとアベル』
日本聖書協会
1955年
https://ja.wikisource.org/wiki/創世記(口語訳)#4:1
@Wikisourse
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