第3話 道具。

 このままでいいのだろうか、と思っているんだ。

 最近、スタジオに呼ばれる機会が減ってきたんだ。

 このご時世的にも、ロケ番組が減って、スタジオ収録が増えている。

 以前はスタジオ収録で手軽にできるドッキリと言ったら、私がよく駆り出されていたんだ。

 だけど近頃、全くもって声がかからなくなった。

 テレビを見てくれる人が、もう私を求めていないそうなんだ。

 ドッキリ同盟だった彼らも、寂しそうな顔をしてこの業界を去っていった。後ろ姿を思い出すと今でも悲しくなる。

 ……ドッキリ同盟って誰かって?

 こんにゃくと、たらいだ。

 こんにゃくは暗がりに強かった。

 仕掛けられた人が電気を消されて何も見えない部屋に入り、恐怖に慄いているとき、その人の顔面目掛けてアタックする。肝が据わってなくては出来ない、彼しかできない芸当だ。

 しかし彼の仕事は減っていった。

 こんにゃくがぶら下げられ、出演者の顔に当たるという画は、面白味がないそうだ。私はいつも首にセーターを巻き付けて、椅子にドカッと座る横柄な態度をした男が、そう大声で言っているのを聞いてしまったんだ。

 私はあのとき、とても腹が立った。その後の私の発電量も多かったようだ。いつもなら大げさにリアクションした後、何事もなかったかのように去る芸人が、そのときばかりは目に涙を浮かべ、周りの人間に文句を言っているのを見た。だけどそんな文句も気にならないほど、私は怒っていた。

 しかし心に一抹の納得が芽生えたのも事実だった。

 番組に対する批判がダイレクトに届く、便利だが、我々にとって世知辛い世の中になった。食べ物を粗末にするなだの、気持ち悪くて見ていられないといった苦情が来たんだそうだ。

 今までのお茶の間は笑っていたのに、今は少しでも気に入らないことがあったらすぐに批判する。もう少し大きな心でテレビを見たらもっと楽しめるんだろうが、今の人間たちには無理なのかもしれない。

 それほど気持ちに余裕がない人が増えたってことだろう。私はそれもまた悲しくなる。

 たらいは丈夫だった。

 ずいぶんと高いところから、人間の頭に向かって落ちていく。人間の頭の硬さはかぼちゃと同じくらいだというが、果たして本当にそうなのかと疑うほどの鈍い音をたててぶつかる。

 それでもたらいは凹みの一つもなく、また先ほどいた位置に受動的に持ち上げられる。そしてまたもう一度、人間の頭に向かって落ちる。落とされた人間の方をみんなは心配するが、落ちたたらいのことを心配してくれた人間は、一人もいない。

 たらいは体は丈夫だったが、心が少しばかり繊細だった。

 たらいは私にこう言ってきた。

 ――僕、何を目標にすればいいんでしょうか。

 この頃は既に仕事が減っていたときだった。それでも彼は頑張っていた。スタジオの隅の方に無造作に投げ置かれても何回も何回も人間の頭に飛び込み、それでも誰も認めてくれなかったとしても、必死に与えられた仕事をやっていた。

 彼が私に相談しにきたとき、目の奥に光が宿っていなかった。彼を見ると今まで見たことがないほどの数の傷と凹みが見受けられた。

 彼の勲章。私は彼の痛ましい姿を見た瞬間、悟った。私たちの使命。

 私たちは一生懸命、目の前の仕事に取り組んでも誰の目にも留まらない。少し世間の目が厳しくなれば私たちの努力は関係なくなり仕事は減らされる。そんなことが分かっていてもやり通すしかない。

 私たちは「道具」なのだから。

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