07話.[それでいいだろ]
「えぇ、言い逃げなんて卑怯じゃないですか、しかも顔も見ずに言うなんてありえないですよ」
「正論だ、痛いぐらいの正論だ」
父は幸恵ちゃんと会えたことで満足してくれたようで、また来てくれなんてハイテンションで言っていた。
彼女からしても気に入ってくれたのか「また行きたいです」なんて言ってくれていたんだが、残念ながら全部吐いてからはこんな感じだった。
「はぁ、大切とかそういうことは気にせずに言えるのになにが違うんですか」
「あ、あのさ、僕らはほら、同性――」
「もう言っておいてそんなことを気にするんですかっ? ええ? なんでですか?」
怖い、あの後の靖の反応を見ることより怖い顔だ。
この兄妹はどこまでも似ているなあ、だけどそこが安心できる。
いつか兄離れするときはくるかもしれないが、それまではずっと仲良し兄妹のままだから。
「いや、気にしているわけじゃない、ただ、幸恵ちゃんから見たらどうなのかなって思って」
「他者の意見なんて関係ないんですよ」
「でも、僕とその相手の言葉は沢山関わってくる、そうだよね?」
「当たり前じゃないですか」
「はっきり言ってくれてありがとう、明日にでもちゃんと――」
向き合うよと言おうとしたときのこと「明日じゃなくて今日だろ、先延ばしにしてもどんどんできなくなるだけだ」と遮られてしまった。
彼女から、ではないから逃げたくなったものの、言う通りすぎてそれも消えた。
「あ、そういえば読みたい本があったから帰りますね」
「あ、うん、今日は付き合ってくれてありがとう」
「いえ、誘ってくれてありがとうございました」
彼は逆にこっちまで来ると腕を組んで見てきた。
目を逸らすことはしなかった、逃げてばかりでは気持ちよく過ごせない。
「遠回しなやつは嫌だからはっきり言うが、悪い、受け入れられない」
「そっか、答えてくれてありがとう」
「人としては好きだから友達のままでは、それでいいだろ?」
「うん」
こういうとき、もう帰らなきゃとか言ったら結果的に逃げたように見えるのか?
どうせなら向こうの方から「もう遅いから帰った方がいい」とか言ってほしい。
だが、言ってくれなかったからじゃあねって別れることにした。
「ただいま」
「おかえり」
「あれ、母さんが珍しい」
「さっきお風呂に入ったばかりだからね、ちょっと色々なところに移動していたら大地が帰ってきたというわけ」
ここにはこれを置くと決めているからそんなことになる。
もうまとめて洗面所に置いてしまえばいいのにと思う。
だって狭いわけではないし、そっちの方が楽でいいだろう。
冬ならお風呂の後はさっさと部屋かリビングに移動してしまうのが一番だし。
「大地も早く入った方がいいよ、まだ温かいから」
「うん、それなら先に入ろうかな」
ご飯は後でゆっくり食べることにしよう。
いまは冷えた体を暖めることの方が優先されることだ。
「ふぅ、確かに温かいな」
出るまでに四回ぐらい追い焚きをしてしまうのは駄目なこととしか言えないが。
「大地、俺らはもう部屋に戻るからな」
「え、早くない?」
まだ十九時とかそれぐらいなのに。
そうしたら明日は早い時間に出なければいけないからと教えてくれたものの、それにしたって早すぎる。
もしかして顔に出ていたか? と鏡を見てみたものの、あくまでいつも通りの顔だったから……。
「本当にいないや」
まあいいか、温めてご飯を食べよう。
しっかり食べて寝る、それだけはいつもちゃんとやらなければならないことだ。
入浴も終えているのもあって、食べた後はすぐに寝た。
「おはようございます」
「おはよう」
こうして一緒に行くことが増えた。
約束をしているわけではないのに何故か途中のところで待ってくれている。
行って大丈夫だよと言っても「疲れたりしないですから」と聞いてくれない。
数回彼女にとっての駄目なことを繰り返したことで信用されていないのかもしれなかった。
「昨日は……」
「ああ、大丈夫大丈夫、それより靖を心配してあげてよ」
「え、どうして……」
そんなの振ることになってしまったからでしかない。
振る側だって気になるものだからってその理由を作った人間は言わせてもらう。
「別になにかが変わったりしないから、今日もよろしくね」
「はい……」
そういえば断られたら去るって言っていたのにこれでいいんだろうか?
友達でいいだろと言ってくれたから、ではなく、自然と去る必要なんかないからとこうしてしまっているが……。
「よう」
「おはよう」
相手が普通だからこそ、いいのか? という考えが大きくなる。
昨日無自覚に表に出してしまっていたのなら、これからも僕はそうして相手に気を使わせていくんだろう
それをいいのかどうか考える必要もない、間違いなくいいことだとは言えない。
「決めていたことがあるんだ」
「決めていたこと……ですか?」
「こういうことをしたら説得力がないけど、傷ついているとかそういうことは全くないんだ。傷ついていたらこうして挨拶をする前に逃げ出してる、そこは勘違いしないでほしい」
違う、言葉を重ねれば重ねるほど相手からしたらそう見えるものだ。
なんで離れると決めていたんだと言わなかったのか、本当に後悔している。
「で、なんだけど、元々上手くいかなかったら離れるって決めていたんだ」
「じゃあ仕方がないな、大地がそう決めていたなら――」
「兄さん……」
「本人がこう言っているんだ、こっちはどうしようもないだろ」
最後まで迷惑をかける形になってしまって申し訳ない。
まあ、別にふたりが悪いわけではないから一ヶ月ぐらい時間が経過すれば忘れられるはずだった。
干渉しようがないからあくまで想像でしかなかった。
四月、三年も靖とは別のクラスになった。
相変わらず授業を受けて帰るという毎日だった。
余りに余っている時間をどうにかするために春休みは掃除とかをしていなかったのだが、それも四日が経過する頃には終わってしまったという状態だった。
「三年でもよろしくね」
「そういえば一年から一緒だね」
「確かにそうだ」
今回は隣の席ではない、結構離れることになった。
「鷲田さんは大学志望だっけ?」
「うん、大学には行っておけって親がうるさいから、お金だってかかるのにね」
「後悔してほしくないからでしょ」
「そう……なのかもね、まあ、結局相手の考えていることなんてちょっとしか分からないから」
彼女は友達に話しかけられて「じゃあね」と残してここから去った。
残っていても仕方がないからこちらも学校をあとにして、雑草でも抜いてやろうと考えた。
あのときとは違って暖かいから辛くはない。
雑草というのは何度も何度も生えてきてくれるから時間つぶしにはいい。
「こんにちはー、おーい」
「ん?」
おお、全く分からない少年がこちらを見ている。
なんか靖と出会ったときのことを思い出して懐かしい気持ちにもなった。
自分の手で終わらせたから懐かしい気持ちになったところで――いや、だからこそなのかもしれなかった。
「最近近くに引っ越してきたんだ、歩いていたら君が雑草と格闘していたからさー」
「こんにちは、そうなんだ」
引っ越しか、学年とか歳によるよな。
一年生とかだったらまだいくらでもやりようがあるが、三年生とかだったらもう少し待てなかったのと言いたくなるだろう。
「そうなんだよ、あ、それ、もう少しで終わりそう?」
「うん、終わるけど」
「じゃあ付き合ってよ、色々教えてほしい」
「分かった」
こんなの後でいいから案内することにした。
端から端まで詳しく知っているわけではないものの、最近引っ越してきたのであればそう悪くない時間になるはず……だと期待したい。
都会から来たとかなら物足りないだろうが、そうではないならこの町だってちゃんとお店とかも存在していてくれるから。
「あ、俺は林村だよ」
「僕は二宮大地」
「漢字は……あ、そういう漢字ね、よろしく大地」
「はは、よろしく」
その真っ直ぐさが気持ちがよかったし、ゴミとか言わなければ名前をどう呼ばれようと構わなかったからそれだけにした。
で、色々と新鮮なのかなにかがある度に「おお」とか「いいねー」とか何度も呟いていた。
ちなみに彼は一年生らしい、だから急に転校になったとかそういうことではないみたい。
「大地はさ、人を好きになったことってある?」
「これはまたベタな質問だね」
あるとも振られてしまったとも吐いておいた。
そうしたら「いいなあ」と何故か返されてしまった。
仮に振られることになったとしても恋をしてみたいということならおすすめする。
今回の件でちょっと強いことが分かったから耐えられる人だけがした方がいい気がするが。
「俺、告白する前に引っ越すことになっちゃったからさ」
「そういうことか、相手が近くにいてくれることが羨ましいということか」
「そうそう、ま、勇気を出せば告白なんていつでもできたんだけどね。なんかどうしても相手を前にすると上手く言葉が出てきてくれなくてさ」
普通はそんなものだろう、だから恥じることなんてない……と考えるが、一生と言ってもいいぐらいの確率でできなくなるということなら……。
「ちなみに元いた県は遠いの?」
「ここから三百キロぐらいかなー」
向こうにもその気がなければ会いに行くというのも微妙だった。
それにやっぱり振られる可能性の方がどうしても高いからだ。
「そこだけは嫌なことだった、せめて告白するまで待ってくれって考えた」
「でも、ここに来ているってことはさ」
「うん、二年のときから分かっていたことだから」
隣県とかではなく結構離れた場所の高校を志望するってどんな感じなんだろう。
幼小中は決められたところに通い、高校は家から近いという理由で選んだだけの自分には全く分からない。
「まあ、そもそも一緒の高校を志望することはできなかったんだけどね、あっちの頭がよすぎて」
「そうなんだ」
「そ、でも、いま話していたら一方的に告白しなくてよかったと変わったよ。だって離れることは決まっているのに告白なんて失礼でしょ?」
一方的な告白をした身としてはなんと言えば分からなくて黙ることになった。
幸い、そういうツッコミは当然してこなかったので、引き続き案内を続けたが。
「ありがとう大地っ、ちょっとだけでも知ることができてよかったっ」
「それならよかった、気をつけて帰ってね」
「うんっ、あ、そういえば近くの高校だよね? 俺もあそこだからさ」
「二組だから、あ、三年生のね」
「分かった、明日行くから!」
元気いっぱいだなあ、離れることになったのに強い子だよ。
ああいう子ならすぐに馴染めるだろう。
だから心配する必要はないと終わらせて、また雑草を抜き始めたのだった。
「どうして……」
「どうしたのー?」
「ひゃっ、えっ、だ、誰ですか?」
「あ、俺一年の林村、もしかして大地に用があるの?」
「いや、用というほどじゃないんだけど……」
このまま放置は気持ちが悪かったから腕を掴んで連れて行く。
それにこの感じだと告白がしたいとかそういうことだろうから。
「大地っ、来たよ!」
「ようこそ、って、あー……」
「ん? もしかしてもう振った相手?」
「違うけど……」
よく分からない態度だ、でも、気まずいってことは伝わってくる。
空気の読めない行動をしてしまったということなんだろうか?
もしそうなら……どうしよう。
「久しぶりだね」
「はい……」
「林村君とどうして一緒なの?」
「廊下から見ていたら彼が急に……」
「そうなんだ、彼は行動派だからね」
自分が後悔したから、あ、いや、結局後悔はないけど相手に同じような思いを味わってほしくなかったんだ。
大地は優しくしてくれたからそうだ、全く知らない彼女に対してもそうだ。
「そもそも、なにがあったの?」
「それは……」
「僕と彼女の間にはなんにも問題はなかったよ」
「じゃあどうして彼女は気にしているの?」
「どうして、か」
なんて、知り合ったばかりの人間に教えてくれるわけがないか。
そう考えているくせに悪い癖が抜けきれていなかった。
このままでは駄目だ、また「子どものままだね」とか言われてしまう。
「ごめん! 聞こうとしちゃって」
「ああいや、気にしなくていいよ」
「大地さんはもっと気にしてください!」
「ちょっ」
大声すぎてみんなに見られてしまっている。
二年生とはいっても先輩達の教室でよくできるな……。
「落ち着いて」
「誰のせいだと思っているんですか! 林村さん、この人は友達をやめるという極端なことをしてくれた人なんです!」
「えぇ、なんでそんなこと――あ……」
「失敗をしたからなんだ、それ以上でもそれ以下でもないよ」
今日だけ、今日だけは言わせてもらおう。
だってどう考えてもいいことをしているとは言えないから。
僕になんか言われたくないだろうけど、うん、彼女がここでぶっちゃけたのは協力してほしいからだろうし……。
「……で、でもさ、そんな極端なことをしたら結局構ってほしくてしているように見えちゃうんじゃない?」
「そうかな?」
「うん、だってこうして彼女は来てしまっているんだからね」
が、彼は「それでも間違っているとは思わない」と言って教室から出ていってしまった。
役に立てなかったことを謝罪して教室に戻る。
そもそもこれまで見てきたわけではないのに行動しようとしてしまったのが間違いだったのかもしれない。
後悔してほしくないからしているのに変にかき回すと逆に後悔させることになりそうだったから。
「林村さん、先程はありがとう」
「いやいやっ、なにもできていないからっ」
「でも、この件は私達だけでなんとかしたいから……」
「あ、そうだね、分かった」
「はい」
今度動くときは大地が相談を持ちかけてきたときだ。
で、なんとなくそんなことがある前に解決してしまいそうな感じがした。
ただ、そういうことでもなければ出会ったのにいられなくなさそうだから微妙だと言えた。
「ふぅ」
二週間も経過していないからまだまだ慣れない。
積極的に話しかけているものの、効果があるようには見えなかった。
「林村君」
「え、大地」
「ちょっといいかな? あ、今回は僕だけだからさ」
付いて行ったら温かい飲み物をくれたから遠慮なく飲ませてもらった。
少ししてから「ごめん」と謝られてしまったからすぐに困ることになったけど。
「さっきも言ったと思うけど悪いのは僕なんだ、だからあれ以上迷惑をかけないために離れたことになるかな」
「悪いことをしちゃったの?」
「相手からすればそうだね、間違いなく悪いことだった」
「大地的にはそうじゃないんだ?」
「うん」
気持ちがいいぐらい真っ直ぐな返事だった。
笑顔だけど無理している感じは全く伝わってこない。
「ま、もうふたりきりだから言うけどさ、僕はあの子のお兄さんに告白をして振られたというだけなんだ」
「お兄さん……ええ!?」
「ははは、もっともなリアクションだよ。振られた状態だから好きに言いふらしてもいいよ、告白したことには変わらないんだから」
「しないけどっ、そんなことされたら……」
「うん、居づらくなるだろうね、だけどそれぐらいの罰が必要な気がするんだ」
確かに一方的だろうから問題がないわけではないけど、流石にそこまでは過剰な気がする。
そもそもあの子の兄に会ってみないと分からないことだ。
「それぐらいの罰が必要なのか?」
「あ、靖」
いや、怖え!? なんでこんな人を好きになったんだ!?
こっちはこんななのにあくまで大地は柔らかい表情で対応していた。
ありえない、弱みを握られていたとしか思えない。
だけどそれなら振ったことがおかしいということで内がごちゃごちゃに……。
「お、俺はこれでっ」
「話を聞いてくれてありがとう」
「い、いやっ、俺がずかずか踏み込もうとしたのが悪いからっ」
家まで走って帰った。
何事もないようにと願うだけしかできなかった。
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