06話.[必ず付いてくる]
「ん……?」
「兄さん、起きましたよ?」
「分かってるぞ」
彼はこっちのお腹に手を置くと「よう、おはよう」と挨拶をしてきた。
特に抵抗する意味もないからこちらも挨拶を返して起き上がる。
よかった、知らない内に彼らの家で寝てしまっていたとかではないようだ。
「仲直りできたんだ、で、早速なんだが三人で遊びに行かないか?」
「ちょっと早すぎじゃない? まだ六時半だよ?」
「いてもたってもいられないという状態だったからなー」
とりあえずこちらは顔を洗ったりするために動くことにした。
歯を磨いたところでやっとすっきりできたから海賊みたいなふたりがいる部屋に戻ることにした。
「それで幸恵ちゃんはどこに行きたいの?」
「またワンちゃん達を見に行きたいです」
「そっか、じゃあ開店時間になったら行こうか」
喧嘩ではないから仲直りではないが、また一緒にいられるようになったのならそれでいい。
ちなみに何故かお兄ちゃんの方はこっちを睨んできている状態だ、もしかしたら今度は僕達に悪いことが訪れるのかもしれない。
「おい、なんで俺には聞かないんだ」
「はぁ、優先しろって言ったり俺には聞かないんだと言ったり忙しいね、君」
そうか、贔屓したりしないと言ってしまったからか。
確かにこれだと矛盾してしまっている、このままでは駄目だ。
「で、お兄ちゃんはどこに行きたいの?」
「行きたいところなんてない、幸恵といられればそれで十分だ」
じゃあ聞かなくてもいいじゃねえか、とか言ったりしたら怒るんだろうな。
まあいい、それなら彼女の行きたいところに付き合うだけだ。
休日だから何時間使おうと問題ない、逆にすぐに解散となっても構わない。
ふたりのシスコンぶりとブラコンぶりを見られれば十分だった。
正直、なんで今日こっちを誘ってきたんだろうか?
仲直り的なことをした翌日にぐらいふたりきりでいたかっただろうに。
「んっ? やばい幸恵ちゃん、なにがやばいか分かる?」
「欲しくなってしまった、とかですか?」
「いや、また張り付いている靖が可愛く見えてやばいんだ」
「ああ、だって可愛いですから、怖い人ではないですから」
そもそも怖いと感じたことはなかったがいまなら分かる。
「大地さんもだいぶ変わりましたね」
「悪いことじゃないからいいけどね」
靖ばかりを見ていても仕方がないから木材なんかを見ておくことにした。
おじいちゃんとかになったらなんでも自分で作って揃えたい。
市販の物だと本当に欲しいところにこれ! というものがないかもしれないから。
「木なんか見てどうすんだ?」
「なんかワクワクするでしょ? 買ったら自分ならこうするって考えるでしょ?」
「ああ、なんとなく分かるわ、特に考えないで組み立てたりしたよな」
「したした」
自分でやると耐久性がなくて駄目になる。
そのときだけは既に組み立てられた机に触れてみたりしてその違いに気づくんだ。
「技術のときに作った棚? を僕はまだ使っているよ」
「俺は邪魔になるから釘を引っこ抜いて捨てちまったな」
「えぇ、あれもいい思い出じゃん」
せめて押入れの奥に入れておくとか残しておくことはできたはずだ、地味に小さい物の置き場所みたいになっているから無駄にはならないはずなのに。
だから悲しい、ある意味その下手くそさがいい思い出となったのに、ってね。
「あ、幸恵ちゃんのところに戻らない……っと? どうしたの?」
また壁みたいになられても困る。
押してもびくともしないから怖いぐらいだった。
なにをどうすればそうなるのか、身長が高くなるのか、僕には全く分からない世界の話だと言える。
「やっぱり大地は弱いな、筋トレ――」
「馬鹿なこと言わないでいいから、幸恵ちゃんのところに戻るよ」
「あいよ」
筋トレなんかしたところで一ミリぐらい変わるだけだ。
変わるならいいじゃないか、とか言われても困る。
筋トレなんてやりたい人だけがやればいい、というか、あれは日常生活でなんにも活かせないから……。
「あれ? 幸恵ちゃんがいないな」
「どこかに行ったのか? 大して広い場所ではないから歩いていれば分かるか」
「私ならここにいますよ?」
「……なんか最近、こういうことが増えたなー」
静かではない店内だからこそできる技というわけではない、静かな場所だろうとできることだからすごい話だ。
「私が一番近くで見たいと言ったでしょ、わざわざ離れようとするわけがないよ」
「もしかしてこの前の一週間は……」
「ああ、兄さんのために遠慮をしましたけど、あれは人生で一番嫌な時間でしたね」
同じ失敗を繰り返したからだ、彼女が怒りたくなる気持ちも分かる。
形だけでも誘えってことだ、同じ失敗をしてしまうぐらい余裕がなかったというだけだ。
僕らは年上なのに駄目駄目だなあ、しっかりしているようで靖も駄目だ。
「そもそもなにひとりで楽しんでいるんですか、途中から私とのことなんてどうでもよくなっていましたよね?」
「あー……」
「大地さんも大地さんです、なに嬉しそうに報告してきているんですか」
「いやあ、意外と楽しそうにしてくれていたからさ」
知りたいだろうから教えただけだった。
それ以上でもそれ以下でもないから勘違いしないでほしかった。
「靖、今日は――ぶぇ、最近はなんなのさ……」
すぐに前に立って通せんぼをしようとする。
しかもなにかを求めてくるわけではなく、あくまでこちらを静かに見ているだけ、どうしていいのか分からなくなる。
それでも○○をしようと言えばどいてくれるという謎な行為だった。
「学年最後のテストをなんとか乗り切らないとね」
「テストか、分からないところがあったら教えてやるぞ」
「意外と繊細だったりするけど、君は確かに僕より優れているからね」
分からないところがあったら遠慮なく聞かせてもらおう。
というかもう二年の終わりまできているのか、本当に早いものだ。
靖達ともなんだかんだで既に四ヶ月とかそれぐらいになる。
「おい、真面目にやろうとするんじゃなかったのか?」
「ああ、もう四ヶ月ってところだからさ」
「そりゃ特になにもなければ続くだろ」
「なにもなかった……かなあ?」
「あったからこそ続いているとも考えられるぞ?」
数秒で矛盾、靖ならこれぐらいの方がいいか。
お堅すぎるのもそれはそれで相手をするのが大変だからというのがある。
「大地が分かりやすいのがいいのかもな」
ありがたく思ってほしい、一緒にいて安心することはなくても不安になることもない人間だろう。
こちらは意識してそうしているわけではなく、あくまで自分らしく存在しているだけで他者には悪影響を与えないんだから悪くない。
「俺は本当に感謝してるんだぜ? 兄妹揃って大地には助けてもらった」
「幸恵ちゃんにはできてないなあ」
最初のあれだって人によっては余計なお節介だと感じるかもしれない。
たまたまそういうことを気にしない幸恵ちゃんだったから、靖だったからなんとかなったというだけで終わってしまう話だ。
「今回はなにもしていないとか言わないんだな」
「全部なにもしていないなんて、できてないなんて言うつもりはないよ。寧ろ積極的に返してもらおうとする人間だ、靖はこれから後悔するかもしれないよ?」
「どの類の後悔だ?」
「んー、一緒に居続けたことに対する後悔かな」
僕ではどうしようもないことだった、動けるのは彼だけ。
じっと見ていたら「誰かと一緒に居て後悔したことはないぞ」と言ってきた。
これからなにがあるのかなんて分からないと口にしてみても首を振るだけだった。
「それでもいまは勉強だ、終わってからでも遅くない」
「同時進行はできないのか?」
「おいおい、僕を誰だと思っているんだ? そんな余裕があるわけがないだろ」
「それは俺の真似か? はっ、似合ってねえな」
適当な自分とはいっても適当にはやりたくないことだった。
どちらにしても変化が生じるからだ。
「……駄目だー、まだ時間があるときはやる気が出ないんだー」
「前日に物凄く頑張るタイプなの?」
「いや、五日前ぐらいからが一番やる気が出るんだ」
なるほど、流石に三日とかでは彼でも無理か。
中学のときとは違って範囲も広いから仕方がない。
しかも分かりやすくデメリットも存在しているというのもある。
「ちなみにそういうときはどうするの?」
「幸恵に甘える」
「えぇ、幸恵ちゃんだってテスト勉強をしたいでしょ」
「一緒の空間にいるというだけだ、その間は本を――」
「迷惑でしょうが……」
頼むから分かりやすく差というのを見せつけてくれ。
必要なことだ、そうすれば多少は調子に乗らなくなるから。
変えようと決めたのに自分のためにそうしてくれと願ってしまっているのは矛盾しているが、まあ、所詮は僕だから仕方がないと片付けてほしかった。
「なあー、教えるからもうちょっと遊ぼうぜ?」
「遊ぼうぜってここは教室だよ? どうやって遊ぶのさ」
話してみたり、考え事をしてみたり、確かに集中できていないからちゃんとやろうとかは言えない。
でも、流石に簡単に流されてしまうのは違うんだ。
「あー、あ、肩車……とか?」
「やべえ奴らになっちゃうよ」
僕を運ぶぐらいなら幸恵ちゃんを運んであげてほしい。
そのときはお姫様抱っこでいいだろう、で、兄妹愛というのを見せてほしい。
「んー、できることってないな」
「そりゃあね、勉強をやるところですから」
「部屋なら、漫画が読めるな」
「そうだね」
駄目だ、この時点で負けてしまっている。
漫画の続きも読みたかったから彼の部屋に行こう。
十八時までに何冊読めるか、それだけがいま気になっていた。
「あれ? 棚に漫画がない」
「いまはほとんど幸恵が持っていっているからな、あるのはこれだけだ」
「この前読んだやつか、だけど面白かったからそれでいいよ」
これまたこの前みたいにベッドの側面に背を預けて読み始めた。
すぐにそっちの世界に移動したため、側に誰がいても関係なかった。
「あ゛あ゛~、やりすぎて疲れたー」
優秀じゃないからと頑張っていたが、一日に四時間とかは僕には合わない。
東大とかそういうところだけを目指す人間だけがやるべきだ、まあ、そういう人達は四時間程度ではないかと終わらせる。
「あれ、まだ起きていたの?」
「ああ、ちょっと寝られなくてこうしていたんだ」
「明日も仕事があるでしょ? 布団の中で転がっていたら寝られるよ」
「そう言う大地はどうなんだ?」
「テスト勉強をしていたんだ、やっておかないと駄目だから」
まだ戻る気はないみたいだったからこの際に父と話すことにした。
最近はあまり話していなかったから悪くない機会だった。
「最近、赤長君とはどうなんだ?」
「仲良くできているよ、今度また連れてきていいかな?」
「ああ、どんどん連れてきてくれればいい、特に赤長君のことは気に入っているし」
息子の友達だからとかじゃない気がする。
人をすぐに気に入りやすいんだ、もちろん、悪い人が相手ならちゃんと分かる人だから問題にはならない。
「あ、だけど一回ぐらいは妹ちゃんも見てみたいかな」
「連れてくるよ」
連れてくるだけなら大丈夫、幸恵ちゃんだって断らないはずだ。
そこでピンポイントで断られてしまったら気になるから今度にしてほしいものの、ちゃんと断られるところを見ておきたいという自分もいて忙しい。
「母さんだって大地が友達と仲良くしているところを見れば安心する、頼むぞ」
「うん、大丈夫だよ」
守れる、自分でも自信を持ってできると言えることだった。
靖でも呼んでしまえば一番近くで見たいはずの幸恵ちゃんは必ず付いてくる。
なんなら明日来てもらおうか、三人で勉強をしていればあっという間にその時間はやってくるだろうから。
「じゃ、俺も大地も早く寝ないとな」
「そうだね」
こっちは勉強で疲れていたから朝まで爆睡だった。
いつも通りのことをして、いつも通りの時間に家を出た。
「ぶぇっ、なんなんだこのでかい壁は……」
自分から当たりに言ったのに馬鹿な発言だと笑う。
ちなみにその壁は「よう」といい笑みを浮かべて言ってきた。
ちゃんと挨拶をして、なんとなく壁の腕部分を掴んで歩き出す。
「なんだ? 急いでいるのか?」
「いや、なんか早く行きたくなっただけだよ」
「そうか、どちらにしても行かないといけないからな」
丁度いい、いま話してしまおう。
そうしたら当たり前のように「分かった」と。
彼もねえ、人のことを言えない感じだ。
「ちょっと待った、君さあ、なんか僕に甘すぎない?」
「はあ? そんなの大地だってそうだろ?」
「いやいや、だからって甘くするのは違うでしょ」
「違うな、お互いに甘いんじゃねえ、他人に優しくできるってだけの話だ」
彼と関わると何度も駄目だと考えることになる。
どうしてなんだろう、流されてしまった方が楽だから?
楽なのは確かだ、責任が生じないからだ、なにかがあっても○○のせいと逃げることもできるからだ。
「おい大地」
「なんだい?」
「……いや、やっぱりなんでもない」
はっきり言うのが彼だろう、なんか言いづらいことがあるんだ。
「なんだ、終わるかと思った」
「はあ? 訳分からないこと言うなよ」
じゃあ訳分からないことをするなよと言いたくなる。
なんだこりゃ、気持ちが悪い、自分らしくいられていない。
すぐに不安になったりするのは悪いところだとしか言えない。
ポジティブ思考ができていない、駄目だ、このままじゃ自滅する。
「――ということなんだけど、幸恵ちゃん的にはどうしたらいいか分かる?」
「簡単な話です、兄さんに全部ぶつけましょう」
「そうだね、それしかないかなあ」
今回も相手のことを考えないでやらせてもらうことにしよう。
どちらにしても前に進める、また自分らしくいられるようになる。
「で、なんだけど、実は怒っているよね?」
「はい、そうですね」
「ちゃんと全部言っているのに?」
「また裏でこそこそしているじゃないですか」
彼女が友達といたから邪魔をしたくなかったというだけの話だ。
ひとりでいるようだったらもちろん誘っていた、だってふたりきりに拘っているわけではなかったから。
「ごめん、だけど父さんが幸恵ちゃんにも会いたいって言っているからさ」
「参加してもいいんですか?」
「当たり前だよ、僕は靖とだけいたいというわけじゃない」
これは本当に思っていることだ、適当ではない。
形だけとかそういうことでもない、勘違いしないでほしい。
「ぶっぶー、そこが駄目ですよ、どうしてそこで兄さんとだけいたいって言わないんですか!」
「難しいね、だけど……必要なことなのかもしれない」
「俺がどうした? でかすぎて顔を見るのが疲れるとか?」
「そうだね、君の壁性能は高いよ」
やっぱりそうだ、彼が本を持つとかなり小さく見える。
って、ゆっくりしている場合じゃない、一日だけ四時間ぐらい頑張ったところでいい方へは繋がらない。
本にしても教科書だったから一緒に頑張ることにした。
「よっしゃ、やるぞー!」
「ははは、露骨にやる気が違うね」
「当たり前だ、そういうところにやっときたんだ」
よっしゃ、なんかこちらもやる気が出てきた。
やっぱり友達がいてくれるとパワーを貰えていいなあ。
「大地」
「……ん? あれ? いつの間にか幸恵ちゃんが消えてる」
「もう完全下校時刻になるからな、暗くなりきる前に帰らせた」
おお、じゃあ結構集中できていたということか、それはいいことだ。
今回も自分の世界を構築できたおかげでいつも通りを貫けた。
「帰ろうか」
「大地、なにか言いたいことがあるんだろ?」
「ん? ああ、だけど歩きながらでもできるから」
今回は言い逃げをしたい気分だった。
だから靴に履き替えたタイミングで、クラスが違うのをいいことに顔を見ずに言って走り出したのだった。
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