05話.[相談してみるよ]
「大地!」
スマホを耳に当てた瞬間に大声が聞こえたせいで落としそうになった。
しかも大声を出した割にはすぐに言おうとしないから困ってしまう。
勝手に察することを期待しているのなら間違いだとしか言えない。
「ど、どうしたの?」
「幸恵がこの時間になっても帰ってこないんだ!」
え、スマホを離して確認してみたら現在時刻は二十時半、いつもであれば当たり前のように帰っている時間だ。
なんなら彼やご両親のためにご飯を作っている時間だからおかしい。
「分かった、いまからちょっと探してみるよ」
「俺も――」
「靖は家で待ってて、あんまり期待しないでね」
闇雲に探したところで見つかるわけがない。
どこでどういう風に過ごすのかも分かっていないからきっと見つからないまま遅い時間になって諦めることになるはずだと、既に諦めている自分がいた。
だってそのときの気分次第でどこまでも行けるし、同じところで何時間でも過ごせてしまうのも人間だからだ。
それこそ考え事をしていれば時間なんてあっという間に経過する。
「いないか」
橋の下とかそういうところを見てみたものの、見つからない。
家の方が、部屋の方が落ち着くと言っていたのにどうしてこうなったのか。
喧嘩はしていないと言っていたから他が理由か、なんでも受け入れてしまう人間性が悪影響を与えたのかもしれない。
流石に探してくるよと言ったからには適当にはできない。
どんどんと体は冷えていくが、この前の靖みたいに風邪を引いてほしくないからできる限り探すんだ。
「もしもし?」
「まだ外か?」
「うん」
「もういい、多分、友達の家にでも泊まっているんだろ」
それだったら連絡をするだろう。
再度聞いてみても「喧嘩なんてしてないぞ」と返されただけ、となれば、余計にそんなことをする必要なんかない。
「もうちょっと探すよ、それじゃあまた後でね」
「おい――」
結局、一番意地になっていたのはこちらだったということになる。
自分のためにしているだけだから全く気にする必要はない。
その結果見つかればいいことだし、見つからなくてもちゃんとやったという事実が残るからいい。
「はぁ、もう二十二時か」
あっちへ行ったりこっちへ行ったりしている内にもうこんな時間だ。
しかもそれだって適当にやっていたわけではない、ちゃんと走ってなるべく広い範囲を、と意識していた。
が、結果はこれだ、ただひたすら時間が経過したというだけだった。
「あっ、大地さん!」
「って、なにやってるの……?」
灯台下暗し、これでは全く意味がない。
見つかるとも考えていなかったが、流石にこの結果は……。
いやもちろん、ちゃんと本人が元気に存在してくれているならいいんだ、が……。
「考え事をしていたらこんな時間になってしまったんです、兄さんに聞いたら探してくれているということでしたから……」
「ああ、家に入ってよ、後で父さんに頼んで車で送ってもらおう」
「すみません、なにかがあっというわけではないんですけど……」
温かい飲み物を飲みながら聞いてみたら大好きなアニメが終わってしまったかららしかった。
次の神アニメに出会うまでどういう風に過ごせばいいのかを考えている内に遅い時間になってしまったらしい。
ちなみに靖は部屋にこもってしまったみたいで、だからひとりで僕の家を目指したと教えてくれた。
「断れなくて自滅してしまった、とかではないんだね?」
「はい、それに私、すぐに兄さんに聞いてもらいますから」
「ならよかった、父さん」
「おう、行くか」
逆にこもってしまったという靖の方がいまは気になっているぐらいだった。
可能なら少し話してから家に帰りたい。
「あの、本当にすみませんでした」
「今度から考え事をするのは家でしてね」
「はい、迷惑をかけてしまうのは違いますからね」
が、こちらはよくてもお兄ちゃんの方は駄目みたいだった。
だから今日は諦めて、ゆっくりするべく家に帰った。
「って、そんな時間はないか」
明日も学校だから明日の支度をしてから電気を消してベッドに寝転んだ。
多少疲れは残っていたものの、特に風邪を引いたりすることはなかった。
「え、今日は休んでいるの?」
「はい、あれから出てこなくて……」
こうして元気に存在しているのによほど靖的には駄目なことだったんだな。
とはいえ、家に行くとまた煽りとか捉えられかねないから待つしかないと。
幸恵ちゃんが廊下から話しかけても反応してくれなかったみたいなので、そもそも僕の力じゃどうしようもないというのはあった。
まあいい、昨日適当にしたわけではないんだから堂々としていればいい。
いま集中しなければならないことは授業を受けること、そういうのは放課後にやるしかないんだ。
「とりあえず自分ひとりで頑張ってみますね」
「分かった」
妹パワーでなんとかしてくれるのが一番だ。
それでもどうしてもということなら空気を読まずにまた突撃することになっても全く構わなかった。
「んー、重症みたいだなー」
話しかけようとしても避けられてしまって駄目なようだった。
学校には登校してきているらしいが、僕のところにも来てくれないから分かりやすく変わったというわけではない。
教えてもらった教室に行ってみても突っ伏していたり、そもそもいなかったりしたため、できることはないと言っても間違いではなかった。
「仕方がない、待ち伏せでもするか」
きっかけを作ったとはいえ、ずっと幸恵ちゃんがあんな顔をしているのは嫌だ。
それにできることはないではなく、あまりしたくないというだけの話だ。
動くと決めたら遠回しなやつは嫌なため、校門で堂々と待っていた。
部活動組以外は放課後になったらすぐに帰宅しようとするため、どんどん僕の横を通っていく。
ひとり、またひとりとどんどん人は来るのに目当ての自分物が来ない。
なんなら幸恵ちゃんだって出てこないからもう帰ってしまったんじゃないかと少し不安になっていたときのこと、
「靖、待っていたよ」
大男君が出てきてくれて通せんぼをする。
意外にも逃げたりせずに、いや、逆にこちらの腕を掴んで歩き出す彼。
殴ったら少し落ち着くということなら一発ぐらいなら構わないぐらいの気でいた。
「大地」
「うん?」
「俺はどう幸恵に接すればいいんだ? ……なにが正解なのか分からなくてな」
「いままで通りでいいんじゃない」
「いままで通りか」
悪いことをしてしまったわけではないんだから変える必要なんてない。
怒鳴ったとかそういうことではないんだ、だからそう難しい話ではないかなと。
「そもそもそのいままで通りってやつにも問題があると思うんだ、なんというか……近すぎたというかさ」
「家族なんだから当たり前じゃない?」
「違うんだ、いつも余計なお節介をしていたみたいな感じだ」
「嫌がっているのに無理やり一緒にいようとしたとかではないでしょ」
想像しかできないから極端なことはしない方がいいと言っておく。
ふぅ、無理やりにでも行って連れ出しておくべきだった。
自分のために利用する人間なのにどうして遠慮してしまったとのかと後悔しているぐらいだ。
これが僕の失敗、考えすぎてしまったのが彼の失敗だ。
「一週間ぐらい僕の家に来ない? ちょっと離れたらマシになるかも」
「……そんなことできねえだろ」
「相談してみるよ、あのときみたいにあんまり期待しないで待ってて」
結果がどうであれ一旦は帰らなければならないから帰ってもらった。
僕の方は今日もご飯を作ってから父を待った。
「ただいま」
「おかえり」
「なにか言いたいことがあるんだろ?」
父は椅子に座ると「どうしたんだ?」と聞いてきてくれた。
相談したいことがあるとか言わなくても勝手に察してくれたことに感謝をしつつ、勝手な要求をさせてもらった。
「一週間か、赤長君のご両親的には大丈夫なのか?」
「分からない」
「ちなみにこっちは大丈夫だぞ、大地の友達なら大歓迎だ」
「いいの?」
「ああ、ただ、ちゃんと許可を貰えたらの話だけどな」
そうか、責任を取らなければいけないのは親だからか。
まあ、僕だって勝手に連れてくるつもりなんてない、靖が嫌がるならそもそも意味がないから。
でも、もし大丈夫ということになったときには一緒に荷物とかも運びたいから直接彼の家へと向かった。
「はい――大地か」
「許可を貰えたよ、あとはご両親に許可を貰うだけだ」
こちらはすぐに帰宅しないみたいだったから待たせてもらうことにした。
キッチンでは幸恵ちゃんが調理をしていて見ている限りでは聞いていた情報からいつも通りという感じがする。
だが、靖はずっとうつむいたままだから……。
「ちなみに幸恵ちゃん的にはどうかな?」
「それが必要なことなら……」
「そっか」
とにかく待って、待って待って、待ったところでお母さんが先に帰宅してくれたから相談してみることにした。
これはこちらが勝手に言っていること、親からの許可を得ていること、靖本人が望むならということ、なにかを代わりに言わせたりはしなかった。
あくまで客の自分が相手だからかもしれないが、物凄く優しい人で緊張するということはなかった。
「本当によかったの? 無理してない?」
誘っておきながらあれなものの、受け入れてくれたら受け入れてくれたで不安になってしまうこともあるということだ。
始まってしまう前に全部聞いておきたい。
彼だって吐けるということなんだから悪くはないだろう。
「いや、俺が聞きたいぐらいだ」
「僕の方は大丈夫だよ」
「そうか。小遣いならそれなりにある、トイレとか風呂とかを貸してくれれば――」
「大丈夫大丈夫、気にしなくていいよ」
と言われても泊まる側は気になってしまうだろう。
どうしてもそこでは迷惑をかけたくないということなら僕もお小遣いを使って付き合おうと決めた。
これも気になるだろうから先に言ったりすることもしなかった。
「――という感じかな」
「そうですか、兄さんが元気ならよかったです」
もう五日目になるが元気いっぱいだ。
だからどうしてこうしているのかが分からなくなるときがある。
でも、まだまだ彼女とはいようとしないからそれで思い出せるのがよかった。
ただ、不安なのは終わった後に上手くできるかどうかだ。
戻った途端に再発、なんてこともあるかもしれないから怖い。
「あ、そういえば来月から神アニメが始まりそうなんです」
「そっか、じゃあ考え込んで遅い時間に、とはならなくなるね」
「はい、いまから楽しみです」
彼女が明るいなら大丈夫か。
靖にとって妹パワーの影響が大きすぎるからこそこうなっているんだし。
「あ、兄が来たので戻りますね」
「分かった、また後でね」
ああ、寂しそうな顔で見つめていらっしゃる。
もうあのときみたいに謝罪をして一緒にいるようにしたらいいのに。
多分、それが一番手っ取り早い、そしてお互いに損することもなくなる。
なにより、大好きな相手といられないというのはストレスになりそうだった。
「なあ、別に俺が来る度に帰らなくてもよくね? なに? 俺嫌われてんの?」
「違うよ、幸恵ちゃんは我慢しているだけでしょ」
まあ、もういまとなっては女々しい彼が悪いんだ。
それでも一週間という約束だからそれまではそういうことを言わない。
終わってもまだウジウジしているようだったら強制的に仲直りさせよう。
「でも、大地がいてくれて本当によかったわ、こういうときに幸恵になにかがあっても大地経由で分かるからな」
「僕はふたりの友達だからね、どっちかを贔屓したりはしないよ」
「だから泊めてくれたりするのか?」
「大切な友達だからね、男の子とか女の子とか関係ないよ」
あ、そういえば隣の子と話すことはあっても脅されているのかとか言われなくなったな。
やっぱり贔屓とかそういうことではなかったのか、自然と怖い顔ではなくなっていたんだ。
いやまあ、隣の子だけを基準にしてしまうのはよくないが……。
「大切とかよく言えるよな」
「言えるよ、逆に靖は言えないの?」
「異性には言えるが同性には無理だ」
そういうものなのか? そういうものなのか。
多分、幸恵ちゃんに聞いても「そういうところも可愛いですっ」とか言われるだろうからやっぱりあんまり参考にはならない。
「大体、どうして幸恵を優先しないんだよ、そういうつもりで見られないとか言ったら流石にぶっ飛ばすからな?」
「全くそんなことはないよ、でも、お互いにそういうことがないだけ」
この先もそこはきっと変わらない。
僕としては変わってもいいし、変わってくれなくてもいい。
どちらであっても自分らしく生きていくということには変わらないから。
「幸恵ちゃんが簡単に見つかった後は君のことが気になっていた、部屋にこもってしまうなんてらしくないしね」
「正直に言うと、涙が出たからだ」
「へえ、そりゃ心配だろうけどまさかそこまでとは」
それこそよく言ってくれたものだ。
「翌日はどうやって存在していればいいのか分からなくて引きこもった、ちなみに、いいことではないことが分かった」
「だろうね」
あんまり広くはない場所にずっといると駄目になる、考え事をするのであれば尚更のことだろう。
「……だから連れ出してくれたことに感謝しているんだ」
「その翌日に君は自分の意思で出てきたんだけど?」
「はぁ、なんでそこは可愛げがないんだよ」
「連れ出したわけではないからだよ」
やはりそれも自分のためだった。
過去に既に言っているのなら何度でも言う、感謝してほしくてしているわけではないんだ。
「俺はさあ!」
「落ち着いて、感情的になってもいいことはなにもないよ」
変に叫べばまたイメージが悪くなる、今日は放課後ではなくてまだ午前中だから。
僕はそんなことになってほしくない、そんなことになるぐらいだったら自分が嫌われてしまった方がマシだ。
「僕はあれかも、君のことを相当気に入っているのかもね」
「ちょっと待て、なんか凄えマジな顔なんだが……」
「そりゃあね、嘘なんかつきませんから」
いまのこれを超えると迷惑をかけることになる。
でも、自分から離れることはしない。
仮に変わったのだとしたらなにもかもをぶつけて終わらせるだけだ。
「って、大地とこんな話をしている場合じゃねえ、早く幸恵と過ごせるようにしないといけねんだ」
「そっか、君がそう決めて言ってくれるのなら楽でいいや」
我慢する必要がなくなる、つまり、自分らしくいられることになる。
毎回毎回努力をしていたら疲れてしまうからこれはありがたいことだった。
とりあえずいまは休み時間が終わりそうになっていたから解散に。
「二宮君、赤長君って変わったね」
「どういう風に?」
「なんだろ、あ、変わったんじゃなくて私が知ったからかな?」
「そうかもね、知らないって怖いことだから」
知っていれば上手く対応できる、知らなければ上手くできないというだけの話だ。
彼女であれば、幸恵ちゃんであれば、靖であれば知らなくても上手くやるのかもしれないが。
いや、靖は今回の件で弱いことが分かったからなあ。
「そうかも、なのに前はあんなこと言っちゃって……」
「直接言ったわけではないから大丈夫だよ」
「次、来たときに謝るよ」
「そっか」
決めたのならなにも言えない、言う必要もないだろう。
多分、面白い反応が見られるだろうから僕としてはいいことだった。
って、これだと完全に嫌な奴にしか見えないな。
「よし、こっちも変えていくか」
ちょっとずつ、特に問題もなかったが変えていく。
とりあえずこの、自分のためになんでも利用するスタイルだけはね。
「なにを変えるんですか?」
「僕の悪いところを変えようと思ってねー」
「大地さんの悪いところは兄さんばかりを優先するところですね」
「お、もしかして妬いてる?」
「単純に兄さんといられなくなるというのもありますが、私も出会ったからには、ここまで過ごしたからには仲良くしたいです」
出会ったからにはという考えはいい。
ただ、僕もそうやって考えて行動しているのに長続きしないんだよなあ。
「分かった、そう言ってもらえて嬉しいよ」
「はい、これからもよろしくお願いします」
なんとなくこの兄妹とは長くいたいと考えてしまっている。
フラグになりかねないから三ヶ月に一回程度考えることにしていた。
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