04話.[喧嘩しないでね]
「漫画、持ってくればよかった……」
「あくまであれは冗談だったんだ、そりゃこうして来ちゃったらそうなるよ」
僕の部屋にあるのは棚と勉強机とベッドだけだ。
最新のゲーム機なんてないし、本もないし、パソコンもないからネットサーフィンなどをして時間をつぶすことはできない。
僕の場合は全くそれでも気にならなかったから問題にはなっていなかったが、色々なことが好きそうな彼的には無理なんだろう。
「俺のわがままに幸恵を付き合わせるのは違うから連れてこなかったが……」
「もう帰った方がいいんじゃない?」
既に二十時半を過ぎている。
近いとはいっても最低でも二十分はかかるんだからいまから出ても遅いぐらいだ。
「いやいい、今日は泊まるっ」
「なに意地になっているんだよ……」
焦らなくたって明日からちゃんと付き合うよ。
僕の中では無事に仲直りできたことになっているんだし、自分から行くことが怖いというわけでもないんだから。
「着替え貸してくれ」
「身長差がすごいから無理だよっ」
「じゃあいま着てるのをそのまま着るわ」
下着の方は諦めてもらうしかない、冬だから夏よりはまだマシ……かな?
服の方は結構大きいサイズのやつもあることを思い出したので、そちらを貸しておくことにする。
あ、もちろん幸恵ちゃんやご両親に連絡をさせてからだけども。
「意地になったところで後悔するだけだよ、今日はいいけど明日からはまた戻さないとね」
「だから俺と同じようにしろよ、それがないからすっきりしないままなんだ」
そうか、ときにはそういうことが重要だということか。
なんでもかんでも気にしてない、気にしなくていいと言われても不安になってしまうということなのか。
「シスコン、ブーメラン野郎」
「……なんか滅茶苦茶痛えんだけど」
「僕もそうだった、ちくりちくりと言葉で刺されてね。だけどこれで終わりだ、早くお風呂に入ってくださーい」
両親もまだなんだからさっさとしないといけない。
僕と彼が女の子だったら同時に入ってもよかったかもしれないが、流石に男同士だからそんなことはできない。
簡単に言えば絵面がやばい、まあ、そもそも受けいられないからこんなことを考える必要はないが。
「あ、そういえば課題が出ていたんだった」
いつまでも遊んでいる場合ではない、やらなければいけないことはしっかりやっておかないといけない。
幸い、ちゃんと授業を受けていれば分からなくて手が止まるということはないから彼が戻ってくるまでに終わらせることができた。
「せ、せめて廊下にいてくれよ、ひとりで上がってくるときに悪いことをしている気分になったわ」
「ごめん、課題があったから」
こちらは急ぐ必要もないから両親に先に入ってもらうことにした、なんか今日の様子だと徹夜になりそうだったからだ。
ちなみに件の男子君は「あんまりでかくねえな」とか言って床に寝転んでいる。
一応、初めて来た場所なのにどうしてここまで寛げるんだろうか?
例えここが彼の部屋であったのなら隅っこに静かに座ることしかできないぞ。
「大地には俺にも幸恵にもない強さがあるな」
「強さと言われても」
ネガティブ思考はしないから僕は僕らしく過ごして、僕が僕を信じているというだけだった。
「なんか凄えって思ったんだ、やっぱり大地の真似をするべきだともな」
「どう過ごすかは、どう対応するのかは人によって違うよ」
いいところを真似しようとするのは悪いことではないが、その人に合ったものかどうかは分からないから簡単におすすめすることはできない、なんて、あのときやっぱり真似をした方がいいとか言ってしまったのは本当に後悔している。
だからもう同じ失敗はしない、過去は変えられなくても先は変えていけるから。
「あ、そういえば怖い顔じゃなくなっているかも」
「そうか? まあ、元々怖い顔をしているつもりもなかったからな」
あ、いや、これは僕が彼のことを気に入ってしまっているからか。
幸恵ちゃんの意見も兄贔屓なところがあるから参考にはならない。
あの隣の席の子から「あんな感じの人だったんだね」なんて言ってもらえればこちらとしても安心できることになる。
「前にも言ったように大地は全く怖がっていなかった、だから避けられたくはないが意識して変えることもしていなかったんだ。そもそも、全く関係のないやつに嫌われたところで無ダメージだったことにも気づいたことになるな」
「ああ、僕もどうせ学年が変われば的なことを考えることがあるからなあ」
みんなに好かれることは不可能だからこれだと決めた人にはせめて嫌われないようにと頑張ろうとする。
そうやって生きてきて僕的には全くトラブルもない人生だったからこちらも変える気なんか微塵もなかった。
つまり説得力がないわけで、頑張った方がいいとか言うことも気軽にするべきではないというわけで。
「ごめん、簡単に真似をした方がいいとか言って」
「いちいち謝るなよ」
「謝りたかっただけだから」
気持ちよく前に進むためにも必要なことだった、というだけの話だ。
一方的ではあるがそうできたことは嬉しかった。
「眠てえ……」
「当たり前だよ、だって意地張って布団を敷かないで寝たんだから」
話し足りねえとか言っていたくせにしていたのはごろごろすることだけだった。
文句しか言わなかったから正直、帰った方がいいと何度も言いたくなったぐらい。
まあでも、僕の対応が間違っていたというのは分かっている。
意地になっているところにそんなことを重ねればそりゃ彼ならそうするよねという話で。
「幸恵ちゃんに比べたら僕も君も駄目だね」
「そりゃあな、幸恵は誰かさんが言っていたように天使みたいな存在だからな。極端な行動をしたりしないし、問題も起こさないから一緒にいて安心できるよ」
こちらとしてはなんとなくあのままの方が怖い気がする。
昨日までよかったのに今日になった途端に急激に変わってしまった、なんてこともあるだろうから。
「全部のことに対して結構いい状態でいられているのはいいことだよな」
「確かに、僕らは一部分に対してだけ強いみたいなものだからね」
友達が多くいることも知っている。
あと、頼りにされていることも知っているからそれは僕らにはない強さだ。
だからこそ、彼的な存在が近くにいてほしいと思う。
誰かひとりぐらいはなんでも吐ける存在が必要だ。
「幸恵ちゃんって彼氏とかいるの?」
「いや、聞いたことないが……」
「靖だと学年が違くてなにかがあってもすぐに気付けないからそういう存在がいてくれればって思ったんだけど」
なんとなく女の子の友達よりはという浅い考えだった。
「ちなみに靖としては嫌?」
「そんなわけないだろ、兄がどうこう言うのは漫画とかそんなのだけじゃね?」
「そういうものなんだね」
幸恵ちゃんがいるといつも通りでいられなくなってしまうのに意外だ。
ただ単に妹思いで格好いいところを見せられればいいんだろうか?
関われば関わるほど知ることができるというわけではなく、分からないことが増えていくというだけだった。
「喧嘩、しないでね」
「は? なんで急に?」
「もう傷だらけの君を見るのは僕的にも嫌だから」
「俺だって進んでするわけじゃねえよ」
間違いなくあれは幸恵ちゃん的にも気になるだろうからだ。
それに今度はあの程度で済まないかもしれない、骨が折れてしまったりとかもあるかもしれない。
そうなったらお金だってかかるし、こちらも不安になるから嫌だ。
「自分勝手だからね、自分が気持ちよく過ごすためには誰だって利用する」
「前もそんなこと言っていたよな」
「事実だから、嘘をつくような人間でもないからね」
他者からすれば分かりやすい存在だということだから悪くは……ないかなと。
「眠てえ、こういうときこそ幸恵の足を借りて寝てえ」
「いいですよ?」
「おわ!? いたのかよ……」
「はい、何故か連絡だけで放置されてしまったので」
うわあ、これはかなり怒っているなあ。
ただ、直接言ったところで結局結果は変わっていなかった。
異性の家に泊まるなんて相当昔から一緒にいるとか、彼氏彼女の関係だとかそういう感じじゃないと駄目だ。
「はい、どうぞ」
「お、おう」
にこにこ笑顔なのにどうしてここまで怖いのか、彼なんかよりよっぽど怖く感じてくるぐらいだった。
連絡もなしに勝手にそうしたのなら問題になるだろうが、ちゃんとさせたのにまるで逆効果になってしまったみたいだ。
「せめて『来るか?』と誘ってほしかったです」
「なるほどな」
「はい、形だけでもそうしてくれれば少しはマシだったんです」
漫画を読んで変えようとしても無理だったと教えてくれた。
流石にそこまで兄が好きすぎると問題のように感じてくる。
別に嘘をついて女の子といちゃいちゃしていたとかではないんだ、だから泊まったんだな程度で終わらせておけばいいのに。
「一番近くでふたりを見ていたいの」
「俺らを? 俺らを見たところで、なあ?」
頷く、僕らを見たところでレア感というのは全くない。
違うところから見ないと分からない魅力があるということならおかしなことを言っているわけではないだろうが。
「私、大地さんが優位な立場だと思うんだよ」
「はあ? え? なんの話だ?」
「あ、こっちの話だから」
彼がこちらを見てきたがなにも言わなかった、いや、言えなかった。
そういうのを読んだことがあるわけではないが、存在は知っている。
簡単に言ってしまえば男の子同士の恋愛のその先に関係していることだ。
「僕的には積極的に来てもらえる方がいいなあ」
「えぇ、それじゃあ駄目ですよ、私の理想とズレてしまいます」
「理想と言われてもね、僕は自分勝手な人間だから」
だからいうことを聞いたりはしない。
一応二ヶ月近く関わっていれば分かっているはずだから問題ない。
いや、問題がないことにしたかった。
「大地さん、これを受け取ってください」
「ありがとう。じゃあ靖、これを受け取って」
「おう、ありがと――ってなんでだよ!」
なんでだよって、そんなのバレンタインデーだからだ。
友チョコって最近流行っているらしいし、別にこちらが作ったって問題のある行為には該当しない。
「はい、幸恵ちゃんにはこれね」
「あ、これ手作りなんですね」
「うん、調べて作ってみたんだ、市販の物に頼るのは楽だけどそうしたくなくてね」
無駄なプライドだと言われたらそれまでのことではある、明らかに初心者が溶かして作るよりも市販の物をあげた方が美味しかったから。
「じゃなくてだな、なんで俺にもあるんだよ……」
「え、友チョコだよ友チョコ」
「いやそれ、女子同士がやるもんだろ……」
「はい勝手な決めつけー、古臭いよ靖」
正直に言ってしまうと練習のために沢山買ってきていたからだった。
ただで食べられるとかそういう風に片付けてほしかった。
「え、なに? じゃあ俺はホワイトデーに返さないといけないのか?」
「いらないよ、これは押し付けみたいなものだし」
「そういうわけにもいかねえだろ、なんか返さない方が気持ちが悪いわ」
あくまでそこは自由にしてほしい、返すのも返さないのも彼の自由だ。
両親はどっちも甘い食べ物がそこまで好きではないから捨てることにならなかった時点で満足できている。
僕は僕で大量に食べたくはないという気分だったので、健康を考えても悪くはない結果だと言える。
「んー、俺も手作りをするべきなのか?」
「兄さんっ、ちょっと頑張ってみようよっ」
「そうだな、大地にはともかく幸恵には最高の物を返したいしな」
なくてもいいからその差に傷ついたりはしない。
そもそも家族である彼女と同じように扱ってもらえるなんて考えていなかった。
もしそのようなことを望むようになってしまったときがきたら、彼に迷惑をかけてしまうということだから離れることを選ぶかな。
自分勝手な人間にもできないことというのはある。
まあ、そうなったら彼女からすれば嬉しいことなのかもしれないが。
「焦げた、それはもう暗黒だった」
「え、まだ一ヶ月もあるのにもう作っちゃったの?」
「大地程度でも調べれば作れるんだからいけると思った、だが、無理だった」
やはり積極的に行動できるところは真似をしたいところだった。
が、程度と言われるのは少し嫌だったので、この話を終わらせておいた。
焦らなくても時間はある、数度練習すれば問題なくできるようになるだろう。
「そういえば今日幸恵ちゃんが全く来ないけど喧嘩でもした?」
「なわけあるか、幸恵にだってやりたいことがあるんだよ」
そりゃそうか、任意なんだから間違ってはいない。
じゃあ君は? という目で見ていたら「俺はないからな」と。
そういえばいつもここにすぐに来るが、友達はいるんだろうか?
「俺が行ってやらないと大地はひとりだからな」
「ひとりではないけど実際、ありがたいことだよ」
待っているだけでいいというのは大きい。
来てくれている限りはいつでも自分らしくいるだけでいいからだ。
「だからほら、なにかよこせよ」
「ジ○イアンなの?」
「俺は赤長靖だ」
まあでも、お世話になっていることは確かだからなにか渡すのもいいのかもしれない、が、僕の部屋を見た後によくそんなことを言えたものだと考える自分もいる。
「あげられる物とかないからご飯でも作るよ」
「それならそれで我慢してやる、いまから来い」
え、偉そうに、これで最後だからな! と内で叫びつつ彼の家へ。
使っていい食材などは聞くまでもなく教えてくれたからそこからはすぐだった。
あ、味見は何回もしたから大丈夫なはずだと、彼が黙って食べているときはずっとそう考えて落ち着かせていた。
普段から家事を担当しているとかそういうことではないから初心者中の初心者だ、そんな人間に期待する方が間違っているとも考えてね。
「ごちそうさん」
「どうだった?」
「駄目だな、幸恵が作ってくれた飯の方が美味え」
家族ではない時点でそんなことは分かりきっていることだ、こちらは完食してくれたという事実だけで満足しておけばいいか。
もちろん洗い物までしっかりやって家を出たときのことだった。
「今日はちょっと遅かったね」
「はい、ぼうっとしていたら時間が経過していまして」
「そうなんだ、あ、ご飯はもうできているから幸恵ちゃんも食べてね」
最後に考え事をしながら歩かない方がいいと残して歩き始める。
もう二月なのに、いや、二月だからこそ外は辛いぐらい寒かった。
今日ので返したことになるからもう求めてくることもないだろう、だからこちらはそれでもすっきりできていた。
「ただいま」
なんとなく気分がよかったからご飯を作っておくことにする。
父がそれなりにこだわっているからあまり邪魔はしたくないが、こうしたところで怒られるほどではないから気にしないでおく。
寧ろ普段やらない僕がやったことで喜んでくれる気さえしていた。
「ただいまー……っと、作ってしまったのか?」
「うん、駄目だった?」
「いや、ハンバーグが食べたい気分だったから買ってきたんだけど……」
「それなら父さんは食べればいいよ、別に残してくれれば明日の朝に食べるし」
「そんなことしないよ」
そこも自由にしてくれればいいからこれ以上はなにかを言ったりしなかった。
母もそうしない内に帰宅してくれたから三人で食べた。
なんとなく急に僕だけしか子どもがいないからどういう風に感じているのか聞いてみたら、僕だけで十分だと言われてなんか微妙な気持ちに。
だってそう答えるしかできない意地悪な質問だ、これは馬鹿なことを聞いた自分に呆れているだけだ。
「ふぅ」
だから温かいお湯が最高にいまの自分には効いた。
同じ失敗はしないと決めて、今回もしゃきっと出たのだった。
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