03話.[し、知らないな]

 冬休みはあっという間に終わった。

 終わってしまえば当然学校が始まるわけで、僕らは依然として休み時間には集まっていた。

 最近分かったことは幸恵ちゃんの存在が大きいということだ。

 彼女のおかげで赤長君が避けられずに済んでいる気がした。


「あれ、今日はパンなの?」

「作るはずの私が寝坊してしまいまして……」

「あ、そうなんだ」


 いつもは可愛すぎるお弁当だと思っていた。

 でも、これこそ手作りとかだったらもっとよかったのになあ。

 アピールしたいというわけではないが、そういうところも好印象だと思うから。

 よく知らないから怖いだけで多少でも知ることができれば少しぐらいは……。


「ところで赤長君はなんで集まった途端に爆睡しているの?」

「この前、二宮さんが漫画を読んでいるところを見て読み直そうと決めたみたいなんです、それで無理をしたせいでこんな感じに……」

「なるほど」


 残りの使える時間を全部使っても間に合わなかったということか。

 睡眠よりも意地でも優先するところがなんとなくらしいかな。

 もっとも、いいこととは言えないからなにかを言ったりはしなかった。


「赤長君は幸恵ちゃんがいてくれて嬉しいだろうね、ほら、僕は嫌がることを率先してやる人間だからさ」

「嫌がることなんてしましたか?」

「結構多いと思うよ」


 敢えて居続けてやろうとするなんて正にそれに該当するだろう。

 対する彼女は行きたい気持ちを抑えて行動できるんだから素晴らしい。

 あの後だってこちらが下に移動するまで近づいてきたりはしなかった。

 悪化したのか治ったのかは分からないものの、本当に必要だったのはそういう対応だったと思うから、なんてね。


「そうだな、二宮は最悪だ、だって病人の横で漫画なんて読んでいたんだからな」

「流石にずっとなにもせずに待っているのはちょっとね」

「だったら帰ればよかっただろ」

「いや、それもしたくなかったんだ」

「はぁ、こいつが弟じゃなくてよかった」


 酷いことばかりを言ったりしたりする人だ。

 妹に優しくできるのはいいが、相手によって露骨に態度を変えるのはよくない。


「ふふ」

「漫画の内容でも思い出したの?」


 この前は無料でいい作品が読めていい時間だった。

 あくまで健康なままだったら電気を点けて夜遅くまで読ませてもらいたかったぐらいだった。


「いえ、兄さんが少し素直じゃなかったので」

「素直になれないお年頃なんだよ、だからあんまり言わないで――痛っ」

「幸恵、こいつといても悪影響しかないから行こうぜ」

「嫌だよ、二宮さんとだっていたいよ」

「うぅ、可愛くないお兄ちゃんと違って幸恵ちゃんは天使みたいな存在だ」


 どんどん本音を吐いて分かってもらおうという作戦だ。

 そのうえでどうしても合わない、一緒にいたくないということならいま言ったように離れてもらうつもりだった。


「くそ、完全に幸恵が騙されてしまっているぞ……」


 んー、だけどこの感じだと来ているのは彼女が来てしまうからか。

 別に僕といたくてそうしているわけではないことが分かるため、多少は考えて行動しなければならないようだ。

 もう既に許容ラインを超えてしまっているということなら……。


「許してよ赤長君」

「嫌だ、わざと嫌なことをしてくるしな」

「どうすれば許してくれるの?」

「もう過去のことは変えられない、だからこの時点で詰んでるんだよ」


 おお、彼女がいるから冗談交じりに言っているとかではなくて本気のようだ。

 これなら仕方がない、謝罪をして去ることにしよう。

 この状態にまでなってわざと煽るようなことはしない、無駄に敵を作ったところでいいことなんてなにもないからだ。


「随分と早かったな」


 こんなに早く終わったのは人生で初めてだった。

 別に昔といまで態度を変えたとかそういうことでもないので、相性というのがあまりよくなかったのかも、って、違うか。

 気に入らない行動をしてしまった、というだけの話だ。

 それさえなかったら、意地でもいようとしなかったら三年生になるまでは一緒にいられた気がする。

 まあいいか、勉強をやっていれば時間はあっという間に過ぎていくというもの、友達が多かろうと少なかろうとそこだけは変わらない。


「二宮さん、勘違いしないでくださいね」

「勘違い?」


 というか付いてきていたのか、全く気づかなかった。

 考え事をしているとなにかがあっても対応できないかもしれないから止まっているときにした方がいいな。


「本当に拒絶しているわけではありませんから。昔からそうなんです、私がいるところではああいうことを言ってしまいがちなんです」

「そうなんだ」

「はい、どうしてかいつもそうで……」


 それは勘違いしてほしくないからではないだろうか?

 あくまで大切なのは彼女だとそう言いたいのかもしれない。


「兄さんは二宮さんのこと好きですから」

「まあ、神経を逆撫でしたくないからとりあえずは離れておくよ」

「そうですか……」

「僕はあくまで一緒にいたいと思っているからね、そこは勘違いしないでほしい」


 被害者面もするつもりはない。

 だからまあ、どうしても行きたくなったとかそういう理由がない限りはいまのままでも仕方がないと言えた。




「よしっ」

「二宮ナイスー」

「そっちもね」


 今日の体育は球技だった。

 苦手というわけではないから任されたところを頑張っていたわけだが、なかなかに楽しい時間が過ごせたことになる。

 誰かと協力してなにかをやれるというのはいいことだ。


「二宮はやっていたのか?」

「ううん、基礎程度ならできるというだけだよ」

「なるほど」


 それ以下にもならないし、それ以上になることもない。

 だから体育でちょびっとやる程度なのが一番自分に合っていた。

 放課後を捧げたいなんて考えられないというのもあった。


「ふぅ、だけどやっぱり体が冷えるなあ」


 すぐに着替えても冷たいからあまり意味がない。

 それでも強制的に半袖で過ごさなければいけないことよりかはマシだ。


「少し見えました、上手なんですね」

「みんながいてくれるからだよ」


 分からないところがあったら聞けば教えてくれるという環境が整っているというのもいい。

 たまにバチバチしている人はいるものの、優しく教えてくれる人がお多いからやりたくないということにはならない。

 ただまあ、お世辞を全部鵜呑みにして調子に乗らないように気をつけなければならないのは確かなことだった。


「兄さんも結構得意なんです、もし同じクラスだったら上手く連携してもっと楽しめたと思います」

「なんでもできるんだね」

「直さないといけないところは悪く言ってしまうことだけです」


 確かに標準的に怖い顔でいることよりも直さなければいけないところだった。

 そちらはともかく、悪く言われていい気分になる人間はいない。

 なにもしていないのに、ではなく、しているからこそ敵ができてしまう。

 仲良くやれなくてもいいから無難に終わらせるというのが重要なのだ。

 彼女といるときだけそういうところが出てしまうということなら、外で彼女といることをしばらくやめた方がいいのかもしれなかった。


「幸恵、なんですぐにそいつと過ごすんだよ」

「一緒にいたいからだよ」


 探し回ったんだとしたらどれだけ妹が好きなのかと聞きたくなるが、いまはなにかを言うと全て煽りと捉えられかねないからやめておく。

 たまには黙っていることも必要だろう。


「おいお前」

「うん?」

「幸恵になにかをしたら許さないからな」

「うん、大丈夫だよ」


 徹底ぶりが気持ちがいい、中途半端ではないからこちらにも分かりやすい。

 名字呼びからお前呼びになったということは最初に戻ったということだ。

 いや、彼としては戻して消したいということなのか?

 わざわざ極端なことをしなくて済むのはいいが、これならもう無理やり彼女を連れて行くぐらいの態度でいればいいのにと感じてしまう。

 いかなポジティブ思考を続ける人間とはいっても悪く言われ続けたら自分らしくいるということは不可能だからだ。


「気にしないでください、と言われても気になりますよね」

「そうだね」

「しばらくは二宮さんのところに行かない方がいいですかね?」

「それはきみに任せるよ、赤長君に嫌われたくないなら避けるべきかもだけど」

「そうですか……」


 強制できることではないからなんでもかんでも任せるしかない。

 自分のために行かない方がいいと判断したならそうしてほしい。


「今日も無事に終わったから帰ろ……う? なんか大きな壁が目の前にあるなあ」


 触れてみても動く気配がない、登れる感じもしない。

 今日は一段と怖い顔をしているからクラスメイトはさっさとここから消えた。

 横に動いても壁もそうしてくるからどうしようもない。

 これだけ身長差も違えば力の強さだって違うんだ、無駄に抵抗しても疲れるだけだからやめておいた。


「でかいなあ」

「逆にお前は小さいな」

「あ、壁が喋った、どうせなら最後までやりきりなよ」


 やりきるところが格好いいと思ったのにこれでは駄目駄目だ。

 よく考えてみたら黙っているなんて僕らしくないからやめたんだ。

 椅子があるのに立って話すのも馬鹿らしいから座らせてもらう。


「もう幸恵ちゃんは来てないよ、あ、赤長さんは来てないよ」


 正しい選択をしたということだ、兄に嫌われないためには必要なことだ。

 時間が経てばこっちも気にならなくなるから彼みたいな感じが一番困る。

 行くなら行く、来ないなら来ないを徹底してほしい。


「……変態野郎が」

「変態かあ、なんか思いつかないときにそう言いがちだよね」


 あらら、怖い顔からなんか困ったような顔になってしまった。

 なかなかに不安定というか、強くないというか、大切な妹がいないと駄目なのかもしれない。


「……なにも予定がないなら帰ろうぜ」

「それはいいけど」


 残っていても仕方がないのは事実だ。

 暗くなればなるほど寒いし、さっさと帰ってしまった方が自分のためになる。

 それにしてもこんなに早く誘ってくるなんて――あ、もしかしたら幸恵ちゃんが余計なことをしたのかもしれない。

 他人に強制されたところで続くというわけではないんだけどなあ。


「……悪かった」

「なんで急に変えたの?」

「幸恵に言われたとかそういうことじゃない」

「そうなんだ、僕はてっきり言われたから近づいてきたのかと思ったけど」


 まあ、同じ日だからというのが大きい。

 別にそのことを責められる立場でもないからどっちでもいいことではあるが。


「……あんなことを言っておきながらあれだが――」

「別にいいよそれは」

「い、いいのか?」

「うん、だって僕が君にとって嫌なことをしたのが悪いんだしね」

「あ、それだって俺は別に……」


 やっぱり幸恵ちゃんの前ではいつも通りでいられなくなってしまうのだろうか?

 細かくは分かっていないし、分かった気になってなにかを言おうものなら今度こそ致命傷になりそうだからやめておいた。

 人として当たり前のことをしているだけだから矛盾はしていない。


「なかったことにしよう」

「で、できるか?」

「赤長君が上手く片付けられたら、だけどね」


 こちらは普通に対応すればいいんだから実際はなんにも変わらないんだ。

 相手任せということになってしまうが、事実、もう終わってしまったことは変わらないからどうしようもない。


「多分、もう同じようにはならない、だからよろしく頼む」

「うん」


 それならもうこんな雰囲気は必要ないから終わらせてしまう。

 こういうときこそなんらかのパワーが欲しいから飲食店にでも行くことにした。

 もちろん、迷惑をかけてしまったから幸恵ちゃんも誘わせてもらった。

 残念ながらお金を払うと言っても全く聞いてもらえなくて悲しかったが。


「俺が払うから安心――」

「それも嫌だよ、自分も食べるなら自分で払います」

「なんで俺にも敬語なんだよ……」


 外、家、どちらで過ごすのも微妙だからお店にしただけだ。

 言ってしまえばゆっくり話したかったから、というだけのことだ。

 お喋り好き野郎だから仕方がない、いっぱい喋っておくことで勘違いされることもなくなるから悪くはない。

 だが、食べているときは周りのお客さん達の声とか設定されているBGMしか聞こえてきていなかった。


「ねえ、なんで今日はこんなに黙り状態なの?」

「ん? ああ、そういえばそうだな」


 なるほど、幸恵ちゃんがきっかけを作ってくれないと僕らは駄目なのか。

 なんかなんでも年下である彼女頼りで恥ずかしい。

 彼はともかく、年上である自分の方が情けないところばかりを見せているというのも駄目だろう。


「名前で呼んでいいかな?」

「は? なんで急に?」

「なんか丁度いいかなって、今日からまたスタートだからさ」


 最初から彼女の方ではなく彼の名前を呼んでおくべきだった。

 そもそも拒絶されていないからって簡単に名前で呼び続けてしまったのは問題としか言いようがない。


「まあ、幸恵は既に呼ばれているしな、別に拒む理由もないからいいぞ」

「じゃあ靖、もっといっぱい喋ってよ」

「だが、そう言われてもな……」


 結局、食べ終わるまでずっと同じ感じだった。

 もう仲直りしたはずなのにこうなのは引っかかっているからなのか?


「今日の兄さんはらしくないですね」

「それはきみもだけどね」

「あ、先程いいところで本と別れることになったので……」

「それはごめん」


 ちなみに「いえ、誘ってもらえて嬉しかったですから」と彼女は言った。

 誘いを断らなかっただけ偉いような、断った方がよかったような、いや、嫌なことならちゃんと断れるようなそんな子であってほしかった。


「幸恵ちゃん、これからは嫌ならちゃんと断ってね」

「嫌ではなかったですから」

「でも、その欲求に逆らってもらってまで付き合ってもらうのは違うから」


 別れる前にもう一度謝罪をしておいた。

 意外となにかが終わったらあっという間に家の中に入ってしまう子でもあるため、僕はまた家の前で靖と立っていた。


「あー……」

「入りなよ、もう幸恵ちゃんも入っちゃったんだからさ」

「なんか話足りねえ、なんでさっき話しておかなかったんだ俺は」

「し、知らないかな」


 誘っておきながら空気を悪くしたとかそういうことでもないし、時間も時間だから帰ろうとしたらがしっと腕を掴まれて動けなくなった……。


「ち、力強いねえ君」

「寄ってけよ」

「えぇ、それなら君が僕の家に来てよ、なんて冗談だ――」

「いいぞ」


 ここまで急に変わってしまうのもそれはそれで怖い。

 あれから一週間ぐらいが経過していたら仲直りした後に~ということならまだ分からなくもないが。

 多分あれだな、これはきっと幸恵ちゃんにやっぱり言われたんだろうな。

 そうでもなければあまりにも不自然すぎるから。

 いやまあ、あまりにも急な変化に付いていけなくてそういうことにしたいだけの可能性も……ありえるかもしれない。


「飯も食ってあるから問題ないよな、行こうぜ」

「ちょちょちょっ、なんで急にそうなのっ?」

「まあ、細かいことはどうでもいいだろ、寒いから早く行こうぜ」


 細かいことはどうでもいいで終わらせられるならこの前の件でだってそうしてくれればよかったのにとは思いつつも、明らかに僕の家の方に向かって歩き始めてしまったから追うしかなかった。


「なんで俺は大地にだけあんな態度でいたんだ?」

「いやだから、僕は君ではないのでね?」


 それこそ全部こちらが聞きたいことだった。

 この様子だと聞いたところで「なんでだ?」と質問を質問で返されるだろうからそうして間を潰すこともできないことになる。


「今回ばかりはまあいいで片付けられねえよな、俺は自分だけ許してもらおうとしてしまっているもんな」

「僕だってすぐに許してもらおうとするからね、多分相手からすればへらへらしていてむかつくんだろうけど」


 違う、この話はもう学校の時点で終わっているからでよかった。

 いちいち変なことを言ってしまったことを後悔していた。

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