08話.[いっぱいだった]
「本当に傷ついてなかったんだな、つか、男なら誰でもよかったのかよ」
「す、すごい発言をしているの、分かっているの?」
「話を逸らすな」
残ったからなんらかのことを言われるのは分かっていた。
だが、まさかこんなことを言われるとは思っていなくて困惑した。
もうどっちにとっても終わったことだ、なんで今更出すのか分からない。
「もう四月なんだぜ? なんで今更なんだ?」
「ふざけるんじゃねえよ」
「いやでも、本当にもう四月なんだからさ」
三月までとは変わった場所の椅子に座って彼を見る。
こうしているとやっぱり最初のときのことを思い出す。
こういうときこそ幸恵ちゃんパワーが必要な気がした。
「振られた後も君にとって嫌な行為をしているわけではないよ僕は」
「好きってその程度の気持ちだったのか? だから傷つかずにいられるのか?」
「違うよ、気持ちを伝えることができたからだよ。まあ、君からしたら迷惑以外のなにものでもないんだけど」
「結果はどうでもよかったってのか?」
「なわけないでしょ、自分勝手な人間がそんなこと考えると思う?」
失敗すること前提に行動するわけがない。
ああ、だけど恋に関しては半分以上はそんなものなのか。
「なにか食べながら話そうか、こっちには話したいことなんてないけど」
食事という行為を楽しむだけだ。
なんでも聞いて答えておけば問題にはならないだろう。
店内は平日だから特に混んでいるというわけでは――いや、物凄く混んでいて賑やかだったからもし僕らが黙っても気まずくはならなさそうだった。
「で、あいつは誰だ?」
「一年生の林村君だよ」
「なんで幸恵と行動しているんだ?」
もしかしたらあの短時間で気に入ったのかもしれなかった。
それかもしくは、ひとりで無理なら……という考えかもしれない。
多分、ふたりからしたらこっちは頑固とか意地になっているだけとかそういう風に見えているのかもしれないから。
「呼んでくる」
「ご自由にどうぞ」
自分ひとりでなんとかできないなら頼るしかない。
結局この程度の人間だからだ、無理をしたところで振り回してしまうだけだ。
店内に入ってくると何故か幸恵ちゃんが僕の隣に座った。
それからきっと睨んできて、そこまでのことかなあなんて感想を抱く。
「林村君はすごいね、積極的に他者といようとしてさ」
「そうかな? 俺は俺らしく存在しているだけだけどな」
「でも、そんな君でもある行為だけはできなかったというのは不思議だね」
「怖いよ、多分大地が普通じゃないんだ」
こんなに普通の人間なのに普通じゃないとは面白い意見だ。
下にではなく上に振り切っていてくれれば僕はもっといい結果と縁があった。
勉強も運動もコミュニケーション能力も優れていて、きっと自然と頼られるような人間になっていたはずだ。
「で、どうして幸恵ちゃんと行動していたの?」
「どうしても諦められなかったみたいだから協力しようと思って」
「そっか」
こちらが変わらない内は延々平行線だということを分かっているのだろうか?
僕の中で一応悪いことに分類されているのは一方的に告白したことだけだ、つまりその後のことは全く悪いことだとは考えていないことになる。
だからどんなに頑張ろうとこちらが変わることはないというのに、このふたりは未だに頑張ろうとしているわけで。
「これは僕と靖の問題だ、君達は全く関係ないんだよ」
時間を無駄にするなと、他のことをして過ごせとそういう風に伝わればいい。
「そうだ、これは俺らがなんとかしなければならないことなんだ」
「でも、どうせ兄さんだけじゃ……」
おっと、大好きな兄が相手でもそんなことを言うのか。
いいのかどうか分からないな、喧嘩だけはしてほしくない。
「分かった、じゃあ離れることはやめるよ」
断じて間違っているとは考えていないが、傷ついていないとか言っている割には行動が矛盾しているように見えてくるから。
「そこだけが引っかかっていたんでしょ? じゃあもうこれで終わりだ」
「終わりじゃありませんよ」
「これまで通りでいるって言っているんだよ?」
受け入れたらそれも駄目ってパターンが一番嫌だった。
だったら最初から○○して○○して○○してと全部はっきりしてほしい。
あとなんで靖は先程のあれっきり黙っているんだ、それこそ一緒になって駄目だとか言ってくれればいい。
逆ギレしないで受け入れよう、それだけで足りないならばらせばいい。
適当に言ったわけではない、必要なことなら受け入れるさ。
「そうだよ赤長さん、大地はちゃんと変えようとしてくれているよ?」
「……兄さんといてくれないと嫌なの、これまで通りなんて嘘なんだよ」
彼以外のときに敬語じゃないというのはこんなときでも新鮮だった。
敬語じゃなくなると年相応という風に感じる。
「どういうこと? これまではお兄さんとだっていたんだよね?」
「それはそうだよ、そうでもなければ好きになったりはしないから」
「じゃあどうして?」
「どうせ自分からは行かないとかそういうことなんだから」
なんだそれ、結局誰もが勝手な思い込みをするということなのか。
どういう風に扱ってくれても構わないが、それなら集まる必要なんかなくなる。
他の仲間でも集めて、吐いて、発散させればいい。
「お金、ここに置いておくから」
「逃げるんですか? 結局、大地さんは矛盾しているんですよ」
「どうでもいいことだ」
極端なことを重ねることで終わらせるという作戦は上手くいくだろうか? とかなんとか考えつつ帰路に就いた。
「大地ー、ここは?」
「さっき教えたでしょ」
「分からないっ、高校の問題は難しすぎるよっ」
彼はシャーペンを置くとそのまま寝転んだ。
やるもやらないも自由だからそのことについてなにかを言ったりはしない。
僕は集中しなければ駄目だ、五日とかじゃ足りないから。
「最近、幸恵も元気ないしなー」
「よくすぐに呼び捨てにできるね」
「普通だよ。でも、幸恵が悲しそうにしているところを見たくないな」
彼は「どうにかして元気にできないかな」とか呟いていた。
ちなみに嘘ではないことを証明するために靖のところや幸恵ちゃんのところに複数回行ってみたものの、無視されてしまったというのが現状だった。
「大地はちゃんと守って行動しているのにね」
「被害者面するつもりはないよ」
「なにがしたいんだろう」
言うことを聞かせたいとかそういうことではないだろう。
大好きな兄のためにというわけでもない気がする。
「勉強しようよ、どうせ集まっているのならさ」
「そうだね、逃げていても意味はないんだし」
やらなければいけないことをやっていれば時間はちゃんと前に進んでくれる。
その途中で解決なりしてくれることを望んでおくぐらいが一番ではないだろうか。
いますぐにどうこうしようとするから手や足が止まってしまうんだと思う。
優秀じゃないからすぐそうなりがちだが、そんなことをしている場合ではない。
「一時間は頑張ったよね?」
「うん、それは間違いなく」
「じゃあ今日はこれで終わりねっ」
「分かった」
集中力が高いわけではないからこちらも一旦休憩をしよう。
食事や入浴を終わらせてからでも十分時間はある。
睡眠時間はそれなりに確保したいから少し早めを意識すればいいだろう。
「あれ? まだ帰らないの?」
「大地が可哀想だから」
「僕が? 林村君がいてくれているから大丈夫だよ」
彼もまた不思議な存在だ、どうすれば僕が可哀想なんて思考になるのか。
いまはそういうのを知りたくて彼といさせてもらっている。
分かるときは延々にこないかもしれないが、知りたくなってしまったのなら仕方がないことなんだ。
「でも、これ以上は迷惑だから帰るよ」
「送るよ、ちょっと炭酸が飲みたくなってさ」
「うん」
とはいえ、本当に近くだから一緒にいる時間はかなり少なかった。
自分が言っていた通り、わざわざスーパーまで行って炭酸ジュースを購入した。
それを飲みつつ帰っていたらまた大きな壁を発見して足を止める。
「幸恵が悪い、大地は守っているのにいまでもあんなんで」
「なにを求めているのか分からなくなった、ちゃんと言葉で言ってくれないと僕は分からないんだよ」
「俺だってそうだ、察して行動してやることなんてほとんどできないよ」
じゃあ僕なら尚更ということになる。
二本購入していたからその片方を渡したら「ありがとな」と受け取ってくれた。
こういうところが好きだ、受け取ってくれるだけありがたい。
「さっきまでなにしてたんだ?」
「林村君と勉強をしてたよ、前々からやらないと駄目だから」
「俺は今回も五日前にならないとやる気が出ないからぶらぶら歩いていたんだ」
「じゃあ少し前から分かっていたってこと?」
「まあ、そうでもなければこんなところで立ってないだろ」
……こんなに近くにいるのに遠く感じるのは僕が弱いからか? 本当は傷ついているのに傷ついていないふりをしていただけなのか? ……そういう自分を直視したくなくて迷惑をかけたくないからとか理由を作って離れたのかもしれない。
「ごめん、早く食事とかを済ませて勉強をしなければいけないから」
止めてくれって初めて思った。
だが、彼は「そうか」と言って目の前からどいただけだった。
自覚してしまったら変わってしまうというのは本当のようで、悔しくて、走って帰って結局ご飯とかも食べずに勉強をした。
「口先だけかよ」
所詮自分はこんなものかと分かった一日となった。
悔しかったものの、これが自分なんだから付き合っていくしかなかった。
「寒い……」
もう年が終わるというところまできていた。
就職活動とかも無事に終わったからゆっくりしているだけでいいのは気楽だ。
十一月と言えば靖と出会った月でもあるからなんとなく懐かしさに浸っていた。
「大地ー……」
「うん?」
「なんかこっちの県は寒いよー……」
「そうなんだ?」
県によって同じ季節でも差が出てくるから面白い。
ただ、ひとつ言わせてもらえば雪だって降らないから問題ない気がするんだけど。
「
「んー、ちょっと暖かい場所で待っているから終わったらちゃんと来てね」
「分かりやすいところに居てくれないと無理だぞ?」
「んー、なるべくそういうところにいるよー」
話したいことなんて今回も僕はない。
友達のままでいるなんて辛いことでしかなかった。
いやまあ、まさか自分がここまで引きずる人間だったなんてって自分が一番驚いているんだけどさ……。
だから駄目なんだ、いますぐにでも逃げたい気持ちでいっぱいだった。
「そうだっ、もう少しで期末テストだからやらないとっ、だからこれで……さ」
「待ってくれよ」
こっちが言うことを聞いてもいいことには繋がらない。
「よかったね、来年になればすぐに離れることができるんだから」
なんて言って「そうだな」とか返されたらどうなるんだろう。
怖い、だけどこういう経験を学生時代にできていてよかったのかもしれない。
調子に乗ったらまたあのときみたいになるぞと注意をしつつ過ごしていける。
「一緒にやろうぜ」
「いや……あ、うん、いいよ」
やり逃げなんて許されるわけがない。
これは罰なんだ、受けなければならないことなんだ。
「五日前のルールは……?」
「あんなの言い訳して先延ばしにしているだけだからな、もう社会人になるわけだから変えておかないと不味いだろ」
ちゃんと林村君とも合流して帰路に就いた。
仲良さそうに話しているふたりを見つつ歩いていた。
「幸恵はどう?」
「普通に元気だぞ」
「幸恵と付き合おうかなー」
「幸恵が晴人のことを好きならいいんじゃないか?」
「なんか靖って意外だよね、怒るのかと思ってた。だって凄く怖い顔をしていたからさ、大地は弱みを握られているんだとか考えたし」
徹夜にはしたくないからほどほどにしておこうと決めた、ヤケになったところで困ることになるのは後の自分だから。
寧ろ一時間の内容を濃くすることで睡眠時間を増やすのもいいかもしれない。
なにかをしなければならないときはてきぱき行動できるというのもいいことだ。
「ははは、俺らしいな」
「えぇ、そこで笑うのー?」
しなければいけないことをしていればあっという間に学生も終わるんだろうな。
そうしたら自然と離れることができる、辛い気持ちも味わわなくて済む。
別れは勝手に辛いこと! とイメージが出来上がっていたが、今回に限って言えば出会いぐらいいいことだと言えた。
「大地、どこで……」
「靖? あ……」
「僕の家でいいよ」
ふたりとも両親のことを知っているから気まずくもならない、逆に靖や林村君の家でやることの方が気になるからその方がよかった。
やると決めたらやる、考え事なんて後でゆっくりやればいい。
が、何故か固まってしまっていたから「靖? 林村君?」と声をかけた。
「一時間とかでもいいからやろうよ」
「い、いや、大地、気づいてないの?」
気づいていないわけがない、自分のことなのにありえないだろう。
ただ、出てしまったときに振り向いたものだからどうしようもなかっただけだ。
僕としてはこの気まずい時間をなんとかしたいだけ、あとはやっぱり早めにやっておかないと駄目だということだけだ。
「いいからやろうよ」
「あ、うん……」
……なんでこのタイミングで出るんだよと冷蔵庫とおでこに八つ当たりをしていたのだが、ある程度のところでやめて客間に戻った。
こんなものだ、誰だって相手に受け入れてもらえるわけではないんだ。
正真正銘の気持ちが悪い人間になりたくはないから我慢が必要だ。
もう出てくることはなかったからしっかり集中することができた。
長時間は無理でも集中できることはいいことだと言えた。
ふたりとも黙ってしまっていたから紙と芯が擦れる音だけがこの部屋に響いていたのだった。
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