第10話大公

 まずは竜騎士隊と友好的な歩兵師団の団長が来て、将軍とその護衛が肩で風切って士官食堂に入場し、貴族階級的には下の竜騎士団団長から挨拶を「させた」。


「お久しぶりです大公閣下。去年の戦闘以来でしょうか、ご無沙汰しております」


 これも乙女ゲーなら超絶美形の人物になるが、臭いジジイでデブでブサイクなオッサン。


 大物が来たので他の貴族も席を立って、位階が高い順番に挨拶をし、食事中だった兄弟姉妹も途中で立たされて端の方に追いやられて跪かされたので、食い物にはうるさい三男のご機嫌が最悪になり、ムカ着火ファイヤインフェルノした。


「うむ、息災で何よりだ、今日は其方の駐屯地に天使が舞い降りたと聞いて参った」


 もっと迂遠な言い方で高圧的に言い渡してから、下位貴族に聖人なり聖女を献上させたかった所だが、喉から手が出るほど欲しい者が見つかったと聞いて、どう見ても騎獣で早駆けして来たのも見透かされているので、ほぼズバリ「聖女か聖人が欲しい」ぐらいの貴族らしくない下品な言い方で要求した。


「流石お耳が早い、先程の負傷兵は聖女聖人の任官試験といった所ですかな? あれだけの負傷、熟練の聖女でなければ治療は不能、お眼鏡には叶いましたかな?」

「うむ、天晴であった、是非歩兵師団に迎えたい。そして我が家の養子として迎えられれば僥倖である」


 ここまで露骨に「聖人聖女を寄越せ」と言うのは下品すぎるが、そうまでしてでも欲しいので下位に言い渡す。


「左様ですか、昨日から父親や本人にも内示しておりましてな、「全員」我が家の養子にと約束しておりますが、閣下のご下命とあればお譲りするしかありません」


 先程から手配師(カーチャ)の分配では、長男と三男が騎士団入りを希望して面接中。


 次男と三女は魔法士を希望して面接中。カーチャと次女は竜騎士団長の家に来るが、次女は正教会に持って行かれるので却下、三女は凶暴過ぎる上に天使も呼べず「おうちかえる」と言い出したら聞かないそうなので外れ、兵科として歩兵に魅力も華も無いのも困ったが、大公殿下で師団長直々に来られて手ぶらで帰す訳にもいかない。


「さて、どの子が来てくれるのかな?」


 一人しかいないなら大公が連れ帰るが、6人もいるようなので全員かっさらって行くわけにもいかず、独り占めしないで他の者にも下げ渡す。


「困りましたな、歩兵の皆さんが帰られましたので、他の兄弟姉妹は魔法士団と騎士団と面接中です」


 困った団長は手配師を呼んだ。カーチャなら姉権限でニ、三人引っ張って来れる。


「カーチャ、こちらが竜騎士団の上位組織、歩兵師団の団長で上将軍あらせられる、オルートア大公閣下だ。閣下、直言の許可を」

「うむ、大聖女候補よ、直言を許す」

「有難き幸せ。カーチャ、聖女候補で竜騎士団員見習いとして閣下への直言を許す、兄弟を何人か閣下に紹介するように」

「フェッ?」


 王の弟の大公だとか、これだけの大貴族に向かって平民が直言するなど絶対に有り得ないが、最下級軍人見習いが将軍で師団長と会話する。そちらも普通はあり得ないが、聖女候補として会話もさせられる。


「へへえ、竜舎の飼育係の娘でございますだ、昨日竜舎に勤めに上がると、なんでか竜騎士団見習いになって、今日は聖女候補とか言われておりますだ」


「この子と兄弟達は子供の頃から竜と暮らしておりまして、竜語を話せて竜の魔法も使えるようで、本日治療院勤務になり才能が発覚した所でございます」


「うむ、第八階梯完全治療に匹敵する魔法使いとな、わが国でも数人、周辺国でもそれだけの才能を持ったものはおらぬ、どうだ、我が家の養子にならぬか?」

「フェッ?」


 弟妹を犠牲に差しだし、カード墓場から攻撃力1500以下のモンスターを場に加えたはずだが、上位貴族を前にした団長から自分が犠牲に出されそうになっている。


 更に大公家などに放り込まれると、格式が高すぎて行儀作法も厳しすぎて即死する。


(考えろ、このままではピーちゃんポーちゃん(幼竜)と姉ちゃん(姉竜)との生活とオサラバだ、あんちゃんも連れて行けるかどうか?)


「いんやあ、おらよりも弟妹の方がええんでないかと…… 良さそうなのを見繕ってくだせえ」


 貴族の命令なので拒否権はないが、相性の良し悪しもあるので一度面会させる。


「一家集合っ」


 クソ貴族だけで構成されている、竜の敵である魔法士団に塩を送る必要も無く、騎馬騎士団も竜騎士団の敵なので同様。


 弟や妹の希望なんか聞いちゃいられないので全員集結させる。



 その間に竜騎士団長から大公に小声で話した。


「閣下、気になることが一点。この家族の敵で竜の敵とされた飼育係も、無くした腕を治すよう言うと召喚陣から悪魔が降りて来て、その男は魔物の腕を持つ化け物になりました。そのまま腕に飲み込まれて全身魔物になった元飼育係を救う方法が無く、私が焼いて始末したのですが、私見では人に化けた魔物の場合、悪魔が降りて来て魔物の体を修復しようとするのではないかと思われます」


 魔法を行使する人物の感情に左右されるのだが、長男の嘘が通ってしまい、竜騎士団の一同はその説が正しいと思っている。


「ほう、その魔物はどこまで侵入している?」


 嘘話を王の弟まで信じ始め、国家安全保障上重要な事案に耳を傾けた。


「もう一名、この家族に嫌がらせを続けていた人物も治療に来ましたが、召喚陣からは天使が降りて来ず悪霊が来てしまい、その男は魔物の本性を現して恐ろしい姿の化け物に戻り、今は牢に閉じ込めています。これも私見ではありますが、魔国の住人が人間に化け、何世代にも渡って人間の振りをして住み、情報を魔国に送っているのではないかと愚考します」


 ガチ愚考なのだが、根性が腐り果てている奴はその属性の悪魔や悪霊が降りて来るので、団長の愚考もあながち間違いではない。


 召喚陣から悪魔が降りてくるような腐った奴を全員始末して行けば、この世は天国にも変えられる。


「その話、外の奴らや周りの者には話すな、貴族共にも術を掛けてみて、正体を探らんといかんな」

「はっ、心得ましてございます」


 その話を異常な聴力で聞いた歩兵師団の副官が、リザードマンみたいな縦の瞳孔になって、屋外で待機させていたコウモリを一羽飛ばしたが、この話には何の関係も無いので割愛する。



 年上順に整列させられた一家。大貴族順に座っている前で見世物状態。


 大公も貴族も着席して、葉巻などを楽しみながら観劇している。


 まるでオーディション番組のように芸でもさせられて、雇ってくれる事務所が入札する。


「彼女の弟妹も魔力が無く、今日まで竜の魔法も普通の魔法も使えなかったのですが、竜語が喋れて、仲の良い竜と契約を交わせば竜の魔法が使えるようになりました。以後も彼女から竜語魔法を教えると、一度教えただけで天使の召喚などが使えるようになっています」


 国家秘匿事項並みの情報なので、魔法士も耳を象さんにして聞いていたが、大公に対して情報を秘匿するのは死を意味するので団長も正確に話した。


「上から3人が大聖女や大聖人と同じく、どんな怪我でも回復させられます。下の2人も一番上の姉が許可すれば使えるようになるそうです」

「うむ、我が歩兵師団に来るものはおるか? 我が家の養子として迎えて、出世なども思いのままだ」


 兵科に魅力が無かったので誰も立候補せず、大公の助力を得られるのがどれだけ魅力的なのか理解できる頭がある者もおらず、強制的に連れて行かれるかと思えたが、まず魔女が発言した。


「あの、わたくしは竜騎士団長様の家から正教会の修道院に行くつもりでしたが、大公閣下のご助力を頂ければ光栄です」


 魔女は持って行ける物は全部持って行こうと思い、更に金と権力の踏み段を増やそうとした。


 カーチャが格式高い家に入ると即死するが、この魔女は死なない。


「ああ、この子は去年亡くなったうちの子と年も背格好も似ているので、娘は死んでいなかったことに書き替え、行儀見習いでもさせてから奥の院に行かせようと思っていたのですが、閣下の所で支度をしてからでも良いかと思います」


 貴族でも家から大聖女を出せば、家格がググーーンと上がってしまうので、例え平民から見付かったとしても、発見した貴族の家から出すのが通例だった。


 死人を生き返らせて戸籍も利用し、さらに大公家に養子に出して正教会に送る。本好き〇下剋上方式の二段階経歴ロンダリングも可能。


「良い、そのように手続きせよ。師団に入る者はおらぬか?」


 後ろで執事か家令のような装束の者が動き出し、クソ親父と交渉して「飼育料」「示談金」「口止め料」が支払われ、後日身の回りの品などが回収されて送られる。


 魔女にはどこかのラインハルト様みたいな、姉大好きすぎるシスコン弟も、キルヒアイスみたいな隣人も居ないので、銀河の歴史がまた1ページ書き加えられたりしない。


 どこかのマインちゃんみたいに姉のトゥーリや父母と離れて暮らしたり、貴族として平民に向かって会話しなければならないのを嫌がったりせず、クソ姉やクソ親父と別れられるのは「せいせいする」のでキニシナイ。


「歩兵師団の皆さま、そっちには竜を連れてっても大丈夫でやしょうか?」


 カーチャが行く気になったのか、護衛の連中に問い合わせていた。


「竜ならここに置いておくのが一番だが、移動用に使うのならいいだろう、通勤に使っても受け入れる設備はある」


 そう聞いて長男の前に移動して、三男にも聞かせる。


「オマエラ馬に乗れないだろう、それに馬と騎獣の騎士団に竜連れて行ったら、馬ども怯えて明後日の方に逃げ出して足折ったりして死ぬぞ、そうなったら騎士が怒ってオマエラ殺される」

「そりゃいかん、竜連れて行けないなんて生きていけねえっ」


 まず長男の騎馬騎士団行きが無くなった。


「困る。でも歩兵とか、入隊したら死ぬほど走らされて、大荷物持って行軍だろ? 無理」

「聖人なら一番苦しい初期訓練は免除されるだろう、竜も飼える」


 護衛から言われたが確実に嘘で、どんな所でも配置された瞬間死ぬまで走らされて、色々な課題がこなせないオチコボレは兵舎裏に連れて行かれてボッコボコ。


 連帯責任で懲罰を食らうので、辞めるか自殺するまでボッコボコ。


 心が折れて泣く奴は兵役不適で追い出され、上官と同僚に死ぬほど虐めまくられて弱いのは追放。


 鬼軍曹にベキボキに心を折られて罵りまくられて、自由とか平等なんて言葉は存在しないと洗脳されてから、どんな苦労でも一緒にこなせる兄弟を与えられ、寝食をともにしてマッチョな脳に書き換えられて、やっとこさ兵士が一人誕生する。


「オマエは教会の修道士の方に行け、朝飯食って牛乳飲んで治療して、昼飯食って牛乳飲んで治療して、晩飯食って牛乳飲んで治療して、シャワー浴びて寝るだけで、大して苦労しないで一日が終わる」


 どこかのハンスウルリッヒルーデルみたいな生活をするとレベルも上がり、慣れたらいつでも重傷を治す召喚呪文でも教えてやれる。


 しかし修道士の奥の院に送られると、ホモジジイとか児童性愛者が沢山いて、年が若いと教育係とか普通の修道士と二人きりになっただけでイタズラされて性的虐待されて、懺悔室とかで信者や出資者と二人きりになっただけでイタズラされて性的虐待されて、例え大聖人に成ろうとも修道士長とか大僧正の上司にイタズラされて性的虐待されて人生が終わるのを、幼いカーチャは知らない。


 しかし魔女は知っているので、対抗する力も用意しようとしている。


「俺、騎士団は無理なんで、歩兵師団にします」


 やっとこさ一人志願者が出て、長男は歩兵師団に入隊する。


「良い、今日は善き日だ、大聖女に大聖人がわが手に、はっはっはっ」


 クソ親父へのクソガキ買取価格が二人分になり二倍。親父はウハウハなのだが、どっかのスパイの娘の飲んだくれの親父みたいに「娘とやり直すのにもっと金が必要なんだよ」などと欲をかくと、諜報員にグルカナイフを投げられて頭に刺さって金属で支払いを受けることになる。


「親には盛大に祝って(支払って)やると良い」


 大公もこれ以上欲をかいて三人目を物色し始めると、敵を作り過ぎるので席を立った。


 長男もそのまま持ち帰りで連れて行かれるので、護衛が声を掛ける。


「来い、これより歩兵師団の駐屯地まで同行してもらう」

「え? 俺このまま歩兵になんの?」


 大公の関係者から何度も何度でも耳にタコができる以上に厳重に言付けておいて、どんなことがあっても鬼軍曹や同僚に新人いびりをさせないで、初期訓練で死ぬまで走らせたりしないで、山道を数十キロ大荷物持って歩かせたりしないで、川や海に沈めて底に落ちているものを取りに行かせないで、数人組でクソデカい丸太運ばせたりしないで、極寒の山でサバイバルキャンプさせないで、食料も持たせずに数週間行軍させないで、地獄のブートキャンプで連帯責任連帯責任で懲罰懲罰懲罰をさせないで、服装チェックで間違いがあって靴磨きが不足しただけで午前中ずっと走らせたりしないで、何回も夜中に叩き起こして出撃準備させて遅れたら懲罰懲罰の地獄を与えないで、治療だけをさせるように厳重に言い渡しても「ナメた奴が来た」と言って完全無視、禁止事項を全部やらせた上で、最も苦しい一番過激ないじめと訓練をして、山から蹴り落として滑落させて殺すか、虐め殺してしまうか首吊らせるのが本物の陸軍歩兵師団である。

 長男はこれから、信じられないほどの凄まじい訓練を要求されることになる。


 そこで、士官食堂の外で遅滞行動をさせられていた団員が、騎馬師団団長達に実力行使で倒され、護衛や副官も入場、一緒に魔法師団の連中もなだれ込んで来た。


 間の悪いことに正教会の連中まで来たようで、司教だとか付き人とかで士官食堂がみっちりと詰まり、入り口付近では立錐の余地もないほど渋滞し始めた。


「無礼な、私を誰だと思っているっ? 左将軍だぞ」


 入場を拒否られていた魔法師団もグチグチ言っていたが、騎馬師団の団長は無言で威圧。


「聖女の魔法を使えるカーチャと言う子はどれだっ?」


 軍の駐屯地などに呼び出されて機嫌が悪い司教だが、この中では何の肩書も無い一番下のペーペー。


「控えよ、大公閣下の御前である」

「良い良い、今日は善き日だ、面倒事は起こすまい。カーチャよ、正教会から迎えが来た、話を聞いてやれ」


 するとカーチャは変な顔をして妹を指差した。


「カーチャはこいつです、司教様っ」


 各騎士団長の将軍は、大公がいるので挨拶を済ませていたが、司教は「軍の偉い人が沢山いる」程度にしか認識できず、軍の高官の前を頭を下げて通り過ぎた。


「お前がカーチャかっ? 全く手間を取らせおって、何が天使を召喚出来るだ、またいつもの奇術であろうっ、双子かよく似た兄弟を隠しておいて、怪我をした奴を見せておいて、布でもかけている間に入れ替える、そうであろうっ?」


 毎日毎日腐った奇術に付き合わされ、そのたびに呼び出されて審査しないといけないので辟易している司教。


 こんな平民の汚らしいクソガキに治療呪文など唱えられるはずが無いので、今回は自力で負傷者を用意して来た教会関係者一同。


「怪我人を連れて来いっ」


 手足を失っている者、今朝から教会に並んだものの重傷過ぎて治せない者、四人ほどの負傷者が並べられて治療を要求された。


「さあ、治せるものなら治して見せろっ」


 大公以下貴族たちも目の前の下手な三文芝居の余興を見守った。


 既に重症者や瀕死の貴族が自力で帰って来たので疑う余地はないが、天使が降臨する瞬間を見たいと思った。


「さあ、天使を呼びましょう」


 魔女はまた酒場でBAR機関銃をぶっ放すような台詞を言い、長男、次女、次男の編成で一気に治療し、カーチャは連れて行かれると困るので参加しなかった。


「おっ? あああっ、あああああああああああああああああああっ!」


 天井から天使が三柱も降りてきて、報告の通り時間が巻き戻されて負傷する前まで戻って行く。


 司教も一緒に来た聖女も腰を抜かし、居並ぶ貴族たちも美しい光景を目に焼き付けるようにして見守った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る