第9話仲が悪い他の兵科

 暫くすると、王都を囲むように並んでいる隣の駐屯地からも、聖女の噂を聞いて治療して貰いに来てしまい、竜騎士とは大して仲が良くない騎馬騎士とか魔法士団、平民で構成されている友好的な歩兵団からも負傷者が来た。


 片腕とか片足持って行かれて肩口から切り裂かれている者、ヒールでは決して治せない者も来て治療の列に並んでいる。


 酷いのは足が何かに潰されて挫滅して一生治らないのや、ヘルメットごと頭カチ割られて脳みそが出ているのや、魔法で体半分近く吹き飛ばされて内臓がはみ出しているのや、どれも自分の所にいる勤務医程度では絶対修復不能、死を待つばかりとなっていた。


 そんな状況でも騎士と魔法師は仲が最悪なので口論になっていた。


「馬臭い騎士共がっ、道を譲れっ」

「貴族の次男三男の予備のくせに、威勢だけは良いな」

「歩兵や工兵がいないと何もできないくせにっ」


 そのままでも治療の順番は回ってきたが、三女もこいつらが竜の敵だと気付いたので声を上げた。


「ねーちゃんっ、こいつら竜の敵だよっ」


 カーチャも治療を続けていたので、まず勤務医が中立の立場で説明する。


「御覧の通り聖女とは竜騎士団員見習いとその家族、先程竜騎士の敵や竜の敵を治療しようとすると、召喚陣から天使では無く悪魔が降りて来た。君たちは魔物ではないと思うが、碌な事にならないのでやめておいた方が良い」


 団長や騎士団は竜の敵=人間に化けた魔物、と思っているが、勤務医は降りて来るのが天使か悪魔かで変わるのだと思っている。


「竜騎士団員が聖女?」

「そんな馬鹿な」


 それでも聖女らしき子供は騎士団の制服を着ていて、ぶかぶか過ぎるので腕や足の先を折り返しているちっこいのが指揮し、さらにちっこい弟妹と思われる連中がエリアヒールで治療している。


 そこに小隊長も介入して話に割って入った。


「どうした? 貴君らは普段から竜騎士団を馬鹿にして「竜騎士ジョーク」なるものまで作って嘲笑っているから、彼女たちの敵だと判断されたようだ、悪いが治療は無理なので帰って欲しい」

「そこを何とか」

「頼む、生き死にの問題だ、普段の事は水に流せとは言わん、どうにか助けてやってくれ」

「歩兵団とは仲悪くないよな? 平民同士で駐屯地も隣だし」


 そこにグゥ様みたいな悪い笑顔をしたカーチャも加わり、金の話か「誠意」の話をしに来た。


「おんや、みなさん貴族様ですかい? 平民同士ですと話も早ぃんでげすが、お貴族様ですと懐の中も大層タンマリ持ってらっしゃるでしょうから、あっちのクソガキとかメスガキにお小遣いでもやると機嫌が治ると思いやすが?」


 揉み手してゲス顔で支払いを要求すると、貴族の魔法師達は財布から銀貨を出した。


「おや、支払いの桁をお間違えのようで」


 銀貨ではダメだとゲス顔で答えると貴族は金貨数枚を出し、騎馬騎士も上級貴族の金持ちが纏めて払い、歩兵師団の平民は大した額は出せなかったが戸板を運んできた全員で有り金集めて差し出した。


「へえ、結構な事でございます」


 カーチャは金貨を全部自分のポケットに隠し、銀貨だけ手に残した。


「おい、オマエラ、お貴族様がお前らにお小遣いを下さった、今から配分する」


 いつものように鬼軍曹のように睥睨しながら歩き、弟妹に銀貨を数枚ずつ配り歩いた。


「ぎんかだーーーーっ!」


 本日の労働の対価として数万円程度受け取った可愛らしい顔をした子供達。


 先程の野良猫みたいな目付きの悪さはどこに行ったのか? 家猫の目になってイカの耳をして驚き、目を輝かせて大金をくれた貴族に感謝している。


「さて、貴族の皆さんは「誠意」を示して下さった。平民仲間の歩兵の皆さんは、村や街を守って下さっている、さて、この皆さんは竜の敵かな?」

「ちがーう」

「おともだち」

「竜の仲間」

「おこづかいくれるひとだいすき」

「姉ちゃん、今金貨隠しやがったな? 出せよ」


 約一名、富の再分配に不平を漏らす者がいたが、ブルジョアで雇用主な貴族と交渉をした商人は、プロレタリアート階層に竜魔術などのノウハウを提供してやった側なので、当然の報酬を手放さなかった。


 安っっっすいクソガキからは、大量の臨時収入はおおむね好評であった。


 魔女は貴族家に養子に行けるのと、正教会の修道院に入所が確定しているので大して気にしなかったが、カーチャは魔女と取引をした。


「これからおらを迎えに教会の奴らが来る、今からお前の名前はカーチャだ、奴らが来たら素直に教会に行け」


 黒い表情で次女の手のひらに金貨を二枚捩じり込み、妹を身代わりにして自分は竜騎士団と家に居残るつもりのカーチャ。


「ええ、いいわ」


 姉の言う事はいつも決定で命令で、殴り合っても覆せないので裏取引に応じ、余禄として金貨を受け取って、クソ貧しくて汚らしい実家での暮らしにも飽き飽きしていたので家を出る決心もし、クソ貴族どもに奇跡を拝ませてやるために立ち上がった。


「さあ、天使を呼びましょう」


 もっかいBAR機関銃をぶっ放しそうな台詞を言って、貴族がガン見している目の前で天使を召喚してやり、ズタボロでほぼ死んでいる奴らを三人ほど元に戻してやった。


「ウフフフフフフフフ」


 怪我人を乗せた戸板を運んで来た平民も平伏し、その場で自分で起き上がる貴族の怪我人を見て仲間も泣いて感謝し、責任者らしき騎士団の貴族もパーフェクトヒールが使える大聖女多数の発見に驚いていた。


「奇跡だ……」

「大聖女と大聖人が何人も……」

「君、貴族にならんか? 我が家の養子になればすぐだ」


 騎士団長に続いて養子になる勧誘を受けた。貴族の言い分なのでほぼ命令、しかし先約があるのでお断りしてみる。


「わたくしは先程、竜騎士団長様からお誘いを受けて、養子になるお約束をした所ですの、まだ残りの子はどこに行くか決まってませんので、弟か妹でしたら?」


 竜騎士の団長以外にも階級ロンダリングの方法が色々あるようなので、クソガキ共に向き直って聞いてみる。


「オマエラ、貴族になって魔法士団に行きたい奴はいるか?」

「俺、魔法士がいい」


 次男で殴り合いとか刃傷沙汰とか荒事には向いてないのが、竜騎士より魔法士が良いと言い出した。


「ヨシ、オマエには後で攻撃魔法も教えてやろう」


 長男ほど凶暴ではない次男なら、攻撃魔法を教えたとしても魔物相手とか標的にだけ撃つように言い含め、人間とか村に向けて撃たないように指定しておけば良いので後で許可する。


 竜騎士団長の家だけで聖人聖女を独占すると揉め事の元になり、「反逆の疑い」なんかも掛かるので、後ほど話し合いが行われる。


「騎士団も募集しておるぞ、治療ができる聖人で、剣も扱えるとなれば、すぐに貴族になれる」


「じゃあ俺が」


 父親の跡継ぎなら少し考えるが、姉と同じ職場にだけは絶対に就職したくない長男が騎士団を希望した。


 歩兵師団は駐屯地にいる団長か副長ぐらいしか貴族がおらず、何の権限もない兵士は勧誘できなかったので帰って上役に報連相する。


「帰って聞いて来まさあ」

「フェッフェフェフェフェフェ」


 クソ親父だけが、クソガキ共の新しい売り先を見付けて、いやらしい目付きをして皮算用し、高らかに笑っていた。


 昼の休憩をすることになり、士官食堂で集まって話し合いを続ける。


 昨日の午後から閉鎖されていた士官食堂だったが、あらゆるものを捨てて洗い直し、建物の中を氷結魔法で凍らせてGの卵も処分し、どうにかして開店作業を済ませて営業にこぎつけていた。


「さあ、食べなさい」


 料理の名前すら知らないクソガキどもで、テーブルマナーすら知らないメスガキ達が、使い方も分からないカトラリーを並べられたものの、食べ方すら分からないので団長の真似をして食っていた。


 一緒に連れて来られた小隊長はテーブルマナーを知っていたが、クソ親父も食べ方がわからず困惑。


 全員下品に背中を丸めてズルズルと音を立てて食っていたが、次女の魔女だけはいつか腐った家を抜け出せる日を目指して、一歩上の生活ができる様に訓練し、見様見真似で背を伸ばして正しい姿勢でナイフとフォークを使い、決して手掴みで食べようとしなかった。


「君はテーブルマナーも出来ているじゃないか。そう言えばまだ名前を聞いていなかったな」

「ターニャと言います、団長様」


 口の中の物を飲み込んでから会話し、姉のようにクチャクチャ鳴らしながらしゃべるような無様な真似はしなかった。


「そうか、でもこれからは戸籍上の話だが親子の関係になる、父上と呼んでもらう事になるな」

「はい、父上」


 次女と年頃が似た娘を、去年流行病で失っている団長の心が痛んだ。


「それと先程、姉から「今からお前がカーチャだ、教会の奴らが迎えに来たら素直に付いて行け」なんて言われてお金を握らされましたので、今日中は私がカーチャなんです、ふふっ」


 貴族を含めたテーブルで食事などしながら、軽妙なジョークまで言える魔女。


 近くにいるクソガキなど、目を覆うような食べ方をして高級食材をこぼし、床に落ちた美味しい肉を拾い上げて砂を払っただけで手掴みで食べた。


「はははっ、正教会も嫌われたものだな。彼女には竜騎士団に残って貰うつもりだ、火竜達にも魔法を教えて貰わなければならんしな。君も教会に誘拐されたり閉じ込められないように、こちらからも手を回して置く」

「いえ、聖女として合格できれば、暫く奥の院に閉じ込められても大丈夫です、行儀作法を覚えられましたら、それからでもお屋敷にお邪魔します」


 貴族の家に行くのに、今着ている接ぎ当てだらけのボロ切れでは恥ずかしくて入れないので、最初から聖女の法服で乗り込んでやるつもりの魔女。


 騎馬騎士団主催のテーブルでは、長男と三男が招かれて貴族と食事をしていた。


「我が騎士団も、ついに念願の聖人を迎えることになるか。大怪我をした者が出ても、聖女見習いか下級の聖女までしか派遣してもらえなかったからな、演習の事故で命を落とす者も多くいた、これからは頼むぞ」


 正教会で修道士が務める方の寺院でも大聖人なんか一人しかおらず、一日に一度ぐらいしかパーフェクトヒールが使えず、貴族王族以外には絶対に順番が回ってこないので、この長男みたいに何回でも大怪我を治せる聖人がいると、正教会がどんなことをしてでも確保しに来るので、まだ騎士団に配属と決まった訳ではない。


 本人の希望は聞かれるはずなので、飯さえ食っていればご機嫌の三男を修道院に押し付ければ何とかなる。


 この場所、竜騎士団の士官食堂になど、永遠に立ち寄るはずがない不倶戴天の敵、魔法師団。そのテーブルに次男と三女がいた。


「さあ、食べなさい、お腹がすいただろう。マナーなど気にしないで、そんなものはこれから覚えれば良い」


 マナーを知っている奴はこの平面世界に百万人ほどいるが、パーフェクトヒールが使える奴は百人もいない。


「はあ」

「は~い」


 魔法士の貴族は、竜語か何か知らないがパーフェクトヒールと同等の術を使える上に、第五階梯程度の攻撃魔法が使えると言う姉から、何か攻撃魔法を教えて貰えることになっている有力な新人を喜んだ。


 もう手放す気など無く、これからやって来る魔法師団長を待って、ニッコニコで食事など食べさせる貴族。


 カーチャに金貨を払っても、数人分の食事費用出しても屁でもない。


 自分の家に養子にするでも良し、口約束で仮契約した後で師団長か副団長にその権利を譲り、ゴマをすって地位を約束して貰うのも良し、仮親としての権利だけでも相当な物が転がり込んで来る。


 後になってから正教会が来ようとも、例え大僧正が来ようとも、ここで一戦交えてでも奪取して一匹は連れ帰る。


 魔力を消耗しているだろうから、子供達にはマナポーションでも出してやりたいと思っているが、竜魔術にはMPが関係しないのは知らない。


 そこに魔法師団長と副長と護衛が高度な飛行魔法を使って、ほぼ音速に近いスピード、所謂マッハ(死語)で到着した。


 乙女ゲー世界なら攻略対象の超絶美形の団長と副長だが、竜騎士団と同じで両方むさくるしいオッサンである。


 士官食堂前で待機していた一般隊員の魔法士が、師団長を誘導して士官食堂に案内して来た。


 そこで門番的な役割をしていた竜騎士が呼び止めて誰何(すいか)した。


「始めまして、その制服は魔法師団の兵科とお見受けします。本日、竜騎士団へはどのような御用向きでお出ででしょうか? どなたか面会の予定など取られておりますでしょうか?」


 団長や副長からも「馬鹿の集団が来るから、どんな事をしてでも引き留めて、士官食堂に入れるな」と明言され、貴族の隊員まで魔法師団の偉いさんが入るのを阻止する。


 後は団長に聞きに行ったり、面接許可の話が通っていないなど繰り返して遅滞行動を取り始めた。


「馬鹿者っ、この記章が目に入らぬかっ、魔法師団団長、左将軍エズワルド卿であるっ、どけいっ」

「規則ですので」


 さらに右隣にいる歩兵師団の団長一行が、ナウ〇カちゃんが乗って従軍したカイとクイみたいな、チョ〇ボ似のデカイ騎獣に乗って到着。


 左隣の騎馬騎士団からは、巨大で恐ろしい魔獣に乗った一騎当千の騎士団長も到着した。


 王の前での予算取り合いの会議とか軍議、最前線のテント内での軍議以外、どんな事があろうとも絶対に同席して話し合いなどしない、各騎士団の長が一堂に会した。


 もし話し合いが必要な時は、背広組みたいな貴族で官僚が話し合い、軍属は絶対に同席しない。

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