第7話量産型ザコ 

 その後も治療を続けて十人以上の患者が回復し、近隣の村の不治の病を患った者や、初期治療呪文ヒールでは到底治らない怪我を負った者、霊安室で死を待つばかりだった者達が死の床から立ち上がり、診療所の立ち上げ以降初めて霊安室のベッドが空になった。


 光よりも早いと言われる女の噂は全従業員に広がり、近隣の村にまで広がって行った。


 噂の内容は大体同じだったが「カーチャが大聖女と同じ治療呪文を使える」「診療所に聖女が現れ瀕死の者を全員救った」という内容が伝言ゲームで変化して行った。


 パーフェクトヒールと全く同じ呪文ではないのと、竜魔術なので回数に制限がないのが普通の回復魔法と違う所でもある。


 噂以外にも既に見習い聖女や正教会関係者が早馬を雇っていて、王都にある本部に報告してしまい、カーチャが十回以上パーフェクトヒールに匹敵する回復魔法が使えるのが判明していて、それも通常の第八階梯魔法では無く、天使を召喚して時間を巻き戻して患者を回復させる、竜語の魔法を使う人物だと伝えられた。


「ま、まだ続けられるのかい?」

「へえ、竜魔術は魔力とか関係ないんで。学校出る時にも調べたら、おら魔力ゼロでしたし」


 働きに出る前に適性が無いか調べられ、魔力ゼロでスキル無し、竜の加護と竜言語しか能力と適性が無かったカーチャ。


 この平面世界では竜は人類の敵扱いなので、魔力の限度のようなステータスや縛りは存在せず無限。


 ゲーム世界ならどんな雑魚でも魔力は無限で、長時間の戦闘になろうとも魔力が尽きることなく攻撃して回復する。


 そんな世界でラスボス辺りの竜が魔力切れで倒されるなど有り得ない事なので、ヒットポイントだけは有限でもマジックポイントは無限。


 この平面世界の設置時にその設定は決定されている。


「竜語の魔法は魔力に左右されないのか?」

「はあ、でも普通の人間は竜魔術使えませんので」

「聖女でも使えないのか?」

「へえ、無理でさあ。おらはあんちゃんの竜が死にかけた時、命とか魂を分け合ったみたいで竜と同じ扱い、長老の許可も貰って竜魔術使えるようになりましただ」

「そうか……」


 聖女全員に竜語魔法を教えて使わせる、人類の夢は潰え去った。


「おい、カーチャッ、てめえ何で今まで竜舎の連中治してやらなかったっ?」


 親父に軽くぶん殴られ、頭を抱えて座り込んだが、慌てた勤務医が割り込んで仲裁した。


「事情があるのだろう、せめて話を聞いてからにして欲しい」

「へい」


 親父を引き下がらせた所で優しく問いかける勤務医。


「今まで何故使わなかったのかね?」

「へえ、学校出て竜舎に働きに出ると火竜山まで言いに行ったら、長老に大怪我治す呪文と、竜の呪い弾き飛ばす呪文教えて貰いやした」


 赤ん坊の頃に病魔を退治して死神を退かせて兄である竜を救ったが、呪文は使わずにカーチャ本人が与り知らぬうちにプレイヤーが課金した。


 その課金で竜魔術を使える権利を買い取り、竜語を覚えてさらに課金して、長老から教えて貰うスタイルで色々な呪文を覚えた。


 なので普通の人類は、同じプロセスを経ない限り竜魔術は使えない。


「ストナ親方、腕を失った飼育員も連れて来てくれ……」

「へい、旦那」


 それからも、腕を噛み切られていた飼育員が集められ、時間を巻き戻す呪文で腕が戻った。


 数年前に噛み切られた者は、その年代まで若返った。


 もしカーチャが腕を噛み切られたり、大きな負傷をした時に使う回復呪文として教えられたが、長老も天使を召喚して体の時間を巻き戻させる召喚呪文と説明しても理解できないだろうと思い、単に腕を生やす呪文として教えた。


 そこで最初の拒否者が出た。


「このオッサンは治せません、竜の敵でおら達の敵ですだ」

「どうして?」

「いつも竜やおら達に嫌がらせして腕噛み切られた奴で、おっ父とも仲悪いクソ野郎ですだ」


 その魔法も万能ではないらしく、竜に嫌がらせをして回る奴は治療できないと言った。


「駄目なのか?」

「同じ呪文唱えても、天使は来ねえですよ」

「ふざけんなクソガキっ、俺も治せっ」

「いいんですけ? 酷いことになりそうですけんど?」


 どうせろくでもないことが起こるので、カーチャは治療拒否して次に行きたかったが、勤務医に向かって黒い表情で笑った。


「いや、やってみてくれ」


 医師は何が起るのか確かめるために許可した。


 竜を虐めて他の飼育員も馬鹿してきたオッサンが、自分も治して貰う権利があると言ったので、嫌々ながらご希望通り召喚した。


「クルルカー、カカカッ、クリクククッ、キキククカカー、カリオカクカ(全ての傷よ消え失せろ、腕よ元に戻れ)」


 天井近くに開いた黒い召喚門から翼を持った下級悪魔が舞い降り、カーテンで仕切られた部屋に暗黒と腐敗臭が広がり、グチュグチュでドロドロで汚らしい、ワームのような魔物の手を生やして行った。


「うわああっ、ああああっ!」


 臭くて汚い腕は、持ち主に向かって襲い掛かり、口の中に侵入し始めた。


「オグウゥ、ゲエッ」

「腕を切り落とせっ」


 団員が斬りかかり、腕を落とそうとしたが黒い魔法陣に阻まれた。


「切断不能っ」


 何度斬り込んでも魔法陣に阻まれ、その汚らしい手は体の持ち主をどんどん侵食して行き、頭や足の浸食が終わって目からはみ出すと、周囲の人物に攻撃を開始した。


「ゴアアアアアッ」

「カーチャ、元に戻せんかっ?」


 小隊長から言われたので治療呪文を試してみる。


「や、やってみます、クリーコココカカカ(治療)」


 普通の治療呪文を掛けてみたが、スケルトンやゾンビなどのアンデッドの系統と同じく逆にダメージを与えてしまい、聖なる炎が点火して余計苦しめる結果になった。


「ガアアアアッ、ゴアアアアアッ」

「治療呪文が効きやせんっ」

「他に何かないかっ?」

「キカーー、コカカカッ(解呪)」


 解呪とか日常魔法の洗浄なども一切効かず、全て黒い魔法陣に阻まれた。


「もう無いかっ?」

「悪魔の呪いを解くような呪文は教えて貰ってやせんっ」


「総員抜刀っ、魔物を捕らえよっ」


 救出を諦めた団長の指示により団員が抜刀して、手足を刺すなどして取り押さえようとしても、新しい手や足を生やして暴れる元オッサン。


「押せーーっ、外に追い立てろっ」

「「「「「ヤーー」」」」」


 五人がかりでようやく外に放り出し、力も強く手足は幾らでも生えてくるので捕らえるのも無理。


「許せ、儂らには救えん、ファイヤーボールッ」


 元オッサンのアンデッドは救う手段が無いので、団長の魔法で焼き殺された。


「ジーーーーッ、ジーーーーーッ!」


 つい先ほどまで、汚らしいおっさんでも人間だった男は魔物になり果て、気味の悪い汁を噴出しながら焼かれて死んだ。


「ああ、竜の敵を治そうとすると、悪魔が降りて来るんですな。多分、性根が腐った奴は助けないよう天使か悪魔が判断するんでやしょう」


 それは召喚者の感情によるものか、竜の敵なのでこうなったのか不明だが、今日も死者が出た。


 救われた者の方が多いが、気軽に使って良い魔法ではないと誰もが思わされた。



 騎士団詰所


 とりあえず治療は中止され「新入社員がやらかしやがったー」ので緊急会議。


 死人は出たが今回は拘束されず、質疑応答だけで済んだ。


 結局、召喚陣から悪魔が降りて来たのは故意では無かったと判断され、一応無罪放免。


「この後、問題になるのは、君には今日中に王都から迎えが来て、教会本部に連れて行かれるだろう。家にもここにも戻ることなど許されず、研究の為に一生教会に閉じ込められるか、治療や他の地域への表敬訪問でもない限り、一歩も外に出られない生活が始まる」


 平民なので解剖されるとか切り刻まれるとは言わなかったが、アキラくんみたいに組織ごとに分解されて試験官とかホルマリン漬けにされて、コンクリートトーチカみたいな場所で保存される可能性もあった。


「フェ?」


 予想外の展開に驚きの声を上げるが、王都には既に早馬と手紙が到着し、向こうではもっと大変な状況になっていた。


 呪いを解いた上で時間を巻き戻す系統の呪文。呪いによって死にかけている貴族やその子弟、パーフェクトヒールの順番待ちをしている貴族王族には、回数制限もない治療呪文には大変興味があった。


「折角竜騎士にしたのだから君を手放すのは惜しい、一生閉じ込められるのが嫌なら、形だけでも良いので私の家の子にならんか? 貴族家の子女なら教会でも無理に誘拐して監禁することは出来ない」

「フェ?」


 親父の方を見てみたが、昨日か今朝の時点で内示があったのか驚きもせず聞いていて、「育成料」「支度金」「示談金」「解決金」などに目が眩んでいて、娘を売り渡すのに何の躊躇も無いようで、嫌な目付きでニヤニヤと笑っていた。


 親父からするとクソガキが多数いるので一匹減っても困らないし、口減らしにもなって助かる。


 もし行儀見習いのメイドでも、貴族家に入れるのならとんでもない大出世で、親族の誰かのお手付きになって愛人になったり、愛のない結婚をさせられた子息のお気に入りになれると、子供の代からは貴族家の一員にして貰えるかもしれない。


 娘のためにも団長の家で引き取ってもらえると安心で、今後どんな扱いをされるか分からない教会にもっと高値で売り渡すよりも、人となりがわかっている団長の家で引き取られる方が、閉じ込められて帰ってこれない教会とも違い、騎士団に勤めに出ると毎日会える。


(あ? クソ親父、おらを売るつもりだな?)


 子供にも分かるぐらいのニヤニヤした皮算用をしながら笑っているクソ親父。


 今日も娘の値段が上がったので大喜びで、とても高く買い取ってくれるなら教会でも良いが、名誉だの神の意志だの言われ、ただ取りされそうなので団長に売ろうと思っている。


「いやあ、馬鹿娘が団長様の娘にして頂けるなんて光栄ですだ、今後ともよろしくお願いします」


 私たちは買われた。

 クソ親父は娘が高く売れたので大喜びしている。


 カーチャとしては家に帰るとまだ小さい幼竜達がいて、お出迎えまでしてくれて「ママー」と言いながら飛んできて抱き着いて来る生活が大変気に入っている。


 大きすぎて飼えなくなった兄や姉、手放してしまった大きめの幼竜と毎日会える職場はとても気に入っていたので、どうにかして教会にも団長にも売られないで済ませるか考えた。


 そこで向こうは聖女が欲しいのなら、量産してしまえば良いと気付き提案した。


「じゃあ、聖女を増やしましょうや」

「「「「「「「「「「はあぁ?」」」」」」」」」」


 また意味が分からないことを言い出した隊員に、全員が疑問符を浮かべた。



 幼竜舎


「クソガキども、集合っ」


 今日は幼竜子竜の世話をしていた妹弟、合計五人が呼び集められた。


「なんだ? ねーちゃん」

「いまいそがしい」


 カーチャの説明では、弟妹であるクソガキは、自分と同じで竜の加護を受けているのでオッケー。


 ずっと家にいる片翼で飛べない上に小さすぎるので捨てられた姉竜から、人語よりも先に竜語を教わっているので全員ネイティブ。


 後は竜と契約をして命や魂を分け合い、カーチャが竜魔術を使う許可を出し、回復呪文だけ覚えさせて、破壊呪文は使わせないようにする。


 これで簡易型聖女が量産できるので、幼竜舎で雇われて手伝いをしているメスガキ達が呼び集められ整列させられた。


「この中に王都に行きたい者はいるか?」


 上司や団長に話す時と違い、弟妹には目付きも悪く威圧的な態度で話し、鬼軍曹のように周囲をゆっくりと歩きながら睨み付けて、飼育係の制服の乱れなど無いかも点検していた。


「行きたいっ、行きたーいっ」

「私も行きたい」

「俺もっ」

「おうといくっ」

「おれも」


 全員が手を上げて王都に遊びに行って見物したいと言った。


「ヨシッ、ではオマエラの中に聖女になりたい者はいるか?」

「はい、はーい、せいじょなりたいっ」

「私も聖女なりたい」


 13歳と11歳のメスガキ二匹とも聖女になりたいと言った。


 家にもう一匹9歳のがいるが、姉竜に竜語の読み書きとか会話を習っている。


 今風に言うと「読者モデルからギャルの神になる」とか「アイドルデビューして歌って踊るだけで年収数千万」になりたがり、許認可をくれる官僚とか金主の社長会長にレッスン料とかコンサート開催料を出してもらうのに、小中学生から体売る羽目になる苦労を知らないで、表の華やかな顔だけに憧れている子供達。


「俺、竜騎士になりてえっ」

「俺もっ」

「おれも」


 弟のクソガキ三匹、上から14,12、10歳のクソガキも姉のように竜騎士になりたいと言い出した。


「ヨシッ、それじゃあ全員、相方になる一番仲が良い竜を連れて来いっ、竜騎士なら空飛べて乗れる奴な」

「「「「「「おおっ」」」」」」


 全員が幼竜舎に走り、相性が良い兄弟姉妹を連れに行った。


 暫くすると象サイズの竜の首に縄を付けて片手で引っ張って来たり、子象サイズの口の中に指を二本ほど入れて上顎をコリコリしてやり、まるで子牛に授乳させているように指に吸い付かせて引っ張ってくるのもいた。


「おいおい、ふざけんなよ、竜が子牛扱いかよっ?」

「どうなってんだ、竜ってあんな簡単に移動させられるのか?」

「餌で誘導しても無理だぞ」


 熟練の飼育員でもこんなことをすると一瞬で指を噛み切られるか、腕ごと持って行かれるのが普通。


 ご機嫌を損ねるとついでに火を吹かれたり、尻尾で横薙ぎにぶん殴られてから、止めにサッカーボールキックとかヤクザキックも頂戴するのが普通だが、相性も良くて仲が良い兄弟を連れて来たので余裕。


 団員は、竜に騎乗して飛ばせたり、射爆場まで飼育員数十人で引っ張ったり、餌だけで誘導するのがどれだけ大変かを思い知っているので、小さい子供が猛獣を操る曲芸を見せられて驚いた。


「連れて来たか、竜の方も大丈夫か? 命とか魂分け合っても大丈夫か?」

「クキーコココ」

「カカカ、キューコ」

「キキー」


 仲良しでラブラブらしく、竜の方も拒否っておらずオッケーだった。


「ヨーシ、そのまま抱っこし合って心臓押し当てて、ギューーってしてみろ」

「あーい」

「うん」


 半分以上融合して溶け合うと、自我が確立していない子供の場合、人間が竜化したり、竜が人間化するので、まずは融合率10%程度から始める。


「クルクルクル、クカカコココケケケ(融合)」


 元々会話もできて魂が通じている相手だったので、全員問題なく融合できた。


 大体の準備が終わったので、カーチャは団長に向き直って敬礼した。


「準備完了であります、後は簡単な契約を済ませて、アホウどもに呪文を教えたら、聖女候補二匹、聖人候補三匹、竜騎士見習い五匹分ができあがりやす」


 今回も団長以下副長もいて貴族もいたのだが、意味不明な事ばかり見せられていたので、地蔵になって見ているだけだった。

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