第6話大聖女

 魔国の最前線付近から飛竜の籠に乗せられ、近隣諸国にも配置された偵察隊。


 深夜の飛行から敵国に強行着陸する曲芸飛行を済ませ、ヘリボーンでコマンドー(ぱんつはいてない)部隊がエントリーし、カーチャの国にも敵兵の斥候が多数侵入した。


「第一任務、各国の動向を調査、陸上部隊による調査と調略も同時進行し、国王暗殺が可能なら実行。第二任務、竜と共にある者の捜索、暗殺を実行、解散」


 今までに陥落していた国の暗部、人間に紛れられる魔族の暗殺隊が、魔族語で会話してから解散した。



 竜騎士団詰所


 使用人と平民の食堂、使用人の独身寮に潜む、Gの大部隊と対戦して殲滅した翌朝、貴族や副官から何度目かの大目玉を食らい、問題点を洗い出すように言いつけられて実行したにもかかわらず、命令も無く勝手な事をしたと後付けの叱責をされ、褒められもせず説教をされ続けたので、石の地蔵になって聞き流したカーチャ。


 本来なら報連相をして上司から上司へと許可を貰い、媚びて諂(へつら)って企画を通し、無能な上司に却下されまくって罵られ、購買に必要な予算は上司好みの意味不明の物かバックマージンが大きい物を購入するのに使われ、補修に必要な部品さえ買って貰えない。


 結果諦めきって自分からは何もしないで言い付けられた最小限の仕事をするのが社会人なのだが、15歳の子供は何の許可も無く思いついた行動をしてしまう。


 Gとネズミの死骸の片付けはまだ終わっておらず、建物から放射状に逃げて力尽きた死骸が大量。


 一応火を放つ程度の事はしたが、建物に隣接した死骸は焼き切れず、翌朝には死骸が半減していた。


 虫が焼けるいい匂いに釣られてきたネズミやリスのような小動物に捕食されたのもいるが、最後の力で小動物の体にしがみ付き、小動物も腹の中や頬に入れている以上に持ち帰えられるならと同行を許可した。安全圏まで出たら飛び降りて逃げおおせた者も多くいる。


 毒を食らっても遠くまで逃げたネズミは生き伸びた者もいて、復活したり毒に耐性があるGは毒を撒かれていない別の建物の中に潜伏している。


 グロい虫は地球外生物などと言われるが、地球の生物としてタンパク質の構造が同じなので、食べると栄養になってしまう。


 逆に地球外生命は人間を食べても栄養にならないので、各種侵略物は嘘で、宇宙人も異世界の鬼も人間を食べても栄養にならない。


「まあ、害虫とネズミを駆除できたのは褒めておこう」


 騎士団長から最初のお褒めの言葉を貰い、今までの嫌な気分がすっ飛んで得意絶頂になった。


「いやあ、皆さん腹が強いんですなあ、ネズミが水泳した水とかスープ飲んで、ネズミの糞食わされて、ネズミの糞と死骸食って大きくなったGも食って、それでもコレラとかペストにならないとか、どこの超人ですか?」


 即座に朝飯をゲロに変えて、詰所の床にビチャビチャとお好み焼きをニ、三枚焼いた者が出て、貰いゲロで数人がゴミ箱にお好み焼きを焼いた。


「調味料入れなんかもダニの住処でして、中身が斜めになっててもダニが大運動会して、朝には綺麗にまっすぐになりますだ」


 敵の気配察知で、ソース入れも調味料入れも全てダニとかノミの住処と聞かされ、ほぼ全員が嘔吐した。


「それに米とか麦は花が開いてるうちに虫の卵産みつけられますんで、大事に保管しても中からコクゾウムシとかメイガの幼虫が……」

「やめろっ、もう聞きたくないっ」


 隊員の一人が泣き叫んでカーチャの言葉を遮った。


 穀物の構造と虫の生存戦略が合致して、穀類が種を付ける前に花の内側に卵を産むので、白い穀物の中にはビッシリと卵があり、政府買取米価格が高い昔のように、高温乾燥しない限り虫の卵が孵化する。


 ビニールで包まれていて、箱やタッパーで封鎖していてもメイガとコクゾウムシが出るのは、穀物と虫が共存しているからである。


 米だけを食べても少量のタンパク質が吸収されるのは、全部虫の卵なのかもしれない。


 入団日翌日、弟や妹も幼竜舎の飼育員に入れたカーチャの仕事は、診療所で医務室勤務になった。


 カーチャも住んでいる騎士団付近の村が食料や必要な物資を供給しているが、まじない師がいる程度で医者はいない。


 病気や怪我をしても、まじない師が変な踊りを踊って病魔を追い払い、何かを焼いた灰を塗る程度。


 治療魔法を唱えられる貴族は、少し離れた王都にだけいて、特別に騎士団勤務の術師がいるので、近隣の村からも治療を依頼される。


 教会から派遣された聖女見習いもいるが少数。そんな場所に、今日も白い服を着せられて看護師助手として配置された。


(病魔がいる、死神も一杯だ)


 建物を前にすると、敵を察知するまでも無く、異常な匂いと気配で人類の敵が大勢蠢いているのが分かった。


「キャーククケケ、カカークリルカ(病魔よ退け、死神よ去れ)」


 本日も上司に相談することも無く、大問題を起こそうとしていた。



「やあ、今日はここで勤務するカーチャだ、ストナの娘は知ってるかな?」


 小隊長が同行して勤務医で術者に紹介する。魔法を使える貴族なので飼育員を知らないでも無理はない。


「ああ、昨日散々暴れまわった子だな、今日は何を仕出かすつもりだ?」


 医師は昨日起こした悪行の数々を知っているようで紹介の手間が省けた。


 小隊長や団長は、今日も色々やらかして貰って、騎士団内の悪弊を取り除くのに同意している。


「どうも、先生」


 小さい頃はここに来た事もあり、一応は顔見知り。治療呪文を覚えてからは来ていない。


「まずは回診に付き合って貰おうか」

「へえ」


 使えないなら追い出すし、長々と居座られて昨日のような問題を起こされても困るので、まずは救いようのない患者を収容している、別名「霊安室」に案内し、竜の呪いで治療できないまま、血まみれで腐った部分にハエがたかりウジが湧いて、傷口が緑色になれば感染症や敗血症から救われる酷い患者を見せ、すぐにゲロ吐いて失神するように仕向け、気が付いて以降も泣いて逃げだすようにした。


「こっちだ」

「へえ」


 まず最初の患者ぐらいは小隊長も同行し、この部署に適性があるのか見る。


「最初の患者、カイル。竜舎で片腕を噛み千切られ、炎のブレスを食らって頭から胸への大火傷、両目の失明と気道熱傷。残念ながら竜の呪いで治療呪文は効かん、あと数日の命だ」

「おっちゃん……」


 父親の知り合いで子供の頃から可愛がって貰っていた竜舎の職員。あの大きな手で撫でて貰うのはもう不可能で、果物や食べ物を貰うことも無い。


 既に息も絶え絶えで、気道が腫れて灰の中も焼かれ、呼吸不能になっていないのが奇跡のような状態。


 勤務医は酷い有様の知り合いを見ても気絶しないのは気に入ったが、顔面蒼白で震えている娘を見て、これ以上は無理で逃げだすだろうと思った。


「その声、カーチャか? 下手打っちまってなあ、ゲホッ、竜舎で一番凶暴な奴に噛まれたんだ、あいつ、逃げられないようにしてから火吹きやがってな、目潰しして火傷させた後に腕噛み千切ったんだ」


 顔は焼けてしまい、瞼も髪も燃えて無くなり両目も焦げている。胸の辺りまで衣服が張り付き、人が焼ける匂いが部屋に充満して普通の者なら必ず嘔吐する。


 これ以上処置しても苦しめるだけなので、安楽死させるか団長とも相談している。


「あの野郎は後で絞めておく、ちょっと待ってくれや」


 今度は怒りに身を震わせ拳を握ったまま魔法陣を開く。今回も勤務医も小隊長も無視して魔法を行使した。


「何してるっ? 魔法は効かんぞっ」

「カカキーカルカルカル、クキャーカカカッ(竜の呪いよ弾けよ)」


 最初の魔法陣でクソ竜から掛けられた呪いを、見えない巨大な手で引き千切る。


「患者を動かすなっ、焼けた組織が剥がれるっ」


 もし焼けた皮膚が剥がれ落ちると、感染症が入る面積が増えてしまい、敗血症が酷くなる。


「なあ、最後に水飲ましてくんねえか? 頼んでも飲ましてくれなくてなあ、それと煙草もあったら恵んでくれ」

「ああ、すぐ飲ましてやるだ、誰かたばこ持ってねえですか?」


 この類の患者に水を飲ませると必ず死ぬ。何度も大きなため息を繰り返し、満足したように死ぬ。最後のため息で煙を吸うことが出来るかもしれないが、酸素飽和度が落ちて死ぬ。


「キャーククケケ、カカークリルカ(病魔よ退け、死神よ去れ)」


 白魔法で視覚化されている状況で、まず体に取り憑いていた病魔が苦しんで抜け出した所で破裂し、近くまで這い寄っていた、変わり果てた姿になった魅恩さんみたいな死神が追いやられて消えて行く。


「「おおっ」」

「クルルカー、カカカッ、クリクククッ、キキククカカー、カリオカクカ(全ての傷よ消え失せろ、腕よ元に戻れ)」


 天井近くに開いた召喚門から翼を持った下級天使が舞い降り、カーテンで仕切られた部屋の全てが輝き、まるで時間を戻すようにして傷を治して行った。


「違うっ、普通の治療呪文じゃないっ」


 奇跡の瞬間に立ち合い、小隊長も勤務医も涙を流し、手で眩しすぎる光を遮りながら見て、天使が光臨して人体の破損を消して行くのを呆然と眺め続けた。


 腕の欠損や眼球の焼損は、パーフェクトヒールが使えるごく少数の聖女でなければ回復できない。


「ああ、もう痛くねえ、助かった」


 元は薄汚い髭面で半分禿頭のオッサンだったが、まるで綺麗なジャ〇アンぐらいの清潔なオジサマになり、戻った眼球もパッチリ開いてウルウルして輝いていた。


「ほれ、水だ、自分で飲めっか?」

「ああ……」


 オッサンは戻った右手で水差しを受け取り、顔を横に向けてゴクゴクと飲み干した。


「たばこは隣の親方部屋にいるおっ父が持ってる、恵んで貰いなせえ」

「ああ……」


 瀕死の状態だったオッサンは、自分で立ち上がって歩いて行き、夢遊病患者のように隣に行った。


 そこで泣いている勤務医と小隊長と目が合ってしまい「あれ? 俺、またなんかやっちゃいました?」の表情になった。


「竜の呪いが破れるのか? 他は…… 他の患者も治せるのかっ?」


 四十路超えの医師が、メスガキの両腕を掴んでがぶり寄り。


「隣の患者も見てやってくれっ」


 カーテンを超えて隣の仕切りに乱入、先程の血塗れて幹部が腐り、ハエがたかってウジが湧いて、竜の呪いで治療できないまま、どうにか生きている患者を見せる。


「まあ、これぐらいなら」



 親方部屋


「おう、ストナ、ちょっと煙草恵んでくんねえか?」


 残り数日の命と言われて焼け焦げていた同僚を見て、まるで幽霊でも見るかのように驚いた新親方。


「おめえ、死んだのか? きれいに治って腕まで生えてやがる」


 最後に見た時と同じ診察衣を着ているが、憑き物でも落ちたような穏やかな表情で、汚らしいおっさんが若い頃のような綺麗な顔になっている。


 きっとあの世に行く前に挨拶に来て、最後に心残りだった煙草を吸いに来たんだと思い、恐れるよりも哀れになって煙草を出してやる。


「何言ってんだ、おめえの娘に治して貰ったんだよ。クソ竜の呪いも解いて、天使召還して治しやがった、とんでもねえなあおめえの娘」


 カイルは出された煙草の葉を受け取り自分のパイプに入れて、手慣れた様子で右手でファイヤスタータを使って着火した。


「はあ?」


 娘が治療呪文まで使えるのは知っていたが、手を生やしたり焼けた目や顔を再生できるとは知らない親父。


「ちょっと見て来る」


 カイルの肩を叩き、生身と足があるのを確認してから隣の診療所で騎士団の医務室に行って娘を探した。



 霊安室


 もう一回竜の呪いを破壊して、傷を治すのに竜語で天使を召喚。眩い光が部屋に満ちていた。


「見習い聖女たちを呼んでくれ、この光景と呪文を記憶して欲しい」


 病魔が破裂して断末魔の悲鳴を上げ、死神も去って行く。おぞましいほどの怪我も天使が時間を巻き戻して消えて行った。


「医師殿、私はこれを団長に報告しなければならない、後は頼む」

「ええ」


 小隊長は騎士団詰所に戻って「新入社員の馬鹿がまたやらかしやがったー、これから緊急会議」みたいな、一度も世間に出て働いたことがないヒキニートでガイジが立てたスレみたいな、有り得ない内容を団長に報告しなければならない。


「つ、次もできるか?」

「へえ」


 大聖女でも第八階梯魔法、パーフェクトヒールを使えるのは日に数回。休憩も無く連続で二度も使えば疲労と魔力欠損で倒れて寝込むのが普通。


 三度目を平然と行えるのは異常でしかなかった。


「この人ですけえ?」

「そうだ、先月、竜の尻尾で弾かれ、肋骨が折れて肺に刺さっている。血が混じった痰を吐くようになったが治療呪文は効かない」

「分かりやした」


 まるで検温したりカルテに書きこむ程度の労力と疲労で、次の患者に向かう大聖女候補。


 もし王都で教会に行って治療すれば、一日で金貨数十枚を寄付金として稼ぐこともできる。


「カカキーカルカルカル、クキャーカカカッ(竜の呪いよ弾けよ)」


「おめえ、何してんだ? カイルの野郎が生き返って、歩いて煙草貰いに来たぞ?」

「ゲッ、おっ父」


 苦手な親父が来てしまい、今まで腕を食われた仲間の怪我を治さなかったと言って必ずぶん殴られる。


 親父の敵や竜の敵、竜から嫌われて噛まれた連中は治していないので、メスガキ分からせのため何度でもぶん殴られる。


「ストナ親方、この子は王都に連れて行って大聖女にしなければならない。普通の治療呪文ではない、竜語の魔法で治療する方法を世界に広げ、病に苦しむ人々を救うのが我らの義務なのだ」

「はぁ?」


 既に瞳孔が開いてしまって、狂信者の目をしている勤務医。


 この後、見習い聖女達が集まってしまうと、もっと酷いことになって、泣き出したり跪いてカーチャと降臨した天使に祈りを捧げ始める。


「これから起こることを邪魔しないで見て欲しい、グスッ、君の娘は大聖女なのだ、おおっ」


 もう感動して泣いてしまい、嗚咽し始めた勤務医。


「さあ、続けてくれ」

「クルルカー、カカカッ、クリクククッ(全ての傷よ消え失せろ)」


 もっかい天使が下りて来て、時間を巻き戻して怪我を消して行く。


「先生、お呼びだそうですが?」


 見習い聖女達を呼びに行った看護師も、泣いていて何を言っているのか分からない状態だったが、とにかく霊安室に全員行くように言われ、診療を中止してまで駆け付けた。

「ああっ、天使が病室にっ」


 第二階梯ヒールしか使えない聖女たちは、パーフェクトヒールが行われる光景を見たこともあるが、召喚用魔法陣から天使が降りて来るような治療魔法は知らないので、全員腰が抜けて、這い蹲って祈りを捧げ始めた。


「おい、また今日も何かやらか……」


 団長も副長も貴族たちも団員も来てしまい、カイルが生き返った理由を調べに来て、奇跡の瞬間と天使光臨の儀式を見てしまった。


「おお、すげえ」

「何だコリャ」


 若い騎士は何が起っているのか理解できず、病室に天使が降臨して時間を巻き戻すのがどれほどの事なのかも知らず、無邪気に驚いていた。


「お主は、神か?」


 団長まで座り込んでしまい、去年死んだ娘を生き返らせる可能性があるのは、この娘だけでは無いかと思い始めた。

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