狼の中の羊
アタシは野を駆ける。野の片隅にあの女を追い詰め、その首筋に後ろから噛み付いて、陰茎を挿入して腰を振る。
胎の底から激しい唸り声を伴わせ、遠く遠くどこまでも聞こえるように――
目を刺す眩しさに、ぱちりと目を開いた。
私はがばりと起き上がり、布団を跳ね除ける。自分の股ぐらを見下ろして、ばっとトランクスをずり降ろした。
「……あぁ、ッたく!」
じっと睨みつけて、喉を唸らせる。
夢精の心配をしているわけじゃない。心配できたらどれほどいいことか。
「チンコ欲しいなあくっそ!」
そう叫んでどさりと倒れ込んだ。
時々夢を見る。アタシが獣になって野を駆けまわる夢だ。夢でのアタシには、決まってアレがぶら下がっていた。
アタシは獲物を追っては噛み殺し、口元を血でべっとり濡らして肉を喰らい、それから決まってあの女を思い切り犯す。けど、いつもそうだ。夢は夢で、なんとなくアタシがイメージするもの以上にはなりゃしない。最後まで至る前に、アタシは夢から覚めてしまう。
朝日差し込む部屋で大の字になったまま、時計を見る。今起きれば間に合うのは解っている。けれどささくれ立った神経と火照った身体が残されて、寝起きからどっと疲れがこみ上げていて、いっそ講義をサボろうかと考える。
「……くそっ!」
アタシは布団を跳ね除けた。
出席日数がヤバい。何より講義に出りゃ、アイツに会える。結局ウダウダ考えるより身体を動かした方が話が早いのだって解ってる。アタシは化粧もブラもせず、トランクスとシャツの上からジーパンとジャケットだけ羽織り、カバンをひっつかんで部屋を出た。
出席に厳しい教授だからか、講堂は既にぱらぱらと人が集まり始めていた。
アタシは入り口入ってすぐ右隣の机へ目をやると、その椅子には女が座っていた。頭ン中に綿あめでも詰めてるようなふわふわした女だった。
「おい」
ぶっきらぼうに声を掛けると、女がびっくりして顔をあげる。
「どけ、そこはアタシんだ」
「え、あの……」
「どけってのが聞こえねえか?」
ぎろりとひと睨みしてやると、女は涙目になりながら逃げていった。
ようやく人がいなくなった机をアタシ一人で占領し、シャツの襟元をはたく。
ここがアタシの指定席だ。入り口右側、教室の後ろの方の席。エアコンの近くで、真夏は涼しく真冬は暖かい。教授はいつも身体が左へ傾いているから、こっちはあんまり見やがらない。それにこの席は――
「……まにあったあ!」
席でぼんやりしていると、息を切らしてアイツが現れた。
「おう」
アタシはぶっきらぼうの手を掲げる。アタシが声を掛けると、アイツはぱっと顔を明るくしてこちらに駆け寄ってきた。
そうだ。この席は廊下からの出入り口に近いから、遅刻魔のアイツをまっさきに掴まえられる。声を掛ければアイツは当然みたいに隣の席にお尻を沈めてくる。だからアタシはここの席を取る。
「もう大変だったよお。バス一本逃しちゃったんだもん」
「だからスクーターにしろって言ってんだよ」
「やだあ。夏は暑いし冬は寒いよ」
べえと舌を出し、メガネを外して、バインダーをバタバタと仰ぎ始める。
そうして遅刻して走って、結局似たようなもんだろうが――アタシはその言葉をぐっと呑み込み、視線を落とす。首筋にはじっとりと汗が浮かんでその肌を濡らし、ぺったり張り付いたシャツからは下着のインナーが透けている。
「でもイズミの言う通りかなぁ。私どんくさいもんねぇ」
ヘラヘラと笑って振り返るコイツに、にっと笑ってみせた。
「やっぱやめたほうが良いわ。どんくさいと事故るから」
「勧めたのイズミじゃん!」
じと目でこっちを睨んで、顔を寄せる。ふわりと香る好い匂いを気にしてないふりをして、アタシも顔を寄せた。ホントに怒ってるなら噛み付けよ、かわいい怒り方しやがってなんて、そんな事は言わない。
ましてや、そんな匂いさせて、ぶち犯してくれってってのかよなんて。
ユイカ。コイツが、アタシが夢で、いつも犯してるあの女だ。
(くそったれ、シてくればよかった)
いっそトイレにでも抜けるか、このままこいつといるか。選び難いふたつを天秤に架けてるうちに、背筋を伸ばした教授がぬっと教室に現れた。
「あっ、先生きた。スクーターの事はまた後でね」
ユイカがくすくすと笑って前へ向く。その笑い方までいちいちアタシの性欲を撫ぜあげる。解ったよとだけ告げて笑い、アタシは何でもないようなふりで金髪をかき上げ、椅子にもたれ掛かった。
(ああくそ! 絶対ヤる! 絶対に犯してやる!)
頭の中、そんなことばかりをぐるぐる考え続ける。
アタシはそうして、もんもんとした気分を抱えたまま講義をやり過ごした。
ユイカと会ったのは春先だった。
アタシは教授にレポートを叩き付けた帰り道で、講堂のベンチで途方にくれてるコイツを見かけた。見れば手には折れたヒールを手にしていて、くっつく筈もないそれを付けたり離したりしている。
ユイカのことは、同じ講義で見かけたが記憶があった。顔はよかった。ふわっとカールした髪も好みだ。けれどその仕草はいかにも脳みそが空っぽという感じだった。
ヒールを折って歩けなくなったバカ女かよ。
アタシは内心嘲笑して、そいつのことは特に気にもとめるつもりが無かった。ぷいと視線を逸らして渡り廊下を進もうとしたその矢先に、ふと男の声がした。
「君どうしたの、ヒールが折れたの?」
「え……あ、そうなんです。お気に入りだったんですけど……」
「わあ、酷いねこれ……だいじょうぶ、歩ける?」
ちらりと見やると男はいかにも下心を丸出しの薄ら笑いを浮かべていた。ユイカは男の顔も見てないで、自分のヒールだけをじっと見てしょげかえっているみたいだった。
「肩貸そうか。駅前に修理屋があるでしょ。アパートがすぐ近くだから応急措置の間休んでけば――」
呆れるようなナンパの誘いに、アタシが内心げえっと舌を出していると、ユイカはぱっと笑顔をあげて、言いやがった。
「わあ、いいんですか! 助かります!」
それがなにかってわけじゃない。やんわり遠慮しながら困った顔にでもなりやがったら、アタシはそんなの無視して帰っただろう。ただ何となく、狼をそれと知らずに後ろをついて歩く子羊みたいなそのツラに、背筋がぶるりと震えた。
どうせなら、アタシが無茶苦茶にしてやりたくなった。
「おい」
アタシが声を掛けると、男が怪訝な顔で振り返る。
「とっとと失せろ」
開口一番、首襟を掴んで頭を揺さぶる。目を白黒させてる男の胸を突き飛ばし、いきなりなんだとキレ気味の男の、からっぽの頭に回し蹴りをくれてやった。相手は鼻血を吹きながらひっくりかえり、転がるようにして逃げていった。
きょとんとこっちを見上げるユイカに、アタシは、靴を脱いで放った。
「足のサイズ、そんな変わんねえだろ」
「……えっと?」
「講義一緒だろ。こんど返せばそれで構わねえよ」
にやりと笑って靴下でアスファルトを踏みつける。
ユイカは靴とアタシを暫く見比べたあと、にっこりと目を細めて微笑んだ。
「ありがとう、イズミさん」
その時アイツが見せた笑顔を今でも鮮明に思い起こせる。最高の気分だった。その笑顔がアタシに組み敷かれて涙でぐちゃぐちゃになる様を想像して、アタシはたまらなく興奮していた。
そのチャンスは思ったより早く回ってきた。
「エアコンが壊れちゃってね」
ある真夏日のことだった。
「大家さんは修理を手配してくれたけど、予約がいっぱいで三日後なんだって。もういやになっちゃう」
ユイカはシャーペンの頭を唇につけながら、溜息交じりに板書を眺めていた。もちろん、アタシはすかさずに言った。
「だったらアタシんトコ来いよ。毛布くらい出してやるよ」
「え、いいの? 邪魔にならない?」
「何も構わねえけどな。飯食ってシャワー浴びて寝るくらい好きにしろ」
アタシがぶっきらぼうにそう言うと、ユイカはぱっと顔を明るくしてあたしの肘を小突いた。
「ありがと! やっぱイズミは優しいよ、皆は色々言うけど、私イズミのこと大好き」
「褒めても何も出ねえぞ」
ああそうだろうよ――アタシは内心の興奮を抑えるので必死だった。優しかろうが何だろうがアタシはケダモノだって事を、ユイカは解ってない。好い雰囲気に持って行ってとか、そんなことさえ考えてない。部屋に連れ込んで、アタシの都合で力づくでやる。
こいつはどんな表情を見せるだろうか。『ちょっと怖いけど本当は優しい友達』ってやつが、突然牙を剥いて襲い掛かってくるんだ。
ユイカはさっそく、バスタオルを持っていくとか、料理は私がするよとかにこにこと喋りまくってる。
だけどアタシの関心は、ユイカが泣き叫んで嫌がるか、裏切られたと怒りに顔を真赤にするのかとか、そんなことばかりだ。アタシに組み敷かれて乱暴に犯されながら、天真爛漫な笑顔がどんな風に歪むか。それを想像すると、楽しみで仕方がなかった。
その日の夕方に、ユイカは大きいバッグひとつ持って部屋に現れた。
相変わらず柔らかいふわふわとしたいい香りをさせて、部屋に入るなり荷ほどきをする。
「イズミの部屋、もっと散らかってるかと思った」
「どういうイメージだよ」
殺風景なアタシの部屋を見回して、ユイカは胸を張った。
「とにかく晩ご飯は私が準備するよ」
腕まくりをして、エコバッグなんかから材料を取り出すユイカ。こちらに尻を向けて屈むのを見て、思わず手を出しそうになるのをぐっと堪えた。まだ早いよな、そう思ったからだ。腹ごしらえをして、始めてくる部屋への緊張がひと段落した辺りが良いと思った。どうせ油断と隙だらけのユイカのことだから、腹がふくれたらいつものようにまた無防備な仕草を見せるに決まってると思ったのもある。
アタシらはハヤシライスを食べて、それから地上波で洋画を見た。
くだらねえラブロマンスだったけど、当のユイカは大喜びで、時折アタシの腕を取っては今のを見たかとか、すごいねだなんて騒ぎ立てる。
アタシはその度に、解き放たれそうになるアタシ自身の獣をぐっと抑え込んだ。だいぶキてはいる。今すぐやってしまいたい気もする。けどダメだ。まだアタシ自身が最高潮じゃないからだ――そう思って、自分自身を宥めすかしながらユイカに付き合ってやった。
単なるボディタッチにかこつけて、その手首に指を触れさせ、意地悪をするのにかこつけて首筋の汗を嗅いだ。その都度歯を突き立てる想像をし、夢の中で幾度繰り返したかしれぬ自分の股にあるものを想像する。
(……後ろからだ)
そう決めた。たとえ現実にアタシがソレを持っていなくとも、アタシはコイツの首に噛み付き、指と腿といわず、後ろから犯す。アタシがオスだってのをはっきり示して、アタシの下にコイツを組み敷く。鏡の前ですれば、髪を掴んで首を持ち上げれば表情だって見える筈だ――
後半はもう、映画なんか見ちゃいなかった。
さっさと映画が終われ。考えるのはその後の事ばかりだった。部屋はエアコンが利いてるが、なにせ今日は真夏日で、ユイカはエアコンの壊れた部屋から出てきてるんだ。絶対そうしない訳がない。
映画が終わって、ひときしり感想をまくしたてたユイカが切り出した。
「シャワー借りていい?」
そらきた。アタシは心の内でげらげら笑う。
「ああ。シャンプーとかも勝手に使え」
「いいよ、自分の持ってきちゃった」
大きなバッグから小分けにされたポーチと、これまた小分けにされた携帯用のシャンプーとリンスのボトル。洗顔石鹸から化粧水から何からなにまで取り出して、髪ゴムをぱっと解いた。
ゆったりとウェーブの掛かった髪が振るわれると、いつもの香りに加えて、髪にこもった汗のじっとりとした感じが一緒に漂ってきた。
ユイカは上着を脱ぐとタオルとシャワーセットを取り、上機嫌で脱衣所へ入る。アタシは逸る気持ちを抑えて、そのまま一、二分ほど待ってから立ち上がった。シャワー室の折れ戸ががらりと音を立てた。つまりは、上衣から下着まで、何もかも全て脱ぎ終わったってこと。
アタシはドアノブに手を掛けた。こっそり忍び寄るなんて真似なんかしない。回すと同時に力の限りドアをばんと開き、無言で床を蹴った。
激しい音に、背を向けていたユイカが顔をあげる。
振り返るよりも前にその後頭部を押さえつけ、もう片方の手でユイカの利き手を捻り上げた。
「つぅ……!」
ユイカが微かな悲鳴を上げる。だけどアタシは無言だった。獣は得物を襲う瞬間に、吼えたり唸ったりなんかしないものだ。ただユイカを完全に抑え込んで、犯せるとはっきりわかった時は、その時は思う存分吼え猛ってやる。それだけを意識に残して、ユイカの身体を無茶苦茶に振り回した。
壁に叩きつけ、もがくユイカの腕をさらに強く捻りながら、洗面台へその顔を叩き付ける。洗面台のホーローに赤いしずくが飛び散る。
ごんと鈍い音を腕にまで感じながら、アタシはその背にのしかかった。
自分の息が荒いのを感じる。
昂る神経を制御しながら、夢にまで見た首筋を前に牙を剥く。
洗面台の鏡を見てアタシは嗤った。真赤な口をにいっと釣り上げて、牙を剥きながら。アタシは人の姿をしていても、それは夢で繰り返し見た光景に他ならなかった。アタシは獣となって、この女を思う存分無茶苦茶にする。
首筋に唇を寄せながら、ユイカの髪を掴んだまま乱暴に顔をあげさせる。
噛み付く時、こいつはどんな顔をするだろうか。いや、今の時点でもうどんな表情をしているか、それを想うだけでたまらない。
最高の気分だった。
ユイカの表情は、絶望か怒りか。あるいは何が起こったのか未だに解らないだろうか。それならどこで自分が犯されることに気付く? 鏡を通してアタシと目があった時か、アタシが牙を立てた時か、それともいっそ、何か突っ込まれるまで気付かないか。
想像に興奮しながらその顔を引き上げて――アタシは手を止めた。
「……あ?」
ユイカが、笑っている。
うっすらと目と唇を細めて、今まで見せたこともないような冷たい笑みを浮かべている。アタシは後ろ首に牙を立てることも忘れて、眉を持ち上げて鏡のユイカを睨みつけた。鏡の中で、ユイカの口端がきゅうっと持ち上がった。
やばい。
それは野性的な勘だった。アタシは捻り上げている腕に力を込めようとする。その手首を、ユイカの細腕がぐいっと掴んだ。
何が起こったのか解らない。
その瞬間に、私の視界がもの凄い勢いで回転する。洗面台の蛍光灯が頭上から足の先へと移動し、風を切るわずかな音が耳を突き、後頭部を激しい衝撃が打つ。突然の衝撃に視界には火花が走り、暗転しかかった意識を立て直すと、一拍遅れて生理反応が吐き気をもたらす。
アタシは頭を振るって吐き気を追いやると共に、意識を立て直す。
首にがんと何かのしかかられて、アタシの息は一瞬にして詰められた。
「が……ぁ……!」
マジで何があったのかが解らなかった。解っているのはただアタシの身動きが取れないこと。
腕をぐっと引くと肩に激痛が走った。いったい身体がどういう曲げられ方をしたのか、てとてもではないが動かせない。先ほどまでユイカの頭を掴んでいた筈の腕は、アタシ自身の腕と背に挟まれて、関節が外れちまったのかそちらの肩にも力が入らなかった。唯一自由になるのは足ばかりで、それもユイカの身体が私の顔前にいるようでは、蹴るも何もあったものではなかった。
「ふふ、無様よね」
かすかな笑い声がして、アタシは頭上を見上げた。
膝がアタシの喉を押し潰し、股が目の前にある。視線を上っていくとしなやかな腹が見え、胸に隠された先からは冷たい眼差しがアタシを見下ろしている。ユイカだ。さっき鏡で見せたような冷たい笑みを浮かべたユイカが、アタシにのしかかっていた。
ありえない。何でアタシが下にいるんだ。アタシは驚愕に眼を開き、頭上のユイカを睨みつける。
「あ、イズミったらそういう顔するんだ……」
ころりとユイカが笑みをこぼす。
「ってっめぇ!」
「どう? 獲物だと思ってた奴に狩られる気分は?」
「ンだと……!」
それでももう一度上体を起こそうとした瞬間、喉に膝を押し込まれた。アタシは潰された喉で声にならない呻きだけを残して、床に押さえつけられる。
「だめよ、そんな動き方で抜けられる訳ないじゃない。イズミって犬っころみたいに単純なんだから」
ユイカは、アタシの頭上で頬を上気させていた。
「無防備な羊か何かだとでも思ってた? 部屋に連れ込めば腕力にものをいわせてヤれると思ってたでしょ? ふふ、残念でした」
アタシの喉に力を込め直し、ユイカはくすくすと笑う。
「イズミなら、そういう愛い顔をしてくれると思ったの……。せっかく引っかけたのに、いつまで立っても手を出してこないんだもの。焦れちゃった」
ユイカの言葉に、アタシはあの日を思い出す。「ありがとう、イズミさん」ユイカは確かにそう言った。
(……何で名前を知ってやがった?)
今さらそんなことに気が付いた。あの時コイツは笑顔を振りまいていた。目の前で男を突き飛ばし、頭に躊躇なく蹴りをくれてやったアタシに向かってだ。
なんでその違和感に気付かなかった。コイツがマジで羊だったなら、青い顔をして震えててもよかった筈だ。それをこいつは、
「この瞬間が最高なの。私のことどうとでもできるって思ってた人が、私にこうやって逆に手籠めにされて、どうしようもなく上下関係を
「がっ……ぶざま、だと……!?」
喘ぐ喉から声を絞り出すアタシに、ユイカはぶるりと肩を震わせる。
「そう、それ、その表情。狗にお似合いのいい表情……」
顔を屈みこませ、ユイカが微笑んだ。アタシは頭をカッとさせて、噛み付かんばかりにその顔を睨む。けれど力を込めれば込めるほど喉に膝が食い込み、酸素が切れて視界も意識もぐらりと遠のいていく。
意識がばちりと弾けかけた直後に酸素が肺に流れ込んでくる。思い切りむせ返る間も、しかしユイカに抑え込まれたまま身体は自由にならない。
「……ほら、舐めて」
「は? 何言って――」
ごきりと音がして膝が食い込んだかと思うと、ふっと軽くなった。
「ほら、いい子だから。ね?」
柔らかく躾けるような声に、ぞっとした。言葉に合わせて、力は強められたり、弱められたりする。言葉にしなくても解る。ユイカは、その気になれば、アタシをいつでも殺せる。
アタシがぐっと喉を喘がせてユイカを見上げると、彼女が首から膝をどけ、腰を下ろした。
「自分が狗だってちゃんと解ってきたら、腕も離してあげる」
自分でも、自分がどんな表情をしてるかがわからない。
ただユイカが心底楽しそうな表情をしてる、それで何となく想像がつくだけだ。
黙って顔を近付けて、震える唇を開く。従順に舌を伸ばし、命ぜられるまま打ちなびきながら、アタシは根本的な勘違いに思い至っていた。獣は、オスかメスかじゃない。
獣の関係を決めるのは、支配する側かされる側か、それだけで。
アタシは――支配される側だ。
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