5‐20

 ミッションクリアで歓喜したいところだが、人が1人死んでしまっている以上、誰もそんな気分にはならない。

「ガリツマちゃん、動機は何や? そしてアタシらを陥れようとしたのも」

「簡単な話ですよ。笠原さんは、ING78を解散に追い込んだ張本人ですから」

「そんなことないやろ? 結成当時からキュウジはずっとING78うちらを慕ってくれとったやないか」

「それは、サジコ様がいたからっすよ」

「アタシが?」

「そうっす。サジコ様が脱退してから、キュウジはてのひらをかえすように応援しなくなった。応援しなくなっただけならまだ良かった。アイツは誹謗中傷の書き込みをするようになった」

「信じられへん」

「だから、古参のファンはキュウジのことをみんな恨んでる。ついで言うと、そのきっかけになったサジコ様にも俺はムカついてるんです。でも同時に、サジコ様のことはいまでも好きだから、我妻興信所に入った。で、いつか我妻さんからサジコ様を略奪しようと……」

 すると、パシッと乾いた音。妻が津曲を平手打ちした。


 いつもボクシングのパンチを私への肉体的制裁の手段に使う妻が、平手打ちをすることは珍しい。言い換えると、本気で怒っているとも言える。

「あんたはそんな男やなかったはずや! いつも、強のことを慕って、依頼にも全力で対応して、幾度となく助けてきてくれたやろ。あれは全部嘘やったってことか!?」

 津曲は押し黙っている。

「キュウジだって、あんなに親しくしとったやろう!? それをこんな、人を、しかも昔の依頼人をそそのかして刺させるなんて、卑劣な手段で殺して、楽しいか?」

「……」


「悪いんだけどさ、最初から実は何となく、ガリツマちゃんが黒幕じゃないかってことを疑ってたんや」

「え?」平手打ちを受けてから、ここではじめて口を開いた。「嘘だ?」

「疑う根拠なんていくらでもある」

「まさか」

 私もまさかと思った。津曲が怪しまれる行動を取っていたというのか。

「まず、最初の夜、強に料理をさせとったやろ? 部下として上司に雑用をさせるのは、いくら何でも不自然だと思った。あれは、毒を盛ったのは強だと、みんなに暗に思わせようとしたんやろ。それが1つめ」

 確かに、人使いの荒さはどうかと思ったが、妻はちゃんと疑う材料にした。加えて、ちゃんと私の潔白を証明させるために耀に手伝わせたのだ。

「2つめ、この船の操舵室に航海士がいないときに、『遠隔操船』と言ったやろ。経済学部出身のガリツマちゃんが、そんなことを咄嗟とっさに言うなんて少し違和感があった。それに、『遠隔操船』だけじゃなくて、『自動操船』の可能性だってあるのに、何で言わなかったのか。それは、この船はリモートで操られている、つまり黒幕は外にいるという誤った認識に誘導する目的やとも考えられる」

 確かに、文系の津曲がどうして船に詳しいのか意外に感じたが、それも妻は見逃さない。

「次、3つめ。マジックで使う剣を調べに来てたやろ。何やってるか聞いたら『何って、決まってるじゃないっすか? 事件を解決してミッションをクリアするんですよ』って言うたな。人情の厚いガリツマちゃんなら、『キュウジさんのかたきを取る』って言葉を期待しとったのに、なかったのも不自然な発言や」

 これは、完全に、自分の中では恥ずかしながら、違和感として引っかかりすらしなかった。

「4つめ。昨日の夜、強がトイレ入っとるとき、ドアを叩いたやろ。この船には他にもトイレはあるし、乗客も少ないから、漏れそうなら他のトイレを当たりゃええやんかと正直思った。あれはホンマは、実は強を襲撃しようと思うとったんやろ? でもアタシが参上したさかい、急遽、小便が漏れると誤魔化したんやろ? 違うか?」

 そう言えば、そんなこともあった、と昨日の出来事なのに、すっかり記憶から抜け落ちそうになっていた。妻のあの行動は、私を救うための、決死の行動だったというのか。

「そして5つめ」

 まだあるのか。妻は、慧眼の女として図抜けている。

「そもそも、このキャスティングがおかしい。これらの人物と、連絡がとれるのはアタシらを除くとガリツマちゃんしかおらへん! 唯一、藤村探偵は、サウザンド・リーブスやからどうやろうと思ったけど、よく考えたら、耀ちゃんが依頼した事件で、藤村と強は偶然再会しとる。そのことも調査報告書を作成しているときに、聞かされた可能性がある」

 あのとき、調査報告書の作成を津曲といっしょに徹夜して作成した。そして、藤村のことも実は津曲に話した記憶はあった。ということは、自己紹介の時点から、妻は津曲を疑っていたということになる。

「最後、6つめ」まだあるのか。この妻、凄すぎる。『すご』いという漢字は、やはり妻のためにあるかもしれない。

「まず、このアナウンスは、うちらの質問を受け付けず、一方的に流れているような印象を受ける。ということは、事前に録音しておいて、個々にいる誰かが。リモコンを使って船内に流れるようにしていると思う。ガリツマちゃんはアナウンスの直前、必ずポケットに手を入れていた。そんで、いまも右ポケットに入ってんやろ?」

 すると、津曲は、右ポケットから小さなリモコンらしきものを取り出した。そして、あえてボタンを押すと、例のピンポンパンポンという音が鳴った。動かぬ証拠だ。

「さすがはサジコ様。俺なら、真っ先にポケットを探らせてリモコンを探しに行くのに、あえてそれを最初に言わないところがサジコ様の凄いところだ」

「そのリモコンを、アタシに渡してくれへんか」

「何で?」

「アタシも確かめたいことがある」そう言って半ば強引にリモコンを奪い取った。リモコンは何のために奪ったかは分からないが、きっと妻のことだから必ず意図があるのだろう。

 意外にも津曲は奪われたリモコンを取り戻そうとしない。もう、犯人が確定して、リモコンも必要のないアイテムになったからだろうか。


「もうええで。いままでご苦労やった」妻はなぜか喋っている。

 誰に対して、と思ったら、信じられない光景を目に焼きつけることになる。驚きのあまり悲鳴を上げる者もいた。

 何と、喫煙所の血塗ちまみれの死体のはずだったキュウジが、突如動き出したのだ。

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