5‐19

「え? わ、わわ、私なわけないじゃない? な、何言ってるの?」三浦美羽は明らかに動揺している。

 しかし、美羽が疑わしいと思った、その心とは……。

「これは、実は明確な証拠はあらへん。まず、初日の晩飯の後、キュウジが喫煙所に向かい、すぐ追従したのがはあんただけや。それから、事件の後いちばん動揺しとった。あんときは、凄惨な事件現場でパニックになったと思うとったけど、あえてパニックを演じることで、自分は刺した張本人ではないことを演じたんやと思う。たぶん、パニックを演じるのもガリツマちゃんの指示やろ。そして、美羽は、精神的に不安定なとこがあって、洗脳とか思い込みとか、そういうのに陥りやすい性格や」

「そ、そんな、憶測だけで……。ひどい」

 美羽は、目に薄っすらと涙を浮かべて、抵抗する。しかし、妻は表情を変えない。

「ガリツマちゃんは、美羽が我妻興信所に依頼に来たときに、美羽の性格を分析したのかもしれへん。旦那の光之さんの不倫は無実やったが、思い込みの強い美羽はそれが受け入れられなかった。ガリツマちゃんはそういう特性を利用しようとした。今回の犯行に当たって、さしづめ美羽にこんな感じで言ったんやろう。『笠原久嗣を刺すをして欲しい。笠原には、刺されたら血を吹き出して死ぬ演技をするように伝えてある。凶器は、喫煙所に置いておくけど、マジック用の刃が引っ込む剣だ。仮にそのとき笠原が倒れていたとしても、身体に剣を突き刺さるように固定してほしい』と。実際に、剣が引っ込む現物を見せながらね。しかし、実際、喫煙所においてあったのは、引っ込む剣に似せた、本物の剣やった!」

 いま、この遺体に刺さっている剣が、そうだということか。


「つまり、毒はあくまでも『未必の故意』であって、本当の死因は刺殺かもしれん。いや、ひょっとしたら刺殺の可能性が高い」

「いやぁー!」美羽は頭を抱えて叫び始めた。「あ、ああ、あれは、笠原さんは私が殺しちゃったってこと!!?」

「刺したことを認めるんやな」

「そうよ! 私が、この津曲って人に、やれって言われたからやったんよ!」

 とうとう、美羽は耐えかねたか、自供し始めた。これも美羽の、精神的に不安定さに由来するものであろう。

「違う! 俺も、そう命令されてたんだ!」と、津曲も釈明する。

「ほう、それは誰や!?」

「言えるわけないだろう。真相解明するのは、サジコの役割だろう?」敬称が消えたのは、津曲が追い詰められているゆえか。

「言えるわけないやんな。だって、命令されとったってのは嘘八百で、真犯人はアンタやから!」


「じゃあ、何で俺が犯人だと言い切れるんすか?」

「さっきも言ったとおり、鍵の保管庫にアンタが来たからや」

「それは結果論だ! じゃあ、鍵の保管庫に耀ちゃんが行ったら、耀ちゃんが犯人ってことになる!」

「耀ちゃんは、犯人やあらへんよ。むしろ強に疑いがかからんように、厨房にいっしょに立たせたからや」

「何か、最初から、犯人に目星を付けてるような言い方だな。さっきも言ったとおり、俺は、たまたま鍵の保管庫を開けてしまっただけだ。これに対してサジコは反論できるのか」

「ああ、当たり前や!」

「じゃあ、一体俺は、何を目的に、鍵の保管庫に足を踏み入れたんだ!? 説明してくれよ!」

 津曲の口調が、妻に対する口の聞き方とは到底思えないものになっている。


「簡単なことや。証拠を捏造ねつぞうするためや」

「証拠を捏造?」聞き返したのは藤村太だ。


「アナウンスが、という前提に立って考えると、実は、ヒントからは、もう1つ読み取れる情報がある。それが『食事の後っていうことも関係あるかも??』の部分ねんけど、喫煙者は、得てして食事のとき一服したくなるもんやな。特に、このレストランは禁煙だから、ヘビースモーカーにとっては、余計に食後、タバコを吸いたくなるものやろう。ということは、喫煙所という場所自体がヒントになっとったんやないかと思う」

「つまり、喫煙所の中に毒が塗られてたってこと?」

「そう。毒は、食事でも皿でもなく、喫煙所に仕掛けがあったと考えられる。アタシはそれを確かめようとした。でも、なぜか喫煙所の扉は閉ざされたままや。だから、にこの喫煙所の現場の検証をしようと考えとった」

 明日の昼に何らかの根拠があるのか、私には分からないが、妻の思惑は何だ。

 妻は続ける。

「このゲームの目的は、真相を明かすこと。だから、参加者は確実にキュウジが殺された方法を解かないといけない。逆に犯人にとっては、少しでも間違いがあったら、犯人の勝ちとなる。ところが、思いの外、アタシたちが少ないヒントで、少しずつ真相に近づいているのを悟って、焦ったんやろうな。だから捏造をしに来たっちゅうわけや。だから逆にアタシたちが仕掛けたんや。アタシたちは、ソリピーに襲われたとき、手すりやドアノブに毒が塗られてると思うから、明日の昼に現場を検証する、と彼女に言った。犯人がうちの旦那やと信じ、どうにかしてその証拠を掴みたいソリピーにとって、この事実をきっとガリツマちゃんたちに伝えると思った。その結果、予想通り喫煙所に細工を仕掛けに来てくれたってわけさ。でもな、アタシたちが考えているっちゅうのは、そうじゃない。キュウジの持っているに毒を塗りたくったんだと思うてる」


「──っ!」津曲は苦虫を噛み潰したような表情だ。図星だということか。

 さらに、妻がとわざわざ言った理由もようやく分かった。明日の昼と言っておけば、今夜必ず犯人が動くと察した。つまり、妻が犯人特定に向けて、心理を読んだだったということだ。妻の聡明さに舌を巻かざるを得ない。

「アンタが、喫煙所ではなくてタバコの方に毒を盛ったのは、そちらの方が、死に至らしめることはできなくとも、何かしら弱らせられるだろうと考えたから。今回は、美羽に剣で一突きしてもらわないといけない。でも、キュウジが抵抗したら、非力な美羽がミッションを遂行できないことを恐れた。でも、正直、毒を手すりに塗るなんて、非効率すぎる。最悪、毒に触れずに終わるかもしれない。なら、多少なり、剣で刺しやすい状況を作る必要があった。だから、手すりに毒を塗る説は、誤りだと私は思ったんや」


「……き、喫煙所の手すりに細工することも、指示されたんだ。俺じゃない」津曲はまだシラを切っている。

「ほう。往生際が悪いな」

 圧倒的に妻が有利な状況だが、明確な証拠には欠けているような気がする。あと一歩のところで決め手がない。妻は続ける。

「ってことは、ガリツマちゃんが言いたいのは、誰かの指示で、いまから喫煙所に毒を塗りに行こうとしたってのは認めるんだな」

 わずかに首を縦に振る。肯定のサインと受け止めた。妻はまた何か津曲に仕掛けようとしているのか。

「ま、アタシら解答者としても、どんな毒を使ったのかっていうことも、突き止める必要がある。毒ったって千差万別やからな。それで、実はな、強が厨房から変な臭いがしたと言ったんや。確かに臭ったわ」

 すると、急に胸倉を掴むかのようにして、妻が津曲を引き寄せた。そして服に顔を近づける。

「やっぱな。同じ臭いがするで! アタシ、嗅覚も犬並みに無敵やからなぁ!」

「そんなはずはない! 毒に臭いなんかない! 臭うとしたら、それは違うものだ。俺がいま持っているのは違う!」

 すると、今度は、津曲の左ポケットをまさぐった何かを取り出した。「これが毒のつもりか?」

「あ、それは……」透明な液状のりだった。

「そーやなぁ、ホンマの毒なんか塗られへんもんな? とりあえず、こいつで塗ってあるようにカムフラージュするつもりやな」

「何が言いたい?」顔を引き攣らせる津曲とは対照的に、妻は口角を挙げてニヤリと笑う。

「さっきアタシは、なんて一言も言ってへん。だけやと。それなのに、何で、毒の正体が臭いがないって知っとんや」

「……騙したな?」

「騙したのはお互い様やけど、残念ながらこの勝負、アタシの勝ちやな」

「くっ!」津曲は悔しさのあまり、歯を食いしばっている。

「厨房のゴミ箱から、殻を割られたスベスベマンジュウガニが大量におったわ」

「スベスベマンジュウガニ?」誰かが問うた。

「フグ毒でお馴染み、猛毒のテトロドトキシンを持つ毒ガニや。あえてフグを選択しなかったのが、またやらしい話や。フグが毒を持つのはあまりにも有名で、すぐバレてまうもんな」

「……」完全に図星か。津曲は悔しそうな表情をし続けている。

「とまぁ、そんな感じでガリツマちゃんが毒を抽出して、タバコの口をつけるとこに塗りたくる。あらかじめキュウジ愛用のタバコと同じもんを用意して、毒を塗り、こっそり取り替える。キュウジはチェーンスモーカーやから、一度喫煙所に入ると、20、いや30分は出てけえへん。その間に毒が身体をめぐり、運動麻痺が表れ始めたところで、ダミーの剣と偽られた本物の剣で、美羽が登場し、刺殺した。これが、事件の顛末や。どうや?」

 妻は、天井のスピーカーか何かに呼びかけて真偽を確かめる。


 ピンポンパンポンと、またミスマッチな音。

『正解です! おめでとうございます。ミッションクリアです』

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