5‐18

「ガリツマちゃん? 津曲が!?」

 私は驚きを禁じ得なかった。

 彼がだっていうことも信じられないし、何で妻がそれを予測できていたかも分からない。


「嫌だなぁ、サジコ様。何で俺が真犯人になるんすか?」

 津曲は、洗脳が解かれたのか、先ほど我々を襲ったときと違って目つきが元に戻っている。


「じゃあ、何でここにてるのかなぁ?」

「ああ、ちょっと、操舵室に行こうと思ってですね。ほら、いまどのあたりを航行してるのか、全然分かんないじゃないっすか。そしたら、たまたま通りすがりに、この部屋なんだったっけと思って開けただけっす。特に意味はないっすよ」


 怪しいような怪しくないような、絶妙な弁明。でも、きっと嘘なのだろう。

「ほう、こんな地味で目立たへん扉を?」

「サジコ様と我妻さんも、何でこんなとこにいるんすか?」津曲は、質問に答えずに、逆に質問をしてきた。

「決まってんやろ! 今夜ここに、真犯人が現れることを予測しとったからや」

 その瞬間、津曲の顔が引き攣るのを確認した。いちファンとしてアイドル無名時代から良好な関係を築き、支えてきて、桟原さじきはら優歌ゆうか/我妻優が認めた数少ない男として、津曲は自負があっただろうに、この瞬間、はじめて妻に畏怖を感じたに違いない。


「ど、どーゆーことっすか? 本当に俺がここに来たのに深い意味はないっすよ」

「いや、ガリツマちゃんがここに来たのは、喫煙所の鍵を取りに来たからや!」

「どうしてそーなるんです? 何で、僕が喫煙所の鍵を開けないといけないんです?」未だうそぶいている。私は妻と口論して勝てたためしがないが、果たして津曲はどうか。

「ひとまず、喫煙所に言ってから、すべてを話す! 行くで!」



 私、妻、津曲の3人は、鍵を持って喫煙所に向かう。津曲の足取りは、まだ重くなさそうだ。言い逃れができると踏んでいる現れなのか。

 喫煙所の施錠を妻はゆっくり開けた。血は固まっているが、やはり凄惨な光景だ。警察のことを考えると、現場保存に努めなければならないが、このまま放置するのはいたたまれない。

 ただ、死体の腐敗臭やらで悪臭を覚悟していたのに、意外とそうでもない。

 最初にここに入ったときには気づかなかったが、小窓が開いていて、換気されていたからだろうか。それにしても何だろう。前にこの部屋を扉越しに見たときにもそうだったが、違和感を覚える。


「ガリツマちゃん。真相を解答するのは、レストラン横の呼び鈴を鳴らしてから、とうとったよなぁ?」

「何で俺に聞くんです?」津曲は、ポケットに手を突っ込みながらが、気色けしきばんだ。

 その疑問には答えずに、妻はズボンのポケットから呼び鈴を取り出す。いつの間にそれを持ってきたのか。高々に掲げては、チリンチリンと大きく鳴らした。


 ピンポンパンポンと、張り詰めた雰囲気にまったくそぐわない音とともにアナウンスが流れ始める。

『さて、解決できたようですね。さっそく真相を語ってもらいましょう! 解答のチャンスは1回しかありません! いいですか!』

 我が妻、我妻優は一旦深呼吸してから、目を大きく見開いた。

「もちろんや、正解の自信があんねんから、チャンスは2回も必要あらへん。そのために呼び鈴を鳴らしたんや!」

『ただいまから、真相を話していただきます』

 すると、アナウンスを聞きつけた、他のメンバーたちがぞろぞろ集まってきた。

「あっ、我妻! 喫煙所ここにおったのか! 津曲さんも?」藤村太が言う。

 そう言えば、お香の効果が切れたのか、先ほど妻を襲ったときのような、洗脳され理性を失っている様子はない。お香の匂いもしない。


「おうおう、ギャラリーも集まってきたなぁ! 舞台は整ったってか!?」

「もし間違えたら、沈没だ! 11人の命背負ってんだぞ! 大丈夫なのか!?」 

「さっきまで、推理を放棄して、アタシら)ろうとしとった人間が、よう言うわ! アホんだらが! よう耳かっぽじって聞けや! あん!?」

 妻のドスの利いた関西弁に、一同は畏縮した。迫力に押され、それ以上反駁はんばくする者はいない。そして、やはりと言うべきか、皆、お香の効果が切れたのか、正気に戻っている。

「待たせたわ、ほな行くで!」

 アナウンスの応答はない。応答はないが、その場の空気は、我妻優の解答を待っているようだった。


「まず、この事件の最大のポイントは、事件直後のアナウンスにあった『刺殺以外の可能性もある』というヒントや。これがホンマにで不可解や。正直悩んだ。でもな、ようやく分かった」

「もったいぶらんで、さっさと言ってくれますか?」解答を促したのは市川だ。しかし、妻は意に介さない。


「剣で刺されるという、あまりにも分かりやすい殺され方をしとる。船の上という凶器を捨てるには絶好なロケーションなのに、これ見よがしに残してんねや。ひょっとしてこれはミスリードじゃないかなと思うたけど、アナウンスでそれをわざわざミスリードだということを臭わせている。最初は不思議やったけど、ある可能性に気づくと、腑に落ちたわ」

「どういうこっちゃ? 言いたいことがさっぱり分からんな」探偵が本業の藤村太ですら疑義を呈している。

  

「それは、ミスリード自体がミスリードだったんや」

「は? あのアナウンスが嘘を言ってたってことか」

 藤村は、いかにもに落ちないような表情を呈する一方で、津曲は、核心を突かれたのか、少し苦い表情をしている。

「いや、嘘じゃない。あんときのアナウンスは、確かこう言うとったな!『剣が刺さって死んでいますが、ミスリードかもしれません……。ミスリードということは、刺殺以外の可能性も? あ、刺さっているのは間違いありません。でも直接の死因ではないかもしれないということです。これが食事の後っていうことも関係あるかも??』って」

 確かにそう言っていたが、妻の細部にまで渡る記憶力に感心する。さすが、名門・銀座学園幕張ぎんざがくえんまくはり高校卒業だけある。

 妻は続ける。

「つまり、直接の死因は、刺殺かもしれないけど、刺殺でないかもしれない。つまり、どうとでも取れる表現なんや。でも、ここにある言葉が入っていることで、大きく無意識のうちにミスリードされたんや」

「無意識に?」

「そうや。それは、『食事の後っていうことも関係あるかも??』ってフレーズや。これで、大方、毒を盛られて死んだんじゃないかという潜在意識が植えつけられたんや。よう考えたもんよ」

 確かに、いろいろ殺人手段がある中で、やたらと毒殺が候補に挙がっていたような気がする。こうやって説明されると、納得がいく。

「じゃあ、毒殺がフェイクで、直接の死因はやっぱり剣だったってこと」

「いや、毒はフェイクやない。毒は使われとる」

「は? 意味が分からない」藤村は、完全に妻が語る真相に理解が及ばず、翻弄されているようだ。

「正確には、毒は使われているが、死を保証できる手段ではなかったってことや」

「……」完全にみんな押し黙ってしまっている。

「毒ってのは、致死量以上、確実に然るべく方法で体内に入れないと、死なんもんなんやそうや。毒で、自分に疑いを向けられないように確実に殺すのは、実は難しい。だから、犯人は保険をかけたんや」

「あ、それが!」ついに分かったようだ。


「そう。毒で殺せるかがあまりにも不確実やから、そのあと、剣で刺すという方法を採ったんや」

「そんな意図があったなんて……」そう言ったのは、桜岡悠華だ。

「正確には、その剣で刺したのも、ガリツマちゃんやない。ガリツマちゃんはそそのかしただけや。その唆されて刺した人物は……」そう言って妻は、当該人物を指さした。


「美羽。アンタがいちばん疑わしいんや」

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