5‐13

 この先は、命の危険を常に感じながら、謎を解決していかなければならない。


 妻の推測によると、私と妻を除いた皆で話し合い、我々の夫婦仲を裂かんとしているのだろう、と言う。やけに断定的だ。ここには、藤村太と郁という2人の探偵に加え、我妻興信所うちの津曲と姫野という探偵見習いもいる。そして、我々夫婦。探偵業に携わる者が6名もいるのだ。探偵の仕事は殺人事件の解決ではないが、多少なりともプライドはないのだろうか。

 しかしながら、無名の時代からともに辛酸をめてきた戦友ともいうべき桜岡が襲ってきたのは事実。市川妙典が言ったように、桜岡が妻のことを本当に恨んでいたのなら、立派な動機となるのか。でも、市川が我々に対する恨みつらみを話したとき、桜岡は「やめて!」と叫んだ。あれは演技だったのか。それとも、市川か誰かに指図して私を襲ったのだろうか。

 

 あれこれ悩んでも仕方がない。今日一日たっぷり時間はある。調査を進めたい。でも、我々2人だけでなくて、せめてもう2人くらい味方がいると良いのだが。

 私は妻に聞いてみた。聞くまでもないことかもしれないが、相手が妻なので聞いたみた。

「津曲と耀は味方になってくれるだろうか。あと、できれば蘇我ソリピーも」

「……うーん。どうやろな……。難しいんやないか?」

 かなり意外な回答だった。失意のどん底にいるソリピーや最近入った耀はまだしも、津曲は妻が買っている数少ない人物。7年前の桟原優歌救出に貢献した人間が、市川たちにそう簡単に迎合するだろうか。


 しかし、ここで妻に抗弁すると、いまのところ唯一の『味方』の妻との関係に亀裂が入る。妻には何かしら勝算があるのかもしれない。

「分かったよ」いったん素直に従っておくことにする。


 私と妻は、調査を再開することにする。マジックショーは、レストランの厨房とは反対側の奥まったところにある、小さな舞台でやられるようだ。乗組員がいない以上、推測となるが、他にそれらしきものがない。

「こんな小さな客船でもマジックやるんだな」

 私は独り言のように言った。

「道具はこの奥かな?」妻は勝手に舞台の脇にあるドアを開ける。施錠がされていない。「中、入るで?」

 こういうとき、不思議なくらい妻の開けようとする扉は開く。意思を持たないはずの扉が、妻に恐れをなして忖度そんたくしているんじゃないかと邪推してしまうくらいに開く。私が開けようとしたら開かなかったかもしれないと、くだらないことを考えてしまった。

 しかし、ここで意外な人物に出会った。いや、意外ってわけでもない。乗客なんだから。


「ガリツマちゃん!? 耀ひかるちゃん!」

「サジコ様! 我妻さん!」反応したのは津曲だ。

 津曲創と姫野耀がそこにはいた。

「そこで何やってるんだ?」

「何って、決まってるじゃないっすか? 事件を解決してミッションをクリアするんですよ。ぶっちゃけ、一部のメンバーは調査を放棄して、どう我妻さんたちを別れさせるか、真剣に話し合ってますけど、俺は違いますよ」

 さすが同志だ。ここは珍しく妻の勘が外れたようだ。

「ありがたい。で、何か収穫はあったか?」

 別に、誰がイチバン先に解決するのかを競うわけじゃない。みんなで協力して答えを見つけ出して、ミッションクリアを目指せば良いのだ。

 我々夫妻を別れさせるというアナウンスで、みんな心が乱されているけど、本来は同じ目的に向かわせないといけない。

 そのためにも、少しでも真相に近づいておくことが重要。ひいては、それが、我々夫婦に矛先ほこさきが向かないようにすることにもつながる。

「俺も、凶器が気になるんです。あの凶器って、やけに柄の部分が長くなかったじゃないっすか? 何か作り物っぽいっていうか」

 確かに、言われてみれば柄の部分が長かったような気がする。それが何かあるのか。

 津曲は続ける。

「で、あの剣って、マジシャン用のじゃないかって思ったんです。そしたら、案の定、同じ剣がこうやって並んでて、ですね!」

 津曲は、同じ剣を数本こちらに出してくる。

「見てください。この剣、引っ込むんですよ」

 そう言って、津曲は剣を壁に向かって突き刺そうとする。すると、刀身が柄の部分にするすると入っていく。だから柄の部分が長かったのか。

「じゃあ、やっぱりあの剣は、凶器じゃなかったというのか」

「そういうことになりますかね」

 すると黙っていた妻がここで口を開いた。

「箱に人を固定して、外から刺すマジックの種明かしやな。刺す方は刀身が引っ込む剣で刺し、刺される人は、刺す動作に合わせて、箱の中から、刀身だけの道具をタイミングに合わせて外に出すわけや。単純な仕掛けやけど、刺す方と刺される方との、阿吽あうんの呼吸が大事で、それが揃わへんと、タネがすぐバレてしまう」

 なるほど。仕掛けが単純でも、マジックのスキルは必要というわけだ。と納得したが、笠原の死体に関しては、納得できないことがある。

「ということは、返り血はどう説明するの?」

「簡単なこと。刺した人が、食紅か何かで偽装工作したんや。いかにも刺殺されたように見せかけようとね」


 となると、刺した人間は、運営に操られていたことになる。おそらく、既に死んでいた笠原を、いかにも刺したように工作するように指示されたのだ。

 これで、返り血を浴びたのを目撃されるリスクもなくなる。


 一方で、まだ疑問が残る。かなり大きな疑問が。

 本当の死因が何なのかということと、なぜアナウンスは、あっさりとヒントで『死因は別にあるかもしれない』と打ち明けたのかということだ。



 いったん、狭いマジックショーの道具部屋を出る。

 津曲と耀は少なくとも我々にくみしてくれていることに安堵した。2人よりも4人のほうがずっと心強い。分担して調査できる。

 しかし、安心した成果、急に空腹に襲われた。そういえば、朝から食事を摂っていない。


「優、ご飯を食べるか?」

 しかし、優はうつむいている。津曲たちは敵じゃないかという推測が外れたことを、まだ引きずっているのか。しかし、私はそんなことでマウントを取ろうと思わない。思うはずがない。

「どうしたの?」

「食べるわけないやろが!? アホが」

 どうしてそんなに怒っているのか理解できなかった。まさか、そんなに根に持っているのだろうか。むしろ、味方が多いに越したことはないではないか。

 そう思う私とは裏腹に、妻はものすごい剣幕で迫る。

「アンタねぇ、自覚が足りひんで!? アタシたちは狙われてんやで!? 毒でも盛られとったらどうすんねん!?」

 大げさな、と思ったが、妻の怒りを前に反論は許されない。

「アタシたちのために残された今日の朝食用のプレート2つに、誰かフグの卵巣でも混入させとったらどないするんや! 死ぬで! それでも食いたかったら、毒味しやがれ!」

 妻はナーバスだが、確かに一理ある。もし何らかの方法で、フグ毒じゃないにしろ、何かしら混入されている危険はある。それが、仮にフグ毒(テトロドトキシン)なら、抗うすべなく死ぬことだろう。


「分かった。でも、安全なものは食べてほしい。未開封の食材があれば、さすがに食べれるでしょ?」

 そうもしないと、低血糖と脱水で倒れてしまう。それでは、まったく意味がない。

「……そうやな」怒りでエネルギーを消耗したのか、妻は顔色が悪い。極度の緊張に船酔いも重なって、コンディションは極めて悪い。

「どこかで横になってて。部屋に戻ろう」

「あかん、嫌や! 1人にされたら誰かがアタシを襲いに来るかもしれへん」

「津曲や耀をつかせて……」

「それもあかん! アタシがいま信用できるのは、アンタだけや!」

 なぜ、ここまで津曲たちを信用していないかが分からないが、妻にも考えがあるのだろう。それを、大丈夫だからと私の考えに迎合させるのは、太平洋を泳いで横断するくらい不可能な芸当だということを、経験的に知っている。

「でも、優も僕も休んでたら、解決できないよ」

「だから、アタシも調査を続ける。気にせんでくれや」妻は殊勝な言葉を残す。しかし、いくら無敵な妻と言えど、心配である。無理は禁物だ。


「ごめん、アタシ吐いてくるわ」妻はやはり気持ち悪そうにしている。脱水にならないだろうか。本当はトイレにまでついていきたいが、妻は、私と言えど、女子トイレに同道することを許さない。


 仕方がないので女子トイレのまで、ついていくことにする。この時点で、津曲と耀とはいったん離れた。

 女子トイレの入口の扉越しに、ゲーゲーと吐いているのが聞こえる。がつくとは言え、一世を風靡してきたトップアイドルが盛大に嘔吐している。生理現象だからどうしようもないが、とてもテレビには映せないだろう。


 そのときだった。

 廊下の奥から、1人の女性が、私の方に向かってくる。近づいて詳細を確認した瞬間、身の毛がよだつ思いをする。

 女性の正体はソリピー。しかも、私の方だけ見据えながら、CHUCKYチャッキーの如く、包丁を持って一心不乱に走ってきたのだ。

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