5‐6
アナウンスの内容を聞いた12名の乗客は一気に
アナウンスを考えた人間(?)の性格の悪さが垣間見える。最初に穏やかな留意事項から提示し、安心と希望を与えてから、だんだんと物騒でショッキングな内容を示している。
「ほんと、どっかのミステリー小説みたいだな。
「そーだね。これってさ、『クローズド・サークル』ってやつだよね。現実にあるんだ」と、今度は藤村の妻、
「ま、仕方あらへん。解決すりゃええだけやろ。いつ事件とやらが発生するか分からへんけど、いまのうちから、船の中探ってさ、備えとったほうがええやろ」と言うのは、我が妻、優である。さっきは、怒髪天を
「留意事項の3番でしたっけ? 何なんですか、アレ。参加者に働きかけをして、特定の結果が生まれるとか、どーのこーのでヒントが出るって」笠原が言った。
「何なんかね? アレ、よく分からんけど、ふざけてるのは分かる!」こちらは、ご立腹な姫野耀。
でも、この3つめの留意事項が鍵になることは想像できる。これに、首謀者(便宜的にそう呼ばせてもらう)の狙いがあり、それを遂行すること、あるいは未然に防ぐことが、私たちの命運を大きく分けることになるだろう。
「参加者に働きかけって? じゃあ、手はじめに……」
そう妻が発すると、私にいきなり
「
「
しかし、アナウンスは何も発動しない。
「あかん、これやなかったみたいやな」
「殴られ損だぁ」
「損ってことない。少なくとも、ヒントを出すための不正解が見つかったんや。一歩前進やで」妻は
「相手に肉体的な苦痛を与えるだけが条件ってわけじゃなさそうっすね」津曲まで、私を慰めようとしない。さすがはサジコ様の信者。
「どういうこと?」ソリピーが問う。
「面白え、肉体的苦痛に限らないってことは精神的苦痛かもしれないってことか」市川は物騒な発言をする。
「待ってよ! 苦痛を与えるとは限らないんじゃない? 喜びとか楽しみとかかもしれない」桜岡はあくまで、嫌な想像をしたくないようだ。
「俺、一つ気になるんすけど」急に挙手して言ったのは、再び津曲だ。「関係性があーだこーだ言ってたじゃないっすか。だから、この2人1組っていうのが、何かキーになると思うんです」
そうだ。誰かを痛めつけることから、議論が発展していったが、アナウンスの内容を思い出すと、関係性に働きかけるとか言っていたな。
「だから、例えば、この関係性を発展させたりすると何かあるかもしれない。それこそ、俺と耀ちゃんが、交際するとか──」
「冗談は顔だけにしといて、このマッシュルーム童貞が!」耀が即座に津曲を罵倒した。そして罵倒されているはずの津曲は、なぜかちょっと嬉しそうだ。変態か。
「ま、ガリツマちゃんも、エエ奴なんや。大目に見といたって」妻がフォローする。さすがファンには神対応。私には激辛ハバネロ対応。
「優さんが言うから、許すけど、生理的に無理、アンタ」耀は矛先の収め際に、もう一発グサリととどめを刺したか。やはり女は怖い。
しかし、津曲の推理は、良いところをついているように思えた。一方で、その推理から仮定すると、もっと恐ろしいことを想像せざるをえない。
津曲は、関係性を発展と言ったが、この悪意ある首謀者は、その逆を求めている可能性も高いと言える。つまり、関係性の破綻。夫婦関係、パートナーシップの破綻である。口には出さなかったが。
「ま、とにかく、時間もあるようでないんや。船の中、見て回ろう?」妻は言う。ひょっとして、ここにじっとしているよりも、歩き回ったほうが、船酔いが紛れるのかもしれない。
†
船は、豪華絢爛な大型クルーズ船というわけではない。いろいろと塗装が剥がれていたり、パイプが剥き出しになっていたり、一昔前の船という感じは否めないし、客室も多くない。しかし、レストランや小さい売店、喫煙室、授乳室、自販機コーナーもある。ただし、喫煙所などは鍵がかかっているし、売店にも店員はいないどころか閉まっているが、自販機は稼働しているようだ。そして、監視カメラだらけ。
船の前後(舳先側と艫側)にそれぞれ螺旋階段がある。螺旋階段と聞くと、おしゃれな感じがするが、
客が立ち入れるところは、下から乗船口とレストランがある層、客室の層、客室や展望ラウンジや売店とかがある層、そして甲板と大きく4層に分かれている。探索はあっという間に終わってしまった。
しかし、この船は、まったく速度を変えずにひたすら航行している。周り一面、陸地どころか船すらない。一体どこに向かっているのだろうか。
「意外に狭い船だね、やることないなぁ」と言ったのは、三浦美羽。
「何言ってんねん、まだあるやろ? 肝心なところが」ちょっと
「でも、これ以上、客が立ち入れるところはなさそうだよ」そう言ったのは桜岡だ。
「客が立ち入れるところはこんくらいかもしれへんが、普段、客が立ち入れんとこだってあるやろ」
妻のことだから、おそらくそう言うと思った。つまり、スタッフ・オンリーのエリアだ。妻は、敵のアジトに、果敢にも自ら向かっていくところがある。そう、大東京ハウスでも、精如会の祖師がいる精神科でもそうだったように。
「でも、開いてるんですか?」笠原久嗣が言った。
「いろいろ、見て回ったときに、関係者以外立入禁止のドアノブをいくつかいじってきた。そしたら、1か所ノブが回るとこがあってな」
妻は最初からそのつもりだったのだ。船酔いで本調子じゃなくても、しっかり先を見据えて行動している。
「凄い! じゃ、そっち行こう!」姫野耀がJKらしくテンションを上げている。
「アタシがイチバン探りたいのは、
†
すっかり、妻がイニシアチブを取っている。妻は、自信家だから、こういうシチュエーションのとき、集団をぐいぐい引っ張っていくパワーがある。
最初、元・マネージャーの市川、それから略奪愛という宣戦布告をしてきた三浦美羽あたりが反発するかと思われたが、意外にも妻の言うことに異議を唱えていない。また、藤村夫妻も、ここで統率を乱しても良いことはないと判断したのだろう。12人でゾロゾロと、乗組員専用エリアを目指す。
「ここの扉や」
甲板の1フロア下の螺旋階段の脇にある、何でもない地味な扉だ。確かにドアノブが回り、扉が動く。よくこんな目立たない扉を開けようとしたな。さすが妻。
中は、薄暗い廊下だ。蛍光灯こそ点いているが、明滅しているものもあり、客の立ち入れるスペースとは異なり、ぐっと不気味さを増す。
私と藤村太は身長180 cmを超える。ところどころ屈まないと、張り出した配管や蛍光灯に頭をぶつけてしまう。特に藤村は横幅も大きいので、窮屈そう。藤村みたいな体型の人間がもう1人いたら、すれ違えないのではないかと思う。しかも、船は横揺れするので、結構歩きにくい。そんなことお構いなしと言わんばかりに細身の妻は、ずんずんと廊下を突き進んでいく。30歳、2児の母になっても、なお、筋肉量が落ちず、さすがは元・ボクサー、元・アイドルと言わしめるほどの肉体を誇る妻は、船酔いくらいでは、歩調を緩めない。
そのとき、船がぐらっと傾いた。私の前には、藤村の新妻がいたわけだが、揺れに抗えず、後ろに倒れた。上背のある私は倒れることはなかったが、藤村妻が私に抱きつく形になった。
その瞬間だった。見えないくらいの素早さで、我が妻の強烈な右アッパーが私の
不動明王像のような出で立ちの妻が仁王立ちしている。背後には、絶対ないはずの燃え盛る炎が見える。
「アタシの旦那に手ぇ出したらこぉなるんや!」
え、待って。何で、自分が痛い目に遭うんだろうと、頭がついていかないが、絶対的なパワーバランスで、反論の余地がない。ツッコミどころは満載なのに、空気が凍りついたように、誰も何も言わない。津曲も右ポケットに手を突っ込んで突っ立っているだけだ。
そのとき、一瞬、スピーカーからプツリと音が鳴った、耳を澄ましたが、ピンポンパンポンが鳴らない。何だ、ハッタリか。一瞬でも解決に有用な情報でも流れるかと期待したが、糠喜びだったようだ。
「さっさと、行くで!」再び、妻は操舵室へと向かう。さらに螺旋階段で上に進んだ先に操舵室らしき部屋を見つける。
少し迷いながらも操舵室は見つかった。操舵室に行くまでの間に、いろいろな部屋を開閉した。電気室やら、鍵の保管室やら、乗組員の更衣室やら、名前の分からない部屋やら。
さて、
何となくこういうとき施錠されていて、期待を裏切られるケースが多いと思っていたが、「開いたで!」。ガチャリという音とともに、したり顔の妻。
また、私の予想が外れ、妻の予想が正しかった。
しかし、「失礼します、って、んー!?」妻の驚きの声。
「どうした?」
ここで思いもよらぬ光景が展開されていた。
「航海士が、ってか人が誰もおらんで!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます