5‐3
「どう胡散臭いんだ?」思わず私は聞いた。
こういうとき、あえてもったいぶる言動を取ることがある男だが、すぐに口を開いてくれた。
「まず、この船に、
「いない!?」のっけから耳を疑うようなことを言った。
「おう。俺が見た限りだがな。ま、操舵室に行きゃ、さすがに船長とか航海士の1人や2人いるだろうけどよ。こんな曲がりなりにも客船っぽい作りして、船員もレストランの料理人やウエイターもいない」
襲われてここに連れ込まれたから、料理人やウエイターがいないのは分かるが、船員がいないのはさすがに不気味だ。
「じゃ、あたしたち、こんな船の上じゃ、自力で魚を釣って
「いや、それがな。不思議なことに、レストランには、食料も水が用意されている。それも、数日間10人くらいの航海でも余りが出るくらいにな」
私も心配していたことだが、それはどうも大丈夫そうだ。しかし、言い換えれば、ここに連れ込んだ人間は、少なくとも数日間は外部との通信を断たれた船に、軟禁する意思を示していると言える。それがさらに不気味だ。
「もう一つよく分からないことに、ここに乗っている人間は、全員、男女ペアだ。しかも、初対面じゃなかったり、つながりのある人を集めているように思える」
それは、私も感じた。偶然、知らない船に乗せられたと思ったら、知り合いが妙に多い。何かしらの意図を感じざるを得ない。
「ちなみに、ここにいる8人以外にも、乗客はいるのか?」
私はそう自分で聞いておいて、乗客という表現に違和感を覚えた。我々が乗客なのか、招かれざる客なのかは分からないのだ。あくまで、乗組員がいなさそうだ、ということで、乗組員に相対する表現として、便宜的に使用したまでだ。
「あと、4人はいる。俺が見た限りだけどな」藤村は素直に答える。もったいぶらないのは、この不可解な状況に対する危機感の表れかもしれない。
「誰だ?」
「実際に会ってみれば良いだろう。レストランにいるはずだから」
その言いぶりからして、我々と無関係ではない、いや、むしろ知っている人間かもしれない、と察した。
「分かった、行ってみるとしよう」
8人が一列になって、螺旋階段を降りる。レストランは、甲板から客室のあるデッキを超えて、さらに下層のデッキに位置しているという。私は客船に乗ったことがなかったので、新鮮な光景だった。
「やっぱ。船は揺れて気持ち悪いわ」室内に入るや否や、妻はまた顔色が悪くなった。本当に、船が苦手らしい。食料や水が用意されているくらいならば、どこかに酔い止め薬が置いていないだろうか。
そんな淡い期待を抱きつつ、細い廊下を通り抜けて、レストランにたどり着く。レストランの入口には禁煙を示すステッカーが貼られている。また、中はたくさんの監視カメラが取りつけられている。
レストランには、3名の乗客がいた。
「ゆ、
「
2人は同じ名前で呼び合う。妻のことを優歌と呼ぶということは、元・芸能人であることを知っており、さらに自身も『ゆうか』と呼ばれる人物は、1人しか思いつかない。
「
耀はイマドキのJKらしく、キャッキャとテンションが上っている。船上に軟禁されていることなどどこ吹く風だ。
桜岡悠華は、ING78で
と言いながらも、桜岡も30歳近くなっているはず。ING78が解散して引退した妻とは異なり、ソロ活動してテレビに出続けているあたり、いまでも人気は高いのだろう。
「あ、ソウくん? キュウジくんまで? 何でここに?」
「ご無沙汰しております。7年ぶりっすね」
「お久しぶりです! サクラさん」
津曲と笠原久嗣も、桜岡に挨拶する。この2人は元・ING78が、無名時代から追っかけてきた筋金入りのファンだ。『推しメン』はサジコ様(妻)のはずだったが、桜岡とも親交はあったようだ。
そんなことより、桜岡以外にいた2人の男女。テーブルの椅子にかけ、談笑しているようだ。この2人もどこかでかすかに記憶に残っている顔──。
思い出した。三浦夫妻だ。不倫調査で訪れた三浦美羽と、調査対象だった三浦光之である。調査の結果シロだったはず。関係は修復したのだろうか。しかし、それよりなぜ、彼/彼女らも
つい、2人を見ていると、妻の美羽と目が合ってしまった。条件反射的に目を逸らしてしまったが、美羽は立ち上がり私の方にやってきた。
「ご無沙汰しております。あのときは大変お世話になりました」
目を逸らしたことに少々バツの悪さを覚えながらも、「あ、こちらこそ」と返事をした。
美羽は今日は眼鏡をかけている。やや不似合いな印象を受けるが口には出さない。最初に我妻興信所に来たときは地味な印象を受けたが、元・グラビアアイドルだったこともあって、化粧映えする人だという印象がある。今日はやや地味めな装いだ。
「で、探偵さんは、何でここに?」
私が聞きたい質問を、向こうからしてきた。
「いや、私もさっぱりで──」
それを皆さんに聞こうとしてたところでした、と言おうとしたときだった。
「
「ホントだ、元気だった!?」
妻と桜岡が次々に、美羽のところに駆け寄る。
「何で? 何で?」
「アタシも分からへん! 旦那とこんなとこに拉致されたんやぁ」
妻は、拉致なんて物騒な発言をしながらも、顔は笑っている。いや、事実に違いないし、普通は笑えない状況なはずなんだが。
「旦那? 引退して結婚したん?」
「ちゃうよ、結婚して引退したんや! この我妻強と! とゆーことで、アタシ我妻優! よろしくなー」
「え? えー!? 私、この探偵さんに依頼したー!」美羽は大いに驚いている。無理もない。
「ちなみに、アタシも、
「えええ!?」
「せやで!」
「と、ところで関西弁だったの?」
「すまんなー! 実は、大阪育ちやから。ING78なんだから方言使うな、ってうるさくてな」
美羽は再三再四驚いている。きっと情報過多になって処理しきれないくらいになっていることだろう。
ところで、三浦夫妻も子供がいるはずだが、どうしているのだろうか。
「で、何か、アタシも夫とここに連れてこられたんだけど、なんか見ると、みんな男女ペアみたいね」美羽が言った。
「あ、そういや、悠華は誰と来たん?」
「私は……」一瞬言い淀んだ。
「本当にしばらくぶりですね」
すると、レストランの扉から、男性の、しかも聞いたことのある声が聞こえてきた。そして、それが誰かと判別する前に、できれば聴きたくなかったと脳が処理した声。
整った顔立ちに黒縁メガネ。スーツまで着ている。この男は……。
「市川さん……!」
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