4‐19
俺が茶番と指摘して、意外にも桟原は押し黙っている。何かしらの反論をしてくるだろうと思ったが、してこないのは図星だったからなのか。
「どーゆーことっすか?」
「簡単なことだよ。警察に頼まなかったのも、マネージャーによる送迎を断ってきたのも、桟原さんは最初から市川マネージャーがストーカー、もとい自分に暴行を働くことを予期していたということだよ」
「……」桟原は、彼女に似合わない神妙な顔つきをしている。俺は続ける。
「本当は、桟原さんは警察に相談したかったかもしれないが、彼女のスケジュールは多忙を極めていたし、仕事の時間は四六時中、市川さんがそばについていた。市川さんに悟られずに警察に駆け込むことが困難な状況だった。一方の市川さんは、桟原さんの自分に対する態度の変化に気づいた。だから、スケープゴートに実際にストーカー行為をさせることを考案した。そして、市川さんが先手を打ったのだろう。最近、ストーカーに付きまとわれてないか? だったら探偵に依頼しよう、と」
「市川マネージャーの方から提案してきたんすか?」
「そう。この提案に桟原さんは困惑したことでしょう。桟原さんは、市川マネージャーが今後自分に暴行を働くのではないかと察知していたのに、実はストーカーは別にいて、それを探偵に調査させようと言うのだ。考えた末に、桟原さんはその提案に乗ることにした。理由は、探偵なら、市川が怪しいと気づいてくれるだろうと期待したから。そこで俺に白羽の矢が立った。そして、市川さんは、『四天王』の1人である都賀さんにストーカー行為を実際にさせること計画し、
俺は一息つく。桟原は何も言わない。
「そして、この推理でいけば、ストーカーが発覚してタイムラグがあったこと、依頼期間が2日間ということも理解できる。まず、タイムラグがあったのは、依頼期間までの間は、実際はストーカーはいなかったにもかかわらず、桟原さんにいたように思わせる期間だったこと。本当は、その間に都賀に本当にストーカー行為をさせても良かったかもしれないが、桟原さんは勘が鋭い。もし依頼までの間に、ストーカーが都賀さんだってことを見抜いてしまうのではないか、と思ったから。そして依頼期間が2日間だけというのは、その間に都賀をストーカー行為をさせることを仕向けたから」
「1つ疑問なんですけど、ノブトさんにストーカーをさせて、それをインプットさせるだけなら、依頼期間は1日だけでも良いんじゃないんすか?」
津曲が疑問を呈す。そう思うのは当然だ。しかし、依頼のあったときのことを思い出すと、自ずと答えは見えてくる。
「その通り。でも、依頼期間を2日間にした理由の1つは、いくらなんでも1日間では、仕向けたことがバレる可能性があること。あと、振り返ってみると、2日間に
「なるほど」
「いま考えると、市川さんの不可解な行動はいろいろあった。土曜のライブ当日、市川さんは都賀さんの席だけを教えてくれたんですけど、これは、市川さんは暗に、彼がストーカーであることを示そうとしていたのかもしれませんね。ま、俺の推理はこんな感じです」
「全部、正解や! さすがアタシが見込んだ探偵や!」
しばらく押し黙っていた桟原はが急に開き直ったように
「ありがとうございます」俺はあくまで平身低頭に感謝を示した。
「アタシはな、探偵さんを信じとったんや。探偵は、依頼をこなすことがもちろん任務やねんけど、それ以上の真心が欲しかった。サウザンド・リーブスはその辺がなさそうで、あかんねや。でもアンタは
なんと、高速でスピンして炎上した大事故は、桟原が俺を信じて取った決死の行動だったのだ。九死に一生の出来事であったが、その信頼関係が、桟原の生存と安寧につながっているのだ。
「ありがとうな。我妻さん」
ここではじめて、桟原優歌から俺に対して感謝の言葉が聞こえてきた。彼女の夫になる実感は皆無だが、無事救出できたことを心から喜んだ。
†
「我妻さん」
桟原の病室を出て自室に戻ると、津曲は俺に呼びかけてきた。
「どうした?」
「俺、我妻さんとこの探偵になっていいっすか?」
「はん?」
思いがけない申し出に目を丸くする。
「だって、我妻さんを見習えば、アイドルと結婚できるんでしょ?」
「何やそれ!?」
動機が不純すぎるあまり、桟原からうつった関西弁口調が出てしまった。俺は別に依頼人を
「……ってのは冗談っすけど、サジコ様の話聞いて、いっそう我妻さんの温かさに気づかされたっていうか。うまく言えないすけどね」
心なしか津曲ははにかんでいるようにみえる。
しかし、今回の依頼は、間違いなく津曲の功績が大きい。芸能界に疎い俺では、確実に袋小路に迷い込んでいたであろう。
そして実際に、探偵1人経営では、もろもろの依頼の遂行に制限があることを身をもって感じていたところだ。この男は名実ともにアイドルオタクだが、人間性は悪くない。俺の中ですっかり信頼のおける人間にまでなっている。察しの良いところもあるし、バイクに乗れるという意外な特技で、機動力もある。
「分かった。俺1人の野暮ったい事務所だが、それでも良ければ……」
「ありがとうございます! 退院したら行きますから!」津曲は嬉しそうだ。
かくして、津曲が我妻興信所に就職することになる。
†
そして数カ月後、正式に俺と桟原は入籍した。結婚式は本当に芸能界でお世話になった人物やING78のメンバー数人に限り呼んで、あとは身内の簡素な結婚式を挙げた。
俺に嫁ができた。しかも日本を代表する元・トップアイドル。日本中の男たちの羨望の対象になるのは間違いないが、やはりまだ夫になる実感は湧かなかった。
しかし、幸せよりも前に、あらぬ形で夫婦の実感を痛感することになる。
「強! そんなんじゃ、依頼人は
「もっと、各界に人脈見つけんと、探偵として残っていけへんで!」
この妻、めちゃめちゃ強いのである。とにかく歯に衣着せないのだ。
すっかり、夫婦間で、確固たるヒエラルキーが確立されてしまったのである。
余談だが、以前津曲は、桟原に『ソウ』と呼ばれていたが、業界語よろしく「『ガリツマちゃん』の方がオモロい!」という理由で、興信所のスタッフになってから呼び名が変わってしまった。
そして、7年の歳月が経過し、その間に、嫁そっくりな娘(とくに長女は性格まで受け継いでいそう)を授かり、現在に至るのである。
なお、業界を通じて仕入れた妻の情報によると、市川は、実刑判決を受けて収監されたが、模範囚として過ごしたのか分からないが、仮釈放によって刑期を終えて出所したという……。
【Case 4 おわり】
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