4‐16
オタクの結束というのは非常に強いのか、親衛隊のネットワークを総動員すると言った。四天王は、親衛隊と呼ばれるファンのヒエラルキーにおいて、トップに君臨する。つまり、津曲や久嗣が右と言ったら、右と言うらしい。
そして、ここ千葉は、ING78の聖地だ。親衛隊は数多く存在するらしい。
「市川さんの車ってどんな車なんだ」
「シルバーのスープラ、江東599、さのXXXXです」
ゼロコンマ3秒くらいで返ってくる。カルトQ並みに、何でも知っているというのか。津曲は続ける。
「この車を探すように、親衛隊に呼びかけてます。でも探し出せるかは運っす。もうちょっと情報が欲しいんですが」
「情報か」
「市川さんが向かいそうな先とか分かればな……」
市川が向かいそうな場所と言われても、残念ながらピンとこない。ただ、一般的な犯罪者の心理として、何かしら危害を加えようとするのなら
「市川さん、江東ナンバーってことは江東区に住んでるのか?」
「区までは聞いてないですが、23区内に住んでるって聞いたことはあります。都賀江見は調べてみたら
もしその情報が正しくて、市川が自宅に向かっているのであれば、高速道路に乗って京葉道路や東関東道を西進しているかもしれない。
起点が千葉駅なら、この近くを走るかもしれない。豊洲なら東関東道の方が近いか。しかも急いでいるなら、船橋料金所まで4車線の京葉道路より、6車線の東関東道を選択するだろう。
「東関東道を当たれるか。ダメもとかもしれんが、可能性としてはある」
「この近くを通るってことですか?」
「あり得る」
「じゃ、俺のバイクに乗ってください」
「バイクに乗ってるんか?」
申し訳ないが、オタク然とした外見からは、そんな風には見えなかったのだ。
「そんなことは後です。俺の後ろに捕まってください」
「おう」
そのとき津曲の携帯が鳴り、鳴動後1秒かからず応答した。
「津曲です。はい……、はい……。シルバーのスープラ!」
市川の車種だ。俺は身を強張らせる。
「
やはり高速道路に乗ったのだ。自宅に向かうのだろう。しかしながら、
「そのまま追跡を続けてください」そう言って、津曲は電話を切る。
津曲はダッシュして、バイクに向かう。二人用の大型バイクだ。しかもご丁寧にヘルメットも2つ持っている。
「探偵さん、行きましょう。東関東道です」
「京葉道路は捨てるのか?」
「探偵さんが言ったんじゃないですか? 東関東道を当たれるかって」
「それはそうだが……」俺としては
「自分を信じてください。それに、もし外れても、
「分かった」
津曲の決断の速さに舌を巻きながら、バイクの後ろに捕まる。スマートフォンは運転手の津曲の代わりに託された。
「
津曲は、思い切り急発進して、俺は危うく振り落とされそうになったが、
「もうちょっと優しく運転してくれ!」
「しがみついてくださいって言ったでしょ!?」
そのとき津曲のスマホが震えたが、スマホどころではない。
「す、スマホが震えとる」
「出て!」
津曲は急停止する。ひどい運転だと思ったら、幸か不幸か、赤信号に捕まってしまっている。
「はい、津曲に変わって我妻──」
『
「分かった」
『相手は猛スピードです。気をつけて』
スープラは猛スピードで
でも東関東道に入ったという情報は収穫だった。ここは海浜幕張だから、充分追いつけるだろう。
しかし、イライラするくらい長い信号だった。1分、いや1分半くらい足止めを食らっている。車通りも多く信号無視もできない。
市川は何km/hで走っているかわからないが、120 km/hだとしても、この間に3 kmは進んでいることになる。
正直先回りして、追い抜かれてから追跡したかったが、これでは微妙だ。
すると、再び身体が後ろにのけぞった。青になり、急発進したのだ。
「ぬぉおおお!」俺は情けない声を上げながら、再び食らいついた。
「さぁ、乗りますよ。高速! もうあそこが湾岸習志野っす!」
このあたりの地理は俺も詳しい。スープラの形は分かる。ヘルメットが慣れないが、逆に市川から俺が我妻であることは分からないはずだ。
相手に悟られることなく心置きなく探せるが、慣れないバイクの後部座席。身体を剥き出しのまま、運転の荒い津曲にしがみつきながら、猛スピードで移動するシルバーのスープラを検知できるかが心配だった。
ランプを通過すると、身体が再びグインと後ろに引っ張られる。これからアクション映画さながらのカーチェイスが始まるのだろうか。体力には自信があるが、絶叫マシンが得意かと言えばそうではない。しかし、ある程度の恐怖はアドレナリンが掻き消してくれる。きっと、桟原が感じている恐怖とは比べ物にならないはずだ。
ようやく本線に合流というときに、銀色の何かが閃光のように通過した。コンマ数秒後、バイクが大きく揺れるような風圧を伴いながら。
直感で、いま横切ったのが、桟原を乗せたスープラだと思った。むちゃくちゃ速い。
「追いつけそうか──」と問おうした瞬間だった。
その銀色の物体が、スキール音を立てて、
まじか! と、心の中では叫んでいたが、声にはならなかった。そして、4回くらい回転した後、ガードレールに激突する。
わずか200 mほど先で起こっている現象なのに、現実の出来事と認識するのに、若干のタイムラグがあった。しかし、数秒後、爆発音とともに車体から炎上して、一気に心拍が速くなる。
「やばい! サジコ様ぁああ!!!」
津曲は、この瞬間時速150 km/hは出ていたのではなかろうか。そして、一瞬で事故現場に到着し、急ブレーキをかける。後ろに引っ張られていた身体は、一転して前方への急激な負荷がかかる。
運転席から、道路に転がり落ちるように男が出てきた。炎上する車をバックにして逆光で見えないが、市川だろう。
一方の桟原は出てきていない。このままでは焼け死んでしまう。助けなければならない。
スープラの助手席方向に、俺は駆け出した。ガードレールに激突はしたが、衝動で車体自体はガードレールから少し離れた位置にあり、救出できないわけではないと判断した。
「探偵さん! 探偵さんまで、死んでしまいます!」
津曲が叫んだ。らしくない。もう桟原の生存を諦めてしまったのか。命懸けろと言ったくせに。
近づくと、加速度的に熱気を増す。しかも、ガソリンが流出しているのか、さらなる爆発音。
爆風の衝撃とともに、龍のような火の粉が俺を襲う。
この上なく熱いが、アドレナリンは心頭を滅却させる。
「桟原さん!」俺は大声を上げて、燃え盛る車に近づく。幸い、まだ助手席側の扉には火が回っていない。しかし、事故による接触のせいか、熱のせいか、ドアが変形して開かない。
「俺も手伝います! 探偵さんが命懸けてんのに、俺が逃げたら、顔向けできない」
「助かる」
2人で、ドアの取手を握り、車体の側面を靴の裏で蹴るようにして、力を開ける。
渾身の力を込める。少し開いたか。しかし、取手自体が熱を帯びており、しっかり握れない。
しかし、休憩なんてしていられない。刻一刻と、桟原は焼かれていっているかもしれない。
少し、桟原の姿が見えた。ロープでミノムシのようにぐるぐる巻きにされて気を失っている。だが、幸い、火は燃え移っていない。まだ助かる。そう思った瞬間だった。
再び大きな爆発とともに、俺と津曲は吹き飛ばされた。
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