4‐14


「我妻さん、この後はどうするんですか? まだ調査ですか?」

 津曲がいきなり話しかけてきた。

「それを聞いてどうするんだ?」

 津曲はいろいろING78のことを詳しく教えてくれたし感謝もしているが、やけに馴れ馴れしく俺の行動にやけに首を突っ込もうとしてくる。つい冷たく返してしまった。

「いや、時間が空いてれば、せっかくなんで飯でもどうかなって」

「悪いが、調査なんだ」

「なら、はじめからそうと言ってくださいよぉ」

 津曲はふくれっ面になったが、すぐ気を取り直したように、再び質問した。

「ちなみに、どこに行くんですか?」

 この男は興味本位で聞いているのだろうか。それとも何か気づくことがあるのだろうか。

 依頼内容を許可なく第三者に口外することは御法度だが、調査する上でいろいろヒントをくれることは確かだ。おかげで助けになっている。この男は少なくともストーカーではないはずだし、悪意もないはず。


「本来、こういうことは言えないことだが」

「そうっすよね? ごめんなさい」

「新浦安で待機する。そこでストーカーが現れるかもしれないとのことだ」

「え?」津曲としては、まさか教えてくれるとは思わなかった、と思って驚いていることだろう。目を丸くしている。


 実際のところ、どうも嫌な予感がしてならない。この調査にはきっと裏がある。そして、何かしらの計画があって、この2日間で実行されるのではないかと思い始めていた。

 この予感が正しければ、残された時間はあとわずか。だから何かしらのヒントが欲しい。

 彼女に危害が加えられたら手遅れなのだ。


「津曲さん。君を信用して、俺がどんな依頼を受けて調査しているか、全容を話す。場所を変えよう」

 そう言って、人が近くにいないところで、依頼から調査に至る顛末をすべて話した。


「そんなことになってたんですか。だからストーカーって」

「でもな、おかしいと思うんだ。何でストーカーなら、警察に相談しない。何で依頼した日から調査させず、こんな金、土と2日間限定なのか」

「たしかにおかしいっすね。これじゃ、ストーカーがこの2日間現れることを依頼人は知っているかのようっすね」

「──だろう? 本当にノブトという男はストーカーなのか?」

「もし、サジコ様を襲った人が本当にノブトさんなら、きっと誰かにやらされている。俺はそう考えるほうが自然だと思います。だって、あの、ING78をいちばん大切にしてきたノブトさんが、そんなことするはずがない」

「それを本人に確かめる方法はあるか?」

「電話してみましょうか?」

 津曲は結構頼りになる。すぐに電話をかけてくれた。だが、残念ながら相手は電話に出ない。

「出ないっす」

「じゃ、新浦安に行こう」俺は津曲に一緒についてくるよう促した。

「ちょ、ちょっと待って」

「どうした?」

「もう一人、協力者を募ったほうがいい。久嗣きゅうじさんとギョートくんにも声かけていいっすか? 彼らも親衛隊の一員っすから」



 津曲によると、四天王は全員、ING78に危害を加えるようなことは絶対しない、信用のおける人物であるとのこと。もしそれが本当であれば、黒幕は四天王以外にいるということなのか。


 どうやら、状況は思ったよりも複雑だ。とても俺1人でどうにかなるような問題じゃないように思えた。

 津曲の申し出はありがたい。あくまで協力メンバーに黒幕がいないという前提だが。


「俺と探偵さんは、新浦安に向かいます。ノブトさんがいれば直接話を聞きます。で、久嗣さんは千葉駅前に行っていただけますか? どのホテルかまでは分からないですが、いつもと同じなら、『ユーグリッドホテル千葉駅前』ですよね。あと、ギョートくん連絡つきます?」


 津曲は状況を的確に分析し、久嗣に指示している。そして、過去のライブ履歴からか、彼女らがどのホテルに向かうかもちゃんと推測している。伊達だてに追っかけをやっていないようだ。


「取りあえず、久嗣さんには千葉駅に行ってもらいます。もしノブトさんを見かけたら、話を聞いてもらうように頼んでみます。あと、無事にサジコ様がバスを降りて、市川マネージャーさんの車に乗るところも見届けるって言ってくれてます」

 まさに、彼は、俺が分身してやれたら良いなと思っていたことを指示してくれている。ここに来て、やはりこの男に顛末を話して良かった、と思った。津曲は続ける。

「あと、残念ながらギョートくんには連絡がつきませんでした。本当は千葉駅前の方もギョートくんと2人で行動できたほうが、良かったように思うんですけど……」

 俺としては、久嗣だけでも仲間になってくれたほうが助かる。ギョートくんは、きっと売れっ子芸人だから多忙なのだろう。それ以上は望みすぎだ。


「急ぎましょう。新浦安に」

 今度は津曲が俺に促した。俺たちは海浜幕張駅へと急いだ。


 新浦安駅と海浜幕張駅が、JR京葉線で1本で行けることは、運が良かったかもしれない。本数もそこそこ多い上に、快速電車がともに停車する。いちばん新浦安に早く到着する電車に乗り込んだ。16分くらいで新浦安に到着する。

 この駅は、浦安と名乗っているが、東京メトロ東西線の浦安駅よりも乗降客が多く賑わっている。

 改めて栄えているなと思う。千葉でも屈指の一等地ではなかろうか。


 人混みを掻き分けて、俺と津曲は早足で桟原のマンションに向かう。

「ここなんすね。さすがだな……」

 津曲は場所こそ新浦安という情報をつかんでいたが、実際に家の前に来たのは初めてのようだ。


 さて、都賀登戸はいるのか。いるとしたらどこにいるのか、そして凶器は所持しているのか。

 未だ、津曲は懐疑的だったが、現に昨晩、桟原を襲っている男だ。実際に、彼を捕まえて話を聞いてみない限り、俺は安心しかねる。いったいどうしてそんな愚行を犯したのか。誰かに指示されているのか。


 マンションの周りを一周する。このマンションの住人だろうか、人の往来はあったが、肝心の都賀はいない。

 ここにはいないのだろうか。であれば、もう一つの可能性である、千葉駅前に張っているのだろうか。

「そのキュウジさんとやらに、逐一連絡は取れるか?」

「取れますよ。電話でもLINEでも」

「LINEで構わない。いまのところ都賀らしき人物はいないと送ってくれ」

「ラジャー」

 完全に、津曲は我妻の助手役になっていた。俺はこのアイドルオタクを信用しきっていた。

 しかし、このときは思ってもみなかったことだろう。後にこの男が本当に俺の助手になることは……。


 それから、マンションの周りをもう二周。少し、先程よりはマンションから離れたところを探してみる。実際に都賀が潜んでいた場所はこの目で見ているから、そのあたりも重点的に見ているが、やはりいない。

 そのときLINEが鳴る。「久嗣さんからだ。えっと、ノブトさんはいないそうっす。ノブトさんが潜んでそうなところは、くまなく探したようですが」

「潜んでそうな場所なんてあるのか?」

「キュウジさんとノブトさんも付き合い長いんですよ。彼がどのあたりで張っているのか、どこなら迷惑にならないか、熟知してますよ」

「いないという情報は、信憑性しんぴょうせい高いんだな?」

「キュウジさんは、俺に絶対嘘なんかつかないっすよ」

 彼もまた、津曲にとって絶大な信頼をおいている人なのだろう。この事件の黒幕は誰なのか。


 では残る可能性は、都賀は探しきれていないだけでマンション周辺にいる、もしくは新浦安、千葉駅前のどちらにもいないの二択だが、俺は探偵の勘で前者のような気がした。市川は新浦安ここで待っていろと指示してきたのは、やはり高確率でこの日マンション前に出没すると予想していたからだろう。市川は、桟原からいろいろ話を聞いていて、ストーカーを確認した日、気配を感じた日などを、逐一報告を求めているのかもしれない。

 

 じゃあ、やはり探し足りないのか。そう思ったときだった。

「我妻さん、いましたよ。ノブトさんが」

 我妻の背中方向に30メートルくらい離れたところに、確かに昨晩桟原を襲った男が、彳亍てきちょくしていた。

 都賀登戸。意気消沈したかのように肩を落とし、その目はうつろであった。

「どうやら、ノブトさんが俺たちを尾行してたようっす」津曲が付け加えた。

「何で?」

 俺は尾行することは得意だが、尾行されていたことには意識が向かなかった。

「本人から事情聞きましょう。ここで何をしてるんですか?」

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