4‐12
俺の中で津曲の評判は上がっていた。正直、ここまで協力してくれるとは思っていなかったのだ。いや、単なる第三者、もっと言えば、ストーカー候補のうちの1人でもあった津曲に、ここまでさせて良いのか、という葛藤は正直ある。でも、アイドル、ライブ、芸能界。どれも俺には縁遠いフィールドで、俺1人の力で闘うには、あまりにも心許ないのだ。
だから、専門家を
「ちなみに、キュウジもギョートくんも来ますよ」四天王はすべてこのライブ会場に揃い踏みということだ。津曲はさらに言う。「何かあったら協力してもらいましょう。俺らは勝手にING78の親衛隊を名乗っています。どんな依頼内容かは分からないけど、サジコ様の身の危険に関わってるのなら、こちらも身を挺します」
ありがたい。でも彼らは俺と違って、お金を払ってライブを鑑賞しに来ている。なるべく、迷惑をかけたくないと思っているが、いざという時は協力を乞うかもしれない。
キュウジは
四天王は、ファンになった時期に若干の違いこそあるが、無名の時代からファンであることは共通している。観客の少ない時期から最前列で応援し、それが毎回続くとなれば、自然と仲は深まる。そして、桟原らメンバーやマネージャーたちとも懇意になり、有名になったいまでも繋がっているとか。
むしろ、メンバーたちは、グループを有名にしてくれたのは四天王の功績だと思って感謝しているわけだし、四天王としては自分たちが育てたと思っているかもしれない。相互に密接な関係なのだ。
そんな話を聞いているうちに、桟原が都賀を
俺は、津曲とは連絡先を交換した。そして、開場の時間が近づいてくる。
礼を言って、俺は、関係者の出入り口から入場する。桟原はどうだろうか。開場したので、リハーサルはとっくに終わっているはずだ。
スタッフに案内された先に控室があった。控室に向かう途中、律儀にも津曲から、『ノブトさんの姿を確認しました。念のため』とLINEが入った。
控室はアイドルメンバーたちとは別で、市川はいるが桟原はここにはいない。
「どうですか? 昨日見たストーカーはいましたか?」という市川。
俺からすれば呑気なことを言う、と思った。おかげさまでずいぶん苦労しましたよ、と言いたいところだが、「ばっちり確認しましたよ」とさらりと言う。
「ということは、正体も分かったんですね?」
そう言えば、桟原は昨日の夜の電話で、襲ったのがノブトだとは伝えていない。
「ええ。あ、でもまだ、自分の中で引っかかってるところがあるんです。全容が解明したらお話します」と、ここはお茶を濁しておいた。
「分かりました」市川は情報を追求してくるかなと思ったが、意外にもあっさりと承諾する。
「ところで、今日の彼女のライブ後の桟原さんの予定を教えていただけますか?」
「あ、今日はこのまままっすぐ帰ることになってます」
「その、打ち上げとかってないんですか?」
俺は芸能人の常識など知らないが、よくテレビではクランクアップ後に打ち上げをすると聞いたことがある。
「いや、そういうのはしないですね。未成年のメンバーもいますし」
意外だと思ったが、そんなものなのか。
「じゃ、終わったら、俺は彼女の帰り道についていけばいいんですね」
「いや」そう言って一度俺を制した。「出待ちのファンがいます。メンバーは出待ちのファンへの対応も大事にしてますから。その後は、バスで千葉駅前のホテルに一旦送られます」
「そこでみんな泊まるんですか?」
「遠征先でしたらそうですけど、みんな千葉に住んでるので。そこで各々解散です。ちなみに他言無用ですよ」
結構あっさりしているな、と思った。
「では、私は、千葉駅から彼女の帰り道を見張っていればいいですか?」
「いやその必要はありません」市川はきっぱりと言った。「さすがに昨日の夜、ストーカーが襲ってきたとなれば、千葉駅から私の車で桟原を新浦安まで送り届けます。探偵さんには、幕張メッセからわざわざ千葉駅に来てもらうのは手間です。バスに乗ったのを確かめたら、直接新浦安のマンションで待機しててください。ストーカーが張ってると思いますから」
やけに断定的な言い方だなと思ったが、その可能性は充分有り得る。
「分かりました。また、何かありましたら言ってください」
「ありがとうございます」市川は微笑んだ。
†
ライブがいよいよ始まろうとしている。現時点ではオフレコ情報だが、ING78の一員として桟原が舞台に立つのは最後となる。
俺は、自分用にアリーナ席に1つ臨時に増設された椅子に荷物を置いた。最前列の向かっていちばん左側である。ステージが近く、まさしく特等席である。
さり気なくアリーナ席をうろうろしてみた。まずは都賀だ。確かに2列目の中央にいる。そして、4列目のステージに向かって左方にはギョートくん。また1列目中央よりやや右寄りには笠原久嗣がいる。会場は大入り満員だ。10,000もいるので圧倒される。男ばかりと思ったが、女性客もかなり多い。これだけ有名になると、ファン層も老若男女問わずとなるのだろうか。
席に戻ると、何と俺の椅子の隣に津曲がいた。
「偶然っすね? めっちゃいい場所じゃないっすか?」
「俺は調査する立場だからな。後にも先にも、こんなことは経験できんよ」と取り繕った。
「せっかくですし、ライブはじめてなら俺が曲目とか解説しますよ」
「サンキュ」
調査に役立つかは分からないが、彼の厚意だと思って受け止める。
そしてついに午後6時を迎えた。メンバーが舞台に立ち、一気に歓声が上がる。ミュージック・エアポートも盛り上がったが、スタジオとメッセじゃ収容人数が全然違う。歓声は鼓膜を突き破るほどの大音量となって、押し寄せてくる。
観客はサイリウムを振り、ジャンプしたり一緒に歌ったりしている。
津曲の解説によると、ING78と言っているが78人いるわけではない。78というのは『チバ』の語呂合わせらしい(7がチなのは中国語でチーと読むかららしいが、ちょっと強引だなと思った)。メンバーは現在30人いるが、『神セブン』という選抜メンバーなるものがいて、定期的に開催される総選挙におけるファン投票によって確定、変動するものらしい。神セブンになると、ソロパートがあったり、センターを務める曲が提供されたりと厚遇される。それ以外の23人はいわゆるバックコーラス、バックダンサーとして徹する。アイドルも露骨な競争社会で大変だな、と素人同然の感想を抱く。
桟原は、メンバー入りして最初の総選挙(そのときはまだ全国区のアイドルではなかったそうだが)以降、ずっと神セブンを維持している。神セブンから漏れたことのないメンバーは桟原優歌と
よって、桟原がセンターを務める曲はかなり多いらしい。『
確かに、桟原はルックスはもちろん図抜けて美しいが、歌や踊りも凄い。踊りはキレがあり、素人目でもダンサー専門でやっていけそうなほど洗練されている。歌声は伸びやかで、ソロパートに入ると鳥肌が立ちそうなくらいに魅了される。センターを務める楽曲では、当人のソロパートが多く入るので、桟原センター曲は人気だし、桟原を『推しメン』とするファンは大勢いる。
ライブに全然縁がない俺にとっては、どれもこれも初めての情報ばかりだ。と、同時にすっかり桟原のファンと化した俺は、何でもっと早くING78の世界に触れてこなかったのだろうと後悔している。
しかも、今日が実は彼女の卒業ライブなのだ。だから、桟原センター曲を生で聞く機会は、これが最後になるのか。
そしてファンは、その事実を知らない。ファンは大いに悲しむのではなかろうか。
しかし、そのことも含めて、桟原本人が決めたわけだから、その意志は尊重しなければならないだろうが。
いけない。すっかりライブに魅了されて、調査のことを忘れそうになっていた。いまのところ目立った動きなく、順調に進捗している。暗くてよく見えないが、都賀登戸に怪しい動きはないと思われる。
もっとも、都賀の席は通路から離れている。しかも2列目なので、身動きの取りづらい位置だ。ひょっとして、ライブ中は何も動かないのではないか、と思った。
そして開演後2時間ほどが経過し、ライブも佳境に入る。
「ここで、ファンの皆さんにお伝えしなければいけないことがあります!」
桟原の口からついに公にされるときがやってきた。
「
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