4‐11
翌日は、うってかわって、桟原は終日千葉で活動する。朝から幕張メッセに入り、リハーサルから本番まで、余念がない1日となろう。
昨日に引き続き新浦安駅に到着する。今日は朝8時出発らしいので、少し余裕がある。でも早めに来て駅周辺を入念にチェックする。今朝はマンション前に都賀登戸らしき人物はいないようだ。
きっちり変装した桟原に
実は、このライブに俺は招待されていた。尾行しているから当然の権利、という思いは毛頭なかった。むしろ、大人気のライブを無料で鑑賞させてもらえることにありがたみを感じている。なぜなら俺は桟原のファンになったのだから。さらに言うとライブのリハーサルに来るかどうか尋ねられたが、俺はやんわりと断った。俺は会場に来る客をチェックしたかったのだ。
本当は、誰が来るのか、そしてどの席に座るのかマネージャーの市川なら把握しているのではないか。いや、把握しているとまではいかないまでも、ライブの運営会社に問い合わせてくれれば教えてもらえるのではないか。それだけの力が市川にはあるのではないかと思ったが、権限がないとかどうのこうので、把握できないとのことだった。市川には悪いが、肝心なところで役に立たない。せめて都賀登戸の情報だけでも教えてほしいものだと思った。いちばん彼が桟原に危害を加える筆頭なのだから。
海浜幕張駅で降車。ここは千葉ロッテマリーンズの本拠地、千葉マリンスタジアムの最寄りでもあり、土日、休日は非常に賑わう。幕張メッセまでは若干の距離はあるが、問題なく会場入りを果たした。会場に入る前に、桟原はサングラスを少し下げ、よろしくねと言わんばかりにウインクをした。
さて、これから16時半の開場時間まではどうしようか。8時間くらいあるのだ。さすがにこんな時間から幕張メッセ前で張っているのは馬鹿げている。しかし10,000人以上がここに集結するというのだ。16時半前から長蛇の列ができるだろうし、グッズ売り場も観客で
いや待て。もうすでに到着しているファンがいるのだ。近くには日本有数の大きさを誇るショッピングモールだってある。追っかけをするほどのファンであれば、事前にファン同士で集まってランチをするなど、交流を深めているかもしれない。
10,000人の中から都賀1人を見つけ出すのは困難である。都賀は小太りというだけで、集団からすぐ見つけ出せるような外見的特徴はない。写真を改めて確認するが、見れば見るほど雑踏に紛れてしまいそうな風姿である。
そもそも彼は来るのだろうか。せめてそれだけでも知りたいと思う。俺自身は来る方に懸けているが、来なかったら、こうやって気を揉んでいることもまったくの徒労に終わる。
ひょっとして──。市川なら都賀の連絡先を知っているだろうか。一瞬そんな途方もない可能性について考えた。
だって、桟原の新浦安の自宅を、市川から聞いたという津曲の謎の証言がある。これが本当なら、ライブに来るかどうかはもちろん、席まで教えてくれるかもしれない。しかし、すぐに俺は
じゃあどうする。黙考すること5分。妙案を思いついた。至って簡単な方法があるではないか。
観客が幕張メッセに入場するとき、本人確認をするはずだ。都賀登戸という人物が来たら、知らせてもらえば良い。さっそく、幕張メッセにいる今日のライブスタッフと思われる人物に掛け合い、客の誘導・案内・チケットの本人確認を担当する部署に繋いでもらうことにした。ここではさすがに探偵だと身分を明かさないことには、門前払いだろうから、名刺を差し出す。
しかし、残念ながら期待された回答ではなかった。個人情報の
「ぎりぎりまで頑張るか」
思わず俺は独り言を呟いていた。人が集まりそうなところを洗い出し、都賀がいないかを調べる。それでも無理なら、開場時に列を調べるしかない。
やれやれ、楽はさせてもらえないなと思いながら頭を掻く。こういうとき、俺以外に協力してくれる探偵がいれば、とつくづく思う。時間だけが経過し、はや午後3時になろうとしていた。
そのときだった。ある意味で救世主。でもまだ信用に足るかどうかは分からない男が現れた。
「昨日の夜ぶりっすね。我妻探偵さん」
声の主は、ソウこと津曲創であった。
†
「今日も調査ですか。ご苦労さまっす」
「あまり大きな声は出さんでくれ。職業柄、調査内容を知られたらまずいんだから」
「それは失礼しました」そう言って津曲は声のトーンを落とす「それで、進んだんっすか?」
この男にはどこまで話したんだったか。確か、小太りの男について情報を得たのは覚えている。
「さっそくだけど、この人のこと、知ってるか?」
俺はあえて、小太りの男という表現は避けて、昨日の朝撮った写真を彼に見せる。
「ノブトさんじゃないですか? 彼も熱烈なファンですよ。俺よりもING78のこと、知ってます」
やはり、追っかけどうし、旧知の仲ということか。
「どんな人だ?」
「彼は、ファンの中では、いちばん常識人ですね。彼が、ファンの行き過ぎた行動を止めていると言ってもいいくらいです」
その発言は、桟原からもあった。ますます昨夜の襲撃が不可解になってくる。津曲は続ける。
「実は、一昔前ですけど、どこかの地方都市で握手会があったんすよ。俺は、そのとき中学生で、握手会には参加できなかったんすけどね。聞いた話だと、そこにナイフを持ってメンバーを襲おうとした男が紛れてたらしいんですけど、列に並んでるときの不審な行動から、事件を未然に防いだという逸話があるくらいです」
そんなことがあったとは。昨日の行動と正反対ではないか。
俺は、もう少し鎌をかけてみることにした。
「市川さんが、新浦安の自宅マンション近くにつきまとっている小太りの男がいるって言ってたのは、もしかしてこの男か?」
「確かに、ノブトさんは小太りですけど、俺はノブトさんがつきまとっているとは思えない。きっと別人っす」
津曲はきっぱりと言い切った。あたかもストーカーが都賀登戸であるなら、何かの間違いだと言わんばかりに。
でも、俺は、桟原の自宅周辺をうろつき、
新しい可能性を模索すると、それ以上に新しい謎が出現する。そしてその謎を解決するための情報は、全然足りない。その可能性が真なるかも怪しい。
「ところで、何で我妻さんは、ノブトさんの写真なんて持ってるんです?」
これは俺が調査中に収めた写真だ。つまり、本当のことを話すと、都賀がつきまとっている張本人だということを津曲に教えることになる。しかし、現時点では、全容が解決されているわけではないし、そもそもこの男は依頼人でも何でもない第三者だ。
「も、申し訳ないが、それは答えられない」
「さすが探偵さんっすね。大丈夫っす。ここでほいほい教えてくれる人は探偵としての資質を疑いますから」
じゃあ、聞くなよ、と言いたかったが、止めておいた。
話題を変えよう。そうだ、この男は今日のノブトの予定を知っているだろうか。
「ところで、ノブトさんは、今日のライブ来ますかねぇ?」さり気なく聞いてみることにする。
「絶対来ますよ」またしてもきっぱり。そしてここでありがたい発言。「もし、知りたいのなら、聞いてみましょうか?」
「ついでにどのあたりの席かも聞いてもらえます?」
「いいっすよ」
津曲はすぐにノブトに電話した。今日は、夕方4時くらいにメッセに行くこと、席はアリーナの2列目のほぼ中央あたりだという情報をゲットした。
俺は、心の中で大きくガッツポーズをした。市川よりもよっぽどこの男のほうが使えるじゃないか。
すると、スマートフォンが振動した。噂をすれば影がさす、で市川からだった。LINEによるメッセージである。
『四天王のうちノブトの席が判明しました。アリーナ2列目中央63番です』
遅いわ今さら、とスマートフォンを投げつけたい衝動に駆られた。
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