4‐8

「どういう了見ですか?」

 さすがに俺は、相手が依頼人と言えど、一言物申さないと気が済まなかった。ドッキリ番組の収録を終えたあと、俺は市川をいち早く見つけ出し、詰問する。桟原はMCの南野らと何か話しているようだ。

 全国放送のドッキリ番組で、探偵だと明かされてしまったのは、非常に困る。探偵は、調査対象者から身を隠さないといけないから、顔を表に出したくない職業である。それだけでも営業妨害だと訴えることができるレベルなのに、加えてあれでは、俺が桟原とかなり親密な相手だと誤解される。営業妨害に加えて、熱烈なファンから攻撃されるのではないかと戦々恐々となる。

「すみません。番組スタッフには、あの場面はくれぐれもカットするように伝えておきますので」

「当然です。くれぐれも頼みますよ」

「桟原は、たまにああやってアドリブが暴走して一般人を巻き込むことがあるんです。まぁ、それがライブや生放送番組とかでウケてるみたいなんですが」

「でも、冗談が過ぎてますよ」

「しかし、探偵さんもちょっと今回は桟原に近づきすぎましたかね?」

 この発言には、さすがの俺もカチンと来た。この男は、どういうわけか、ときどきとんでもなく失礼な発言をする。

「何をおっしゃる!? 襲われた場合には守ってくれって言ったのは、そちらでしょ!?」

「あれは、桟原の発言であって、私の意図したものではありません」

「は? どういうこと?」探偵に依頼する内容が、桟原とマネージャーとで一致していないというのか。

「私からの依頼は、あくまで桟原から一定の距離を空けて調査を続けてください。調査は、すみませんが、当初の予定通り続けてください」そう言うと、市川は桟原のもとに去っていった。


 俺は混乱した。市川はあくまで桟原に変な噂が立たないように、距離をおいてストーカーを調査させたいようだが、桟原はどちらかというと俺にボディガードのような役割を持たせたがっている。

 探偵の依頼内容にボディガードなんてないので、市川の依頼内容に忠実に従えばいいのだろうが、この認識の差は何を意味するのだろうか。


 しかし、俺は何となく、桟原が浅薄な考えで、俺に無茶ぶりをしてきたようには思えない。何か考えがあるはずだ。それは、『東大皇帝』での快進撃、ドッキリ企画における鮮やかなアドリブの切り返しから伺える彼女の頭の回転の速さ、そして、生放送のライブでも一切のミスをしない完璧な彼女の実行力から、推察される。

 探偵の存在をあえて表に出すことで、ストーカーを牽制している行為とも取れる。あの場には現に、四天王のうち3人(ギョートくん、キュウジ、津曲)がいた。彼らのうち誰かがストーカーで、彼らに対する警告である可能性もある。

 桟原は、市川が思う以上に、ストーカーに対して警戒心を持っているかもしれない。それこそ命の危険を感じるくらいに。しかし、市川の危機感は甘く、それこそ噂が立たないように、という体裁を保つことに固執しているのかもしれない。だから、警察にも相談をさせてもらえなかったのでは。


 ただ、憶測はどこまでも憶測にすぎない。憶測を根拠に変える材料は明らかに不足している。

 今後、どうなるか分からないが、もしストーカーが思い切った行為に出たら、後の祭りである。最悪の事態を想定して、もし本当に命の危険がある場合には、市川の指示を無視して守りに行かないといけないな、と俺の中で方針を見出した。


「しかし、お兄さんも人が悪いなぁ。探偵さんだなんて」

 背後から津曲が声をかけてきた。津曲の存在をすっかり忘れてしまっていたので、思わずビクンと身体を震わす。それは素性を隠していたことの後ろめたさゆえかもしれない。

「悪く思わないでくれ。人にはそれぞれ事情ってもんがあるんだ」

「分かってますよ。しかし、何でけてるんです?」

 この男は事情を察そうとせず、あからさまに聞いてきた。しかし、依頼内容は言えるわけがない。

「それは、悪いけど言えない」と、言ったものの、この男は、桟原の情報を持っているかもしれなかった。な対応をして良いものか。もちろんこの男自身がストーカーの可能性もあるが、譲歩するふりをして情報を聞き出すことも必要なような気がした。瞬時に考えて、俺は発言を続けた。「でも、ここだけの話だが、桟原さんの安全のために動いている、ということは間違いない。そこで津曲さん、あなたは何か、彼女が何か困ってることとか悩みとか知ってるか?」

 津曲に質問して5秒ほどの沈黙。嫌な予感がした。津曲は品定めするように睨んでいる。探偵に情報を流しても良いのか。それより以前にこの男が信用できる人間なのか。

「名刺あります? サジコ様のことだから間違いないと思うけど、念のため素性を確認させてもらいます」

 やはり、俺のことを警戒しているようだ。よれよれの財布の中から名刺を取り出して津曲に渡した。

「我妻興信所の我妻強さん。確かに探偵さんのようですね」

「依頼内容については言えないが、彼女の身の回りのことについて教えて欲しい」

「いいんすか? 俺が信用できる人間か確かめなくても?」

氏素性うじすじょうを聞いただけじゃ、信用できる人間かわからないだろう」

「確かにそうっすね」津曲はここではじめて笑った。


 津曲は、千葉市内の某大学の経済学部に通う一年生だ。若いとは思っていたが、まさかのティーンエージャーである。桟原のデビュー当時からのファンらしい。桟原は現在23歳。高校生の時にデビューしているということは芸歴は7年くらいといったところか。ということは、この男は小学五、六年生くらいからファンだったというのか。

「ホントは、ファンの中でも超極秘事項なんですが、実際に密かにストーカーがいるとの情報が入っています」

「本当かい?」

「新浦安の自宅マンション近くにつきまとっている小太りの男がいる、と」

 その瞬間、俺の中で激震が走った。小太りと言えば、まさに今朝、マンション前にいたではないか。やはりあの男はストーカーなのか。

 いや待て、結論づけるのは早い。桟原はあの男と面識があるようだった。しかも、小太りなんてよくある特徴だから、同じ特徴の別人かもしれない。

 それよりも、何で津曲は彼女の住所を知っているのか。ファンの間では周知の事実なのか。

「小太り? 誰の情報?」

「市川さんっす。あ、マネージャーさんっす。実は、もしその男を見かけて、知ってる人だったら、止めるように働きかけてほしい、とも言われています」

 俺は、この瞬間、数え切れないほどの疑問符が頭の中に湧いた。

 まず第一に、マネージャーは、いちファンに過ぎない津曲に、これほどまで機微な情報を流していること。 

 第二に、こんな重要な情報を、なぜ津曲が知っていて俺が知らないのか。小太りという、外見的な特徴を掴んでいれば、正式に依頼契約を締結した俺に、通常真っ先に知らせる義理があるだろう、ということ。

 第三に、なぜいちファンに同様のお願いをしているのかということ。スキャンダルになるし、大事おおごとにしたくないから、探偵に極秘に依頼してきたにも関わらず、その依頼を津曲にもしているのは理屈が通らない。ひょっとして津曲は、市川の信頼のおける人物なのだろうか。


 俺は混乱して、少し茫然自失として、危うく津曲の前であることを忘れていた。しかも現場は撤収する雰囲気になっている。尾行しなければならない。

「ありがとう。とっても参考になった。悪いけど、俺は仕事があるから」

 そう言って、俺は、津曲に別れを告げた。

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