2‐13
「ええええ? それでパパと結婚したの?」耀は驚きの中にショックを滲ませている。
「そう。でもパパだって、大東くんのことを理解してたから、私の告白を最初は断ってたよ。でも、私は本当に諦めが悪かったの。だからパパを恨まないで」
「そんな……」耀の胸中には複雑な感情が渦巻いているように見える。
「大東くんは泣いていたのを覚えてるけど、当時は何で大東くんが泣いてるのかなんて分からなかった。記憶がなくなって、大東くんのことは赤の他人と思ってたから、その人と付き合ってましたと言われても納得いかなかったから……」
「じゃ、何で、大東社長といまになって会うことになったの……!?」咎めるような口調で耀は追及する。
「それは、パパの仕事が順調すぎたから……」
「どういうこと?」
「パパと私が結婚してから、パパは大東くんと会いにくくなって、仕事の拠点を千葉に移して、姫総デザインを起業したの。でも、順調な経営は、姫総の名を嫌でも業界全体に知らしめることになる。そのとき、パパの活躍を知って、旧友を訪ねに来た大東くんは、事務所の近くに来ていた私とバッタリ会ったの。本来なら記憶喪失になった私にとっては赤の他人だし、何もないはずなのに、その瞬間記憶が蘇ったの」
「嘘!?」
驚いて当然だろう。私も最初に聞いたとき、そんなトレンディ・ドラマのようなことが現実に起こったのか、と疑ったくらいだ。
「大東くん自身、信じられない顔をしていた。私は大東くんと付き合っていたことも思い出して、当時の恋心が蘇ってきたけど、どうすれば良いのか分からなくなった。大東くんは私のことをずっと好きでいてくれて、独身を貫いてたほどだから、思い出してくれたことを涙が出るほど喜びつつも、いまは『姫野』姓となった私を、パパから取ろうなんてしなかった……」
「じゃ、じゃあ! どうして大東社長と会ってたの?」耀はやはり納得がいかない様子で、怒りの表情が垣間見えた。
「最初は当時のお詫びをするつもりで私が誘ったの。ご飯でも行きましょうと。そこでお互い好きな気持ちをリセットするつもりだった」
「……」
「でも、それが間違いだった。いま思うと。そのたまたま1回の食事の現場をキャッチされたの。週刊白鷺の記者にね」
「えええ!?」
「しらさぎ社は、最近続いている建築業界の闇やスキャンダルをすっぱ抜こうとしていて、名高いハウスメーカーや工務店の営業方法や建築の特徴、それに社長のプライベートまで探っていたんです。しらさぎ社は私たちの食事の現場を、大東京ハウスの社長による略奪愛みたいな感じで記事にするかと思いきや、大東京ハウスよりもっと
「ちょっと待った。何で陥れたいと思われてんねん? 個人的な恨みでも
「はい。
「せやから、恨んどったんですか?」
「ええ。度重なるスクープであらゆる業界を吊し上げてきた雑誌社に、唯一土をつけた主人に、並々ならぬ恨みを抱いていた。食事の現場をキャッチしたあと、大東くんに迫ったそうです。姫総を吊るし上げるために協力してくれ、と。大東くんはそんなことできないと必死に抵抗したのですが、卑怯なことに週刊白鷺は、別に大東京ハウスのスキャンダルをいくつか掴んでいて、言う通りにしないとこれを暴露すると脅してきたそうです。ライバル社と言ってもかつての級友の主人のスキャンダルの
「ひどい悪徳雑誌会社や。アタシも個人的にしらさぎ社は好かんねや」妻は、指をパキパキ鳴らしながら悪態をついている。ちょっと怖い。
「それで白日の下に晒されたのがあの記事なんです。けど、原因を作ったのはまぎれもなく私。本当にいまさらだけどごめんなさい」舞は深々と頭を下げた。
姫野舞がすべて打ち明けた後、妻は私たちの方を向いた。
「強とガリツマちゃん。これは、ちゃんと調査報告書としてまとめたんやろうな?」
「もちろん。徹夜で仕上げたよ。裁判で提出できるくらいの内容にはなってる」
「ご苦労やった」
「パパには言ったの? このこと」
そうだ。耀の求めるところは、円満な家庭を取り戻すことだ。耀にとってイチバン気になることを、舞に確かめている。
「これから言うつもりよ。結果的に
「最後に聞くけど、いまでもパパのこと好きなの?」
「当たり前でしょ。一時期は忙しすぎるお父さんに嫌気が差したこともあったけど、嫌いなわけじゃない。いまでも大好きなのよ。でも、私が好きな気持ちとお父さんが私のことを好きなのとは、関係のないことだよね……」
「関係なくない。少なくとも私にとっては」耀は主張した。「私も含めてみんな仲良しの家庭。これが私がずっと願ってきたことなんだもの」
「耀ちゃん……」
「もしママ一人でお父さんに言うのが自信ないときは、私も行くし、我妻さんにも行ってもらうから」
「えっ?」すっかり油断していた私は、思わず目を見開き、我ながらマヌケな声を出してしまった。
「それは申し訳ないから、私1人でお父さんに謝る。でも、どうしても難しいときは耀ちゃんに頼むかもしれないし、探偵さんの力も借りることになるかもしれないわね」
「お任せください、この津曲創が協力しますよ」
「悪いけど、我妻さんがいい。お兄さんいると、話しこじれそうだし」
盛大にずっこける津曲をよそに、「そ、そうか。分かった」と私は小さく頷いた。断れる雰囲気ではない。
「さっそく、今夜パパに謝ろう」
「うん」
そう言うと、姫野舞は涙ぐんだ。
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