2‐12

 津曲は胸を張っている。

「サウザンド・リーフズと大東京ハウスは、ずぶずぶの関係のようっす! 大東京ハウスの不正をすっぱ抜こうと、別のライバルハウスメーカーがサウザンド・リーフズに依頼したことがあったみたいですけど、大東京ハウスに買収されて、不正はないっていう嘘の報告書を捏造したり、その見返りとして、事務所のテナント使用料を、大東おおひがし社長の口利きでタダ同然にしてもらったり、互いに便宜を図り合っている仲だそうっすね。何と、サウザンド・リーフズの代表取締役の家が松濤しょうとうにあるらしいですけど、こいつも大東社長が格安で造らせたみたいで……」

「でかした! ガリツマちゃん、いーねぇ!」

 妻はなぜか津曲のことを、業界用語よろしく、『ガリツマ』ちゃんと倒語で呼ぶ。痩せてる妻みたいな、変な印象を抱かせるので個人的にはいけ好かないのだが。そしてなぜか、妻は津曲のことを評価している。

「ま、俺にかかればこんなもんっすよ。で、今回も、大東京ハウスがサウザンド・リーブズに働きかけて、姫総デザインの評判を落として画策したっす。本当でも嘘でも構わない。名誉を貶めてくれってね」

「じゃ、いちばんの黒幕は大東京ハウスで決まりやな」

「と、俺も思ったんですけど、事実はもっと複雑なようでした。話は過去に遡ります」

 そう言うと津曲は一つ息をついた。



「姫野淳社長は、首都工業大学工学部建築学科の出身っす。そして、Jヶ……、じゃなかった、耀さんのお母様、姫野舞さんも同じです。工業大学には珍しい女性で、耀さんのお母様だって事実からお察しのとおり美人で、男子学生のマドンナ的存在でした。そうっすよね? 耀さん」

「まあ。何か余分な情報含まれてますけど」

「そして、何と大東さんも同じ大学の同級生だったようっす。大東さんは父親が創業した大東京ハウスの後継者になるべく首都工業大学に通っていました。この3人は同じ大学の同じ学科、同じ学年だったんです。狭い学部内で同じ建築士を志す仲間。仲は良かったようです。そして、大東さんは舞さんに好意を寄せていたようですね」

「本当に?」

「ほんまに? よぉ調べたな」

「社長のことをよく知ってるパートタイマーの事務スタッフのおばちゃんを見つけまして、まぁこれが饒舌じょうぜつな人でね。何でも、大東さんの実家の近所に住んでて、小さい頃から知っているそうで、そのよしみで大東京ハウスの事務員をやってるみたいっす」

「さすがや、ガリツマちゃん!」

 妻は評価しているが、随分と大胆な聞き込みだと思う。調査の方法はヒヤヒヤさせられるが、なぜか悪運が強く、結果的に貴重な情報を得てくるというのが、津曲の強味だ。

「大東さんは学生時代、舞さんに猛アタックしたようですね。恋敵こいがたきが多い中、アタックが功を奏し交際するはずだった」

「はずだった?」


 ここから先の顛末は、もちろん私も共有している。でも我々で話してしまって大丈夫か悩まれる。少しデリケートな話なのだ。実は私は、秘密裏に姫野舞に接触していた。本当はいけないが、耀が調査目的確認書に記載した自宅の固定電話にこっそり電話した。姫野淳と耀が外出している時間を狙って。

「津曲、いったん待ってくれ」

「どうしたんすか?」

「本人に話してもらったほうが良いだろう」

「え? 本人って?」

「姫野舞さん本人だ。本当は褒められたものではないが、依頼人の悩みを円満に解決するためにも、依頼内容を話したんだ。そして、何があったのか、舞さんの口から話してもらえませんかとお願いしたら、承諾してくれた。そしていま、事務所の外で待ってもらっている」

「えええ!?」いちばん驚いたのは耀だ。「何で言ってくれなかった!?」

「無断でやったことは謝る。でも私は、依頼をただこなすだけでなく、奥底に潜む悩みまで解決したい。探偵というよりも人間として」

「……」耀は憤りとも諦めともとれない複雑な表情をしている。

「お入りください」私は静かに事務所の外にいる舞を呼ぶ。ガチャリと扉が開くと、彼女は入って一礼した。

「この度は私と、私の夫、それから娘の耀がご迷惑をおかけしました」

 津曲は尾行して、その姿を確認しているが、私は姫野舞に会うのは初めてだ。確かに津曲の言うよう、耀と顔は似ていて、高校三年生の娘がいるようにはとても見えないほど若く見えた。

「ママ!」

「ごめんね。あなたには相当な心配と迷惑をかけちゃったわね」

「何があったの!?」

「先程、津曲探偵さんが仰ったように、大東くんは私のことを好きになってくれた。私はその気持ちに応えて、デートをすることになった。何か、こんなこと言うのも恥ずかしいけど、2人とも建築関係の仕事に就くことが夢だったから、建築ラッシュのお台場で、ビル工事を眺めるというデートコースだった。そしてそのことは当時のパパも知っていたの。3人は仲良くてプライベートな情報も話し合う仲だったから」

 耀や妻は、舞の口から何が語られるのか、ゴクリと息を呑んで見守っている。舞は続ける。

「当日、あいにく台風が近づいていて強風が吹き荒れていて。そこで不運なことが起こりました」

「不運なこと?」

「私たちに、鉄骨の資材が落ちてきたの。ちょうど、格安で受注するいわくつきな建築会社だったみたいなんです」

「えっ?」耀は知らなかったのか、口を抑えている。

「落下した鉄骨は私と大東くんを襲った。でも間一髪命は助かった。実は、パパは、お台場の建築現場に杜撰ずさんな安全管理で工事をしている会社があることを見抜いていたのよ。だから、心配でこっそりと私たちをつけていた。そうしたら、ちょうど読んでいたかのように、鉄骨の資材が落ちてきたから、姫野さんはタックルで私たちを突き飛ばした。そして、大東くんは無事だったんすけど、私は鉄骨がかすってしまった。かすったと言っても大怪我です。頭から血を流し気を失って、救急車で運ばれたみたいらしいの」

「それで、ママのおでこって──」

「そう。そのときのものなのよ」舞の額の傷の正体がここで明かされた。

「命は助かったけど、私は大東くんの記憶がなくなった。と言うか、建築学科の級友のことを忘れてしまった。逆行性健忘っていうみたいね。代わりに命の恩人であるパパのことを好きになってしまったんです」

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