2‐14
結局、その後、姫野舞と耀は、姫野淳に事の顛末をすべて話した上で、謝ったそうだ。一連の騒動の原因が、妻が発端となっていたことにひどく驚いたそうだが、元来鷹揚な性格の淳は、舞を糾弾することなく、受け容れてくれたという。それどころか、忙しすぎて迷惑かけたと逆に謝られたとか。そういうわけで、めでたく私が弁解に駆り出されることなく、姫野一家の家族円満は取り戻されることになった。
そして、スポーツ
他方、日々通信社は、取材にも節度を守り、偏りのない多角的な取材に基づく記事が評されている。実売部数も記事のインパクトも週刊白鷺には及ばないものの、記事の信憑性も公平性も圧倒的に高い、というのが妻の見解である。スマートフォンのニュースは読むものの、どの雑誌社が出している記事なのかを注目したことはあまりなかったし、ましてや芸能の記事はほとんど読まない私にはよくわからない話だが、とにもかくにもそうなのだと強く念を押されたので、取りあえず相槌を打っておいた。
妻によると、その後様々な情報番組において、週刊白鷺の記事の
そして、依頼人の姫野耀にも感謝された。
「いやー、礼には及びませんよぉ!」と胸を張るのは津曲だ。確かにこの件については津曲の功績は大きいが、いちばんの感謝の対象は私であるという。
「津曲さんも、よくあそこまで調べたと思うけど、いちばん礼を言わないといかんのは我妻さんだな。ありがとう。感謝してます」
気の強い妙齢の女性にはありがちなのか、敬語とタメ口の混在した謝意の表明だった。
「こっちは仕事ですから」私は短く返した。素っ気なく聞こえるかもしれないが、仕事以外で女性と会話するのは不得手なのである。
「変な探偵社に依頼したら、調査はテキトーに済まされ、依頼料だけはいっちょまえに取られてたところだと思う。でも我妻さんのとこは違った。依頼人のことを真剣に考えてくれている。人間として素晴らしいと思う」
こんなに褒められることが普段ないので、嬉しいを通り越して、何だか
「どういたしまして」そう返すのが精一杯だ。しかし、その次に耀から発せられた言葉は、意外すぎるものであった。
「ところでお願いなんだけど──」
「ん?」
「私をここで雇ってもらえないかな? いや雇ってくれませんか?」
「はぁっ?」
一瞬耳を疑った。
「ほんとに? 耀ちゃん来てくれるの? 超絶ハッピー!」
「津曲さん、黙ってくれる? 別にあんたはいてもいなくてもいいの。私は、ここで人生勉強をしたいの」
探偵事務所で働くと人生勉強になるというロジックが理解できない。耀は続ける。
「だってさ、私はお嬢様としてチヤホヤされてきて、何不自由なく暮らしてきたけど、それじゃ社会に出たときにすごく困ると思うの。世の中の仕組み、世間や人間の闇の部分に触れて、全面的に解決する我妻さんのところで色々勉強すれば、人間的に勉強できると思うの。それに──」
「それに?」
矢継ぎ早に想いを伝える耀がいったん間を置いた。何だろうか。
「それに、我妻さんの奥さん、超絶美人でカッコいいじゃないっすか。私、女として尊敬しちゃった。実はもうすでに仲良くなっちゃったんだよね。
何を勝手なことを。人事の決定権も私のはずなのに、完全に形だけのものになってしまっている。
「わ、分かりましたよ。でも高校は大丈夫なの? 受験勉強あるでしょ。そもそも校則で禁止されてるんじゃないの?」
「大丈夫。私、AO入試でもう合格決まっているし、校則も別にバイト禁止してないし」
「そうなの?」
もはや仕組まれているのではないかというくらい、問題がクリアされている。
「ま、そういうわけなんで、土日はそっちに行きます。探偵業を伝授してくだされ。雇用関係の書類、アタシのメールに送っといてくださいね。秒で返しますから」
晴れやかな顔をしてそう言うと、颯爽と耀は去っていった。
もともと、この我妻興信所は、大所帯にするつもりはなかった。雇用が増えれば、たとえアルバイトであっても人件費が嵩むわけだし、依頼も増えなければいけない。もちろん人が増えれば、交代で張り込みをしたり、受付を任せてもらったり、自由度は増えるが、どうもあの子は、妻と気が合うあたり、暴走しないだろうか。
果たして私に
†
帰宅後、さっそく妻には文句の一つでも言ってやらないと気が済まなかった。妻には「はい」か「すみません」しか基本言わない私だが、このときばかりははっきり言わせてもらう。
「勝手にJKの採用を決めないで欲しいな。もし依頼が増えないと、僕の給与を切り詰めて支払わないといけなくなるよ。あの、これから家も買うのだから、一言相談してほしかったです……」
やはり最初は勢いよく物申してやろうと思っても、妻に面と向かうと頭でっかち尻すぼみな物言いになってしまう。
「あ、そのことなら問題あらへんで」さらっと妻は返答する。「実は隠しとったんやけどな?」
「隠しとった?」
「アタシ、
YouTuverとは動画配信サービス『YouTuve』で動画をアップロードする者を指す。再生回数が多いと、広告収入が手に入り、それだけで生計を立てる人もいる。
「はぁ?」私には初耳の内容だった。「何だって?」
「ま、アタシさ、このとおりビジュアルが無敵やろ? 子持ちの人妻やけど、ちゃんと需要はあるのさ。ゲーム実況『美人人妻が関西弁でバイオハザードを実況してみた』がバズってな。おかげさまでええ仕事させてもろうてんねん」
そう言うと、妻のスマホにYouTuveの当該動画が流れた。妻がマシンガン型のコントローラーを所持しながら、「お前、何メンチきっとんじゃ! しばくぞ! オラ!」という怒声とともにゾンビが
「ま、そゆことで、心配無用や。今後も仕事頼むで」
茫然自失している私のことなど意に介さず、笑顔で私の肩を叩いた。
†
11月8日の土曜日が姫野耀の初出勤だ。
「おはようございます!」
依頼人のときの顔は神妙な顔つきであったが、もともとは
一方の私は、テンションが低かった。別にJKの初出勤が嫌だったわけではない。その原因は自分にある。
「我妻さん、何かテンション低いですね! お疲れなのかな?」
思い切り疲れが表面化していたのだろうか。見事に見破られる。
「いや、大丈夫だよ。今日からよろしく」
そう言ってその場を取り繕ったが、昨日の家庭内の
あそこまで、妻の機嫌を損ねたのは何年ぶりだろう。
そして、その日の相談者の依頼内容は、また一風変わったものだった。
【Case 2 おわり】
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