2‐6
次の日も引き続き素行調査を行う。今日はまさか店に客としてに入るわけにはいかない。だから店の外で張り込みを行うわけだが、さすがに終日1人でそれをやるのは辛い。
だから津曲にも協力を請う。
独立したての津曲もいなかった頃、よくトイレも我慢して張り込みを行っていたと思う。もちろん極力、飲水は控えて任務にあたっていたわけだが、最近は歳のせいか、トイレも近くなってきているように思う。昔はよく一人でやっていたもんだと我ながら感心する。
午前中から午後2時頃までを津曲。午後2時以降を私、という
「ふーっ、大変でしたよ我妻さん」
午後2時の引き継ぎのはずが、調査対象者の淳があちこち外回りをしているおかげで、うまいこと予定の時間に津曲と落ち合えなかった。
津曲は顔に似合わずバイクを持っており、何とか淳を追跡できたものの、今日は
「本当、あんなに遠くに行くとは思わんかったっすよ。これ、高速乗られたらアウトっす。僕はバイクだから良いけど、我妻さんは原付ですし」
確かにそうだ。私も本当は車を使いたかったのだが、妻が急遽「今日、車使うことにしたんや」と言うので、やむなく私は原付になった。
ちなみに、妻が何のために車を使うのかは聞いていないし、聞いたところで車の使用権が私に来ることはない。だから聞いていない。
「でも一応契約のときには言ってある。調査対象者が急遽、車や電車などに乗って、追跡不可能になる可能性がある、ってさ」
「そーですけど、社用車買いましょうよ」
津曲はぶつくさ文句を言っているが、確かに原付は何かと限界がある。車の購入は零細探偵事務所ゆえ辛いところだが、中古のコンパクトカーや軽自動車あたり考えてみないといけない。
「まー、とにかくお疲れさん。で、対象者の動きは?」
「寂れた古民家に入っていきましたよ。そこで1時間ほど何か話していたようです。何と話していたかはわかりませんが、話し相手の姿は確認しました」
そう言って写真を見せてくる。そこには昔ながらの古いトタン屋根の家の前に40歳代と思しき夫婦の姿と、ブルーのポロシャツを着た姫野淳が写っている。古民家の持ち主にしては若い。
「サンキュ。確かに相当古そうな家だな。この人達はこの家の持ち主なのか?」
「いえ、たぶん違うと思います。古民家には停まっていた車は
「分かった。推測だが、おそらく土地相続人がいないのだろうな。今日対応した夫婦は、古民家の持ち主の子ども夫婦か何かで、すでに都内に住んでいる。他に相続したい兄弟もいなくて、売ろうとしているんじゃないかな?」
「そうなんですか」
「この姫総デザインは、工務店だが土地売買の不動産仲介もやっている。それも急速に手を広げているようだ。千葉市だけじゃなくて、市外の比較的遠いところも姫総デザインが進出している」
まさに、うなぎ登りの勢いだ。千葉という東京にアクセスしやすい好立地で、注文住宅を比較的安価で提供する。そんな夢のような話を多くの人に分け与えて実現させる。どれくらい安いのかは分からないが、テレビに取り上げられたりして、相当な努力がいまの業績に繋がっているのだろう。
私は一つ重要なことを確認せねばならないのを思い出した。
「そういや、調査対象者を別の探偵も追ってなかったか?」
「え? そんなことないと思いますけど」
「本当か? 実はサウザンド・リーブスの連中も張ってたんだ?」
「サウザンド・リーブスって、我妻さんの黒歴史の──」
「黒歴史ってほどじゃねぇよ。でもあいつらは何か不気味だ。でも、いなかったんだよな?」
津曲は
「ひとまず、ご苦労だった。今日はもう上がっていいぞ」
今日は、特に相談者からの予約は入っていない。しかし、津曲からは意外な返事があった。
「いや、ただ事じゃないことが起こってますね。俺の勘ですが、姫総の社長と大東京ハウスの社長には、ただならぬ因縁があるんじゃないかって思ってるんです。JKの身に何かあったらいかんので、俺も独自に調査を進めていいですか?」
†
津曲は依頼人が美人JKだからという不順な動機でそんなことを申し出たと思っていたが、なぜか目つきは真剣だった。奴の言う『俺の勘』の根拠は教えてくれなかったが、こういうのは馬鹿にできない。津曲は私に、サウザンド・リーブズの会社のことを聞いてきた。何をする気かは分からない。聞いたけど教えてくれなかった。
「今回の調査の妨げにならない程度にやります。悪いようにはしませんから安心してください」
そんな殊勝で
一方の私は、張り込みを続けなければならない。2時間くらい張っていると急に動きがあった。再び淳が車に乗り込もうとするので、慌てて私も原付に
忙しい男だ。現在は午後6時半を少し過ぎた頃。日はかなり傾いて暗くなりつつある。ライトを点けるが追跡しにくい状況だ。何とか追わなければ。
今日は国道14号線に乗って西方面に向かっている。淳は急いでいるのか、ぐんぐんスピードを上げていく。
そのとき私の前に割り込むように車が侵入してきた。そして瞬時に気づいた。
「ここでサウザンド・リーフズかよ」私は原付を
何で昼間は姿を見せなかったのに、薄暮になってから彼らは動き出したのか。よく分からないが、いまはそんなこと考える余裕はない。
車は船橋市を越え、市川市に入る。本当に千葉を縦横無尽に走っている。
サウザンド・リーフズはぴたりと淳の車をつけている。その証拠に、ギリギリで赤に変わるタイミングでも、淳の車が進入すれば、いくら対向車線の右折待ちの車にクラクションを鳴らされても突き進んだ。私もその車の左後ろにコバンザメのようにくっついて、右折車両を掻い潜るように猛進した。
こんな大胆な尾行じゃ、さすがに淳に気付かれるのではないかとヒヤヒヤした。でも、本当に淳は急いでいるみたいで、例えば路地に入って
JR総武線の市川駅に近づいたあたりで、ようやく減速した。ここは駅前の繁華街──からちょっと外れたところ。商業施設もあるが、やや寂れた店が混在する住宅街であった。
コインパーキングに淳は停める。そして、小走りで淳はどこかに向かう。目的地はどこだ、と思っていると、そこは意外なところだった。
『ナイトラウンジ・ドリーム』という文字とともに数名の艶麗な若い女性の写真が目を引く看板の店に入っていったのだ。
「仮に、姫野淳の向かう先が風俗店だとしても、必ず店に入って追跡してくださいね」
耀は依頼時そう言った。正直困った。てっきり、またどこかの土地探しにでも出かけているかと思ったが、まさかプライベートでこんなところに羽根を伸ばしに来たとは思わなかった。
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