第22話 火と水の仲は深まって
滔々と流れる川の流れに沿いながら、弥太は休まずに進んでいた。
辺りは当に暗くなり、空には六分目くらいの月が輝いている。
水面をキラキラと月の雫のような輝きが煌めいており、夜の帳の暗さがその美しさをひと際引き立てている。
そんな中、月の容を見て弥太は千吉を思っていた。
千吉、まだ寝ているよね。いい夢見ているかな?
おいら、千吉が起きた時に色々お話できるように頑張るからね。
怖いのぜんぶやっつけたら、起きた時、褒めてくれる?
(弥太は強い子、優しい子。無理はしないで、一休みしましょう)
ふわりと誰かが頭を撫でてくれたような気がして、
「うへへへ」
と弥太は声を上げて笑った。
「ちょっと、いきなり何うすら笑ってんのよ。きもちわるいじゃない」
蘇芳が直ぐ上を飛びながら弥太に当てこする。
「お腹空いたから、少し休もうと思って。すお姉、どう?」
蘇芳は応える前に高く飛んで辺りを旋回すると、一休みするのに程いい岩場を見つけた。
「この先の岩場が良さそうね。あんた、水の中でなくても寝られたりするの? 変な奴がうっかり出てきても、水の中だと上手くできないから、外に居て欲しいんだけど、どうなの?」
かなり、つっけんどんな物言いで、うっかりすると意地悪な物言いに聞こえるのだが、
「うん、おいら、何処でも平気ィ。ありがとう、すお姉」
と弥太は明るく笑顔でお辞儀した。
弥太は蘇芳から漂う優しくて良い香りで、蘇芳がどういうつもりなのか何となくではあるが、よく分かっていた。
「ふ、ふんっ。そ、外で寝られるのなら、それでいいのよ。ちゃんと見えるところに居なさいよ。あと、お礼なんかイイから」
蘇芳は真っ直ぐな弥太の心根をもろに喰らって、大いに照れていた。
「ここで一休みするわ。アンタ、食べ物は何かある?」
蘇芳は照れ隠しなのかどうなのか分からないが、急に親のような物言いになる。
「うん、これっ」
甲羅の隙間から、丸々とした艶の良い茄子を取り出した。
「瑠璃姫様と大きな龍の神様に貰ったの。すんごく美味しいよ。すお姉、一緒に食べよ」
「気持ちだけ貰っておくわ。青物には興味ないし。あたい、その辺に居る沢蟹とか川魚とか適当に食べるから」
「おいら、捕ってこようか?」
蘇芳はすかさず勢いよく動き出そうとする弥太を止まらせる返事をした。
「自分で捕るっ。何か、アンタにそんな事させたらいけない気がするし、それにね、ほら」
蘇芳が右の翼を一振りすると、金色の光の粒が巻き起こり、川岸に鮎や鯉などの川魚が色々と跳ね上がって来た。
「うわあ、凄いっ、すお姉、凄い」
蘇芳の技に大いに驚き喜んだ弥太は、上がって来た川魚の全てに、所々変な暗い影のようなものが、纏わりついているのを見て顔をしかめた。
しかもその暗い影は、何やら蠢いているように見える。
あれは良くない匂いがする。
「すお姉、この魚、食べたらお腹壊すよ」
「あら、何でよ。黒い奴が付いていて美味しそうじゃない。あたいからしたら、アンタの茄子の方がピカピカし過ぎて、お腹壊しそうよ」
蘇芳の瞳は魚に纏わり蠢く黒い影に釘付けになっていた。
「ええ、あれって良くない匂いがするよ」
「大丈夫よっ。あたい、久々に美味そうって感じているし。あれくらいで下手はうたない。わかった?」
「うん、分かった」
弥太は、頷くと、近くの岩に腰かけて茄子を頬張った。
口の中に広がる紫色の豊潤な味と香りに、舌鼓を連打しながら、蘇芳を見ていた。
蘇芳は川岸に打ち上げられた魚を見据えて、
「ん-、美味しそう」
そう呟いて大きく嘴を開くと、空気ごと吸い込み始めた。
朱金色に輝く火の粉が辺りを舞い、ほどほどの数があった鮒に鯉に鮎等の川魚の黒い影の部分から覆いはじめ、遂には全てを炎に変えて鱗の一枚さえも残さず、蘇芳の腹へと収まっていた。
「へえ、火ィのこぉにぃしてぇたべるうんだぁ」
もしゃもしゃと極上の茄子を味わいながら、話しかけているのか独り言なのか分からないような言葉を発する弥太へ、
「ほら、大丈夫って言ったじゃない」
と、蘇芳は弥太に当然という顔をしながらも、炎を食べている自分に内心腰をぬかしかける程に驚いていた。
うっかり気を抜くとへたりそうな足に力を入れ、踏ん張っているのを気取られないように、居丈高な顔つきで辺りを睥睨している。
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