第21話 弥太の決意は安堵と共に
「弥太坊っ、やっぱりあたいと空を飛んでいこう。早くつくしさ。もたもたしないで済むじゃない。ほらっ」
弥太は何度目になるか分からない蘇芳の急き立てに、
「空を飛ぶのは嫌っ、怖い。それに水の中を行けば水が色々教えてくれるって言っているでしょ? だから、水の中を行くの」
と、これまた何度目になるか分からない言葉を、しっかりと想いを込めて返していた。
弥太は相棒の千吉から言いつかっている事が色々あり、その裡の一つに、困ったり分からなかったりする時は、必ず川へ行き川の水の中を行け、水が色々教えてくれると言われたものがある。
何故そうしなければならないのか、などと言う事は関係ないし、考えたこともない。
千吉がそういうからにはそれは正しい事だからだ。
だって、相棒だもの。
相棒っていう言葉の意味すら実はあんまり分かっていないのだが、あいぼうは相棒なのだから、問題は無い。
蘇芳はそんな弥太を何となくではあるが見透かしていた。
あの子、そんなに考えていないんでしょ。
はぁ、と一息、人がため息をつくのと同じ意味合いの、羽繕いをちょいちょいとすると、先ほど見た光景を思い出していた。
お日様が昇る東へ向かうには、この川は不適切なのだ。
流れが大きく北側へ蛇行しており、大いに遠回りで、しかも途中で産霊の森が途切れた先に、雪原らしきものまであった。
有無を言わさず運んじゃおうかな。
何度もそう思ったのだが、何故だか誰かにそれはいけないと窘められているような気分になり、出来ずにいた。
あたい、こんなんだったっけ?
なんか変なの。
想う通りにならない自分の気持ちに少しばかりの違和感を覚えてはいるものの、そんなに深く悩まない性質のようだ。
「まあ、しょうがないか。川を行くとしても、水の中に潜んないでよね。分からなくなるから。浮かびながら泳ぎなさいよ」
弥太にそう云いつけながら、疲れたら甲羅に泊まって行こうかな、などと、自分の大きさを顧みず、手前勝手にとりとめのない事を想う、蘇芳であった。
「潜らないの? うん分かった」
素直に頷きながら、弥太はそんなこんなで色々と言い合いできる安心感を伴連れに、出来る事を素直に喜んでいた。
早く行かないといけないよね。
時間が無いって、言っていたし……。
急に不安な気持ちがむくむくと湧き起る。
すると、
(慌てないで、よく考えて。何をしなければいけないのかを、しっかりと見つけなさい)
誰かが優しく頭を撫でてくれたような気がして、ふっと肩の力が抜けて往く。
何故旅に出なければならないのか?
知らない猫のお話で、怖い生き物と教えられている人間を助けにどうしていくのだろう?
不意に疑問が心の表に浮かび上がる。
怖いのは嫌だし、とっとと山神様の、千吉の許へと戻りたい。
でも、おいらにあの猫は助けてくれって言っていた。
助けてくれって……。
おいら……ほかの誰かが怖いのはもっと嫌だ。
千吉も困っていたら、やれる事でいいから助けてやれって言っていたし……。
うん、おいら、頑張って行ってみる。
新たな決意を眼に宿した弥太の眼前には、広々と広がる産霊の森の間を割るように流れる何処までも続く大きな川がある。
濃い緑と根雪の白さを所々に残し、傾きかけたお天道様が森を水面も赤く輝かせて飾り付け、祝福しているのか誘っているのか分からない程の、深い深い美しさを湛えていた。
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