第20話 炎の金色の鳥は

「よし、じゃあおいら用意するから、ちょっと待っていてね」


 弥太は川の中から改めて、近くの岩にとまっている、金色の躰から炎を噴き上げている鳥を眺めていた。

 二回も攫われた相手ながらも何か怖くないというか、何処となく親しみを感じる。


 誰かに似ているような・・・・・・?


 炎を噴き上げる鳥なんぞ当然初めて見るし、今まで見てきた他の皆にも炎を出しているものに覚えはない。


 でも、何だろ? こんな感じがするの……おいら知っている……。


 小首をかしげてみるものの、思い出せないので、首を少し横に振ると、やっぱり深く考えるのを止めて、約束を果たすことにした。

 まずは炎を消し止めなければ。


 金色の鳥から燃え上がる炎はお日様の光と同じで、優しくキラキラして綺麗だ。


「ねえ、本当に消しちゃっていいの? 少し勿体ないと思うよ」


「いいのっ。何処の世界に炎に焼かれて生きていける鳥が居るのよっ。死んじゃう前に早く消してよっ。って……あれ? あたい、あたい・・・・・・は・・・・・・」


 金色の鳥は炎を噴き上げながら、何かを思い出しかけている。

 弥太はそんなことまで流石に気は回らず、水の中小さな光る渦を創り始めた。


 大天狗さん、ごめんっ。おいら、これしか出来ないし、おいらの水で元気になるなら、元気にしたい。痛いのも苦しいのもしんどいのも、全部嫌だから元気にしたい。


 弥太の心の声に想いに光る渦が応え、さらに大きく強く輝く。

 渦はますます大きくなり、そのまま水面を持ち上げ、水の大柱と化した。

 目を閉じて何かを思い出そうとしていた金色の鳥は、渦巻く大きな気配に気づいて薄目を空けると、巨大な水柱が自分に向けて迫りくる処であった。


「⁈ お、溺れてさせる気ィ?」


 と呆気に囚われながら、避ける間もなく辺りの景色ごと大水に飲み込まれた。

 余りの事に吃驚した金色の鳥は流されまいと身構えたのだが、水の流れは撫でるように優しく、息苦しくもない。

 それどころか、躰か軽く感じられるほどだ。


「なあに、これ?」


 そう言いながら水が滴り落ちる金色の翼を広げたり輝く羽毛に覆われた躰をあちこち心配げに覗き込みながらも、躰から噴き上げる炎が立ち消えている事に気付いて、安堵すると水の中の幼い河童を見た。


「ありがと。まずは、お礼を言っておくわ。でもね、ものには限度があるって知らないの? ほんとにもう、やり過ぎよ、やり過ぎ」


 川のほとりでずぶ濡れの金色の鳥が弥太に文句をつけていた。

 しかしながら、声は弾んで少しばかり嬉しそうではある。


「おいら、これしかやり方知らないし、怖いをしたならごめんなさい」


 つぶらな瞳で見上げながらぺこり頭を下げる弥太に、


「ちょっちょっ、あたいが虐めているみたいじゃない。謝らなくていいわよっ。礼を言ってんのはこっちなんだから、謝らないでっ」


 と慌てて声を荒げている。

 弥太は、この鳥から気持ちのいい匂いを嗅ぎ取っていた。


「うん。分かった」


 にっこりと笑顔を浮かべると、皿の縁をぴしゃんと叩きながら、金色の鳥を真っ直ぐに見つめて、


「下ろしてくれてありがとう。じゃあ、おいら、別の約束があって、急いで行かなきゃいけない所があるから、もう行くね。鳥さんも元気でね」


 と別れを告げて水に潜ろう背を向けたら、ガツンと甲羅に衝撃を感じたかと思うと、河原の上にそっと運ばれて、立たされた。


「何を勝手に行こうとしてんのよ。あたい、自分が誰だか分かんないし、此処が何処かも知らないし、困ってんの。あんた、見るからに弱そうだし、一緒について往けば何か分かりそうな、いいえ、何かあんたと一緒に行かなきゃって気がするから、一緒に行くわ。天翔る翼を頼らせてあげるから、ありがたく思いなさいね」


 いきなり頭ごなしに一気に捲し立てられ、少しばかりたじろいだ弥太だったが、少し前の太郎治の言葉を思い出した。


 独りでちゃんとしないといけないんだ。


「でもね、あの、おいら、独りで行かないと駄目みたいな……」


「いいのっ。あたいは問題なし。だってあたいがそう言ってんだからね。あんた独りじゃあ心配だもの」


 本心からの言の葉は居丈高でも心に刺さる。

 弥太は皿の縁をぴしゃんと叩くと考えこんだ。

 すると、何処からともなく、龍樹の声が響いてくる。


『弥太よ、汝天意を問うたものよ。問いの答えの一つなり。そこな者は名を蘇芳と言う。共に旅して共に育み共に為すべき天と地の間の者。蘇芳よ。汝はまだ転生し生まれ出でたばかりなれど、汝の思う通り、そのものと旅を行い、そのものを守り、己の真性を見つけ出せ。我等繋ぐものの役目を全うせよ。さすれば真なる全てを見いだせよう』


 弥太は、龍樹の言っている事が難し過ぎて色々理解出来てはいないのだが、中身の本質だけは何となく分かっていた。


「龍の神様、ありがとう。おいら、本当は独りは怖かったの」


 何処にいるかは分からないので、天に向かって大きく返事をしてお礼を言うと、ぺこりとお辞儀をした。

 金色の鳥は考え深く、自分の名を反芻していた。


「すおう、蘇芳……、そう、あたいの名前だ」


 頭頂部に金色に輝く王冠のような羽根が一つむくむくと生じた。


「やっぱり、あんたが要ね。あんなでかい何かに守られてんだし。あたいは蘇芳。姉さまとして頼っていいわよ。あたい、半端なく強いから」


「うん。宜しくお願いね。すお姉。おいら、弥太」


 かくして、子河童を弟に、自分が何か分からない転生仕立ての謎の鳥が姉になり、旅往くこととなった。

 目指すのは白い猫の言う、昇るお日様を真っ直ぐ見据えた三香月山の麓、鯉が淵の集落の先の河原である。

 期限は七日のうちだ。

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