第6話 空に攫われる
「い・や・だぁぁー怖いっ」
弥太は上空を滑空する大鷹の足元で喚いた。
甲羅をがっちりと鋭くて頑丈そうな爪で掴まれて身動きが取れない。
手足をバタバタさせてみるものの届きもしないし、鷹も慣れたものなのだろう。一瞥だにしない。
弥太は攫われていた。真っ白の大きい鷹に。
照り付けるお日様の光を睨みながら弥太は喚いた。
「戻してよっ。おいら美味しくないよっ」
白い鷹は聞こえているのに目を合わせようともしない。
「おいらには山神様とか千吉とか太郎治とか凄い知り合いがいるんだよ。何か願い事があるんなら聞いてあげるから戻してっ」
などと、このままだと食べられてしまうと想い、弥太は必死に説得を試みていた。
いつもであれば手足や躰を伸ばしたりたり縮めたり、甲羅の中にある程度隠れたりできるが、今は身体中がピリピリしていて思うように動かない。
眼下には深い森の木々のてっぺんしか見えず、先程までいた川の痕跡などこれっぽちも無く、もう何処なのかすら見当もつかない。
深みから川面に出て、お日様の煌めきを感じながら瀧をどう上がろうか考えていたところに、ガツンっと背中の甲羅に衝撃を感じたと思ったらいきなり空へと舞いあがったのだ。何が起きたのかすら見当も付かなかった。
しっかりと弥太を捕まえたまま、キュイーと高く一声高くなくと鷹は更に高く空へと舞いあがる。
弥太が手足をバタバタさせてもやっぱり全く意に介す風も無い。
今よりも遥かなる昔、一羽の鷹がいた。
その鷹は空高く飛んでゆくことが大好きだった。
何よりも好きだったのが抜ける様な青い空を遠い遠い彼方まで、高きにみえる白い雲のその上を目指してゆくこと。
翼を力強く振るい風に乗って飛んでいた鷹はある日傷つき地に落ちた。
もうその翼に舞いあがる力は残されておらず、せめてもと木の幹を支えとしながら空を見上げては飛びたいと願うだけだった。
とうとう動くことさえままならなくなり、空へ、ただ空へと、願い思う鷹の魂は、いつしかその躰を離れて高く空を舞った。
日の光が月光が星の光が稲妻が雨の輝きがその魂を幾度も照らし、休むことなく延々と飛び続けるその鷹の魂は、ついには光と共に常にあるようになった。
その姿に憐れみと感動を覚えた山神様は、光が鷹の魂と結びつき魂と翼が再びその形を成すように取り計らった。鷹は再び形を得て前よりも力強い翼を手に入れた。何物にも遮られずどこまでも高く力強く飛んでゆける光輝く真っ白な翼を。
山神様に再び形ある翼を貰ったその鷹は以来神域一帯を己が根城とし、誰に言われた訳でも無いのに、空から神域を護る神の鷹となっていた。
「さっきから何度も言ってるけど、おいら悪い化けものじゃないってば」
びょおびょおと切る風の勢いに負けず、弥太は精一杯白い大鷹に説き伏せようとしている処に、キュチチキュチチと囀りながら、見たことのあるモズのつがいが飛んできた。大鷹と弥太の周りを面白そうに小気味良く飛ぶ。
「ああっ山神様のところで見たっ。良かった、お願い。おいらを山神様の所で見たってことを伝えて」
モズのつがいは首をかしげながらも弥太の言葉を聴きいれたのか「キュピキュピー」と鷹に向かって囀る。
白い大鷹は不機嫌そうに「キェー」と一声発すると高い空から地上へと下り始めた。
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