第16話
取り調べが始まり、ドラマでしか見たことのない無機質な部屋の中に俺はいた。
「容疑者の様子はどうだ?」
扉を開けて入ってきたのは今まで俺を取り調べしていた男よりもだいぶ年上の風格のある壮年の男だった。
「それが…何度聞いてもずっと同じことを言うんですよ。“ 自分は優菜を取り戻すために神の使いとして世直しをしていただけ。”だと。」
真っ白な調書にお手上げだと言わんばかりの雰囲気で若い刑事は肩を竦める。
「俺が変わろう。お前も疲れただろう、休んどけ。」
「ありがとうございます。いやー、こりゃもしかしたら精神鑑定も必要かもしれませんね。」
「おい、まだそうと決まった訳じゃねえんだ。安易にそんなことを口走るんじゃねえよ。」
厳しい顔で注意をすると、しまったと思ったのか了承の返事をすると足早に部屋の外へと出て行ってしまった。
「さて、バトンタッチだ。お前さんには窮屈な思いをさせて悪いがこちらも仕事なんでね。聞いたことにはハッキリと答えてもらうぞ。」
「……。」
特に何も返事をしなくても、無視には慣れているのか淡々と話が進んでいく。
「まずお前さんの部屋に残っていた血痕と母親のDNAの型が一致した。となると、今履いている靴下に残っていた血痕も母親の物とみてまず間違いないだろうな。」
「……。」
「次に部屋もちょいと調べさせてもらったぞ。お前さん、凶器も結構堂々と置いておくんだな。部屋に置いてあるビニール袋の中から血のついた包丁が出てきたぞ。この包丁についている血は誰のものかはまだ分からないらしい。色んなDNAがついているってことでな。」
「……。」
「机の上に置いてあったノート、ご丁寧に名前と犯罪歴が書いてあった。消してある人物はもうみんな仏さんになっちまってるよな。中には連続殺人事件だって噂されてたやつの名前もあった。これも全部お前さんがやったので間違いないな?」
「……。」
「これだけの証拠が揃ってるんだ。自分は犯人じゃないなんて言い逃れは出来ないぞ?」
「神様が」
「神様が言ったんです。優菜を生き返らせてやるって。悪人を10人殺したら願いを叶えてやるって。」
「だから俺は殺したんです。これは殺人ではありません。世直しです。俺はそのために神に選ばれた人間なんです。」
ここで正しく話しておかないと、誤解されたまま本当に殺人犯にされてしまうと思った俺は、正直に事の顛末を話した。
「優菜ちゃん、というのは君の幼馴染のことで良いのかな?」
「はい。俺と将来を誓い合った仲です。」
「それはそれは良いことで…。で、その優菜ちゃんが生き返る?」
「はい。優菜は不慮の事故で亡くなってしまっていたのですが、世直しのおかげで生き返ったんです。」
壮年の刑事は困ったように頭を搔くと、どうしたものかと呟いた。
ちらりと調書に筆を走らせている刑事にも目をやるが、向こうもなんと言っていいのか分からないという表情をしている。
「あー…その、お前さんが言う優菜ちゃんとやらは、生き返っていないし、そもそも死んでもいない。」
「嘘だっ!!!」
思わず机を叩いて立ち上がってしまうが、それほどに信じられなかったのだ。
優菜が生き返っていない?
そもそも死んでもいないだと?
「だって、あの時確かに…」
確かに…なんだ?
「交通事故には確かに遭ったらしいが幸い軽傷で済んだそうだぞ。」
「だって死んだって…」
「死体は見たのか?葬式は行ったのか?」
死体は見ていないし、葬式にも行っていない。死んだと分かってからは神様に使命を与えてもらうまで部屋からもろくに出なかった。
「みんな死んだって…」
確かに母さんも“ 交通事故に遭った”とは言ったけれども、死んだとはこれっぽっちも言っていなかった気がする。
友人からの電話にも折り返して連絡を入れていない。
「神様だって、本当にいて…」
願った後の願い玉のような真っ黒の球体をした神様。それに出会ったのは事実である。
…願った後の、願い玉の、ような…?
「お前さんはその神様とやらに何回出会ったんだ?」
もしかしたら、自分はとんでもない事をしてしまったのかもしれないという自覚が今になって芽生え始めてきた。
もし、彼の言うことが本当で、優菜は死んでいなかったとしたら。
もし、神様は居なかったのだとしたら。
全て全て、嘘だったとしたら。
俺は…。
「ああああああああぁぁぁ!!!!!!」
信じたくない現実に、俺はただただ叫ぶことしか出来なかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます