第10話
黒い球体のことを、仮に神様と呼ぶことにしよう。
神様なのかどうか、俺には分からない。実際に神様を見たこともなければ、球体が名乗った訳でもない。
しかし、俺の願いを叶えてくれるというのならば、神様という他ない。
神様が優菜を生き返らせるために俺に出した条件は、『悪人を10人滅ぼすこと』だった。
「悪人を10人滅ぼす…?」
『そうだ、この世は私でも驚くほどに悪に満ちてしまった。どうにか出来ないかと思っていたところに、お前の願いが聞こえたのだ。』
「悪人を、殺すってこと?」
『まぁ、端的に言うとそうなるな。しかし、殺すというと聞こえが悪い。私はお前に世直しを頼みたいだけなのだ。』
「世直し…。」
『そうだ、世直しだ。無事、悪人を10人滅ぼせた暁にはお前の大事な優菜ちゃんとやらを生き返らせてやろう。』
「現実離れしていて、怪しいなぁ。」
『“ 1人につき1回、どんな願いでも叶えてくれる願い玉”の存在は信じていたのに、か?』
―…。
そんなやり取りの後、俺は世直しをする事となった。
なんで俺なんだ、とか、もっと他にも願ってる奴はいただろうに、とか、疑問は残るがこの際そんなことはどうだっていい。
神様が俺に頼んだのだ。
この幸運を逃さない手はない。
家に帰ると持っていた鍵で玄関を開け、気付かれないようにそーっと自室へと戻る。
部屋へ入ると使用した包丁を箱に戻し、着ていたパーカーとジーパンを脱いでパジャマに着替え、洗濯機の中に放り込んだ。返り血を浴びないために雨合羽も着ていたのだが、血は思ったほど飛び散らなかったので、くしゃくしゃと畳んで適当に袋の中に押し込んでおく。
机の前に座ると、ノートを開いた。
何の変哲もないただのノートであるが、中の内容を読んでみると普通ではないことが分かる。
“ ①強盗。16年前と7年前に民家に押し入り強盗。万引きやすりの常習犯。”
そう書かれた文を赤ペンで上から線を引いて消していく。
「まず1人。」
そう、先程の男は過去に強盗を繰り返し、今でも盗みをして生計を立てていた。
乗っていた自転車も盗品で、外に出ては金目の物を持った人間はいないか目星を付けに行っているのだ。
これで、悪人がこの世から1人いなくなった。
「あと9人。」
ノートを閉じると今度は携帯を手に取り、あるサイトをクリックして開いた。
“ 神様の世直し”と題されたそのサイトを開くと匿名のメッセージが何件も書き込まれている。
“ 匿名:○○県××市に住んでるこの男、近所の野良猫を殺してたクズ。”
“ 匿名:△△商事に勤める○田。女にはセクハラ、男にはパワハラする最低上司。”
無数に書き込まれたメッセージに1つずつ目を通し、顔写真があるか、殺すに相応しい悪人かを見極めていく。
顔写真が無いものは本人を探し出すのが難しいため、どんなに悪人でもリストからは弾いていく。もし間違えて他人を殺してしまったらそれこそ世直しにはならない。ただの人殺しになってしまう。
そうして、厳選なる審査を経てようやく次のターゲットを決めるのだ。
辛くはない。優菜を再びこの手にするためなのだから。
優菜、優菜、優菜。
待っててくれ優菜。
死後の世界はきっと暗くて寂しいだろう。
でも大丈夫、きっと俺が助けるから。
闇から俺が救い出してあげるからね。
そうしてまた1つ、ノートの中の文章が消された。
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