第7話
優菜は、死んだらしい。
ドアの向こうにいる母親が、昨日の夜に交通事故に遭ったのだと教えてくれた。
昨日の夜というと、丁度俺が願い玉に願いを言った後だ。
俺があんな願いを言ったから優菜は死んでしまったのか?
携帯は、友人からの着信がひっきりなしにかかってくるので電源を落とした。何も映していない真っ暗な画面に自分の顔が映り込む。
あれからろくに部屋の外にも出ず、虚ろな気持ちで天井を見ていただけの自分の顔は少し前に成人式を迎えたばかりとは思えないほどやつれていた。
髭は伸び、頬は痩け、目は虚ろで少し落窪んでいるようにも見える。
自分の願いのせいで人の命を奪ったかもしれないという思いは、驚くほど重く心にのしかかってきた。
別に、死なせるつもりはなかった。
死んで欲しいという願いではなかった。
ただ一言、『健ちゃん、あの約束を無かったことにして欲しいの。』とだけ言ってもらえれば良かったのだ。
未来永劫、優菜と離れることを望んでいた訳では無いのだ。
嘘だ。
優菜が死んだなんて嘘だ。
いや、待てよ?
交通事故ということは不慮の事故だ。
俺の願いが叶った訳ではなくて、たまたま優菜の不運と俺の願ったタイミングが合っただけなのではないか?
きっとそうだ。
そうでなければ、あんな願いで優菜が死ぬなんてことは無い。
もし、優菜が死ぬとわかっていれば、
「願い玉、残しとけば良かったなぁ…。」
そうしたら、もっと他の願い事に使うことが出来たのに。
「そういや、あいつの願いって何だったんだろ…。」
喧騒を抜け、いつも通り2人付かず離れずで帰宅していたあの時、願い事を聞いても教えてくれなかった。
秘密って言って教えてくれなかったんだよなぁ。なんだよ秘密って。
教えてくれたって良かっただろうに。
俺とお前は将来を誓い合った仲だったのに。
いや、俺はそんな約束要らなくなってたけど。
お前は信じてただろ?
お前は真面目なやつだから未来の旦那に隠し事なんてしないだろ?
なんでも言ってくれてただろ?
いや、俺は別に旦那になる気はあんまり無かったけど。
え…?
あれ…?
もしかして、俺
優菜と家族になりたかったのか?
「いや、いや、そんな事ないって。だっていっつも迎えに行くの面倒臭いとか他の女子とも遊びてーって思ってたじゃん。」
ならなんで俺はこんなにショックを受けてるんだ?
自分が殺したかもしれないからか?
でも不慮の事故で俺を疑ってる人なんて1人も居ない。
願い通り約束は無くなったのだから、飛んで喜ぶはずだろう?
なのになぜ心の中はこんなにどす黒く憂鬱な感情でいっぱいなんだ?
優菜
優菜
優菜
いくら考えても分からないよ。
君は死んだというのに、願いは叶ったというのに頭の中は君でいっぱいだ。
願い玉に願っても、どこかで漠然と優菜とは一生一緒に居るんだろうなって思っていた。友人の彼女を羨んでも、他の女子になびきそうになっても、どうせ最後には優菜のもとへ帰ってくるんだろうなって。
あぁ、俺は、君のことがこんなにも好きだったのか。
「ああああああああぁぁぁ…。」
想いを自覚した途端、後悔の念が襲ってきた。
なんでもっと一緒にいなかったんだろう。
どうして願いを聞いておかなかったんだろう。
頭を抱え、なんでどうしてと自問自答を繰り返すが応える者はおろか、慰める者もいない。目頭は熱く、後から後から零れ落ちてくる涙が頬を濡らしていく。
本当の自分の気持ちに気づいたときには、もうどうすることも出来なくなっていた。
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