第6話

ブーブーブーブー…ブーブーブーブー…


眠たい目をこすり、携帯を探す。

カーテンの向こう側では太陽が輝いているのが分かるが、夜更かしをした身体には眩しすぎて目を開くことが出来ない。


結局、昨日はその後何も起こらなかった。

願い事をした後の願い玉は、ただの真っ黒な玉なので特に持っておく意味もないので捨ててしまった。

そんなにすぐに願いが叶うとも思っていないので気長に待つしか無いだろう。

しかし、叶うのならば早く叶ってもらわなければ困るのだ。



幼い時には好きだった相手でも、大きくなり様々な人と出会うことで気が変わることもある。

優菜とは反りが合わないとかそんなことは無いのだが、デートに誘うのも帰りに迎えに行くのもいつもこちら側からだという事に不満を持っていた。奥ゆかしい性格なのは知っているけれども、友人たちの彼女が教室まで遊びに来たり、自然と待ち合わせをして下校したりするのを見ていると羨ましい気持ちも出てくるというものだ。


極めつけは、俺が告白されたことだ。

俺と同じ講義を取っていて、友人と同じサークルに所属している彼女は、会えば話すし友人も含めたグループで遊びに行った事もあったが、告白されるまでは特になんとも思っていなかった。なので、突然告白された時には何かの冗談かと少し茶化すというなんとも大学生らしくない返しをしてしまった。

真っ赤な顔と小刻みに震える手を見ると本気だということが分かり、丁寧に断りをいれた。


その時ふと思ったのだ、『これから一生、優菜と一緒で良いのだろうか…?』と。

嫌いではないけれど、長く一緒にいることで燃えるような想いを持つことも無くなり、良くも悪くも安定した関係を築いている。


それで本当に良いのだろうか?

友人たちのように尽くされる喜びも知らず、惚れた腫れたの刺激を感じることもなく一生を終えるので本当に良いのだろうか?


考えたら最後、俺にとってはこの約束がひどく邪魔なものに思えた。

言い出したのは俺だが、子供の頃の約束なんておままごとも良いところ、本気にするのが間違っているんだ。

優菜の母親も出会うといつも『うちの娘をよろしくね!』なんて言っているが、当人たちの気持ちをまるで無視しているじゃないか。


考えれば考えるほど、今まで真面目に守ってきたことが馬鹿らしくなり、この約束を無しにして新たな門出を踏み出そうという気になったのだが、今更優菜に『約束をなかったことにしよう。』と言うのは気が引けてしまい、この願い玉に頼ったのだ。

なんでも叶えると噂される願い玉をこんな事に使ってしまうのは些か勿体ない気もしたが、そこはもうしょうがないと諦めることにした。


新たな彼女を作って、大学生活をエンジョイするためには一刻も早く叶って欲しいものだ。


「あれ…?」

未だにバイブ音が鳴り響く携帯。

いつもなら設定した時間が過ぎると鳴り止むのだが、今日は1分待っても2分待っても鳴り止む気配がない。

よくよく考えたら、今日の講義は昼からなので朝に目覚ましはセットしていないはずだ。


ドアの向こうからは母親が慌てて階段を昇る音がする。携帯の画面には『着信:38件』の文字。


「起きて!!健人!!起きて!!優菜ちゃんが交通事故に遭ったって!!」


寝起きの回らない頭では、母親が何を言っているのかさっぱり意味がわからなかった。

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