前日譚
とある広大な大陸の、北部でのこと。
その年の月蝕と日蝕は、学者の間では不吉の
国の北部、ある街に、
広いやしきは、黄味がかった大きな
鄧家の門の前では、うす汚れた人々がひざまずいていた。粗末な
かれらは口々にさけんだ。
「鄧家の旦那さま。どうか食べ物をめぐんでください」
「うちの田畑は寒さのせいで不作つづきです。もう三日もなにも食べていません」
「鄧家はこの
農民たちがどんなに声をからせても、門はかたくとざされたまま。
馬車のなかの
「表門はだめだ。裏門からはいろう」
「はい。しかしあのうすぎたない連中は、
従者は小馬鹿にしたように、ふんと鼻をならした。
机に巻物がつまれ、壁ぎわの棚には大量の書物が収納されている。
恰幅のいい男が、低い
男は長いヒゲをなでた。顔をあげると、卓をはさんだ長椅子に、よごれひとつない絹ごろもを着た、鄧家の面々が座っている。
主人、夫人、それから二人の姉妹。
黒髪に色白の姉は、緊張した面もちをしている。
薄い髪に気の強そうな顔つきの妹は、興味がなさそうにそっぽをむいていた。
姉の
うまれた年月日は占いに大事だから、はっきり歳がわかる。
男は作り笑いでうなずいた。
「この日なら、
主人、夫人はほっと息をついた。
「よかった。先方はこの日しか空いていないそうなので、心配したのです」
玄鎖と呼ばれた姉は、切長のすずしげな目で、おずおずと男を見た。
男はその目をじっと見かえす。
ぞわぞわと、血がさわぐ。
おもしろい。
ほほえみ、鄧家の主人に言った。
「お代を」
鄧家の主人が、紙のつつみを従者にわたした。
従者は紙のつつみにちらりと視線をおとす。わざとらしく目をひらき、主人とつつみを交互に見くらべた。
主人はせきばらいをし、ふところから銭の入った
従者は巾着をうけとった。
「まいど」
「それでは」
恰幅のいい男と従者が出ていったやいなや、鄧家の主人と夫人は姉にまくしたてた。
「
「おまえにはわが鄧家の命運がかかっているのだ。
晋国に住む民も、ほとんどが
鄧家の祖先は、蜱蛄族から移民として晋国にやってきた。
祖先は家財を売りはらった金で戸籍と小さな
子孫は祖先の財産で、さらに荘園を発展させた。
ツテで盧人の小金持ちと
夜糸の父も、大金持ちの盧人の娘である母親と結婚した。
「お父さまが荘園を三つも売ったんですよ。おじいさまのころからの。あの方には作った大金をはらって、みあいをたのんだのですからね」
夜糸は背中を丸め、青白い顔でうつむいた。かぼそい声をしぼりだす。
「はい」
妹が、明るくはっきりした声でがなりたてた。
「お姉さまと結婚したい人なんているわけないわ」
「こら、
両親は少し怒った。だが妹はさっさと部屋から出ていってしまった。
道ばたは、飢えてたおれこんでいる人々であふれかえっていた。
馬車の中で、恰幅のいい男とその従者が話す。
「お師匠さま。あのようなうそをついてよろしかったのですか? あの娘の
「わかっとらんな。客に都合のいいことを言い、いい気にさせるのがいい占い師というものだ。見ろ。こんな大金は、真実を話せばくれなかっただろうよ」
男は得意に思いながら、ふところから謝礼の金を出した。
「さすがお師匠さま。しかしあの鄧家の娘、移民にもかかわらず、荘園経営で成功した大富豪の子女とは思えません。あれではいくら運がむいても、皇族にみそめられることもないでしょう」
「どうだか」
「はあ?」
「あの娘は強くめずらしい星を持っている。大地をつかさどる女神の星だ。それに勝つまで戦う武人の星もついている」
「まさか」
「
男は自分の目元を、とんとんと指先でたたいた。
あの目を見たときの、あの血潮のさわぐ感覚が、まだ身体にのこっている。
「しかも」
「しかも?」
「星のめぐりによれば、今後数百年に一度地上にあらわれる、武神の星の持ち主とかかわる」
「なんと」
「いや、それ以上、
「人は見かけによりませんね」
「ついた星の力は開花させてみなければわからない。その力を見ぬくのが占い。これだからやめられない」
でっぷりと出た腹をたたき、大笑いした。
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