李夜伝【水曜更新】

Meg

序 愛と復讐のはてに

「おまえにはやはり黒がよくにあう。俺がやったその玉佩ぎょくはいも」

 

 古びた城の、広い寝室。あわい色の、うすい大きな布がたらされている。

 あとずさりして、夜糸やしは彼からゆっくり逃げた。黒い髪にはいく本ものかんざしをつけられ、身体からだには絹ごろもが何枚もかさなった、黒の皇后の服を着せられている。

 帯から、玉佩ぎょくはい(玉で作られたドーナツ状のかざりのこと)をたらしていた。色は円環の中心を境に、半分が純白、半分が黒色。

 大きな身体からだの彼は、じりじりと夜糸を部屋の壁まで追いつめる。頭には皇帝の冕冠べんかんをかぶり、そでが太く、すそが地面につくほど長い、黒の皇帝の衣装をまとっている。

 

「なぜ逃げる?」

「だれか。助けて」


 よびかけてもだれもこない。

 

「俺はおまえの夫だ。逃げる必要などない」

「どういうこと?」

「おまえはこの盧皇帝ろこうていの皇后になった。国もおまえも俺のものだ」

はもうほろんだ国よ。晋国しんこくの領土をうばったの?」

「そうだ。そのうち立派な宮殿も建てよう。いまからわが国の兵や民に、俺の皇后の姿を見せみとめさせる」

「私言ったじゃない。権勢けんせいなんていらないって」

「ほかにやれるものがなかった」

「私は不妊よ。あなたの一族のために子どもも作れないのよ」

「べつにかまわない」

 

 彼は大きなあたたかい手のひらで、夜糸の手をつつんだ。

 

「皇帝としてあたえられるものはすべてあたえる。今度という今度は約束を守れよ。ほうびも毎日くれ」

 

 ねだるように、彼は夜糸の唇に口づけする。


 なにもかもまちがいだった。

 そう思いながら、夜糸はいままでのことを回想した。

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