第327話:前進する者たち

『消さな死ぬで。それ、贅肉や』

(……全部わかっているから、少し黙ってろ)

 戦うこと自体を楽しんでいるのか、それとも危険を察知し踏み込んでこないのか、仕掛けてきた割に普段より少しばかり消極的。

 そのせいで手こずり、さらに時間を浪費する。

 急がねばならない。守らねばならない。でも、第十二騎士隊の領域で第七騎士隊の自分が下手を打つのは避けたい。そもそも本当に危険なのか。気のせいじゃないのか。自分の仕事に気を遣って研究所での予定を早めに切り上げた。

 一人になって身軽になったから戻っただけ。

 ただ、それだけ――

『それでええ。目の前のカスにだけ……集中』

 削ぐ。

 澄み渡るは、ゼロ・シルト。

「……それでこそ」

 あの時感じた、不純物零のクルス・リンザール。今ならばわかる、あれは研ぎ澄まされた集中力の極致、その兆しなのだろう。自分が今、溺れるほどに敗北を刻み込まれている相手もまた、剣そのものは静謐で、研ぎ澄まされている。

 立ち姿がかすかに重なる。

(俺とクルス、何が違う?)

 ゆえにソロンは前進を選んだ。『時間制限』を削ぎ落し、待ちに徹したクルスに対しては悪手である。それでも確認せずにはいられない。

 あの怪物とほんの少しでも重なる、クルスと自分の違いを。

 今、知りたい。

「何がァ、違うゥ?」

 王者の余裕は消え去り、ソロン・グローリーの中にある飽くなき向上心、知的好奇心とも言い換えられるそれのみが迸る。

 クルスの静の集中とは異なり、

(死なばわかる? なら、死のうかァ!)

 動の集中に至る。

 零と灼熱、どちらもただひたすらに、その一点のみを見据えていることに変わりはない。勝利と敗北を分ける、その一点。

 朧気に、見えた。

 だから――ソロンは笑みを浮かべる。


「おう、其処までだガキどもォ!」


 ソロンの剣、そしてクルスの剣、その結果に割って入るはふた振りの騎士剣。

 双方、彼女の所有物である。

「……マスター・ヴァルザーゲン」

 第六騎士隊隊長、『武運』フォルテ・ヴァルザーゲン。

「元気いっぱいなのは好きだが天下の往来で私闘はさすがにまずいだろ。まだやるなら、オレらが相手になってやるぜ?」

 そのフォルテが顎でくい、と指示した先には呆れ果てた様子の第五騎士隊副隊長ユーグ・ガーターと、呆れを通り越して無表情の第八騎士隊隊長『凡庸なる』オーディ・セイビングの二人がいた。

「やらせるわけないでしょうに」

 オーディがその場へ降りたち、

「牙を剥き出しに暴れたいなら今すぐ騎士を辞すること。どれだけ強くとも騎士の器ではない。ユニオン騎士団には不要です」

 厳しい言葉を二人に投げかける。

「……申し訳ありません」

「申し訳ございません」

 言い訳の余地はない。それは手練れである彼らだからこそわかる。フォルテの介入がなければおそらく、どちらかが死んでいた。

 どちらも殺す気で、微塵も手心を加える気などなかった。

 その程度、剣を見ればわかる。

「第一、第七の各隊長には私から報告いたします。追って処罰が下るでしょう。あまり、我々を失望させないでもらいたい」

 それだけ言って、オーディは彼らに背を向け秩序の塔の方へ足を向ける。

「あれ、研究所の方は良いんですかぁ、マスター・セイビング」

「私は別に急ぎの用ではないですし、たった今急ぎの用が出来ましたのでね。それでは失礼いたします」

「あらま、相当お怒りだねえ」

 けらけら笑うフォルテは二人に視線を向け、

「あの怒りは期待の裏返しってやつ。だから甘んじて受けときな。何があったかは聞かねえが、さすがに味方殺しは穏やかじゃない。どっちも取り返しのつかん状況だった。若気の至りならオレに感謝しな。そうじゃないなら――」

 真面目な貌となり、

「あの人の言う通り、騎士に向いてないから剣を置け」

 そう強く言い含める。

「……イエス・マスター」

「イエス・マスター」

 心に留めます、と言外に言った二人を見て、

(……なるほどねえ。こっちがヤバい方か。ま、相手がヤバいからって、躊躇なく殺りにいけるのもヤバいっちゃヤバいが)

 博打大好き人間としては面白い物件であるが、色々と難しいのは間違いない。改めてフォルテは思う。あの四つのくじに大当たりは一つだけ。

 どう考えても自分たちが引いた余り物くじの方がお得であった、と。

「あの、自分は研究所に行く用事があるのですが」

 クルスの言葉に、

「グローリー、リンザール、君たちは僕と共に秩序の塔だ」

 そんなことがまかり通るわけがないだろう、とユーグは言い切った。秩序の塔のお膝元で私闘など許されるはずもない。

 しかもそれが本気の殺し合いであるならなおさら。

 が、

「まあまあ、いいじゃねえか。オレらも研究所に用があるし、そっちの方が効率的だろ? 目と鼻の先なわけで……説教はその後すりゃいいさ」

 フォルテがそれに対し待ったをかける。

「しかし」

「切羽詰まっているみたいだし、別に逃げも隠れもしないだろ。ほれ、急ぎなら走って行きな。オレらは後から合流するさ」

「感謝いたします!」

 クルスはすぐさま三人に背を向け、研究所へ向けて走り出した。フォルテは笑顔でひらひら手を振り、

「お楽しみの邪魔をして悪かったなぁ」

 ソロンに声をかける。

「いえ、自分が軽率でした。まさかあれほど急ぎの用事だとは思わず、つい久方ぶりに友と剣を合わせられたことに嬉々とし、歯止めが効かず――」

「あー、いいって。そういうの」

 笑顔のフォルテ。しかし、目が笑っていない。

「全部理解した上で、テメエは遊んだんだろ? ガキだ、それも筋金入りの。死んでも治らねえってのは、さっきのを見りゃわかる」

「……」

「でも、ほどほどにしとけよ。やんちゃも過ぎると、火傷するぜ?」

「心に留めておきます」

「おう。ほどほどにな。じゃ、行くかガーター」

「わかりました……ソロン君」

「何か? マスター・ガーター」

「君、死んでいたよ」

「……」

 フォルテとユーグもまた去った。本当は自分も研究所に用があったのだが、たった今くぎを刺されたばかり。今日のところは出直すしかないだろう。

 ほどほど、が第十二か、それともファウダーか、もしくは両方を指しているのか、見極める必要がある。

 それに充分遊び、劣るものも見えた。

 心技体、その先頭。

(集中力、サブラグ、クルスに共通する心の強さ。針のように鋭く、点と化すものと、全部削ぎ落してゼロに至るもの、双方に大きな違いがある。つまり、俺にもあるはずだ。俺なりの形が。今はそれでいい。その確認だけで、我慢する)

 心の差を少しでも埋める。

 その上、

(居合術、それに双剣か。残り二つをどう使うのかは気になるが、くく、盲点ではあった。邪道が過ぎると思っていたが……実際見ると悪くない)

 技の面でも少しばかり収穫があった。

 死中に飛び込んだ甲斐があったと言うもの。飛び込まねば彼らは剣ではなく声で静止を呼び掛けていただろう。それでは彼女の剣が見られなかった。

 クルスと自分の差もうやむやのまま。

 なら、

(収穫しかないな。ならば……大成功だ)

 この仕掛けは成功だったとソロンは童子のような笑みを浮かべる。いずれ消えてなくなる組織の評価が多少落ちてもどうでもいい。もはや其処に興味はない。世界の構造を知った。この茶番も理解出来ている。

 ゆえに後へ続くマイナスはない。

 それに加え、

(君の弱点も知った。ただ、これは取扱注意だなぁ。透き通る冷たさが失われかねない。まあ、手札はあるに越したことないし、もしも注意を引きたくなったら――)

 クルス・リンザールの弱みも知った。

 取扱注意だが、

(彼女を壊せば、少なくとも怒りは買えるわけだ)

 使える手札として覚えておこう、と上機嫌のソロンは秩序の塔へ向かう。


     ○


「どうしたの、クルス」

「おんやぁ、お久しぶりですねえ、マスター・リンザール」

 クルスは物凄い形相で受付に彼女を呼び出してもらい、無事なのかを確認するために待っていた。受付の人が呼びに行き、さほど時間もかからず二人が歩いてくる。

 何事か、と言わんばかりの疑問符を浮かべながら。

「……いや、その、駅に君の姿がなかったと聞いて、所在を確認しようと思って。何かあったら、その、イールファスに怒られるからな」

「あの男は見送りにも来ない薄情な弟。多分気にしないと思う」

「そ、そうかな?」

「そう」

 切羽詰まっていたのが馬鹿らしくなるほど、ケロッとした表情を見てクルスは少し恥ずかしくなってしまう。

「エリュシオン博士はペンの忘れ物をされましたね。それを受け取りに来られて、軽く世間話でも、とのんびりしていたらこんな時間です」

「な、なるほど」

 そんな時間までチャンバラしていたなど色んな意味で言えないクルス。しかも勘違いによる焦りで、騎士団での評価を大きく落としてしまった。

 何という愚かなことを、とクルスは頭を掻き毟りたくなっていた。

 そんな彼を遠目に、

「へえ、蛇の子にも可愛いとこがあんじゃねえか」

 フォルテはいいもの見た、とニヤニヤしていた。

「むしろあちらの方が素だと思いますよ。明るく、真面目で、少し抜けたところがある。そういう子だったと記憶しています」

「あー、メガラニカの事件か……じゃ、相当魔改造してんな、あの野郎は」

「ですね。味消しだと思うのですが」

 ユーグとしてはエイルのような騎士になるのでは、その道でこそ力が発揮されるのでは、と考えていた。実際、今もその考えは変わっていない。

 所詮個は何処まで行っても個、集団には敵わない。

 演奏を任せる指揮者こそが彼の道だと――ただ、

「実際鍛えてモノにしているしな。何も言えねえさ。さっきのソロンを、果たして騎士団の何人が殺せるかって話」

「……そう、ですね」

 演者としてもあそこまで育ってしまったら、今更文句のつけようがない。

「ま、他所のことは良いか。そっちは?」

「捕獲の件で、書類を提出しに来ただけですので」

「そか。じゃ、オレは此処のボスにでも挨拶してくるかな」

 愛らしい景色を尻目に、フォルテは研究所の所長であるレオポルドの部屋へ向かう。あまり気乗りする相手でもないため、せっかく捕まえた盾(オーディ)を失った痛手に、今更ながら後悔していた。

 前々から苦手なのだ。

 レオポルドも、この研究所も――


     ○


 クルスが恥ずかしさと自己嫌悪で肩を落とし去って行った後、

「続きは?」

「第六のフォルテ・ヴァルザーゲンが施設内にいる間は、下へは通行禁止だよ。あまり隊長を舐めない方がいい。少しの油断が命取りってね」

 イールファナとデルデゥ扮するレイルは防音の打合せ室に戻っていた。実は呼び出し前までは『地下』を案内していたのだが、呼び出しによって上に戻り、まさに茶番と言った感じの談笑をして、今に至る。

「ユニオンも研究には絡んでいると言った」

「絡んでいるよ、第十二を中心に色んな人物がね。でも、全員が全てを知るわけではないし、全員がこの施設の裏を許容するわけでも、ない。まして――」

「ファウダーの研究員が此処の下部組織だと知られては、困る」

「そういうこと」

 網の目の如く広がる繋がり。レイルはおそらく全てを話していない。ユニオン、アルテアン、そしてファウダー、それがレイルから聞いた全て。

 それでも驚きではある。

 驚きではあるが――

「さっきは吐かなかったね」

 地下での人体実験。当然非合法、と言うよりも法律が存在しないのだ。魔族化を経た人間は、果たして人間なのか、魔族なのか。

 その定義すら現在は存在していないから。

 そんな地獄をレイルは彼女に見せた。

 かつて見せた実験など、生温いほどの光景を。

「私はもう、子どもじゃない。覚悟もある」

「……生意気な。でも、合格だ。吐くそぶりでも見せたら、やはり使えないと判断して切り捨てていたところだ」

 レイルは隣に座るイールファナに視線を向けることなく、

「覚悟があると言ったが、この研究の到達はすなわち、世界を巻き込んだ戦乱の始まりとなる。武力の象徴たる騎士擁する旧秩序と兵器として確立された可逆の魔族を擁しその座を奪わんとする新秩序。世界大戦の引き金なのさ」

 その覚悟が、

「大勢死ぬ。それは確定だ。国も亡ぶだろう。最悪、どちらの秩序も倒れ、無政府状態の、真の混沌が訪れるかもしれない。その覚悟はあるかい?」

 あるのかどうかを問うた。

「そこまでのはない」

「……は?」

「私はどうにかなると思っている。人はそこまで馬鹿じゃないと信じたい」

「……可能性は捨てきれないよ」

「そんなの、どんな研究にも言える。そんなこと言っていたら誰も前に進めない。私の手も真っ白じゃない。それぐらい理解している。それでも私は歩みを止めないし、この研究にも関わりたい。それだけ」

「……そうか」

 とっくの昔に同じ穴の狢。

 ならば、

「ファウダーへようこそ、イールファナ・エリュシオン」

「ん」

「ボクらは君を歓迎しよう」

 混沌の一員として真理を目指そう。

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