第181話:ユングとクルス

「お兄さんが教官なんてラッキーじゃん。あとイケメンだし」

「イケ、てます?」

「イケてるイケてる。で、どうなの? 評価甘くなったりしない?」

「それは絶対あり得ませんわ」

 イケメン教官の登場に浮かれるラビ。其処に妹が冷や水をかける。

「人の目があるところであれば、厳しくなることはあっても甘くすることは絶対にない。身内への甘さが他家へどう映るか、よくわかっていますもの」

「あー、そりゃそうか。次のマスター・ヴァナディースだもんね」

「ええ。あと、そもそも厳しいですわよ」

「へ?」

「完璧主義者ですから」

 基本どんなことも頑丈な肉体と頑強な精神で乗り越え、弱音など滅多に吐かないフレイヤがあっさり厳しいと言い切った。

 ラビたちに嫌な予感が押し寄せてくる。


     ○


 基本的にダンジョンとは都市部から離れたところに発生する。これは先人たちが定期的に発生するダンジョンから逃げ、経験則や口伝を通じ生存圏を広めたことに由来する。のちの世で地質調査を行い、ダンジョンの発生が地脈、龍脈、と言われる魔力の流れに沿っていることが判明したが、それはかなり最近の話。

 まあ何が言いたいかというと――

「陣地形成急げ。火起こしも怠るな」

 ダンジョン攻略にはこのような野営のためのスキルが必要不可欠、と言う話である。危険地帯であるため騎士以外が存在すること自体がリスク、と言うか騎士とてリスクではあるのだが相対的には――と全て騎士が自分でやらねばならない。

 無論、

「頼むぜアンディ!」

「任せろ! 料理屋の意地を見せてやる!」

 料理も騎士がやる。

 第七騎士隊のように攻略を即日完了するような特例は除き、ダンジョン攻略とは何隊も投じ、地道にマッピングを、戦力分析を繰り返し、侵攻と撤退を繰り返しながら行うものである。第七なら携帯食料で充分だが、本当に大掛かりな攻略ともなれば月を跨ぐケースもある。そうなると食事もそれなりでなければ士気にかかわる。

 ちなみにこの判断は、

「全員に携帯食料を配給する」

「はぁい」

 隊長次第、となる。今回、成績上位者かつ指揮の適性が認められた者たちが小隊長として任命され、それらの取りまとめが中隊長であるユングと言う構成。

 小隊ごとの陣地形成を含む設営に関しては小隊長に一任されている。

 クルス小隊長は、食事も効率重視であった。長丁場であればもう少し考えるが、ダンジョンの規模を鑑みても一週間もかからない。

 なら、携帯食料で充分、と言うのが彼の考えである。

 当然、小隊員たちは心の中で「つまんねー野郎だ」と思っているが。

「第五、第六小隊、設営不備」

 そんな中、中隊長であるユングが第五、第六の小隊へ向け指摘を飛ばしていた。第五はフラウ、第六はラビが小隊長を務める。

「え?」

「魔除けの効果がこの境目でわずかに途切れている」

「そ、それは」

「小隊同士の連携が取れていない証拠だ。この小さな隙間から魔族が抜けだしたらどうする? 今回は都市部から離れているから甘くても大丈夫、などと思っていないか? その甘えが大事な局面でミスに繋がる。実戦なら任務から外しているよ」

「も、申し訳ありません」

「謝る前に修正」

「イエス・マスター!」

 本当に細かい指摘である。この程度の抜け、抜けと認識する騎士団の方が稀であろう。そもそも、騎士団を飛び越えた任務の場合、連携を取ること自体が出来ないこともある。ちょっと厳し過ぎるのでは、そう思わなくもない。

 教師のリーグはその光景に苦笑する。

(相変わらず厳しいな。人に、自分にも)

 他の小隊も軒並み指摘をぶつけられる。箱の隅をつつくかのようなものも多い。だが、それらが積み重なれば大きなミスに繋がる可能性もある。

 彼が指摘するのは、そういう解れである。

「第二小隊」

 ユングは第二小隊の隊長であるクルスへ声をかける。

「何でしょうか?」

 クルスは表情一つ動かさず聞き返した。

「……他の抜けがわかっているのなら、指摘して修正させろ」

「越権と思い、致しませんでした」

「なら、許可する」

「イエス・マスター」

 指摘なしは、第二小隊のみ。

(……ほう)

 そして指摘がないどころか、他の隊には与えなかった権限を与えた。リーグから見てもこの一年、ミスらしいミスのなかったクルスを早速一つ上に据えたのだろう。あのあたりの判断の速さはさすがである。

「よろしいのですか、ユング殿」

「そちらの方が効率的ですから。何か問題でも?」

「い、いえ」

 同僚の騎士から口を挟まれるが、それを受け付けずにユングは周囲を見て回る。これは最終試験を兼ねたもの。

 評価はすでに始まっている。

 自分が評価者である以上、仕事に対し妥協はない。

 ただ、

(……おい、なんで今フレイヤと目が合った? ア? なんでテメエの方が目をそらしてんだ? 手振ってんだろ、返せ、いや返すな、つか不敬だぞクソガキ)

 心の中は別。


     ○


 ダンジョンへの侵入は現地に集まったメンバーで精鋭が担当し、ダンジョン内から出てきた魔族を相当する役割を残りが担う、と言うのが一般的である。

 今回は講義であるためユングが中隊長、他の騎士数名が万が一のためのサポート、それ以外は役割をぐるぐると順番に回している。

 侵攻役は多くても二、三小隊程度か。

 ダンジョン内の通路の幅や広さにもよるが――

「クルス小隊長」

 幾度かのアタックを経た二日目の夜。各小隊長を集めたミーティングでユングは第二小隊の隊長であるクルスに声をかける。

「はい」

「現在の攻略状況について所見を述べよ」

「イエス・マスター。現在の踏破状況はダンジョンの外観から推測して六割ほど。負傷者もなし。行程としては順調です」

「で?」

「兵士級との遭遇は現在二体ほど。どちらも報告を聞く限りそれほどの戦力ではなく、兵士級の比率や獣級の戦力を鑑みるにヌシも兵士級と思われます」

「戦士級はない、と?」

「確証はありませんが今回の戦力や以前この地で発生したダンジョンの記録と照らし合わせても、高く見積もって兵士級の上澄み程度が限度かと」

「貴様はその推測に自分の命を賭けられるか?」

「はい」

「……なるほど」

 周りの騎士、そして学友である各小隊長らが息を呑む。よくもまああのユング・ヴァナディースにこれだけの圧をかけられて、平然としながらすらすら言葉が出るものだ、と皆が思っていた。

 特に彼の怖さを知るフレイヤやデリングなどは戦々恐々としている。

(あの貌、どういう感情なんだ?)

(知らん。俺にもあの人はわからんのだ)

 ディンとデリングが器用にアイコンタクトだけで会話する。ユングの前でひそひそ話をしようものなら「ミーティング中だ。話すべきことがあるなら挙手して話せ」と言われるに決まっている。と言うか昨日ディンはそれで注意されている。

 この場にいる『ほぼ』全員が二日間でユングと共にダンジョンへ潜った。大体の者がクロイツェルの特別講義や外部の実習、フロンティアライン、サマースクール(四学年時ならそういう実習もある)などを経てダンジョンに潜っている。

 魔族との交戦も経験済み。

 なんとなくこうしたら、と言う考えは大なり小なりあった。

 だが、その考えは『ほぼ』全員二日でバキバキにへし折られている。

 ユングの指示、その早さと正確さ、求められる水準の高さ、あのイールファスですら噛み合っていない。総合力ぴか一のディンも使われるのがやっと。

 と言うか、

(……今回のユングさんは、悪い時のだな。学生に求めることじゃない)

(高度過ぎてサポートする俺らでも厳しいぞ)

 本職の騎士たちですら明らかにやり過ぎだ、と考えていた。

 たまにあるのだ。普段社交的で周りに合わせられる柔軟性も持つ男であるのに、時折周囲を振り回すような厳しい側面を見せることが。

 彼の数少ない欠点だ、と周囲の騎士は思っている。

 そんな状況下で、

「クルス・リンザールを第二小隊の隊長から外す」

 さらにユングは暴走とも言える言葉を発した。

 先ほどまで平静としていたクルスの表情もかすかに歪む。それもそのはずであろう。この二日間、クルス率いる第二小隊だけはただの一度もアタックに参加させてもらっていない。参加していないのにミーティングに参加し、所見を問われる。

 昨日は明日出番があるからだろう、と皆考えていた。だが、今日もクルスらは攻略組に編成されず、外側で防衛役を続けていただけ。

 時折、漏れ出てくる魔族と交戦する。

 たったそれだけの仕事しかしていない。

(ちときついぜ。もしかしてフレイヤの件の意趣返しか?)

(このまま干す気か? あまり良い見え方ではないぞ)

 全員、それはないだろ、と言う表情を浮かべていた。

 誰よりも、

「お兄様! それはあんまりでしょうに!」

 珍しく怒りを見せたフレイヤが兄に食って掛かる。優秀な兄に今までなら逆らえなかった。だが、この仕打ちを前にフレイヤは黙っていられなかった。

 それに対し、

「減点だ、フレイヤ。今は仕事中だぞ。呼び方に気をつけろ」

「っ。で、ですが――」

「黙れ。私は今機嫌が悪い。この上なく、な」

 ユングは不機嫌に彼女の義憤を切って捨てる。

 そして、

「最後に問う。貴様ならいつ、本命のアタックを仕掛ける?」

 彼はクルスへ問うた。

「……おおよその戦力は把握できました。内部も六割マッピング済み。なら、次のアタック、つまり明朝のアタックで終わらせます」

「出来るか?」

「自分なら」

「ただの一度も内部に踏み入っていないのに?」

「マップは頭に入っています。敵の陣容も、皆からヒアリング済みです」

「なら、明日は私の下につけ。貴様が副隊長だ」

「ッ!?」

 クルスが、周囲の学生たちが、誰よりもユングと共に普段仕事をしている騎士たちが、その発言に驚愕した。

「返事は?」

「イエス・マスター」

「先に言っておくが、私の求める水準に達していなかった場合、アタックを中止して貴様を干す。これは機会であり窮地と思え」

「心得ております」

 自信に満ちた表情、癪に障るとユングは顔を歪める。

「ふん。第二小隊の小隊長は明日防衛に回る第六の小隊長、ラビ・アマダを据える。第六はレンドン、卿が仕切れ」

「い、イエス・マスター」

 クルスを無理やり小隊と言う枠組みから外したため、浮いた役割を騎士に回すという力技。今まで存在しなかった役職を作ってまで、そうした。

「期待しているぞ、副隊長」

「応えます」

 言葉通りのやり取りではない、ような殺伐としていながら、同時に言葉通りでもある。誰だってわかる。ここまで来たら。

 ここまでクルスを外してきたのはこの男を観察するため。外側からどれだけの視野を持てるか、何処まで把握できているかを二日間で探っていた。

 今のクルスがどれだけのレベルなのか、を。

 そして満を持しての特別扱い。

「明日のアタックは第一、第二、第三で行う。それに際し小隊の編成も変更する。小隊長を変更になった者は本日中に引継ぎを済ませろ」

 ユングは皆の前にあらかじめ用意していた編成表を提示した。

「では、解散」

「イエス・マスター」

 干している、と誰もが思っていた。もしかしたらフレイヤの件のわだかまりが、と言う邪推もあった。だが、事ここに至ればそうでないことは明白であった。

 明日、彼の差配の意味を皆が知る。

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