第162話:ワークショップ

 パンクラチオン部門優勝、クゥラーク所属エフィム。

 そして、

「拳闘部門優勝は、アスガルド王立学園拳闘倶楽部コロセウス所属、ミラ・メル!」

 拳闘部門を征するはコロセウスきっての暴れん坊兼部長、ミラ・メルであった。

 団長から連覇せよと指示を受け参戦した昨年王者クゥラークの現役闘士をきっちり打ち倒し、志望先へのこれ以上ないアピールを果たす。

「どんなもんじゃーい!」

「ウォォォォオオ!」

 地元出身ではないが、アスガルドの学生ならば実質地元みたいな感覚がアスガルドの民にはあるので、ミラ・メルの優勝はそれはそれは大盛り上がりとなった。

 一般参加はともかく、バルバラがアスガルドへ来たことで本来現れるはずのない猛者がちょくちょく現れ、騎士団も跳ね返しに躍起になるも、とうとうクゥラークまで顔を出してなかなか地元勢力が活躍できない状況下での学生の優勝。

 黄金世代の証をこれ以上なく示した。

 逆に、

「……ヤバい、団長に殺される。彼女は実質身内、実質身内」

「……さっきユングさんいたよなぁ。絶対あとで小言言われるやつ」

 学生に吹き飛ばされた大人の面々は顔色がお亡くなりになっていた。学生には勝って当たり前、彼らは彼らで物凄いプレッシャーの中戦っていた。

 彼ら大人に言わせたら五学年、六学年の学生などプロと遜色ない。しかも黄金世代とくれば負けたって仕方ないじゃないか、と言いたくなる。

 しかしぐっとこらえる。大人だもの。

「おめでとうございます」

「ありがとう」

 そんな中でしっかりと勝ち切った大人、エフィムは隣のクルスからの賛辞に笑みを浮かべる。最後に見せた獰猛な笑みは何処へやら、リングから離れたら人当たりのいいただの大人である。

「大人げない勝ち方で悪かったね」

「いえ、勉強になりました」

「はは、それならよかった。少年はユニオン志望だろ?」

「一応、そのつもりです」

「一応は要らないよ。今の君が其処以外何処を目指すって言うんだい?」

「……」

「君がもう少し弱かったら、うちに誘ったんだけどなぁ。ま、一応、確認」

「……どうも」

 今の自分がどう見えるのか、これ以上ない答えを貰った気がした。

 まだまだ世の中には学べることが多く、網羅など程遠い。上の高さはクロイツェルらで知っていたが、世界の広さは今日また広がり、途方もない。

 それが少し、嬉しかった。

 自分はまだまだ成長できるのかもしれない、そう思えたから。


     〇


 大盛り上がりの表彰式を経て、人気を失った会場は静けさを取り戻しつつあった。興奮した観客は外へ飛び出し、今頃一杯ひっかけている頃だろうか。

 そんな会場の一角、

「ご苦労様です。胸を貸していただき、感謝しています」

「いえいえ。さすがの育成力、俺も勉強になりました」

 バルバラとエフィムが示し合わせたように顔を突き合わせていた。

「私は何もしていません。今の世代は何もせずとも勝手に育つ子たちですから」

「先輩と言う見本がいるといないじゃ全然違いますよ。クゥラークも最近は拳闘部門がパッとせず、団長と副団長が大車輪の活躍で何とか面目を保っている状況です。実は密命で呼び戻せないか、と団長から探って来いと言われるぐらいには」

「ご冗談を。今の私なら貴方が鞍替えした方が上ですよ」

「それこそ冗談ですよ。団長や貴女に届かないから、俺はこっちの道を選んだんです。そんな簡単に揺らいでもらっちゃ困ります」

 和やかなれど、何処か戦意の鍔迫り合い、みたいな空気が漂う。どちらも根は闘士であり戦士である。

「クルス・リンザール。あれの設計者……気は確かですか?」

「あら、私の作とは思わなかったのですか?」

「リカルド君たちを見ていれば何となく先輩の設計思想はわかります。その器に見合った戦型で、最良の道を模索する。努力はさせるが無理はしない、させない。素晴らしい考え方ですが、あの子には当てはまらない」

「……そうですね」

「あの子の到達点、剣で再現出来るかはさておき……いつか必ず間違え、死にますよ。拳の道でも、おそらくはそうなる。我々が人である限り」

「……」

「わかっていて、ですか。なら――」

「……おそらく、今日のあの子は設計者の思惑を超えた。それをたまたま貴方は、私たちは目撃したのです。導かれたままの本来の完成図は、昨日までのクルス・リンザール。器の限界地点、まさに最良の形、でした」

 バルバラも、クロイツェルも、おそらくは設計者すら想像していなかった新しい地平。想像など出来るはずもない。

 あれは――

「……その先へ至るとすれば、なるほど、彼自らの選択でしかありえない、と」

「ええ。ゆえに教師如きが口を挟む領分ではないと判断します。選ぶのはクルス・リンザール自身、先に待つ道理も理解していますよ。あの子は賢いから」

 誰かの指示や指導であれば苦言を呈す気ではあったが、それがクルス自らの選択と言うことであれば口を挟む道理はない。

 恩師ですら、そうしているのだから。

「もう完全に先生ですね」

「何も指し示すことの出来ぬ未熟者ですがね」

「……残念。お土産は無しですか」

「ミラでは不満ですか?」

「あの子はもう身内ですよ。少なくとも団長たちはそう見做しています。それはそれとして負けた先輩君はこってり絞られるのでしょうが」

「ふふ、目に浮かびますね」

 かつての古巣、共に肩を並べ、時に対峙して、研鑽を積んだ記憶。一方にとっては思い出であり、もう一方にとってはまだまだ現実の延長線。

 とは言え、そろそろ飲み込むべき時なのだろうが。

「しかし、どれだけ目敏い者でも予感、懸念が限界だったろうに。あの練達者はともかく、随分と若い目利きがいるものですね。いやはやアスガルドは恐ろしい」

「一人はクルスの後輩ですね。そしてもう一人は――」

「さすがに俺も名前は知っていますよ」

 会場で確信に至った者は対峙していたエフィムを含め『五人』だけ。エフィム、バルバラ、ユング、アミュ、そして――

「イールファス・エリュシオン。あの子の貌、騎士って感じじゃなかったですが」

「……たまに怖くなる時があります」

 三強の一角、イールファス・エリュシオン。その貌を見たのは、隠れていた彼に気づいていたこの場の二人だけ。

 あの瞬間、気配が零れたから見つけられたのだ。

 えもいわれぬ、気配を。


     〇


 翌日、拳闘倶楽部コロセウスでは――

「よいしょオ!」

「甘い!」

 学生たちの前でエフィムとバルバラがスパーリングを繰り広げていた。滅多に見ることの出来ないバルバラの本気、エフィムもまた昨日最後の最後でクルスに見せた闘士の表情を剥き出しに、バチバチにぶつかり合う。

 学生たちは大盛り上がり、ミラなどあまりの感動に打ち震えていた。彼女はバルバラの熱烈なファンであったのだ。

 エフィムの多彩な攻め手、昨日見せなかった蹴り技、相手の受け手に応じて変化する前蹴りや、タックルからの投げ技、組んでの極め技、いずれも見たことのない技がどんどん飛び出してくる。

 そしてバルバラもまた当たり前のようにそれらを捌く。拳闘専門であるからこそ異種格闘戦を想定し、拳闘によるパンクラチオン対策は万全であったのだ。

 からの、

「「シュッ!」」

 これまたバチバチの打撃戦。

「ああン、さすが先生、美し過ぎる」

「互角じゃね?」

「黙れレンスター、殺すぞ」

 過激なファンに正論は通じない。フィンは押し黙る。ただでさえ言葉が通じ辛いのに、こうなってしまえば如何なる言葉も届かないだろう。

 それがわかっているからクルスは端から沈黙を貫いていた。

 と言うよりも、

(……勉強不足を、痛感する)

 試合を観察するのに忙しく、構っている暇がない、と言うのが正しいが。

 昨日のクルスはエフィムの本気を引き出した。だが、一口に本気と言っても色々ある。あそこが戦いのスタートライン、其処に至って初めて今の攻防のような多種多彩な技が飛び交う戦いとなる。

 無論、知識の足りぬ面も大きいが。

「こ、これが、伝説の……負けたけど来てよかった」

 現役の闘士ですら感動ものの一戦、学ぶべきものが多過ぎる。

「伝説って何ですか?」

 三学年の後輩がこぼした何気ない一言。

 それに、

「ハァ? まさか本気で言ってんの? 伝説って言ったら伝説でしょうが」

「ミラ、言葉がおかしい」

「おかしいのは伝説を知らない方! 拳闘の歴史を覆した大事件よ。十年に一度、拳闘界最強を決める大会の一幕、それを知らないなんて」

「でも、実際ミラは見てないだろ」

「うぐッ!?」

 よほどフィンの指摘がショックだったのか、ミラは白目を剥く。なお、驚いている者が大半だが、ぶっちゃけクルスは後輩側、伝説が何か知らない。

 でも何も言わない。言ったらミラが面倒くさそうだし、どうせ――

「まあ、もう十三年前の前々回の大会だし、若い子が知らないのも無理ないかな」

 誰かが説明してくれるだろう。そう考えていたら、

「よし、おじさんが教えてあげよう」

 戦いを中断してエフィムが説明に現れた。これは想定しておらず、クルスは顔をしかめる。折角の『本物』同士の戦い、もっと見たかったのに、と。

「十年に一度の世界大会ピュグマキア、拳闘の世界一を決める最も格式高い大会だ。これに比べたら他の徒手格闘、パンクラチオンも含めて如何なる大会も及ばない。そういう大会なんだけど、まあ実情は毎回ユニオンの精鋭が栄冠を手にして、騎士の威信を示す、みたいな感じだった。だが、それが二つ前の大会で、うちの先代団長がユニオンの代表を殴り殺して優勝しちゃったもんだからさあ大変」

 ちなみにリング禍、と言われる競技での死亡事例はそれなりに多い。何せ大の大人が力いっぱい殴り合うのだから、当然であろう。

 それでも秩序の騎士が殴り殺される、と言うのは醜聞以外の何物でもない。

「で、満を持して次の大会、ユニオンは隊長格を送り込んできた。絶対に勝つ、と言う強い意志で……と言いつつマスター・ウーゼルとか本当の化け物を出さなかったのは、まあ彼らの矜持と言うか、驕りだったんだろうね。先代も歳だったし……ところがどっこい、当時副団長だった今の団長も馬鹿強かった」

 各国の騎士団は十年に一度のお祭り騒ぎゆえ、毎回精鋭を送り込むのだがこの大会ばかりは怒れるユニオン相手に怖れをなし、代表を出し渋った国が多かった、と言うのも伝説の一幕である。

 だが、恐れるべきはユニオンではなかった。

「俺のヒーロー、鉄の拳を持つ男。壮絶な殴り合いの末、何とユニオンの隊長格に殴り勝つと言う伝説を残したんだ。凄いだろう?」

「で、伝説過ぎる」

 騎士界の頂点、誰もが憧れる最強の存在である秩序の騎士、それらの代表たる隊長格が敗れたのだ。そりゃもう大ニュースであろう。

 伝説となってもおかしくない。

「まだまだ。これは伝説の半分、ですよね、分団長」

「その通り。この大会も例の如くトーナメント制だ。つまり団長とは反対の山が存在する。そっちにもユニオンの若手でイケイケのやつが配置されていた。いずれは隊長格ってなもんよ。そいつが、顔面へこまされて騎士を引退した」

「ま、まさか!?」

「そのまさか。それをした人こそ、何を隠そうそこな御仁、鬼の拳を持つ女傑、バルバラ先輩だ。俺は生で見たが、女相手だと余裕ぶっこき華麗にちまちま動く輩を、一撃で黙らせた。文字通り鼻っ柱をへし折ってな」

 比喩表現で使われる文言だが、実際にへし折ったのだからさすがの剛腕である。バルバラが恥ずかしそうにして何も言わないので誇張無しの事実なのだろう。

「何が驚いたかって、うちの団長は当時としてもそれなりに有名な拳闘屋だった。でも、バルバラ先輩は全くの無名、突如現れた化け物だったんだ」

「エフィム」

「ごほん。超新星だった。誰もが驚いたね、この人は何者だって。実際はまあ、裏格闘界で狂犬と言われていたらし――」

「……エフィム」

「……まあ、とある筋の人に見込まれて、埋もれるのは勿体ないと満を持して世に放たれた秘密兵器、らしい。よく知らないけどネー」

(そこが一番興味あるな)

 クルスとしては一番興味をそそられた部分が割愛され、若干不満である。

「秩序の騎士を破った二人が決勝で戦うってんだから、もう当日は満員御礼、立ち見客が身動きとれないくらいの賑わいだった。其処で繰り広げられた一戦は、まさに伝説。拳闘界に燦然と輝く歴史の一ページとなったわけだ」

「……昔話は其処までにしましょう」

「うう、見たかったよぉ」

 話の途中から号泣していたミラ。よくもまあ見てすらいないのに、伝聞だけで泣けるものだとクルスは感心する。

「先生が勝ったんですか?」

 後輩の無邪気な一言。その瞬間、ミラの涙が引っ込む。エフィムの顔が硬直する。何よりも――

「負けましたが、何か?」

 バルバラの貌が今まで見たことのない感じになっていた。三学年の後輩はちびりかける。ぶっちゃけ、半分ほどちびっていた。

「さ、さあ、今から俺が皆にパンクラチオンの技と、対策を教えちゃうぞー」

「や、やったー!」

 凍った空気を溶かすために、大人たちはカラ元気を振り絞る。

(……こわぁ)

 イキリクルスがキャラを忘れるくらいには怖かったのだ。当然、他の者も。ミラですらおどおどしているほどに。

 何とかかんとかエフィム一日講師によるパンクラチオン講座が始まり、新しい知識や視点を得たコロセウスの面々。

 新興の格闘技だけあって日進月歩、怒りを収めたバルバラも驚くような技術がどんどん生まれていた。それらを学ぶ短くともとても有意義な時間となる。

「今度遊びにおいで、少年」

「是非」

「え、私は? 何でこのクソイキリ陰キャだけ!?」

「……おい」

「あはは、ミラちゃんはうちに入るんでしょ? なら、誘う必要がない」

「ですよねー! だってさ」

「ドヤ顔がクソキモイ」

「あんですって!」

 ちょっぴり無駄な時間もあったが、其処はご愛敬。

 ワークショップを終え、クゥラークのメンバーは帰っていく。充実の時間にご満悦のコロセウス一同。彼らのおかげで素晴らしい経験が出来た。

 そんな中で、

「クルス先輩、ダンスパーティ自分と踊りませんか?」

「いや、相手がいる」

「女性ですか!?」

「そりゃそうだろ」

「……そんなぁ」

 ボッツ君に声をかけられ困惑するクルスを横目に、

「ケッ、メシがまずいわぁ」

 舌打ちするミラとケラケラ笑うフィンがいた。

 雪がちらつく季節、もうすぐ一年の締めくくりが始まる。

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