第147話:変わるもの、変わらぬもの
定例の職員会議、今は丁度五学年についての話し合いが行われていた。
話題の中心は――
「クルス・リンザールがとうとう剣闘の講義で五位につけました」
五学年五位にまでジャンプアップした男、クルス・リンザールであった。五学年を担当するエメリヒは何とも言えぬ表情で言葉を続ける。
「優速を誇るミラ・メル、剛力を押し付けるアンディ・プレスコット、どちらも似た内容で捌き切り、受け潰し、勝利を掴み取りました。単純な速さ、力は得意とするとしても、ここまでの躍進は目を見張るものがあるかと。連携などの実技主要科目も軒並み成績を上げており、その歩みは留まるところを知りません。この先は難しいとは思いますが……万が一、そうなった場合、色々と考える必要が出てくるかと」
堅守を取り戻したクルス、その鉄壁の前にヴァル、フラウ、フィン、そしてミラとアンディも受け潰された。
残りは――
「ふむ、大人の話は横に置き、堅守の専門家の意見も聞いておきたいのぉ」
学園長のウルはちらりと自らの懐刀へ視線を向ける。
「……専門家かどうかは置いておきますが、全く同じ技量であれば攻めよりも受けが強いのは自明。彼は己の弱みを理解し、しっかりと戦える形を手に入れました」
騎士科教頭、テュールの言葉を聞きウルはさらに、
「躍進に疑問はない、と?」
深堀させようとする。その悪戯っぽい笑みにテュールはため息をつきながら、
「躍進とは思っていません。序列の躍進であれば見たままですが、技量の話であればむしろ四学年の時の方が急成長をした、と言えるでしょう」
「ほう。わしには伸び悩んでおったように見えたがの」
「序列は相対的なものです。実力を測る指標ではありません。ありとあらゆる手を尽くし、壁を越えようとした努力と経験が実力を跳ね上げた。其処に元々備わっていた堅守が載った、と考えるべきです」
「なるほど。飛躍は謎の夏休みではなく四学年にあった、と。それに対して何か言うことはあるかの、『マスター』・クロイツェルは」
少し含んだ言い方、それに対しクロイツェルはテュールと同じ笑みを浮かべる。
「何も。個人の武に関してはその通りやろ」
「武、以外は?」
「……何を言わせたいんや、ジジイ」
「クロイツェル」
会議の場でのジジイ呼びに、統括教頭であるリンド・バルデルスが苦言を呈する。が、クロイツェルは馬耳東風、ウルも全然気にしていない。
だから、彼女はムスッとするしかないのだが。
「いやぁ、普通に気にならんか? 新進気鋭、異端の秩序の騎士が学生をどう鍛えたのか、じゃぞ? わし、とっても気になるんじゃが」
「……ただ社会勉強させただけや」
「ほほう、社会勉強か。是非、わしもご教授いただきたいものよなァ」
全教員、肌がざわつく。
「秩序の騎士、その在り方をなァ」
笑顔のウル・ユーダリル、その薄皮一枚下には――
「そらわがままやろうが。自分の我を通したいんやったら、何十年も前にウーゼル殺してでも引きずり下ろすべきやった。それせんかったジジイの怠慢や」
「「クロイツェル!」」
人には触れてはならない傷がある。其処に触れた彼をリンドとテュールが叱責する。それは完全にラインを越えている、と。
「よいよい。その通り過ぎてぐうの音も出ん。実際殺し合ったからのぉ。惜しかったんじゃがなぁ。あと一歩で、情が邪魔をしよった」
薄皮が消し飛ぶ。
「今なら、出来る気がするのだが、どう思う?」
情が無ければ、殺せていたと言わんばかり。教員たちの背に冷や汗が流れる。今の時勢で、英雄二人が今一度衝突すれば、それこそただでは済まない。
かつても大いに時代が揺れ動いたのだから。
ユニオンを二分しかけた、魔導革命後の一大事件。
「落ち着かんか、ウル坊。話が脱線し過ぎじゃ」
「うっ」
何かに触れ、怒りをあらわにしたウルを諫めたのはフロプト・グラスヘイムであった。当たり前のように最年長、この場でウルを学生扱いできるのはこの男ぐらいのもの。この長老からすれば英雄ウルは小生意気なやんちゃ坊主、リンドは真面目な女学生で、テュールらもその辺の子どもとさして変わらない。
「しかし、この百年で騎士も随分と様変わりしました」
「その前の百年でも随分と変わっておったよ。その前も。それは狭い了見というモノ。変わるものはある。変わらぬものもある。変わって欲しくないもの、変わるべきでないもの、それらを混ぜては見るべきものも見えぬ。のぉ、クロイツェルや」
フロプトは真っすぐとクロイツェルの眼を見る。
「……食えんジジイが」
ウルもクロイツェルも、この老人を前にしては強くは出られない。
「ほほ、そりゃあ骨と皮だけのジジイじゃからな。煮ても焼いても食えぬとも」
「出汁は出るかもしれませんぞ」
「相変わらずお調子者じゃなあ」
長老の前では様々な荷を背負う英雄も学生気分となる。
「あのぉ、そろそろ続きいいですか?」
あと話は脱線しっぱなしであった。
〇
「おいおい、鶏皮残すなら俺にくれよ」
「……ほぼ脂質だぞ?」
食堂にて、対面にいたアンディがクルスの皿を見て声をかけた。
「御残しは許しません。我が家の家訓だ」
「……何処かで、聞いたことがあるような」
「そりゃあ我が家の家訓だからな」
謎の家訓だが、現在食事を極力リーンなものに寄せているクルスにとってはありがたい申し出である。自分の体をいい状態に保つためにも、譲れぬ部分ではあったがその反面、やはり気が引ける部分もあったから。
「俺の代謝ならこんなもん誤差誤差」
「誤差なわけないが……まあ、感謝しとくよ」
「俺が貰ったのに? 変なやつだなぁ」
「……そっちもな」
この前序列が入れ替わったばかりの二人。正直、クルスサイドは少し気まずい思いもあったのだが、アンディの方は全然気にせず接してくる。
むしろ前よりも――
「アンディのやつ、バッチバチにやり合って負けたのになぁ」
「まあ、あいつは自分が上位って自覚ないからな。平気な顔してぶち抜かれた俺らをお疲れ様会に誘うメンタルだぞ。何も考えてねえよ」
「確かに。其処行くとさ――」
同じ五学年の級友が盗み見る中、
「あらあらぁ、拳闘で私に負けた出世頭のクルス様じゃあーりませんか」
通りすがりのミラがクルスに舌戦を仕掛ける。
「……剣で俺に負けただろうが」
クルスは心底面倒くさそうな顔をするも、ミラは気にしていない。アンディはクルスの御残しを食べ終わった後、その足でおかわりをしに行ったので不在。
「私、剣より拳ですもの。おーほっほっほ」
「……同じ徒手格闘ならパンクラ(総合格闘技)の方が俺向きだからな。今はそっちに力を入れているだけだ。将来を見越して」
「言い訳乙。草葉の陰でリカルドさんが泣いてるわよ。裏切り者って」
「……面倒くせえ」
最近は倶楽部に顔を出してもパンクラの勉強ばかり。先輩から受け取った分後輩に指導したりはするが、基本的に拳闘はある程度修めたので充分、と言う考え方であった。時間は有限、自分が目指す先を見据えて効率的に配分する。
大会などもすでにバルバラへは全て不参加と伝えている。
進路の関係でもうあまり接点もないと思っていたのだが――
「俺に構うな」
「なに? クール系気取ってんの? 流行んないよ、それ」
「……」
どうにもアンディやミラなど、越えたら関係が悪化すると考えていた者たちがむしろぐいぐいと来るようになり、クルスは正直困り果てていた。
そんな様子を眺める級友たちは、
「アンディはわかるけど、ミラが負けたらもっと荒れると思ってたなぁ」
「荒れただろ。クルスが差し出した手、思いっきり張り返して拒絶してたじゃん。アンディはへらへら嬉しそうに握り返していたけどさ」
「……何となく、張り返すのも握手も、同じような気がするんだよなぁ。本当にヤバい時はさ、あれ握れないだろ? 今なら納得できるけど、三学年の時あれをクルスにやられてたら俺、たぶん何も出来なかったと思うし」
「そんなもんか? よくわからんわ」
何のかんのと落ち着いた上位陣をのことを思う。
そう、落ち着いたのだ。
「お、リンザール。相変わらずの食事制限かァ? デカく成れんぞ?」
「煩い。きちんと計算してんだよ」
「はは、細かい奴だ」
ヴァルも、
「算術の小テスト、私の勝ち」
「……座学に無理して時間を割く気はない」
「言い訳?」
「……」
フラウも、
「クルス、俺、この土地良いと思うんだけどどう思う?」
「知らねえよ」
フィンも、
クルスにぶち抜かれ、険悪な関係に成るかと思ったらむしろ抜かれる前よりも落ち着くと言う謎の状況となっていた。
クルスとしては想定外。全員、去年の自分みたいに挫折感を味わい、自分から離れていくと思ったのに、全然想定通りに動いてくれないのだ。
「クルスも食うか、おかわり」
「制限してるっつってんだろ!」
「へ、なんで? 成長期だぞ、俺ら」
「俺はテメエと違ってタケノコみてえに伸びねえんだよ、クソボケ」
「あはは、タケノコ……ってなんだ?」
「……あ?」
「知ってる?」
「知らん。食い物か?」
フラウ、ヴァル、首をかしげる。
「あんた知ってる?」
「竹は知ってる。図鑑で見た」
ミラがフィンに問い、フィンは竹に関してほんのりと知見はあるらしい。
「で、なんだ?」
「……灰汁抜いて食うんだよ!」
「お、当たったぞ」
「やるぅ」
「俺、食われんのか?」
「ウゼェェ」
苦悩するクルスを他所にタケノコに興味津々の上位陣たち。
そんな光景を見て、
「新学期始まった頃はどんだけイメチェンしてんだよ、とか思ってドン引きしてたんだけど、最近慣れちゃったよな。去年の方がとっつき辛かったまである」
「それ。少し口悪くなっただけだしな」
「少しか?」
「慣れただけかもしれん」
周りもいつものことだから、と特に気にする様子もない。
「あ、算術でフラウとリリアンに負けたクルスだ」
「ラビちゃん!」
「……」
クルスは小さく天を仰ぐ。頼むから放っておいてくれ、と。夏、様々な景色を見た。その時受けた衝撃を忘れず、自らの選択を刻み込み日々をまい進する。
もう、後戻りは出来ない。
だから一人が良いのに、
「あっ、クルス先輩だ!」
「デイジー! 貴重なお昼はアミュとだけ過ごすべきだと思うなァ!」
「え、先輩の方が良い」
「……クソクルス、殺す」
「……勘弁してくれ」
アスガルドに戻ったら、何をしても一人になることが出来ない。あの人望皆無のクソ野郎と同じような発言を繰り返せば周りから人が消えると思っていた。
しかし現実は、全く減らない。
それにクルスは心の底から困惑し、最近では理解及ばぬと匙を投げていた。
「まあでも、何一つ変わらないかって言うと……そうでもないんだよな」
「そりゃそうだろ。もし、もしだぜ、次の壁越えてしまったら……実質的に上とはほぼ横並び、アスガルド的には大事件になる」
「だよなぁ。まあ、越えられたら、だけど」
クルス・リンザールは現在五位にまで序列を上げた。上にはもう四人しかいない。一人は別格としても、もう三人にほとんど力の差はない。
其処で一人を蹴落とすと言うことは――
「……賑やかだな、クレンツェ。交ざらんのか?」
「今はさすがに、な」
「……」
対抗戦の参加者に食い込む可能性が濃厚となる、と言うこと。少なくとも実力に関しては、次の一人を越えただけで証明できる。
そうなれば、学校の話だけに収まらなくなる。
そう言う可能性を秘めた一戦であるのだ、『次』は。
〇
「ジブンが勝つ確率、一割もないで」
「……対策は、ありますよ」
「ほぉ」
クルスの構えを見て、クロイツェルは小さく舌打ちをする。あれだけの経験をしたのに、周りから贅肉が一向に消えないのは明らかにクルス個人に問題がある。本人は徹しているつもりだが、やはりどこかが違うのだ。
自分のコピーとするにはいささか贅肉が多過ぎる。
矯正せねば、と思うのだが――
(……剣を握ったら、全部消える)
これがあるから強くは言えない。あの夏を経て、技量以外の部分で一番変わったのが剣を握り、構えた瞬間のこれ。
勝利への執念のみを残し、その他すべてを削ぎ落とす。
クロイツェルをして、
「……」
怖気が奔るほどの透明。透き通る世界に執念が揺蕩う。指摘する意味がない。下手に手を加え、この状態を失う方が損失はデカい。
完成した作品、剣を握れば最高の状態となる。
なら、問題はない。
「ほな、見せてみい。対策とやら」
「そのつもりです」
もう一人の自分がようやく手に入るのだから。
「ッ!?」
その確信にはまだ、揺らぎはない。
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