第100話:先輩

 立会人、ウル・ユーダリル。ウキウキでこの役を買って出た時点で、端から多少こういう想定をしていたのかもしれない。まあ、想定していなくてもこの爺さん、笑える範疇の出来事であれば大抵ニコニコ笑い飛ばすのだが。

 むしろ悪ノリする始末。根がクソガキ、何のために歳を取ったのかわからない。

「双方、敬意と礼節を忘れず紳士たれ」

 作法に則りクルスは対戦相手であるアミュに礼を尽くす。

「……」

 しかし、アミュの方は作法も何もなくふんぞり返っていた。クルスはウルに目配せするも、ウルはにちゃにちゃと微笑むばかり。

 困った爺さんである。

「君が勝ったら俺が下僕、だっけ?」

「そ。嫌なら逃げてもいいよ」

「じゃあ、俺が勝ったら?」

「ハァ? ありえない話なんだけど……別に何でも。ありえないから」

「なら、君はこれから先に剣を交える全ての者に敬意を示し礼節を尽くせ」

「……それ、おじさんに何のメリットがあるの?」

「ないよ。ただ、それが騎士だ。そしてここは騎士を目指す者が通う場所だ」

 クルスの脳裏に浮かぶは、恐ろしき敵を前に友のため全てを賭した親友。次へ繋げるために命を捧げ、死して役目を果たした素晴らしい先生。大敵を前に一歩も怯まず、ただひたすらに最善を尽くした秩序の騎士。

 最後の最後に何故か、誰よりも『騎士』を感じさせられた魔道の騎士。

 あの日あの場所で、腕の巧拙はさておき誰もが騎士足らんとした。自分ノアの中の一員として、恥ずべき振る舞いなど出来ない。

 生き残り、今なお剣を握っているのだ。

 握れなくなった者たちの分も――

「……」

「それだけの話だよ」

 騎士たる振る舞いを。

 クルス・リンザールが剣を引き抜く。正眼に構える。

「……へえ」

 空気が変わる。面構えもまた変わる。

「変わったな」

「ああ」

 観戦する者たちの中、ディンとデリングは目を細めた。災厄の騎士との邂逅、学生としては破格の経験を積んだ友の姿。彼が放つ空気感。

 昨年とは違う。明らかに。

「……うむ」

 嬉しそうにウルは微笑み、

「では、始めよ。己が騎士道、存分に示せ!」

 開始の合図を告げる。

 間髪入れず、アミュは前へと一歩踏み出す。様子見など馬鹿らしい、とばかりの直進。あまりにも馬鹿正直なそれは少々甘い動きに映る。

 ただ、

「速い!?」

 ぐん、と進む馬力が違った。ノアのような内側から爆発するような加速ではなく、ミラやジュリアのようなスムーズな魔力伝導によるしなやかな加速とも違う。恵まれた身体能力にあかせた暴力的な加速である。

 才能の暴力と言う点ではノアと似ているが――

「それは通りませんわ」

 フレイヤは笑みを浮かべ、馬鹿げた加速をするアミュの行く末を見つめた。

「うん、速いね。でも、もっと速い人を俺は知っているよ」

 クルスは後退しながら半身となり、横薙ぎの剣で応戦した。進行方向の真横から振り抜かれた剣。アミュは嫌そうにそれを受け間合いが――

「非力!」

 生まれた、と誰もが思った状況から、これまた身体能力だけで体勢を無理やり立て直し、一歩も後退することなく追撃しようとする。

「うぉ、なんつーフィジカル」

「女子は早熟ったって、まだ一年だろ」

 四学年の面々が感嘆するほどの体技。これが純血に近いソル族が持つ生き物としての性能である。近親婚などで種を保存しようとしたルナ族と違い、ソル族は早くからノマ族とまとめられた複数の種族と交わり血統の強度を保った。

 ゆえに純血に近いソル族は現代において絶滅危惧種である。アギス家はその数少ないソル族と言う種を保存する名門なのだ。

 まあ、最近では完全純血のソル族の後輩相手を見つけることが難しく、多少の妥協も入って来たらしいが。

 それでも血の濃さ、ソル族と言う複数の種族が混在するノマ族とは別枠で設けられた種の、動物としての性能差は馬鹿にならない。

 ルナ族が魔力に秀でる傾向があれば、ソル族は圧倒的な身体能力に秀でた種族である。それは数値上でも明確なほどの有意差がある。

 ただ、

「やるなぁ」

「っ!?」

 人と魔族の差に比べたら無いに等しい差であるが。

 クルスは捌く。捌く、捌く。基本は前で捌き、捌き切れない時は素直に後退、旋回、足捌きを使って剣に依らぬ捌きを見せる。

「めんどくさ!」

「君は馬鹿正直だね」

「ば、馬鹿!? 今アミュを馬鹿って言った!? 言われたこと、無いッ!」

 ギリギリの攻防のはず。明らかにスペック自体は一年であるアミュ・アギスの方が上なのだ。だけど、傍目にはそう見えない。するすると、まるで片方だけ時の流れが異なるかのように、余裕たっぷりに捌いている、ように見える。

「ありゃあいいカモだわ」

「あはは、クルス君の得意な相手だね」

「曲がりなりにもさ、騎士級の剣を捌いていたやつよ。性能だけじゃね」

 ラビとリリアンは苦笑する。何故彼がソード・スクエアなのかはわからないが、メガラニカでも様々な型を試していたし、アシスタントの癖にスクール参加者よりも貪欲に吸収し続けていたクルスも見てきている。

 何よりも誰もが絶望していた戦況でも揺らがなかった、間違えなかったのだ。

「才能はぴか一だな。さすがは推薦組」

「だが、場数が違う。技量が違う。何よりもリンザールは――」

「間違えねえ」

 ディン、デリングもまたやれやれと首を振った。

 杞憂、まさにその言葉が当てはまる。

「貴方ですらティル先輩に負けていましたわね」

 フレイヤが自分たちのトップであるイールファスに声をかける。

「……俺はもう少し、良い戦いだった」

「あら、良い戦いですわよ。そう見えない、そう見せないだけで」

「……ふん」

 ちょっぴり不機嫌なイールファス。あの捌きは被弾させないソロンを明らかに意識したものであった。ソロンの強みは万が一を起こさせない、近接すら許さぬ前捌きの巧みさにある。とは言え前進とそれ以外では、速度差の関係で被弾覚悟の突進で詰められる恐れがある。だが、ソロンは其処も補完している。俯瞰と空間把握、その二つで。完全無欠の男を取り込んだ立ち回り。それは元々、彼と同じ視野、近しい空間把握を持つクルスにとっては最も合理的に、噛み合うものであった。

「……」

 彼らを尻目にクルスとアミュの戦いは、

「ハァ、ハァ、ハァ! ウザいウザいウザい!」

「ふぅー」

 実際の戦力差以上に、クルスが優勢に見えた。馬鹿げた性能を押し付けられ続けるクルスだけはひりついた立ち回りを求められたが、災厄の騎士の時に比べたら全然余裕はある。ゼー・シルトであれば引き込んでカウンター。

 もうとっくに終わっている戦いであるが――

(……諦めないなぁ。さすがにデカい口を叩くだけある。隙あらば刺してこようとする闘志も絶えない。終わらせ方、難しいなぁ)

 勢いが途絶えない。気迫のガン詰め。下手な終わらせ方を選んだが最後、その部分を突かれて捲られる可能性もある。

 攻めと受け、気力体力共にクルスの方が優位ではある。アミュはとっくに攻め疲れを見せているし、クルスは温存しながら捌けている。

 それでもなお、

(……才能、か)

 一発がある。それが才能の、基礎性能の差。それが生む恐ろしさ。

「アミュはァ、負けないッ!」

 一番、一等賞、彼女の眼が雄弁に語る。

 だからだろうか、

「……」

 クルスはここで初めて、前で相手の剣を捌いた後、後退でも旋回でもなく、前へと踏み込んだ。

「あっ!?」

 この時点で、クルスの腕は剣の振り方を忘れてしまう。ふざけた話であるが、それが今のクルスである。まあそもそもここから剣を振る気はない。

 踏み込み、距離を消し、足を差し込み、

「アミュはッ!」

「……ごめんね」

 地面に倒す。マスター・ガーターがノア相手に見せた性能に勝る猛獣の捌き方。速かろうが強かろうが、技を持って征することが出来るのだと知った。

 その経験を出す。

「そこまでじゃ」

 ウルが止めに入るまでもなく、アミュは顔を歪ませながらも剣から手を放していた。完全に死に体、如何様にでも料理できる状態である。

 言い訳は出来ない。

「勝者はクルス・リンザール。四学年の意地を見せたのぉ」

「……どうもです」

 アミュ・アギスは強かった。実際にここから一年、二年、今のクルスでは歯が立たなくなるほどの才能がある。将来が楽しみな逸材であろう。

 それこそ彼女たちの世代におけるアセナ・ドローミに成れる、かもしれない。

 ただ、ここは彼女ほどでなくとも有望な人材が集う御三家、アスガルドなのだ。其処で丸三年(クルスは一年だが)才ある学友たちと高め合い、磨き合った者が四学年である。その上、彼女にとっては不幸なことであるが――

(……視線が刺さってるよ、みんな)

 この世代は上から下まで情熱を絶やさぬ異質な世代である、と言うこと。今もクルスの戦いを見て、彼の成長を知り、アミュ顔負けの闘志を漲らせていた。

 厄介な学友だ、とクルスは苦笑する。

「強かったよ、アミュ・アギス」

 クルスは健闘した後輩に手を差し伸べる。最後は少しムキになったが、彼女の才能は誰が見ても明白。そもそも四学年と渡り合える一学年、と言う時点で結構な化け物なのだ。成長期の丸三年、その余白を埋めるに足る器、と言うことだから。

「……ひぐ」

(ひぐ?)

「ひぐ、ふぎ……びえええええええええええん!」

 アミュ、大号泣。

「……ま、マスター・ユーダリル!」

「わし、他の子のマッチングをせねばならぬので、任せた!」

「おい!」

 すすす、と四学年たち、愛すべき学友たちまで実に見事なはけ方を見せる。こいつら見捨てやがった、とクルスは激怒した。

 おろおろしつつも先輩たちに倣い、距離を取る一学年たち。素晴らしい判断能力である。この子たちは何も悪くない、とクルスは思う。

「い、いやぁ、結構ギリギリだったなぁ。ヤバかったなぁ」

「びえええええええええええん!」

(……どうすんだよ、これ)

 泣き止まない、涸れ果てることのない涙の濁流。四学年だろうが何だろうが、本気で、微塵も自身の勝利を疑わず、敗北に対してここまで落ち込むことが出来るのか、と一周回って感心してしまうほどの号泣ぶり。

「……困ったなぁ」

「びええええええええええええええええええ――」

 止まらない。


     ○


「はい飴ちゃんですよぉ」

「んがんが」

 いつまで経っても泣き止まず、らちが明かないとクルスはギャン泣きするアミュを担ぎ上げ、倶楽部ヴァルハラへ顔を出した。とにかく人目の付くところは避けたい一心で持ってきたのだが、其処には氷のような眼をしたイールファナとさすがにありえないと非難の眼をしたアマルティアがいてひと悶着あった。

 結果、何とかかつてクルスがイールファナを手懐けた必殺の飴ちゃん作戦で何とか泣き止ませることに成功。今は寝心地が良いのかアマルティアの膝でゴロゴロと飴を舐めながら寝転んでいる。

「よちよち」

「んふぅ」

 まさかあのちょうちょ馬鹿のアマルティアにも特技があったとは、と驚くほどの母性により、あのクソ生意気なアミュ・アギスは完全に大人しくなっていた。

 ただし、

「あの」

「……ぐじゃ」

「あ、何でもないです」

「おー、よちよち、怖かったでしゅねえ」

「……あー」

「はい、飴ちゃん」

「んがー」

 クルスが接近しようとすると敗北を思い出し、泣き出しそうになるのはご愛敬。マスター制度のこともあるので、この状況が続くのは芳しくないが。

 と言うか、冷静に考えるとクルス自身、まともにマスター制度のガイダンスを受けていない。本来ならあの場で組み分けを行い、其処で説明があったはずなのだが、あんなことがあったのでこのざまである。

「参ったね」

「泣かしたクルスが悪い」

「……俺だって好きでやったわけじゃないよ」

「ん」

「その手は何?」

「……お土産」

「……知らない文化だなぁ」

「むう!」

 ゲシゲシ、とイールファナに蹴られながら、クルスはどうしたものかと思案する。今日はコロセウスに顔を出すのは難しそうだなぁ、とか考えたり。

「逆に君はお土産あるの?」

「私は、イリオスにいた。だから、無い!」

「それは詭弁だね。世の中は等価交換だよ」

「クルスの癖に生意気な」

「はっはっは」

 ちなみに一応、クルスは両倶楽部の面々に向けたお土産は買ってきていた。今日はあんなことがあったから持ってくることは出来なかったが。

 ちなみのちなみにイールファナも買っては来ている。

 実に不毛な争いであった。

「あら、楽しそうですわね」

「そう見える?」

「ええ。それはもう」

 フレイヤがガイダンスを終えたのか、倶楽部ハウスに顔を出した。これで倶楽部の面々は全員集合、と言うことになる。

「それとこちらの可愛らしい後輩さんが、貴方にご挨拶したいそうですわよ」

「俺に?」

「ええ。さ、ご挨拶なさいな」

 フレイヤの大きな体、その陰からひょっこりと小さな女の子が顔を出す。

「あ、あの、今年度からアスガルドに入学出来ました。デイジー・プレインです」

「入学おめでとう、デイジーさん」

「あ、あと、それと、お礼を、したくて」

「お礼? 自分に?」

「はい。その、受験の日に、助けて、頂いたので」

「……」

 ふわふわふわ、クルスの頭の中であまり馴染みのない受験の日とやらが浮かび上がる。あの日、何かしたかな、と首を傾げそうになるも――

(……こ、この眼はまずい。思い出せ、クルス・リンザール)

 忘れたとは言い辛い視線に、クルスは全力で寝た頭を叩き起こす。

 そして――

「あ、あの時の!」

「覚えていてくださったんですか!」

「も、もちろん」

 完全無欠に忘れていたが、何とかかんとか引っ張り出すことが出来た。フレイヤの、イールファナの、冷たい視線が前方、後方より突き立つ。

 さすがにあの二人を騙すことは出来ない、か。

「頑張ったんだね。君の先輩になれて嬉しいよ」

「わ、わたしもです!」

 クルスに、慕ってくれる後輩が出来た。

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