10話 追跡者
「ウ、ウル太。このわけの分からないことになったせいで、ウル太までへんなことに!?」
「喋れるのは元からである」
話す必要がないから話さなかっただけだ。ニンゲンは無意味なことを口に出しすぎる。
世の生物が声を持つのは有用な情報を伝えるためである。あのかしましい小鳥のさえずりにも、一つ一つに意味があるのだ。
沈黙は金とはよく言ったもので、無言こそが王たるものの重々しさをかもし出し、その権威を守ることにもつながるのだ。
「え、て言うことはわたしGaウル太に喋ってたちょっと恥ずかしいことだったりとか、全部分かってた?」
「そんなもん聞き流しているに決まっているのである。この前天体観測中に立ち上がったら、加藤先生の胸を頭にのっける形になってこれが役得なのかなとかそういうことを覚えておっても」
「うわああああああーー!死っ!」
いきなり吾輩を抱え込んで丸くなる。苦しい。ニンゲンとはまさに狂気の生物だ。こんなのを従えていてよいのか疑問に思えてきた。
「あー、片倉ってあれ?レズっ気というか」
「人様の娘さんに失礼だぞ」
水恵崎父の拳骨が、水恵崎陽の頭頂に降る。親子関係はしっかりしておるらしい。
「ふむん。しかし追い出そうとした娘に対して失礼も何もあるものかな?」
ちょっと皮肉をきかせてやると、水恵崎父はバツが悪そうに銃を下ろす。やはり悪人にはなり切れぬニンゲンのようである。
「その子も結局時間の問題だ。俺は見た。この町の正体を。親父はそれからこの家を作り始めたんだ」
「まあ間違いではない。だが誰が教えた?それを」
馬鹿げた建築というのはいつでも誰かが建てているものである。意味もなく改築し続ける屋敷であったり、ゴミの山を適当にくっつけた家ともオブジェともつかぬ代物であったりだ。
巨大な王墓や宮殿とて、猫からすれば無意味で誇大妄想の暴走としか見えない。
だがそういうものを作るには、時間か金か、多くは両方が必要となる。
金持ちにも見えず、勤め人のようであるから暇にあかせているわけでもない。そんなニンゲンがこの要塞を築けたのはどういったわけか。
猫の目の届かぬところで、どいつもこいつも好き勝手やるものである。
水恵崎父は左斜めに視線をさ迷わせた。
「
また雑な名前である。邪神の影色濃い町に、ただのニンゲンが来たのを面白がったのであろう。
そういうニンゲンが知恵を振りしぼったり調子にのったりして、最終的にどちらも破滅していくのを見るのが三度の飯代わりなろくでなしなのである。
「褐色肌の男であろう。長身で痩せぎす。言葉巧みで言語なら何でも流暢。機械にも滅法強く、特に映像機器のたぐいならば魔法のような技を見せる」
「……知っているのか?」
「お主も怪しんではいるはずだ。ニンゲン離れしていると」
そしてその予感は正しい。
「ここから去るときに、機械か、彫刻のようなものを残して言ったはずだ。吾輩を入れずともよい。持ってくるがいい」
水恵崎父は完全に戦意を失ったようで、しばらく扉と吾輩を交互に見比べていたが、とうとうもと来た扉を開けて帰っていった。
「だ、大丈夫なのかな」
いったん落ち着くと、瑠璃絵は今更ながら不安になったようである。憧れていた教師に裏切られたーー向こうは裏切ったとも思ってはいないであろうがーー衝撃も、いまだ飲み込めてはいないのだ。
しかしそこらは時間の解決することであろう。瑠璃絵はここに置いて、吾輩はことが終われば片倉家から去らねばならぬ。
猫についての秘事を見せすぎた。これを言いふらそうものなら、猫の法で処断せねばならない。今なら子供の奔放な空想で済まされるであろう。瑠璃絵がこの家に迎え入れられたら、そこで今生の別れである。
別れの挨拶は残さぬ。それもまた猫の作法である。
水恵崎父がしずしずと運んできたのは、両手にも余る幅広の杯であった。
ほとんどはアラベスク模様であるが、真ん中に精悍な顔のエジプト神官が二人並び、そのさらに中央にたたずむ顔のないペルシャ猫を守っている。
ペルシャ猫の四足をそろえた座り方は堂に入ったもので、彫られてもいない背面の緩やかな湾曲までが透けるようである。スフィンクス像として、ピラミッドの横にも据えられるであろう。
それだけなら純粋に彫刻師の技力に感服してもよいが、耳の付け根のあたりから胸元まで、荒い刃物でそぎ取ったような空虚がそれを邪魔する。
ただでさえ漆黒の黒瑪瑙でできた彫刻にも関わらず、その暗い傷痕とは明暗の区別がはっきりついた。
悪趣味な装飾である。おおかた猫が探しに来たときのために用意したのであろうが、あのようなやつに猫族の真似をされるいわれはない。
吾輩は社会性を発揮して、あえて文句をつけず、水恵崎父に注文する。
「使い方は教わったであろう。あるいは注意か?」
「新月の晩以外は、月が出ていれば杯に水を入れて写すようにと……」
「やってみるがよい」
用意のいいことに、水恵崎父は水筒を下げていた。素直な男だ。言われた通りに毎日水鏡に月を写していたのであろう。
その素直さは利用されやすさの裏返しでもあるが、こと神を相手にするならば重要な資質となる。今まで生き残ってこれたのは、ひとえに月臓とやらの警句を軽んじなかったためであろう。
まあそれでも最後には惨たらしく死ぬのがあやつの良くないところなんであるが。
杯の底は張った水と平行になるほど平らで、水の波が鎮まれば何も入っていないようにさえ見える。
「この儀式を行っているとき、変わったことはあったか」
「いえ。ただ月がきれいに写るだけで……」
「見るがいい」
水を満たした杯の中心に、丸い月が映る。黄金の輝きをたたえた満月が。
空を見る。月は太陽と違い、大きさは変わってはいないものの、その色は病んだような赤である。
「あっ。いや、そんなはずは」
「変わったことは常に起こっていたのだ。ただ、今まではそう見えなかっただけでな」
この水鏡は現世の月など写していない。通しているのは夢からの光。この杯はドリームランドに浮かぶ月を見るための窓である。
吾輩はちゃぷりと水に手を入れて、水面の月を引っ張った。金色の円盤は湯葉のようにめくれて、吾輩の爪に引っかかり、でろんと薄い身を垂れ下げる。
「うそ」
瑠璃絵が目をまんまるにして、くたりと垂れる月の成れ果てを触ろうとする。
ぎひ
月が嗤った。
「えひっ」
しゃくり上げるような悲鳴をあげて、瑠璃絵は部屋の壁まで下がり、勢いあまって後頭部をぶつけた。いい薬だ。
ふひひひえへへへへほほほほひくひはははははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへ
月は笑い続ける。クレーターのあばた模様から白い歯がときおりのぞく。月から追ってきたかと思えば、今度は自分自身が月になったらしい。意味がわからん。
気は進まぬが、異形どもと戦うには相争わせるのが最上の策というのは、ニンゲンも猫も変わりない。
どうせ何をやっても追ってきてちょっかいをかけてくるのだ。少しは利用せねば元が取れぬ。
本気で邪魔をしたいのならもっと戦争のようになるはずであるし、今回はそれほどの害はあるまい。気を抜けば死ぬくらいだ。
「これでお前の言う恩人とやらは、もう姿を現さぬであろう」
「そ、それは、これからどうすれば」
「今までの感謝だけしておけ。そして未知への畏れと共に生きるが良い。それがニンゲンのいう正しい生き様であるからな」
さて、ともかく瑠璃絵の寝床は用意してやらねば。ニンゲンというのは寝る場所に敏感に反応するのである。
吾輩もしばらく休み、仲間が集まれば去ろう。それが瑠璃絵とのとこしえの別れである。
うぐげげげげげひょほほほほふぎふふふほほほぎゃははははははははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへはきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへへひかふふほほほししししししいしひひひひひひひふぁへへほひかはははああああはっはっははきゃひややひゃふほほきゅふふがひほおおおっへへへふへ
月がうるさい。早いところ捨てたいものだ。
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