第3話 むしゃくしゃしてやった、と弁解する相手すらいない

暖かくて柔らかな手をしたお姫様が登りたがった城壁の内側にある塔は、残念ながら許可がないといくらお姫様でも上ってはいけないと言われてしまった。

お姫様の話によると、高いところからなら川の向こうにある砦が見えるらしい。

つまり、戦っている相手の砦だ。私も見てみたいと見張りの兵士に頼んだけれど、騎士以上の許可が必要なのだという。


わがままを言わないお姫様は仕方ないですね、と諦めたので私もしぶしぶ引き下がった。どうにかしてあっちに行かないと元の世界に戻れなさそうなので、どれくらい遠いのかくらいは知っておきたかったのに。


「ミヨシはもう部屋に戻ってもいいわよ。ヴォルフィも仕事に戻ってるだろうから」


 サクラさんは塔に興味がないのか上ったことがあるのか、これでもうこの砦で案内するところはないという態度だ。

 城壁から降りたところでそう言われて、確かに一緒にいても会話が弾むわけではないし、と部屋に戻ることにする。


「わかりました」

「ミヨシ様、また明日。王都までご一緒できるのを楽しみにしています」

「ありがとうございます」


 どうやら王都までの旅路はいつものようにヴォルの馬に無理やり乗せられ尻の筋肉痛と戦うことになる乗馬とは違い、優雅な馬車の旅らしい。馬車乗ったことないけど、お姫様が乗るくらいだから優雅に違いない。

 馬に乗るのってかっこよくて優雅な金持ちの習い事というイメージだったけれど、実際は結構過酷だったので、あれで何日も移動するとかは遠慮したいのだ。


 お姫様とサクラさんと別れて、もうすっかり見慣れた兵舎に入る。砦の中は建物がいくつかに分かれているけれど、私とハルナが暮らしているのは川のない方向にある塔のある建物だ。


 一階は兵士が多くていつも賑やかに感じる。二番目の角を曲がって二番目の扉をあけると石の階段があり、そこから廊下を歩いて奥へ向かう。その先の階段の上が私とハルナの部屋だ。

 兵士たちの仕事部屋の前を通るし、見張りをしている兵士もいるので脱走は不可能に近い。部屋から出ること自体、見張りがいるので通してもらえないこともある。

 元の世界に戻るどころか、ここの人たちとの接点すら制限されているから、いつまでたってもここにいるのが夢みたいにしか思えない。それも、結構な悪夢に。

 このまま大人しく部屋に戻るよりせっかくのチャンスだから砦の中を見て回ることにしよう、と私は踵を返した。

 だって部屋の窓から見えるのはこの砦の様子だけだ。お姫様が言うまで気にしていなかったけれど、たしかに隣国の様子は見てみたい。


 私は魔法を使うために必要な存在だけれど、一人で魔法が使えるわけじゃない。残念ながら。

 空でも飛べたらいいのに、魔法使いの基本だろうと元の世界で見た映画やアニメを思い出す。


 魔力というものがこの世界の人はあまりないけれど、私たち他の世界から来た人間にはあって、だから聖処女なんて呼ばれて大事にされる。

 かなり気持ち悪いセクハラなので呼び方を直してほしい。聖女とか、魔法使いとか、なんか他にあるはず。

 

 口には出さなかったけれど、サクラさんはあの年でもつまりそういうことなのだろう。さすがに人前で聞いてはいけなかったかな、と思い出して反省する。

 恋愛至上主義ではないけれど、だいたい私たちの年ごろなんて恋愛話の一つや二つあるものだし、中学の修学旅行でさえその話で盛り上がった。

 

 なのに、何もないまま十年くらいここで過ごして、ただ気力も体力も奪われる魔法の道具として好きでもない男のそばにいるなんてストレスで気が狂うと思う。少なくとも私は嫌だ。

 騎士団長とサクラさんがどういう関係なのかわからないけど。

 そもそも、こんな理不尽な状況を今まで召喚された子たちはみんな受け入れてきたのだろうか? サクラさんは楽しそうではなかったけど、なんで逃げなかったんだろう。

 今のところ、逃げるのは難しい。まず砦の兵士と恋に落ちるのも無理だ。向こうが手を出してくれない。そんなことをしたら魔法を使えなくなるのだから私がいくら誘惑を頑張って元の世界に戻れても、手を出した相手はヴォルに殺されるだろう。


 兵士がヴォルのことを死ぬほど憎んでいれば別だろうけど。

 そういう人がいるなら即座に私にアプローチして欲しい。あ、でも、あんまりにもやばい人なら私も嫌だな。難しいところだ。

 

 何かいい手はないものか、と思いながらまだ一度しか行ったことのない診療所のある建物に近づく。中にはハルナとユリウスがいるはずだ。

 入り口にいる兵士は一瞬驚いた顔をしたけれど、止められなかったから中に入ってもいいのだろう。


 静かな建物の内部に入る。右側の扉は全て開け放たれていて、広いホールみたいなところにベッドがたくさん並べられていた。

 何十とあるベッドのうち人がいるのは半分以下で、多くがけが人のようだった。話をしたりしていて、明るい雰囲気だ。深刻な怪我の人はいなさそうで、病院というより休憩所のようにも見える。

 ハルナとユリウスの姿はない。こっちの建物はあまり兵士が立っていないので聞く相手もいないままうろうろしていると、奥に地下に繋がるらしい階段があった。

 怪しい。地下への階段ってすごく怪しい。とても。


 牢とかなら見張りの兵士くらいいるだろうし、怪しいから近づくのはやめておく。こんな石造りの建物の地下なんて光が届かないし空気がこもってそうで怖い。

 私はホラー映画は苦手なのだ。何かが出てくるぞ、みたいな演出に耐えられない。ゾンビが隠れてそうなところに主人公たちが入っていくのも見てられない。

 驚かされるとわかっていてもいざ出てくると怖いし驚く。そういうものは避けるにこしたことはない。

 回れ右をしても、どこかにあるだろう上に続く階段がわからない。たぶん扉のいくつかを開ければいいんだろうけどさすがにそこまでずかずか入っていく気にはなれなかった。

 

 今度ハルナに、普段どこにいるのか聞いておこう、と思いながら外に出ると運悪くヴォルがいた。

 タイミングが悪すぎる。違う建物から第四王子のおじさんや騎士団長と出てきたのに、一目散にこっちに来る。

 やばいと思って走りだしたのに、すぐに真後ろから「おい」と声を掛けられる。

 足速すぎない? 結構距離あったよ??

 正直怖いので追いかけてこないでほしい。ちょっとぶらぶらしてただけなのに。


「何してる」

「お姫様たちとの見学が終わったから戻るところだよ」

「部屋に戻れ」

「わかってるよ」


 言い訳だということを見透かしているのか、私の肩を掴んで振り向かせたヴォルの顔は怖かった。笑ったとこなんてみたことないけど。

 腹の立つイケメンだな、とヴォルの顔を見る。顔だけはいい。

 今日は戦いに行くわけじゃないので、いつもみたいに当たると痛い鎧を着てはいない。正直あんな重いものを着るとか意味が分からないが、川の向こうから弓矢が降ってくるので仕方がないのだろう。私は当たらないことを祈りながらヴォルの後ろにいるしかない。

 盾としての機能以外でヴォルの大きな体はあんまり私に利点がない。怖い。


「ねえ、あの塔って登っちゃいけないいの?」

「お前が登る必要はない。さっさと部屋に戻れ」

「必要かどうかじゃなくて登っていいかどうか聞いてるの。なんでだめなの?」

「うるさい、いいから戻れ」


 ヴォルと会話は大体いつもこんな感じだ。

 うすうす気づいてたけど、たぶん私のことを人間だと思ってない。

 だから帰りたい。こんなやつの役に立ちたくないし、元の世界を捨てる気になんてなれない。

 だってここにいても楽しくない。


「あんた人の話聞いてないのに命令だけはするよね」

「なんだと?」

「私があの高い塔から身を投げて死んだら、あんたも騎士じゃなくなるから行っちゃだめなの?」


 軽い脅迫だったつもりが、ヴォルの顔色が変わった。強引に腕をつかんで引きずるように歩き出す。二の腕が締め付けられすぎて血流が途絶えてる気がする、痛い、と振り払おうとしてもびくともしない。


「痛い、離して!」

「馬鹿なことを言ってないで、大人しく部屋にいろ」

「痛いって言ってるでしょ、離して!」


 怒鳴りながら暴れるとようやく腕をつかむ力が緩くなったけれど、離す気はないらしい。至近距離で見下ろされて、その冷たい視線を睨み上げる。

 殴られたらすごく痛いし、こいつのいいところなんて顔と、もう殴らないと誓ったことくらいしかない。

 その誓いだって口と鼻から血を出すという自転車ですっころんだ時以来の惨状に、ユリウスが女の子に手をあげてはいけないと諭したからだ。

 そのあと「いくら暴言を言われても、彼女はまだ混乱してるんだし君が大人にならないと」とか言ってた気がするけど。


「ねえ、なんでここに前いた聖処女はいなくなったの? 前にいた騎士とやっぱり仲悪かった?」

「黙れ、お前が知る必要はない」

「じゃあ別の人に聞くからいいよ。殴るなって言われなきゃ人のこと殴るような男と結婚させられるお姫様がかわいそう」


 ヴォルは聞いたことにすら滅多に答えてくれなくて、会話が成立することの方が少ないのだ。

 コミュ障というよりパワハラ騎士というべきか。お姫様という貴族パワーが上の相手じゃなかったら、家庭内DVとかするタイプだと思う。


「黙れと言っている」

「なんであんたの言うこと聞かなきゃいけないのよ。反論できないから黙らせたいんでしょ? ばっかみたい」


 考えてから話さないと人とけんかになってしまうとお父さんに何度も注意されたけれど、やっぱり私は短気で口がまわるのだ。

 ヴォルが何か言おうと口を開いたそばからたたみかけてしまう。


「勝手にこっちの世界に呼んでおいて、家族のところに帰る方法もない自分より弱い女の子に言うこと聞かせて楽しい? なんで塔に登っちゃだめなのか理由も話さないで必要ないとか、必要かどうかをあんたに判断してほしいわけじゃなくて私がそうしたいって言ってるだけ。何するのも許可を得なきゃいけないわけ? あんた何様? 騎士ってそんなに偉いのなら、聖処女とか言って全然違うとこで暮らしてた私を必要としないで自分一人で戦いなさいよ!」

「っ、言わせておけば、べらべらと! 女のくせによくそんなに口がまわるものだな、詐欺師か売女以外でそんなに喋る女などこの世界にはいないぞ」

「はー? 目の前にいますけどー? しかも呼んだの自分じゃん」 


 中学時代、煽りまくってそういやクラスメイトの女子にも平手打ちされかけたことがある。さすがに避けたけど、ヴォルは一般的な女子中学生とはスピードもパワーも違うので叩かれると痛いを通り越してやばい。

 私は口だけはまわるのだけど、詐欺師でもないし売女なんて悪口言われたこともない。そこまで顔も体も魅力がないからだけど。


「私がいったいいつこの世界に来たいなんて言ったのか教えてくれる?」

「……」

「言ってないもん答えられないよね。あんたが勝手に誘拐してきたんだから」

「いい加減にしろ」

「また殴って言うこと聞かせる? ご立派な騎士様ですこと。暴力で言うこと聞かせて楽しい?」


 舌打ちし、ヴォルが拳を握りしめたのを見て、私は少しだけ怖くなった。殴られるのはとても痛い。歯が折れたりしたらこんな世界じゃとんでもないことになる。そもそも歯医者も麻酔もあるのかすら怪しい。

 舌打ちするとか態度が悪すぎるのもユリウス経由で聞いたハルナ曰く私だけらしい。そんなに相性が悪いなら呼び出さないで欲しかった。


「あんただって、私のことなんか必要としてないくせに。召喚したとき、顔に出てたわよ。はずれを引いたって」


 黙ったまま何も言わないヴォルの後ろから、険悪な気配を察知したらしい副団長が距離をおいて見守っている。第四王子と団長はどこかに行ったみたいだ。


「こんな中庭の目立つ場所で私のこと殴れないから我慢してやってるわけ? 言いたいことがあるなら言えばいいじゃない。ちゃんと理由があるなら聞くわよ。ただ危ないとか、そういうわけじゃないんでしょ。私がいなくなったら困るから、周りを見渡せるような場所で地理を覚えられたくない? 逃げると思ってるならちょっとは自分の態度改めたら?」

「ミヨシ殿、その辺でどうかおさめてくれないか。ヴォルフィの言葉が足りないのは私からも謝ろう」


 見守っていた副団長が声をかけてきたのはたぶん私がヴォルの十倍くらい喋るからだ。ヴォルは私の十倍以上の腕力がありそうだけど。


「あんた、もう騎士なんでしょ。副団長さんにおさめてもらわないと小娘一人納得させられないとかおかしいわよ。副団長さんがやめろって言うならやめてもいいけど、一つ質問していいですか?」


 後半は副団長さんに向けてだったけど、喋っているうちにいらいらが増してきて攻撃的な口調だと自分でも思うほどだ。

 だけどこうなると自分でもどうしようもない。むかつくものはむかつくのだ。


「俺に答えられそうなことなら」

「ぜひ、あなたに。あなたの聖処女は、召喚されて何もわからない世界について質問しました? ここはどこで、いったいなんのためにここにいるのか、どうして家に帰れないのか」

「聞かれたよ。彼女は最初、泣いていたからね」

「殴りました?」

「うん? ごめん、なんだって?」

「今まで住んでた場所と全然違う世界に一方的に呼ばれて、なんであんたの言うこと聞かなきゃいけないのって口答えした聖処女を殴ったりしました?」


 私がヴォルに殴られたのは、こいつが一方的に魔法を使うために呼び出したのだから言うことを聞け、と言ったからだ。

 ふざけるな、絶対元の世界に戻ってやる、お前の言うこと聞かなきゃいけないとか無理、と窓から脱出を試みた私を力づくで引き戻した上に、叩かれた。手加減したらしいが鼻血は出るわ口の中は切れるわでひどい目に遭ったのだ。


「口答えされたことはないかな……?」


 戸惑いながら答えてくれた副団長の視線が私からヴォルへと向かう。気まずそうにうつむくのだからヴォルもある意味素直だ。そんなことしていないと嘘をつく気はないらしい。


「じゃあ殴ったこと、あります? ケンカくらいはしたことあると思いますけど」

「……女性に手を挙げたことはない。あと、その話は聞いてる。ヴォルフィが焦るような出来事があって、つい手が出たことについては俺も謝るよ。ただ、普段の彼はけしてそんなことはしないんだ。どうか許して欲しい」

「焦るって、私が窓から逃げようとしたからですか」

「それもある。あそこ、高いからね。落ちたら死んでしまうよ」

 

 それは知らなかった。この砦のどこだったのかも私は知らされてないし、ハルナもわからないという。

 と言うことは、もしかして城壁と繋がっている東西南北の塔のどれかだったのかもしれない。

 だから塔に上がりたいと言うのを嫌がったのだろうか。


「でもこいつ、私の心配じゃなくて自分の心配しかしてませんよ。呼び出した直後に反抗されて自殺されたとか、他の人が聞いたらどう思うかくらい私にも想像できますもん」

「ヴォルフィには君を、聖処女を必要としてる理由があるんだ。それに、無口なのは昔からだしなあ。文通でもしてみるかい?」

「私まだこっちの文字とか覚えてませんけど、こいつが私の母国の文字で書くなら私もこっちの国の文字を覚えてもいいです」

「なるほど……聞いてはいたけど、君はかなりその……ヨシノとは違うね」

「ヨシノ?」

「俺のために来てくれた聖処女だよ。何度か見かけただろう? 今日だって」

「あの、えっと体調の悪そうな人」


 顔色の悪い人、と言いかけて慌てて言い直したけど、どっちみち失礼なことを言ってしまった。


「うん、彼女はあまり体が丈夫じゃないみたいでね。今も休んでるよ。ヨシノはこちらに来たばかりの頃泣いてばかりで、誰に対しても怯えて話もしてくれなかったから君とは正反対かな」

「いきなり異国に誘拐されたら泣きますよ、普通」


 答えると、俺とヨシノの話はまた今度にしよう、と副団長は無理やり話を変えた。

 赤毛が癖のあるくるくるで、面長の顔立ちはおもちゃの映画の主人公に少し似てる。カウボーイのやつ。目も大きい。

 そのせいかなんだか怖い。なんでだろう。


「ところで、どうして言い争いしてたんだい?」

「部屋に戻るつもりだったのにこいつが戻れとか命令してむかついたからです」

「素直だね、ミヨシ殿。いいことだ」

「あと、お姫様とサクラさんと散歩してたらあの城壁の塔に上ってみたいってお姫様が言って、私も遠くまで見たことないから見てみたいと思って。なのにこいつ、上る必要はないとか言うんでむかつきましたね」

「ミヨシ殿はよく怒る子なんだね」

「必要かどうかをこいつに判断しろなんて思ってないんで。私が見たいって言ってるだけなのに理由もなく部屋に戻れとか、監禁みたいですごく嫌」

「聖処女を失いたくないんだ。砦の中とはいえ、思わぬ事故に遭うことだってある。ヴォルフィは君を心配してるんだよ」


 大人だな、と思った。副団長はとても大人で、私を納得させようとしてるのがわかる。だけど残念ながら、副団長が仮にいい人だったとしてもヴォルが最悪なことに変わりはない。


「じゃあついてきてくれます? 塔に上って景色を見るくらいいいですよね?」

「今日はだめだよ。俺たちはまだ仕事があるんだ」

「いつならいいんです?」

「ミヨシ、いい加減にしろ、早く部屋に」


戻れ、と言うつもりだったヴォルをにらんで、私は腕組みをする。ため息が出る。


「あんた、今までの話聞いてた?」

「どういう意味だ」

「あんたに命令されたくないって言ってるの。わかる?」

「なんだと」

「可能なら他の聖処女と取り替えたい、召喚をやり直したいって絶対思ってるでしょ。ハルナみたいにユリウスと協力してる聖処女が羨ましいよね?」


 私の言葉にヴォルは否定もせず、ただただ無表情で私を見下ろしてる。


「答えなさいよ」

「お前のようなのを召喚したのは、俺の力が足りなかったせいだ」


 その返答に、副団長が片手で頭を抑えた。大きなリアクションありがとう。

 私の怒りに気づいていないのはヴォルだけだ。

 目の前に用意した地雷をしっかり踏むとはこいつ、馬鹿だな。

 副団長さんのおかげで少しだけ落ち着いたはずの気分がまた苛立ちでいっぱいになってしまった。


「じゃあ取り替えたら? もう一人呼んでみたら? 私のことはちゃんとおうちに帰してね。できるなら、だけど」

 

 悔し気に唇をかむヴォルを見て、やっぱり私は家に帰るのが難しいし、ヴォルは私と仲良くやっていく気なんてないんだなとわかる。

 聞かなきゃいいのに聞いてしまった。

 だって聞かずにはいられない。ヴォルも私もお互いを必要としてないのに、仕方なく一緒にいるしかない。

 運命も神様も、けっこうひどいことをする。私、そんなに悪いことばかりして生きてきた覚えはないんだけど。


 聞かないで信じるなんてできないけど、聞かないでいればもうすこし自分を騙せたかもしれない。だけどすぐに、きっと限界がきてた。

 せめて副団長みたいになんとかしようと話す姿勢とか、ユリウスとハルナみたいに色々話ができたら違ったかもしれないのに。

 はずれをひいたと思ってるならお互い様だ。


「人の人生を勝手にめちゃくちゃにしておいて、よく勝手なこと言ってられるよね。こんなに喋る女なんていないとか言ってたけど、私のいた世界で女が鼻血出るくらい殴る男は騎士道精神のかけらもない最低野郎しかいなかったわよ! 何が騎士よ、あんたなんてただのDV野郎じゃない!」


 腕を払うとヴォルの手が外れて、私はそのままヴォルから逃げるように走り出した。きっとお互い酷い気分で、これ以上一緒にいたら血が流れることになる。

 主に私の血が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る